小説家になろう
そして私は翌朝から、マッチ箱がいくつも集まったような小さい部屋に入れられた。ものをかきたい、というと一目で型落ちとわかるようなワープロが渡された。最初は、神の話を書いた。それだけだとちんぷんかんぷんだった。
フューラーは最初私の姿を見た時、驚いたようだった。何かしたい事があるか? と聞いてきた。ものをかきたい、と言った。それで、タイプライターを渡されたってわけ。
時折外出する。スコープスもドッグスも私を止めない。デザイナーと呼ばれているやつと時々すれ違う。つまり、時折の、時々に。やつもマッチ箱に閉じ込められているようだった。
私は少しずつ、何を書こうかと決めていった。神に会う前私はなにをしていたのか? 少しずつ、思い出した。そうして、書いていった。その私とおれはまったく、違う人間のような、幼稚な、陳腐な、くさした人間だと思ったので、三人称視点で話を書いていった。
おかまは時々会いにくる。私のマッチ箱で私と彼女は安っぽいデスクチェアにかけ、向かい合って座っている。あなた、変ったわねえ、と彼女は言う。どう変わった? とおれが聞くと、彼女はなんていうか、と言葉をつまらせて、まるで、巨大なヒルみたいよ。白くて、ぬるぬるしてて他人の血を自分のものみたいに言ってて、ばかみたい、といった。私は、そうか。とだけ言った。一つ聞きたい事があった。どうしておれはお前みたいな化け物に惹かれたんだろう? そうすると彼女は少し考えて、たぶん、私の中にあなたを見つけたのよ。その人を好きになったのよ、と言った。馬鹿らしい、溜まっていただけだよ。とおれは言った。帰り際、あたしがガイドになれると思ったのにな、とおかまは言った。
フューラーに文を見せると彼は大げさに笑った。いや、まったく馬鹿らしい作り話だ。神にあって頭でもやられたのか、と言った。そうかもしれない、と私は言った。つまらないかな? と私が聞くと、いや、つまらなくはない。面白いよ。しかし、荒唐無稽すぎる。まぁ、何か利用方法を考えよう。と彼は言った。いや、その荒唐無稽さは、ルサンチマン的な概念をもってだね……と、私は唾を飛ばし、いかにももったいぶって、話した。また、体に贅肉が、いらない肉が増えた気がする。誰かにゼラチン状の脂肪を投げつけられ、それがそのまま体に定着するような気分だった。暖かくて、ぬるくて、眠くなるが、気持ちがいい。
クリーナーBが一度だけ会いに来た。彼が新しいガイドになったようだった。カミシロを連れていた。彼らは携帯ゲームをやっていた。私とは一度も目を合わさず、「こちらが、小説家の大先生。くそ、またやりやがったな。そのアイテムがここに配置されてんのはそもそもおかしいんだよ。」と彼は言った。カミシロはクスクス笑っていた。私と顔も会わさず、ああ、ども。とだけ言った。ああ、どうも。と私も言った。
そうして何とか、一つ、モノができた。フューラーは面白がっていた。お前のようにやりたい事を見つけられないカミシロに可能性の一つとして見せてみるか、と言った。それで、それまではどこかにしまっておくらしい。
私はいま、この文を書いている。もう何時間もぶっ続けで少しずつ思い出し書いている。コーヒーは十杯か二十杯飲んだ。やたらとぬるぬるして打ちにくい型落ちした動作ののろのろしたワープロで懸命に打っている。頭はガンガン痛むのに、まるで酒でも飲んだみたいにぼんやりとしてもいる。しかし、打つことをやめない。やめられない。打つのをやめれば、おれは、おれでなくなってしまう気がするし、神と会ったこと、いや、ガイドと会ったこと、いや、母親から生まれたこと、そういうものすべてを忘れてしまうような気がするから。
この話もなんとか、佳境というか、落としどころにたどり着いた。窓を開けてコーヒーを一杯のむ。ここは高いオフィスビルにあるマッチ箱の一室。ビル風がふいてきておれの体に当たる。そうしておれは自分の体のシルエットを思い出す。風は冷たい。裸でいる事に気づき、少し寒いし、恥ずかしいような気もする。冷たいどころか、少し痛いほどでもある。しかしその冷たい風に当たると、気分がよかった。時間が動いている感じがした。
そういうわけでこの話はフューラーいわくどこかに仕舞われるらしい。
だから、私はいつかの未来にこの本を読んだカミシロくんに向けて書く。
君はこの世界に絶望しているかもしれない、生きているのは奇怪な見た目をしたやつら、生きているらしいが、自分には関係なく、完全に静止しているマネキン共。
しかし、カミシロくん、絶対に死んではいけない。
風は本当に気分がいい。本当に気持ちがいい。君はその風を、子供の頃は何度か浴びた事があると思う。
その風を味わう事なく命を絶つというのは、本当に損な事なんだ。
命あり、五感ある限り、風は風のあるところに行って、裸になれば、味わう事はできる。
だからカミシロくん、絶対に死んではいけない。
絶対に、絶対に死んではいけないよ。