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勇者の最愛はこの大陸に見切りを付けました  作者: 因果論
旧大陸編*新章*
40/51

*挿話 とある魔術師の追想*

 *



 物心がついた頃にはもう、身近に魔法式がある生活が当たり前のものだと思っていた。

 この世の法則に絶えず絡み合うようにして、ごく自然に紡ぎ出される『(イル)』と『図式(スケーマ)』。それが魔術の基本であると同時に根幹であるということを知ったのは、齢にして十二の頃のこと。

 ――住んでいた村に、奇妙な隣人が越してきたことを機に全てが動き始めた。

 時に純然たる殺意に晒され、時に暖かな背に庇われ、時に人ならざるモノの抱く宿命の如き哀切を傍らに覚えながらも。

 魔術師カルディア・ムートが、およそ周囲の人々が経験するであろう様々以上に波乱含みの半生を送っていることは言わずと知れた事実だ。



 カルディアには二人の幼馴染がいる。

 まずは瑪瑙色(アガット)の長い髪に丸々とした翡翠の瞳を持つ、コマドリのような少女。

 少女の名はカルーア・リルコット。姓名ともに彼女の養い親であるハイナスが付けたらしいとは、いつだったか偶然聞いた話だ。

 彼女のことを思い返す時、まずは武力特化の四文字が浮かぶのが物悲しくはあるが紛れもない真実。

 見た目だけで推測するなら、少なくとも自分より年下だろうと思わざるを得ないくらいには愛らしい外見をしているカルーア。だがしかし物事は総じて裏腹を持つものだ。

 あの細腕をして、あの小柄な肢体をして、彼女は自分が知る限りで最上ランクの武闘派に分類される。

 ある時ふと思い立ち「ルーアの限界ってどこらへんなの?」と冗談混じりに問うたことがある。その時に返ってきた答えは、正直今になって思い返してもゾッとする。

 ルーアは微かに首を傾げつつ、


「さぁな。何しろ限界なんて今後も出す気は毛頭ないし、そもそも自分の限界なんてどうやって測るんだ?」


 そう真顔で(のたま)った。


 自分がカルーア及び『あれ』との明確な違いを自覚したのは、この言葉を聞いて後のこと。

 ヒトならざるものの心の在り方は、やはりどこか違う。感じる思いや、周囲を取り巻く物事といった共通項はあっても、最後の最後はほんの少しだけ生じるズレ。

 おそらくそれは自分だけの感覚に留まらず、少なくともカルーア自身は自覚している節がある。

 義理堅くそれでいて割と短気。合理主義で、時々ものぐさ。酷薄とした一面も見せるが、基本的には情に厚い少女だ。

 同じくヒトならざる『あれ』もまた自覚しているかはいざ知らず、彼女が零す言葉の端々に諦観の色が入り混じっていたのは一度や二度ではない。


「カル、君はつくづく不運な星回りをしているな」


 そんな言葉を苦笑と共に投げかけられる度に、自分が遣る瀬無い思いを抱いてきたのも本当の話。

 けれどもどこかで、それだけではないと呟く内心が最後の最後でいつだって『彼ら』との縁を繋いできたことも事実なのだ。



 二人目の幼馴染、アルヴィン・フォーゲルクロウ。

 あれを表現するのに一番簡潔な言葉は、絶世の美男。それに尽きる。

 少なくとも自分はあれよりも造形の整った存在を性別問わず知らないし、おそらくいないだろうと思っている。

 陽光を透かし、そのまま紡いだような淡いブロンドの髪と緋葵(マロウレッド)の双眸。身長はそこまで高くはないが、低くもないしなやかな肢体。少年と青年の合間を思わせる中性的で柔らかな美貌をして、どこか野生の獣を思わせる鋭さを併せ持つ。

 そして顔貌のみに限らず、全体の均整において欠けるところのない在り様をして若い男とくれば、周囲が視線を向けずにいられる道理は無いに等しい。

 まさに平均男児の敵である。

 美形爆発しろ……! と内心で何回唱えたかは、最早わからない。

 事実、あれはモテた。この一言では十分に表せないくらい、行く先々の女性陣の視線を尽く集め尽くし、嬌声すら上げられずに陶然と見惚れる被害者が続出した。

 被害者の一人に聞けば、視線一つ合っただけでその魂を根こそぎ持っていかれる心地になるそうだ。

 何それ怖いと思った自分の感覚が正常の範囲内だと信じたい。

 でもまぁ、その気持ちが分からなくもないのがより恐ろしい部分でもある。凄まじく鳥肌を覚える想像ではあるが、自分が女だったら普通に見惚れる自信がある。

 そうそう。もう一点補足しておくと女性陣の視線を総ざらいした代償として、漏れなく男共の嫉妬、恨みつらみも買うことになったらしい。当然と言えば当然の流れだ。

 しかし戦う前から勝敗は確定している。ぶっちゃけ、死亡ルートだ。そもそも大陸随一の魔力総量と剣の腕を持つあれに挑むような愚者は実際のところ多くはなかったけど、それでも数人は真っ二つになった。あれはグロかった。普通に吐いた。

 結論としてあれの美貌は存在するだけ凶器だ。災害の一種にも近い。良くも悪くも人の世には馴染めない。

 寧ろ『あれ』を常に横にして平然としているルーアこそ、例外中の例外と言っていい。

 凡民には到底無理な話だ。


 と、まぁ。それはさておき。

 今も昔もほぼ変わらないが、それでもあれが一番嬌声を浴びていたのは少年期と言うよりも青年と呼べそうな年齢まで成長した頃だった気がする。

 要するに、愛らしさが一切合財失われた後の成熟し切ったあれの美貌は、どこまでも冴え渡っていた。

 中には無謀極まりないけど捨て身の誘惑やら、薬を盛るやら、夜這いやらと実行に踏み切った猛者もいたようだ。結果は言わずと知れているけどね。

 何と言うか、ご愁傷さまだ。まぁそれでも命を絶たれなかっただけマシだと思ってもらいたい。

 まぁ実際のところ彼女たちが命を長らえたのは、裏でルーアが牽制をしていたからでもあるんだけど。


 ――そう。一度ルヴィへの恋慕を拗らせて、愚行に走った女がいた。

 確かあれは旅の商人の娘で、それなりの財に常に囲まれて育ったような典型的なお嬢様。そんな彼女は例の如く一目で『あれ』に堕ち、実る筈のないアプローチを繰り返した挙句に、最後の最後で寄りにもよってルーアを害そうとした。

 もし本気の殺意を向けていたら、まず間違いなく彼女は今この世にいない。

 最後の一線で辛うじて踏み止まり、ルーアの髪を一房落としただけに終わった彼女。

 けれどもその行為が、ルヴィを本当の意味で怒らせた。

 近くにいただけだったのに、普通に『あ、これ死ぬ』と思った。それくらいの禍々しい殺気だった。あれに()てられずに済む魔術師がいたら見てみたいくらいの。

 その上で言わせてもらうと、あの怒りを真正面から見てしまったであろう彼女こそ不運と言うか何というか。まぁ、あのルヴィの殺意を真正面から受け止めて尚も彼女を庇ったルーアこそ正真正銘、奇特な存在なんだけどね。

 でも、あの時に改めて思い知った。

 この世界でアルヴィンの怒りを本当の意味で止められるのは、カルーアくらいなもので。

 そのアルヴィンを本当の意味で怒らせるのは唯一、彼の最愛を害されたその時だけだということを。

 アルヴィンにとっての境界線はいつだって彼女一人で、それ以上もそれ以下もない。


 その事実を知る者は自分を含めてもそう多くはないが、これは本当の裏話。



 さて、そんな幼馴染二人である。

 彼らと一度でも関わった者は大半が知る事実として、アルヴィンがカルーアに良く言えば一途な恋心、悪く言えば尋常ならざる執着心を手向けていることが挙げられる。

 幼馴染としての関係はルーアとの期間がほんの少し長かったりする自分だけど、やや遅れる形で始まったルヴィとの関係性は一言で言って悲惨だ。その二文字に尽きる。

 何せあれが初対面からもの凄まじい眼光を向けてきたことを思い返せば、誰であろうと納得してくれるだろうと確信してる。今でもあれが純粋に警戒心から来るものだったのか、それとも既に芽生えた『執着』由来の牽制の意図が含まれていたのかは判断に困るところだけど。

 まぁ、一番確実なのは当人に聞いてみることだろうね。

 ただ、正直に言わせてもらうとまだ自分は死にたくない。だから生涯こちらから尋ねることは間違ってもないと確信してもいる。

 何はともあれ、悲惨。

 それ以外は無いルヴィとのあれこれを思い返す度に、寿命がガリガリと削れていく心地がするよ。これは本当に真面目な話。


 そうそう。思えば一度だけ、ルヴィにルーアのどこが好きなのかを聞いてみたことがあった。

 正直、記憶が前後で所々曖昧だけどね。と言うよりも、どうして自分がそんな生死を掛けた問い掛けをしようと思ったかが今思い返しても謎ではあるのだけどね。


 で、返ってきた言葉にやっぱり背筋がゾッと冷えたのはいつもの通り。


「お前に教える意味、ある? ――そもそも愛しいと感じることに理由なんて無いよ」


 ただ、愛しいから愛するだけ。

 そう言ってほの昏く、甘やかに口元に笑みを刻んだルヴィは普通に恐ろしかった。ドン引いた。

 これに愛されるルーアに同情以上に憐れみすら覚えた自分。

 幼馴染の立場からしても普通に酷いと思うけど、それが本音だったから仕方ない。


 あの二人と出会ってからは、実に様々なことがあった。

 二人の養い親であるハイナス・フレイヴァルツを師に仰ぎ、魔術の基礎から応用まで様々な知識を得ることが出来たのは間違いなく自分にとって最大の転機だった。そこは間違いないし、睡眠への限りのない執着と酒癖の悪さを除けば、自分にとっては過ぎたる師である。

 ハイナス師から教えを受けて大凡四年。その繋がりから、師の師に当たる開国の傑物モナリス・パク・マザールの教えを得るに至った際には一体自分は何者なんだ?! ――と、思わず自分で自分が分からなくなるといった混乱もあったけど今となっては笑い話。

 殊、魔術に関する成長度合いと諦めの早さにかけてはそれなりの自負がある。

 魔術師としてそれなりに経験を積み、そろそろ武者修行がてら各地を回ってみようかと思い始めたその矢先。


 皮切りは、以前よりも魔境が騒がしさを増しているという旅人伝えの風聞だった。


 各地の主要都市を先駆けとして、異例の速さで辺境を訪れた都仕えの騎士たち。

 彼らは国王の命を高らかに謳い上げ、住民を広場に集め、全ての者の魔力測定を行った。

 ここで一つ、どうでもいい話。

 正直なところ、自分はあまり都仕えの騎士が好きじゃない。というか騎士全般が苦手だ。理由は簡単。矜持ばかりが馬鹿高く、時に無害な魔獣さえも刃に掛ける場面に出くわすことが少なくなかったからだ。

 だからこそ『あれ』の魔力測定を行うべく使用された水晶球が粉々に砕け散ったあの瞬間、ほんの少しだけ胸がすく思いがした。

 あの時の騎士たちの驚愕の顔は中々に面白い見世物だったと思う。


 とは言え、その後の展開は色々と予想外に尽きた。

 絶対行かないだろうなぁ、と思っていた『あれ』が超絶不機嫌ながらも魔境討伐を承知したと聞いて、まず自分の耳を疑ったくらいには驚いた。

 そして『あれ』が(ついで)とばかりに自分を側仕えに強制指名してきた時には、軽く絶望した。

 ストッパーのいない『あれ』と旅をして無事に帰郷できる見込みの少なさを、他でもない自分が一番承知していたからだ。「あ、死ぬな」って素で呟きそうになったし、ここだけの話、密かに遺書を用意しておいた。

 それくらいの覚悟をもって半分死んだ目で荷造りを終え、迎えた朝日――そうして始まる魔境討伐。


 今思い返しても、地獄の道行きだった。

 常にあれの機嫌は最底辺を這っていたし、最強戦力と名高い面々は総じて勘違い馬鹿の巣窟だった。例外は少数で、狼夫人と名高いエーデンベルグ候の奥方と治癒術師の少女の二名のみ。

 出立当日。真っ先に地雷を踏んだのは天才剣士と持て囃された挙句に自分の実力を見誤った青年と、魔術と暗殺術を兼ね備えた隠者の二人だった。

 彼らが両断されずに辛うじて命を長らえたのは、偶然魔獣たちの襲撃と被ったからに他ならない。

 ルヴィの手によってほぼ消し炭となった魔獣の群れに、彼らはその時になってようやく自分たちが『何』に対して喧嘩を売っていたのかを自覚したらしかった。

 その後は空気同然となり、始終後方で怯えるばかりになった彼ら。正直連れて行った意味があったのかすらも疑わしい。

 でも、それ以上に最悪だったのは翌日だ。正確には深夜。

 原因は王国の第三王女であると同時に神官長補佐であったリーディア嬢。彼女がメンバーに加えられている時点で王国の思惑はあからさまだったけど、だからと言ってあんな馬鹿馬鹿しい行為に走るとは思わなかった。

 その付き人兼王国でも数少ない女性騎士の両名と共に、ルヴィの分の食事にだけ睡眠薬を混ぜ、夜半の夜這いに及んだ彼女たち。

 まぁ、結果なんて言わずと知れているけどね。

 そもそも何で二人掛かり……?! とか思ったり思わなかったり。女性の思考は時々すごく迷走するよね。まさに謎の一言。

 結果的に二人分の悲鳴が夜の静寂を揺らし、間を空けずに天幕から容赦なく蹴り出された王女様と女騎士。震える彼女たちを一瞥もせずに、暗黒の背景を背負ったまま野営地の中央へ出てきたルヴィ。

 見事なまでにバッサリと切り落とされた二人分の女性の髪の束を無造作に火にくべて、そのまま無言で自分の天幕へ戻っていった背中を「相変わらず容赦ないな……」と思いながら見送った。


 翌日からは通夜みたいな静けさだった。

 唯一の音と言えば、精々が小鳥の囀りか、虫の声か、魔獣の襲撃音くらい。誰も喋らないし、そもそもルヴィの視界に入ろうとすらしない。

 これは賢明な判断だったけど、出来ることなら初日から実践してほしかった。一日目と翌日の事があって、より一層機嫌が降下したルヴィから常時発せられる魔圧が地味に胃痛を悪化させていた。

 初めから予想はしていたけれど、現実になると尚のこと辛い。

 しみじみとそれを感じながら、とりあえず犠牲は最小限に留めようと個々のメンバーに密かに簡易結界を掛けておいたのが功を奏したのか、ひとまず死亡者は出さずに済んだ。

 自分は全くの善人ではないけれど、人並みの良心は持っているつもりだ。

 だからこそ無事に魔王討伐を遂げた兆しを確認した瞬間、ルヴィが戻る前に密かに早文を飛ばした。

 何故って? それはとても簡単な話。

 このまま帰還して大切な幼馴染の少女が据え膳よろしく捕食される未来を出来るなら回避したいなぁ、という一抹の賭けであると同時に出来ることなら、ルーアが『選択』できるだけの時間をあげたいと思ったから。


 結果的に銀の腐食毒に全身を沈められるという拷問じみた罰を受けるに至ったわけだけど、あの時の自分の判断については、改めて思い返しても後悔はしてない。


 で、その時の早文を受け取ったルーアが選択したのはやはりと言うか、あれからの逃亡だった。

 予想はしていたし、前々から思ってはいたけどルーアはあの美貌を常に傍にしながらまるで恋愛対象にしていなかった。これ、意外と凄いことだと思う。

 何を今更って話になるかもだけど、やっぱり顔は大事だ。顔が良くて苦労することも確かに多いのは認めるけど、良いなら良いで越したことは無い。

 要するに、一つの利点だ。美形はお得。あれの実態がどれほど悲惨であろうとあれの微笑みは時として全てを無に帰す力がある。

 幼馴染ながら、ルーアが何であれに魂を持っていかれずに済むんだろうと色々考えてはみたけど、結局のところは根本からルーア自身が『女性』としてルヴィに接していないからじゃないかという推察が今のところは一番有力じゃないかと思ってる。

 あの通り、日常から無駄に男気に溢れた少女だ。

 青年期を迎えた頃からのルヴィの態度はこれ以上無いというほどにあからさまだったというのに、むしろ砂糖吐きそうなアプローチを週単位で繰り返していたというのに、肝心の当人は少しも顔を赤らめる素振りも無ければ、最終的に首を傾げる有様だった。

 本当に素で「訳が分からない」というルーアの言葉に、寧ろ何で分からないの?!――と肩を揺さぶって聞いてみたい気持ちになったのは数回では済まない。

 だから密かに観察してみた。その上で辿り着いた推察が『ルーアはそもそも異性としてルヴィを認識してない』という俄かには信じ難い事実だったわけだけど。

 ここで一つ念のために補足しておきたいのは、ルーアが同性愛者だとかそう言った可能性も薄いということ。だからと言ってルヴィ以外の誰かに好意を寄せている素振りもない(と言うかそんな恐ろしい事実があれば、まずもってルヴィが相手を生かしておく筈がない)から、詰まるところルーアは恋愛視点を一切合財持っていないという説が俄かに浮上した。

 要するに、枯れているのだ。

 枯れた草木にいくら水をやったところで、再び芽を出すことはない。そんな感じ。

 そういう意味では涙ぐましい努力をルヴィが繰り返しているといっても間違いではないんだろうけど、残念ながら絵柄としてはそんなに奇麗なものじゃない。

 これでルヴィが『ルーアの気持ちが変わるまで幾らでも待つ』という誠実な思考を多少なりとも持ち合わせていたなら、曲がりなりにも幼馴染の一人として協力するのは吝かではないんだけど現実はまるで違う。

 いつからか煮詰まり過ぎたルーアへの恋情が、歪んで撓んで、狂愛にも近い何かへ変わっていたことに気付いた頃には色々と手遅れ過ぎた。

 思えばその頃から双眸に緋色が混じり始め、より一層ヒトならざる美貌が際立つようになっていて。

 ルヴィはルーア以外の事象に一切の興味を示さなくなった。

 日に日に濃さを増していくばかりの危ういものを孕んだ眼差しに、とうとうルーアも無視できなくなった昨今。まるでそれが運命であったというかのようなタイミングで降って湧いた勇者招致。


 出立前に、僅かに交わしたルーアとの会話の中で何となく察した。

 ルヴィが無事に魔王を討伐して帰郷することが分かった時点で、ルーアがこの村を出て行くことも。

 けして彼女が、あれの想いに応えるつもりがないことも。

 そしてその時の予感は、現実のものになった――と他人事のように語れたらそれはそれで幸せだったんだろうけど、残念ながらそうはいかないのが現実の無情さだ。


 いつしか固定化した『蛆虫』呼ばわりと、何だかんだでルヴィの恋路につき合わされる形で始まった追走劇。

 あれの野生じみた勘と嗅覚をもとに、西方の葡萄畑こと、リー・デルッカ村を出立して数日。

 巻貝穴を経由して、潮騒の街での師弟合戦から命からがら非難し、とうとう追いついた海都での大地を揺らす攻防戦。

 いやはや、改めて思った。この二人が正真正銘全力でやり合えば、まず間違いなく大陸が割れると。物理的に地形変動は免れないと。

 一太刀で海が割れるとか、実際に目にするとあまりにも現実味がなくてむしろ笑えるよ。

 そして思った。何度も思った。ルーアの背に庇われながら、きっと一番泣きたいのは彼女自身なんだろうな、って。

 だから幼馴染のよしみで言わせてもらうと、いい加減にしろとルヴィには言いたい。

 本当に愛しているのなら、こんな風に追い詰める前にやるべきことがあるだろうと。

 ――まぁ、言えないんだけどね。繰り返しにはなるけど、言ったらその日が命日になるから。馬に蹴られて死ぬのは流石に勘弁だよ。

 自分の夢は魔術師としてほどほどに名を売った後、可愛いお嫁さんを一人もらって気ままな辺境暮らしをすること。そしてお嫁さんとその子供たち、出来れば孫にも看取られて静かに穏やかな人生の締め括りを迎えることだから。


 とまぁ、そんなことを思いながらの攻防戦の終盤。余裕じゃないかって? いやいや、まさか。

 危うく海都ごと壊滅しかけたところを自分も含めた何人かの協力が合わさって、辛うじて形を留めるに至った『水晶(リーフィア)(・シス)女王(ヴェステ)』。

 その片隅で、魔力切れ寸前でへばってましたよ。

 いや、本当にギリギリだった、あれ。これは冗談でも何でもない本当の話だから。

 生きてるって素晴らしいよね。

 そんな感慨と共に、どうやら無事に船出できた幼馴染を海岸線で見送って、一息。

 その一方で、何か知らないけど海の波にプカプカと揺られてピクリともしない『あれ』の横で内心凄い動揺を覚えていた自分だったりした。


「え、何これ。失恋するとこうなるのお前……」


 と危うく口にしかけながらも、最後まで冷静さを装った自分の忍耐力と洞察力の凄さを誰でもいいから誉めてほしい。

 その後、久々にハイナス師にも挨拶が出来たことは良かった。頭上を飛び交う飛竜の群れに加えて、海辺に集まった見知らぬ面々の事情や背景はこの時点ではさっぱり掴めなかったけど、それもまぁ良しとする。

 問題は、ある空気を読めない人物が放った『地雷』だけだ。


「そもそも、失恋って今更じゃない?」


 いや、思ったよ。確かに思った。でも、それ言う? この場で言う?! ――と思ったのはたぶん自分だけじゃなかった。

 実際、その後に訪れた凍り付くような静寂と沈黙。

 果ては『あれ』が半身を起こすまでの遣り取りは、始終聞いているこっちが生きた心地もしなかった。


 何だかんだで似た者師弟。

 プッツンした後の、途方もない魔圧を空海両方で存分に浴びることになったその後のあれこれを振り返る度、自分が思うのはそれだけかな。

 あれ程冷ややかな怒気を発していたハイナス師を見たのが初めてだったこともあるけど、同時に雲の上で初めて目の当たりにした『全き獣性』との身も凍るような会談は出来れば記憶に残したくない一場面だ。

 あんなモノが内面に潜んでいたことを知らされた日には、正直幼馴染とか言ってられないな、と真面目に思うよね。

 それに加えて、真白の焔にハイナス師が焼き尽くされるかと思われた寸前のあの出来事。

 抜き放たれた刃の色とそこに込められた膨大な魔圧には、慄然とさせられた。

 あれは、紛れもない宝剣にして太古の遺物だ。抜くための条件は、至って簡潔(シンプル)。刃に己が命を吸わせること。

 あんなモノを迷いなく抜き放った師の背中に、改めてこの人は『武神』と呼ばれるに相応しいと思わせられた。


 すわ、このまま大戦勃発かと思われた刹那。

 ギチリ、と大気に歪みが走った。同時に『全き獣性』が小さく溜息を零して告げた一言。


「残念だ。まだ、完全には噛み合わないらしい」


 言い終えるや、霧散した圧倒的な魔圧。

 再び目を開けた時には、ルヴィの精神が戻ってきていた。


「まだ、あの子を追うのかい?」


 ハイナス師の問い掛けに、指先の焔一つで答えたルヴィ。

 大々的な水蒸気爆発が天空を揺らし、次に自分が目を開けた時にはチャプチャブと海面に揺られていた。

 辛うじて残された体力を振り絞り、砂浜へと帰還。

 吐けるだけの海水を吐き出した後、日光と潮風に当たって全身を乾かしていたら『あれ』が空から降りてきた。


「――殺り損ねた」

「……そっか」


 とりあえずその一言に安心して、ウトウトと微睡んでいたら首根っこを掴まれての強制起床。安定の鬼畜だった。

 その後の流れは、ご存知の通り。

 海都で一番船足の早い軍部所有の小型船。それに目を付けたルヴィの指示で密かに乗り込んだ夜半。

 偶然と言うには出来過ぎた奇妙な縁でどこか見覚えのある軍人二人と乗り合わせることとなり、再開された追走劇の続き。

 正直、生きて戻れる気がしない。

 ある意味では魔境討伐以上の地雷を抱えつつ、それでも船は滑るようにして波間を走り出した訳だけど――



 *



 青い空、白い波。

 穏やかな海原に飛び交うのは、数羽の海猫(マーレト)たちと真っ赤な鮮血。


「おはよう、魔術師殿」

「やぁ、ユギさん。昨晩は眠れた?」


 もはや日常化しつつある戦闘狂同士の攻防と、どうやら常識人に分類されるだろう元軍人のユギさんと交わす挨拶。

 一見すると近寄りがたい相貌をもつユギさんに、当初は声を掛けること自体躊躇われたものだけど。

 ここ数日の内で、何となく察した。多分彼は自分と同じような苦労を重ねてきた一人だと。


「今日はいい天気だな」

「うん。このまま天気が持ってくれれば、夕方までに近くの島へ着けるかもしれない」

「そろそろ水分と食料を買い足す頃だったか?」

「出来ればね。とにかく水は補給しないと。明日の昼頃には尽きると思う」


 頭上で繰り広げられる凄惨一歩手前の光景をよそに、船旅に必要なあれこれを確認し合うのになんとか慣れつつある今日この頃。

 何よりも幸運だったのは、自分以外にもう一人常識人が乗り合わせていたことだ。

 そのお蔭でここまで船旅を続けられている。これは本当の本当に真面目な話。

 もしあの戦闘狂二人にたった一人で挟まれながら船旅を続けていれば、たぶん今日まで生きてない。


「何とか生きて向こうの大陸まで辿り着きたいね」

「……ああ、そうだな」


 同じ海の上、同じ空と同じ光景を見上げながら、魔術師と元軍人は改めて握手を交わす。


 *


 この追走劇の果てに、一体どんな光景が待つのか。

 今はまだ見えないそれに思いを馳せる度、二人のヒトならざる幼馴染を持つ特異な魔術師は思う。


 アルヴィンが思い描く、仄暗い愛の結実か。

 それとも、逃げ切れなくとも逃げ続けることなら或いは可能だろうカルーアの永遠の逃避か。

 もしくは、全く別の結末か。


 いずれを迎えるにしても、出来れば二人にとって可能な限り優しい結末であればいい。

 そんな虫のいい話がないことを知りながら、そんな風に思ってやまないのは。

 やはり自分が、二人の幼馴染だからなんだろう。

 ヒトであろうとなかろうと、傍にいて逃れ得ない苦難に巻き込まれようと、それでも見届けたいと思った。


「ルーア、ルヴィ、君たちの逃亡と追走。この目でちゃんと見届けさせてもらうよ」


 海風を背に、膨らむ白い帆を傍らに、魔術師は今日もひっそりと呟く。


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