少女は二人旅を続ける*二日目の旅 中盤*
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「美味しいな」
「ふふ。美味しいでしょう? 琥珀蜂が作る蜜は極上なのよ」
北方では、紅茶に数種類の果実の砂糖漬けを混ぜて飲む習慣もあると聞いたことがあった。それを聞いた当時は「うげ、甘味過多だ」としか思わなかった自分が、今は花茶に蜂蜜を垂らして飲んでいる。人生とはつくづく分からないものだね。
見上げれば、太陽はようやく空の天辺に昇ろうかといったところ。そこで、多少のゆとりはあると判断した二人は正午を迎える前のささやかなティータイムに興じているという訳だ。
甘さ控えめの茶菓子を摘みつつ、ぐいぐいと三杯目の花茶を飲み干した少女。そこには優雅さの欠片もない。だが、この上なく幸せそうな表情を浮かべている。まさに至福と言えそうなそれだ。その様子をどこか微笑ましげに見ていたマスターはさり気なく情報を付け足しながら、無駄のない動作で花茶の入ったポットを傾け、甲斐甲斐しく少女のカップへ注ぎ足している。これで四杯目。
「花茶もね、草原地帯を出るとなかなか手に入らないのよ。一度に大量に作れるようなものでもないから、市場にもなかなか出回らないの。だからこそ、この丘に定期的に使者を遣わせて買い占めを狙う貴族も多いらしいわ」
「……成程ね。うん。つまり木登り蟹同様に、ステータスの一環でもある訳か」
「ご名答。でも、丘の養蜂家たちは独占を狙って訪れる客には相応の対応しかしないのよ。志を持って蜂たちと共生している彼らに、貴族の我儘なんて通用しないわ」
『蜂蜜ヶ丘』――――それは養蜂の聖地であると同時に、昔から今に至るまで王家の庇護を受ける土地としても有名だ。一見しただけなら長閑で穏やかな街にしか見えないけれどね。実際丘に辿り着いた時、二人を真っ先に出迎えたのは草を食む仔馬たち。その光景に、湿地帯を進む過程でやや疲弊せざるを得なかった心も一挙に和んだ。しかしその内実は、外見からは想像もつかないほどに物々しい側面も抱えているらしい。国の要所に数えられているその丘には、常時、数名の騎士と警吏が常駐しているようだ。
「過去には、琥珀蜂を他国へ売り飛ばそうと考える輩が街に忍び込んだり……そうね、貴族の子飼いになっている盗賊団が大挙して押し寄せたこともあったそうよ。良いものには総じて虫が付きやすいもの。こればかりは仕方ないのかしらねぇ」
少女とは対照的に、この上もなく優雅な所作でカップを傾けるマスター。彼は苦笑混じりにそう告げた後、「まだ飲む?」とポットを手に少女へ問い掛けた。少女は笑って「いや、もう十分だ」と返答した。そしてふと、思い立ったように足元の巨大袋を漁り始める。
「どうかしたの?」
「うん、もしかしたら役立つかもしれないと思ってね。……マスター、これを」
少女から手渡されたものに、直後は首を傾げるばかりだったマスターは徐々にその顔色を変えていった。それが何であるか分かった時点で、混乱の色を隠せなかったらしい。向かいの少女へ、動揺も露わに問いかける。
「これ、どこで手に入れたの? 今は殆ど手に入らない代物でしょう……?」
「うーん、確かにね。今はもう入手困難だと師匠も前に言っていたかなぁ。でも、物置に眠らせておくのも馬鹿馬鹿しいと思って持参してきたんだ。使えそう?」
「使えそうって……。はぁ。貴女って本当に退屈しない子ね」
色々考えるのが馬鹿馬鹿しくなったわ。そう呟きながら掌の小瓶を感慨深げに日に透かすマスター。彼の横顔には、何かを懐かしむような色が混じっていた。
「『竜の涙』……こんな貴重品を無造作に袋に突っ込んで持ち歩いているのなんて、世界広しと言えど貴女くらいなものよ?」
「……そんな大層な名前が付いていたんだなぁ。これ。普段は治癒薬としか呼んでなかったしな、うん」
「普段は……って。まさかこれを日常的に使っていたの?! あり得ない。あり得ないわ……これ一本で城が経つ代物を日常使いって。気が遠くなりそうな話だわ……」
これ一つで城がねぇ……。改めてマスターに渡した小瓶に目を落としつつ、今になって知らされた事実に驚きよりか呆れを覚えた。そんなものをポンポンと放り投げていた師匠と暮らした日々を思い返し、遠い目にもなる。やはりあの人は、一般的な枠にはどうしたって当てはまらないのだろう。常識が通用しない。それにおそらくだが、今知らされた情報を師匠に伝えたところで『知っていたけど何?』もしくは『別に興味ない』の何れかしか返ってこないだろうと予想が付くからね。
「取り敢えず、怪我をしたら使って。どんな大層な名前がついていようと、治癒薬であることに変わりはないからね」
「……なるべく怪我をしない方針で行くわ。でも、有難う。心遣いは確かに受け取ったわ」
未だに顔色は完全には戻らないものの、マスターは琥珀色の双眸を細めて笑う。それに一つ頷いて、そのまま袋の口を締め直した。渡せるものは渡せたし、名残惜しいがそろそろ出立しなければならない。
少女の表情を敏感に読み取ったマスター。彼もまた一つだけ残った茶菓子を口に入れて席を立つ。掌の小瓶は真っ先に懐の一番深いところへ仕舞いこんでいる。万一にも地面に落ちて瓶が割れたら笑えない。ましてやこれから向かう先を考えれば、冗談にもならなかった。
「さてと、じゃあそろそろ今日の本題――――『浮島』へ向かいましょう。蜂蜜ヶ丘から北東よりに暫く歩けば見えるわ。本来なら、ここから次の街まで徒歩なら二日は掛かるところよ。でも、飛竜の翼をすれば半日も掛からない」
「これ以上無いくらい、頼もしい話だね」
「ふふ。久しぶりに腕が鳴るわよ。期待していて。特大のを捉まえてあげるわ」
「……程々で構わないよ、マスター」
一応付け加えてみたものの、当人の耳に届いているかは謎だね。まあいいか。当人のやる気があるに越したことは無い。
最後の一口を流し込み、カップを置いて席を立つ。喫茶店の店主に代金を払って通りへ出ると、まだまだ明るい空が見渡せた。
丘を出立する際も、上って来た時と同じように仔馬たちが見送ってくれた。ここは面倒な側面も含んでいるが、良い土地柄だと思う。花茶も美味しいし、蜂蜜は言うまでもない。再び訪れることが出来れば、その時にはマスターからも薦められた蜂蜜酒を買い求めたい。今は荷を増やすゆとりもないので泣く泣く断念するほか無かった。無念。
再び野イチゴの茂みを左右に掻き分けながら、緩やかな傾斜を下っていく。丘に至るまでの道のりは一面が水を含んでいた為、靴も専用のものに替えざるを得なかったし、その分足取りも重くならざるを得なかった。
しかし此方側は見渡す限りでは、半分ほどの大地が乾いているように見える。実際歩きながらマスターに尋ねれば、頷きながら答えてくれた。
「季節にもよるけどね。基本的に雨季以外、此方側は乾いているわ。その例外が『浮島』と言うことになるかしらね。もう少し歩いて行けば分かるけど、浮島一帯は靴を履き替えて踏破できる代物ではないわ。小舟を使って進むの」
「……それだけ聞くと、むしろ湖水地方のようにも思えてくるなぁ」
「ふふ、当たらずとも遠からずと言ったところよ。今は『浮島』を目指して進みましょう。実物を前に、改めて感想を聞かせて頂戴?」
なるべく乾いた部分を選んで進んでゆくことで、二人のペースは再び従来のものに戻っていた。きっちり足取りを速めつつも、湿地特有の動植物を観察する手間は惜しまない。
水鳥一つとっても、その種類は多岐にわたるのだ。群れで飛んでいく彼らを下から見上げて、その鮮やかな色彩に目を瞠る。外敵に見つかりにくくするためか、水面に浮かんでいる時には地味な色合いしか見えない。けれども一たび舞い上がれば、翼の内側と広げた尾羽で驚くほどに印象が変わった。あれは詐欺だね。
また、丈の高い葦が繁茂している一方で妙な形の植物がちらほらと視界に入ってくる。決して多くない知識を総動員して記憶を探ってみたところ、不意に思い当った。
――あ、これは食虫植物だと。
食虫植物は書いて字の如く、虫を食べて生育する植物。時々うねうね動くのは体内に取り込んだ虫を消化している合図らしい。実際、歩いている途中で見かけた幾つかの内の二つくらいがうねうねしていた。思い返せば食事中だったのだろうね。
興味を抱いていることが伝わったのか、例の如くマスターが有用な情報をくれた。
「……ああ、なるほどね。西だとあまり馴染みがないかしら? 大陸でも限られた地域に分布しているから実際に目にすることは稀かも知れないわね。そうそう。確か、魔境にも独自の進化を遂げた食虫植物が確認されているらしいわ」
「案内人に転職しても食べていけると思うよ、マスター」
「ふふ、褒め言葉として受けておくわ」
そうか。魔境にも食虫植物が生えているのだな。うんうん。滅多なことでは魔境関連の情報は得られないことを考えたら、さらりと何でもないことのような顔をして情報をくれるマスターはまさに情報の宝庫だ。この旅の間に、海の向こうの話まで聞けたら理想的なんだけどね。さて、そう上手くいくだろうか。二兎を追う者は一兎をも得ずとも言う。ひとまずは慎重なスタンスを崩さずに行きたいところだ。
「――――ほら、見えてきたわよ。あれが船着き処。あそこで小舟を借りて『浮島』まで漕いで行くの。時間制だから、なるべく早く戻るに越したことは無いわね」
「なるほど。貸主は、あの桟橋にいるご老人かな?」
「ふふ、確かに後ろ背だけならそう見えなくもないわね……でも、まずは正面から確認することをおススメするわ」
「……?」
白銀の小さな背は、二人の会話を拾ったのだろうか。不意にこちらへ振り返った。その人の容貌をまじまじと見て、成程マスターの言葉はそういう意味だったかと納得もする。
見事な真白の髪に、薄水色の目。訝しげに細められた視線の先で、マスターが苦笑している気配があった。
「……まさかと思うけど、この時期に浮島まで行くつもり? 自殺願望者ならお断りだ」
それは鈴の音を転がしたような少年のソプラノ。端から突き放すような高質な意図を隠すつもりも無く、片手には釣糸を垂らしている。
どうやら釣の最中だったらしい。成果が思わしくないのか、何処となく不機嫌な様子だ。いや、そもそも素である可能性もあるか。けれども判断が付かないね。互いに情報が少なすぎる。
しかしながら、そんな心配は端から杞憂だったらしい。少しの間をおいてマスターが口を開いた結果、張り詰めていた空気は一転したからだ。
「シディ? いったい誰に向かってそんな馬鹿馬鹿しい確認をしているの?」
「……なんで俺の名前。え、嘘だろ。――――ベリル兄さん、なの?」
「大きくなったわね、シディアン。……お父さんのことは残念だったわ。本当はもっと早く来るべきだったのに。遅くなってごめんなさいね。お祖父さんは今、漁に?」
「――――ベリル兄さんだ。間違いないや。でも、どうしたの。その口調……」
「ふふ。大人には大人の事情があるのよ」
「……よく分からないけど、うん。まあいいよ。来てくれただけで嬉しいからさ」
まさに氷が解けたように、儚げに笑う少年。その印象は桟橋に座ったまま振り返った時と比べても、大分違う。まぁ、ざっと見た限りでは警戒心の強い雪狐に近い印象を受けた。兄弟というのには正直なところ違和感はある。それは否定しない。根本的に二人の持つ色彩が違いすぎるのだ。
とは言え、一概に家族と言っても色々な形があるからね。個々の事情も鑑みれば、不用意な言葉は口に出来ないし、するべきではないだろう。
「じいさんは今、船で出てるよ。あと一刻もすれば帰って来ると思うけど」
「そう。――――本当はご挨拶していきたいところだけれど。御免なさいね、今回は急ぎの用なのよ。シディ、一隻舟を貸して頂戴」
「……ベリル兄さんの頼みなら断れない。でも、一応伝えておくね。今年は例年に比べても飛竜たちが相当神経質になってる。多分魔境から流れて来る不安定な魔圧を感じ取っているからだと思うけど……くれぐれも気を付けて。油断しちゃだめだよ」
「ふふ。しばらく見ない間に男振りを上げたんじゃない? 有難う、シディ。あなたの忠告、けして無碍にはしないわ」
微笑み合った後に、軽く抱擁を交わした二人。それを少し離れた位置で見守っていた少女の存在に、ここでようやく思い至ったのだろう。
「あ、さっきは……すみませんでした。飛竜が騒がしい影響か、なかなか漁も上手くいかなくてピリピリしてたこともあって。あんな言い方をするつもりは無かったのに」
「気にしなくていい。こちらも元より、気にしていないからね」
「……? あ、もしかして女性の方ですか。え、まさか兄さんの恋……」
「違うね」「違うわよ」
声をそろえて伝えれば、対面する少年は暫く瞬きを繰り返して一言。
「……何だ。ふふ、少し残念」
この発言を受け、何となしに血の繋がり云々では無くこの二人はまさに兄弟に近しい間柄なのだなぁ、と。思わずしみじみもする。こういった発言は身内だからこそ出て来る部分があると思うのだ。
「依頼人と御者の間柄だな」
「なるほど……誤解してしまって、すみません。でもまさか兄さんが御者の仕事を受けるなんて。うん、本当に何年振りだろう。……兄さん、まさかと思うけどブランク云々でへまはしないようにね」
「シディ……貴方だんだん父親そっくりになって来てるわ。その心配性も程々になさい」
補足的に説明を加えれば、懐かしそうに少年は目を細めた。何年振りと言うからには、依頼を受ける際にマスターが言っていた通り、今回の件が『珍しいこと』だというのも頷ける気がした。本当に一体、何が琴線に触れたかは分からないけれどね。でも結果的に優秀な案内人兼御者として同行してもらえている現状は幸運と呼ぶほかないのだろう。
「そろそろ行くわ、シディ。もし入れ違いになってしまうことがあったらお祖父さんに宜しく伝えておいてね?」
「うん、分かった。ベリル兄さん、絶対に無事で帰ると約束してね」
「……ええ、約束する。舟も飛竜もどちらも連れて戻るわ」
二人が舟に乗り込むのを確認して、少年が慣れた手つきで桟橋に繋いでいた縄を解いた。そのまま縁を蹴って、初めは遠心力を得て進んでゆく舟。その舟の上から互いに手を振っている合間も、マスターの熟練の櫂捌きによって、舟はどんどん桟橋から離れて滑るように水面を進んでいく。これには見事と言うほかない。何でも出来るんだよなぁ、この人。
「……少しごたごたしてしまって、御免なさい。初めて会った時から感じていたけれど、貴女はとても気が利いて優しい子ね。……あの子、シディアンは昔から割と繊細な部分のある子だった。半年前にあの子の父親は運悪く飛竜同士の乱闘に巻き込まれて、それが原因で亡くなってしまったの。それが余計にあの子の心を頑なにしてしまったみたいだわ。不快な思いをしたでしょう?」
「マスター。先ほど彼にも言った通りだ。自分は特に気にしていないよ。……昔から自分の周りというと、頑なな変人ばかりだからね。要するに、慣れてるんだ」
「……俄然、貴女の環境に不安を覚える発言だわ」
「そうだろうね。――――そう言えば、マスターはベリルという名前なんだね」
「あら? 言ってなかったかしら……待って。そういえばわたし、貴女の名前も聞いてなかったわよ。なんて不手際なのかしら……今更ながら、頭が痛いわね」
いや、敢えて名乗らずにいた部分もあるにはあるんだよマスター。内心でそう呟きながら、周囲に対しては常に変わらずに来た自身のスタンスを再認識する。なるべく抱く印象を浅い部分に留め、かつ記憶に残らないような在り方。それは今も昔も変わらない。
理由は何かって? 残念ながらそれはまだ、語る段階にはないみたいだ。何れ、来るべき時に纏めて話すこともあるかもしれない。――すべての事柄は、然るべくして白日の下へ晒されるもの。急いでも、事を仕損じるだけだからね。
「名乗りが遅れて申し訳なかったね、マスター。カルーア・リルコット。それが俺の名前だよ。呼び方は任せる。好きなように呼んでもらって構わない」
「ふふ、男気に溢れた文句の割に可愛らしい名前だこと。じゃあ、今後はお言葉に甘えてルーアちゃん……でいいかしらね? わたしの正式名はベリル・クラウレッドよ。今まで通りマスターでも、ベリル姉さんでもどちらでも構わないわ」
「では、今後ともマスターで。それと、一つ確認しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何かしら?」
少女が無言で指を指した先。そこに、先ほどから気になって仕方が無かったイキモノがいた。舟の縁にいつの間にやら乗っていたそれは、丁度こちらを向いて話していたマスターからは死角となっていたらしい。放っておけば飛んでいくかな、と。暫く観察していたのだが一向にその様子が無いという経緯だ。豊富な知識を有するマスターであれば、これの正体も時間を置かずに明らかになるだろう。そう信じて疑わなかった。
しかし、結果は思わぬ方向へと転がることになる。
――そう。肝心のマスターから暫くしても返答がないのだ。どうしたのだろうと様子を窺おうとして、その尋常でない顔色の悪さに嫌な予感を覚えた。ただの嫌な予感というよりか、もっと確実な。とんでもなく嫌な予感というのに近い。
「マスター?」
「…………ルーアちゃん。これ、いつから縁に止まってたかしら?」
「桟橋を出て、それ程経っていなかったと思う」
「…………嘘でしょう。どうして、いや。どういう事なの。全く説明がつかない…………」
それから暫く、まともな言葉が出ない様子のマスター。これは時間を置いた方がよさそうだと判断し、舟の縁に未だに止まったままの『それ』を観察する。大きさは少女が背負っている荷物よりもやや大きいくらいだ。灰色の体毛に全身を覆われたそれは一言で言うと丸い。とにかく丸い。よく目を凝らすと、辛うじて淡黄色の虹彩が確認できた。山猫の目よりも険は無いが、とにかく今は眠たげだ。頻りと瞬いている。とろんとして、今にも縁から水面へ落ちそうになるのを奇跡的なバランス感覚で支えている。見た感じは鈍臭そうな図体にも拘らず、非常に器用な生き物だった。
「……ん? 翼があるみたいだ。こんな大きな鳥類がいる浮島一帯は神秘の宝庫だなぁ」
「違うわ、ルーアちゃん。それはね、鳥じゃないの」
「――ふむ、冗談もここまでかな。そろそろ本題に入ろう。もしかしてだけど。これから行く先にこの生き物の『成体』がいる?」
「察しが良すぎるのも考えものね……」
外れたらいいのになぁ、と思いながら口にした可能性はもれなく正解だった模様だ。
さて、どうしたものか。
本来は『浮島』の中心で、大切に守られている筈の飛竜の幼体。つまり、ヒナだ。それが何がどうなってかは知らないが、いつの間にやら舟の縁で器用にバランスを取りつつ止まっている現状。
現実とはかくも不可思議なものであっただろうか、と。半ば逃避の姿勢で空を仰いだ。当然の事、そこにはただ空があるだけだった。
雲一つ見えない、蒼穹。正午を少し過ぎた、真昼の舟の上。灰色の塊は二人の心境などいざ知らず、ウトウトと微睡むばかりだ。