ガイド
その日カミシロが朝起きると様子が違っていた。携帯のアラームが鳴らなかったのだが、何度寝ても9時35分だった。
どうも、おかしいぞとカミシロは思った。これはひょっとして夢かしら。そうつぶやいてみて、ともかく外に出る事にした。
そこには何人か人がいた。皆マネキンのように見えた。比喩表現ではなく、石のように、元からそこにあったかのように、あるいは描写されつくした絵のように固まっていた。
カミシロはドッキリカメラだと思った。おれみたいな素人を引っ掛けて何が面白いのか? ともかく、カミシロはこけにされるのが嫌だったので、気にせず、仕事場に向かう事にした。
道すがら、いろいろな人が居たが、皆止まっていた。スーパーのロゴが入ったビニール袋をぶらさげた中年の女、楽しそうに話しながら、その口を開けたまま固まっている小学生らしい男児数人、同じ格好をしたティーンエイジャーの女数人、いかにも忙しそうにブリーフケースを抱えたスーツのサラリーマン。雑多な人々がある瞬間のまま止まっていた。
カミシロはどこから撮っているんだと思い、あたりを見回した。そうすると更に人は目に入ったが、カメラは見当たらなかった。どこかで知らない誰かが笑っているんだろうと思うと腹がたった。おれみたいな、普通の人間をぺてんにかけて何が楽しいんだ。
カミシロは腹がたってきた。誰か、居るんでしょう? そうつぶやいてみたが答えはなく、一人の女と視線があったように思えた。その女はビジネススーツを着ていて、黒いタイトスカートを履いていて、魅力的に見えた。カミシロは何か話を聞くようにして、自然なつもりで肩にふれた。安っぽいスーツの、目の粗い生地の感触が伝わってきた。そこにあるものに興奮した。あの、すみません。反応はなく、ただ、興奮し、女の顔に手を当ててみると、カミシロはそれがそこにあることを感じられなかった。
目では、自分の手が女の顔に触れている事がわかるのに、まったく、手のひらの神経の血流が悪くなり、麻痺したかのように、感じられないのだ。性的興奮よりも、その新しい感触というか、無感触が気になって、カミシロは何度も、色々な角度から、顔を触っていた。
「おい」何者かがカミシロの肩に手をおいた。「違う、違うんです」カミシロはそう言った。
「おまえ、面白いな。そういう事するやつは中々いないよ」背後の、カミシロの頭の上から、粗い息と共に、その声が耳に入る。カミシロは振り返った。
「違うんです。おれ、まったく、わけがわからなくて……」振り返ったところには、カミシロよりもだいぶ背の高い一体のぬいぐるみが居た。黄色い羽毛が体にたくさんついていた。「いや、いいんだ。そういうのも悪くない」着ぐるみは大きなダチョウのような姿だった。顔が二つついていて、本来ダチョウの顔がある部分にデフォルメされたアニメ調の顔があり、ダチョウの胸の所に仮面がついていた。カミシロは中世のペスト医師のようだなと思った。声は仮面の所から発せられていた。
「カミシロだな? おれは、ガイドってんだ」これが、カミシロとガイドの出会いだった。