山を登った
そうして、神に会いに行く事になった。スコープスの一人に連れられ、バイクの後部座席に乗せられた。なんでバイクなんだ? とカミシロが聞くと、車も止まってるから車じゃとても行けないんだ。と答えた。カミシロはなるほど、と思った。
歩道と道路、丁度その隙間を走った。途中自転車が乱雑に脇に避けられているのを見つけ、あれはなに? とカミシロが聞くと、お前みたいなのがたまに居るから、道をあけてるんだ。と答えた。信号も、何もかも無視をして、ただ行くべき所に行くのは気持ちよかった。全てこうならよかったのに、とカミシロは思った。
バイクは走り、走り、走り、ビルが倒れてきそうな都会を抜け、何もない、どこにでもあるような、イオンと、ガソリンスタンドが、死んでいないことを証明するためだけに建っているような、郊外、田舎まで出てきた。時間が動いていたとき、カミシロが電車の窓から見ていたどこか遠いところにあるうすぼやけた山までバイクは走った。そうして、オスヤマタケ山ハイキングコース入口、という看板の前でバイクは止まった。ここだ、とスコープスは言った。
「ここだ、ってただの、どこにでもある山じゃないか。」と、カミシロは言った。「そうかもしれないな。でも、今は神がいる。」スコープスはそう言った。神がいたらその山は特別な山になるのかよ、とカミシロは思った。何を言っても、スコープスはどこにでもあるような平坦な空気を掴んで吐き出すような答えを吐いてくる。なので、黙って登っていく事にした。
しばらく登っていくと、自分が如何に不摂生な生活を送っていたのか思い知らされた。息が切れた。煙草をやめようと誓った。しばらく登っていくと川が見えた。喉が酷く渇いていたので、飲んでやろうと思った。腹を壊してもいいと思った。水面に自分の顔が映った。見ると、無精髭がひどく生えていた。両手で水を掬って飲むと、うまかった。たかが水がこの程度うまいのかと思えた。そうして見上げると、一人の小さな、子供ぐらいの大きさしかない腰の曲がった老人が座っていた。
カミシロは驚いた。うおっ、と声をあげた。老人はなんにもしなかった。「あの、あんたが、その、神? 」カミシロが聞くと、老人はやっとカミシロに気付いたという体で顔をあげ、こちらを向いた。「いや、違う。おれは、鍛冶屋だ。お前、神に会いに来たのか? 」「会いに来たっていうか、その、会わなきゃいけないそうなんだ。」老人は事情を理解したらしく、ああ、そうか。と言った。
おれみたいなのは時々来るのか? カミシロが聞いた。らしいな、おれが会ったのは、お前ぐらいだけども。と老人は言った。神はどんなやつなんだ? とカミシロは聞いた。いや、普通の、なんでもない老人だよ。時々山から下りてきて、おれに山刀を研ぐように言うんだ。と老人は言った。おれ、食われるんじゃなかろうか、とカミシロは思った。
「だから、おれは鍛冶屋。べつに、それ以外、それらしいこともしてないんだけどな。」と老人は言った。退屈しないのか? とカミシロが聞くと、しないさ。おれは、神が好きだからな。と老人は言った。
老人と別れ、カミシロは再び山を登った。滑りそうな岩、どちらに向かえばいいかわかりにくい獣道。そういうものを歩いていった。自分の手で困難を克服することが楽しかった。途中、両脇にたくさん木々が生えた緩やかな場所があった。そこで座って、一度、深呼吸をした。気持ちがよかった。なので、煙草を一本吸った。これもうまかった。
そうして、頂上に着いた。頂上には鳥居があり、神だと祭られているらしい、岩があった。なぜそれがそういう岩だとわかったのかと言うと、親切にもその脇にその岩がいかにして神と崇められるようになったかという説明があったから。なんだ、まさか、こんなことかよ、とカミシロは思った。その時、おい、とカミシロを後ろから呼ぶ声がした。