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最後の子守唄

作者: 柚姫

このお話はお友達が創った歌に沿って執筆したものです。

私の大切なお友達に捧げます。

いつも、君の背中ばかりみてた気がする。

それでいて僕は君の背を追おうともせず、ただ護られて導かれていた。僕がよそ見をすれば君はいつも気付いてくれて、僕の手を引いて歩いてくれた。


生まれた時からずっと、君と一緒だった。

同じお腹から生まれたのに、僕と君とは正反対。

姉の「希」、弟の「望」。誰かの「希望」になるようにと母が付けてくれた名前。君は確かに皆の、僕の希望だった。僕はどうだろう。僕は、君の希望になれたんだろうか―――…




「望、こっちにおいでよ!」


幼い頃のおぼろげな記憶の中、いつも君の姿があった。

いつも笑顔で、誰にでも優しくて。君の周りにはいつも誰かがいて、その誰かも笑ってた。まるで陽だまりのような、皆の太陽だった。

僕はいつもそれを遠くから見ていた。日陰で、俯いていた。そしたら君はいつも気付いてくれるから。手を引いて、笑顔の真ん中に引っ張っていってくれるから。僕はそれをただ待っていたんだ。自分から動こうとはせずに。



いつも、そうだった。

勉強も運動も君が全部世話を焼いてくれた。進路でさえ君と同じ、それだけの理由だった。自分で決めたことなんて何一つなくて、困った時も君が気付いてくれるのを待って。


「望、どうしたの?」


優しくて、世話を焼くのが好きで、ちょっとお節介な君は僕を放っておくことなんて出来なかったんだ。僕はそれに甘えて、いつも、いつまでも、君に寄りかかっていたかった。




そんな僕だから、罰が当たったのかもしれない。

そして僕にとって一番残酷な罰を、かみさまはよく知っているらしい。




僕のすべてを奪う罰。

希が、死ぬという罰。



双子にとって片割れは分身―――そんなふうに言う人もいる。確かにそうなのかもしれない。大事な片割れ、もう1人の自分。

だけど僕は今、自分自身を失くすよりも悲しくて、辛くて。いっそ僕が代わりに、いなくなってしまえたら。そしたら皆、今泣いている皆は、笑うに違いないから。


君の(むくろ)を目の前にしても涙も零さない僕なんて。



最期に君の顔すら、見れない僕なんて。






確かに(ひつぎ)の中に君はいるんだろう。相も変わらず綺麗なままの君が。冷たく、固くなった君が。もう笑わない、話さない、君が。

僕はそんな君を見るのが怖くて。二度と会えないことなんて確認したくなくて。手に持った別れ花を握りしめて。


「俺、先に帰る」


それだけしか言えなかった。同級生たちが僕のことを冷たいだとか言っているのが聞こえたが、そんなことどうでもよかった。

隣に、君がいない。




***




どこをどう帰ってきたのかわからないまま、気付いたら自分の部屋にいた。希がどうして死んだのかとか、葬式までの段取りとか、確かにわかってるはずなのに頭に霞がかかってるみたいにぼんやりとしている。おぼろげだったはずの幼い頃の記憶すら鮮明に思えるほどに。



ふと、視界の隅に光るものを見つけた。ゆっくりとそちらに目をやると机の上に西日を受ける携帯電話があった。

世の中はスマートフォンやらアイフォンが主流だが、僕のは買った時からずっと同じガラパゴスケータイだ。太陽の光が反射したのかと思ったが、どうやらそれは違うらしい。滅多に光らないオレンジ色のライトが、その存在を主張するかのように点滅している。


希と色違いのそれは、家族からの連絡以外ではほぼ使用したことがなかった。希がいなくなってしまったことでこいつの仕事は更に減るに違いない。何で望は携帯電話を携帯しないのよ、意味がないじゃない―――そう、希に何度も言われるくらいに僕は目の前の小さな箱に興味がなかった。…いや、不必要と思いたかったのかもしれない。電話なんかじゃなく、いつも希が横にいればいいと思っていたのかもしれない。なんとも情けない話だ。




一種の現実逃避かのように脳内でごちゃごちゃと考えながら、目の前で光る黒い箱に触れた。久しぶりの感触に少し鼓動か早くなるのを感じた。


ゆっくりと、携帯を開く。初期設定の待受画面に不在着信を知らせるアイコンと仲良く並んで、留守番電話有りのアイコンが表示されていた。

誰からの着信か、誰からの留守番電話か、聞かなくてもわかる。僕自身のことのように。

ゆっくり、ゆっくり再生ボタンを押して、携帯を耳に押し当てた。



声が聞こえるまでのコンマ数秒が、夕日が沈むのと同じくらいゆっくりに感じられる。


刹那、鼓膜を揺らす声。恐らく僕の人生で1番、僕の鼓膜を揺らした声。

オレンジ色の街並みが滲んで見えた。






この世界に産み落とされるずっと前から。母が胎動を感じる前から。この世に「存在」したその瞬間から。

母の子宮の中で、狭くて広い海の中で。母の声よりずっと近くで、ずっとはっきり、いつも聞こえていた声。


誰より、何より安心する声。



それは何気ない言葉だったはずなのだけれど、内容なんて微塵も頭に入って来なかった。ただ、もう彼女は帰ってこないのだという当たり前のことを、どうしても目を逸らせないほどに目の前に突きつけられたようで。

もう僕は独りなのだと。やっと、1人の人間になれたのだと。大きすぎる代償と共に自由を手に入れたのだと。嫌気がさすほど解らせられて、僕は、赤子のように泣いた。


いつからだろう、涙も流さなくなったのは。笑うことも泣くことも怒ることも、いつの間にか忘れてしまっていたみたいだ。

体中の水分が無くなるほどに涙を流した後、そんなことを考えて自嘲気味に笑った。




今日はもう寝よう。涙の後も拭かずに布団に潜り込む。

眠る直前、不慣れに携帯を操作してアラームを設定した。たったこれだけの作業に今の僕は人の何倍も時間がかかってしまう。でもきっと、すぐに慣れるのだろう。


少し熱を帯びた携帯電話を枕元に置き、ゆっくりと瞼を閉じた。



ゆるい子守唄を聞いた赤子のように安らかに。蛹から出てきたばかりの蝶のように希望に溢れて。少しずつ、意識を手放していく。



きっと僕はいつか忘れてしまうだろう。この新鮮な気持ちも、今日の想いも、君がくれたかけがえのないものも。そして時々思い出すだろう。古いアルバムを捲るように、断片的に一つずつ。そして気付くだろう、他でもない自分が描いてきた足跡に。


僕は今、生きているのだから。

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