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少女は厄介事に遭遇した*巻貝穴騒動*

 *


「……うーん。やっぱ片っ端から持って来るもんじゃないね。探すのに手間取って困る。でも、後々を考えると換金出来そうだったのはこれ位しかなかったしなぁ……」


 傍から聞いている分には、全くもって理解の及ばない少女の呟き。階段脇でごそごそと漁っていた苦労が実ったのは、それから暫く経ってのこと。「あった」という簡潔な一言と共に、両手に取り出して来た幾つかをゴロゴロと並べていく。一見すると用途の掴めぬ黒い球だ。しかしよく見れば、一つ一つに小さく張り紙が付いているのが確認できるだろう。

 曰く『まあまあ』『芋畑二枚分』『強力※濃度を調整して使うこと。原液厳禁』等々。

 因みにこれらは少女の筆跡では無く、実は幼馴染の魔術師のものである。少女が先ほどから呟いている『これ』というのは、幼馴染が趣味がてら開発していた『魔法具』のことだ。今回の逃亡劇に踏み切るにあたって、幾つか拝借してきた。否、正確には使えそうなものと、辛うじて買い取ってもらえそうなものを選り分けて持ってきたと言う方が正しいかな。うん? 許しも無く持ち出してきて良かったのかと? 最もな着眼点だね。それはいつの間にやら「もう自分の家だけでは置き切れないんだよねぇ……」と零しながら半ば放置同然に我が家へゴロゴロ転がせるだけ転がしていた幼馴染、その本人に全ての責があると思っているよ。仮に逃亡資金に化ければそれはそれで良し。この不手際があれに伝わるのも時間の問題といっていいと思うが、それはそれ。今までの間借り料として目を瞑って貰おう。


「当人が気付いているかは知らないけど……カルもあれで相当特異な体質持ちだからな。そうでなかったら、今まであれと関わって生き残れている説明がつかない」


 カルディア・ムート。そこそこの腕を持つ、魔術師にして知人。あれと自分の共通の幼馴染にして、とにかく生命力の逞しさに掛けては他の追随を許さない。要するに、弄られ役だ。苦悩役とも言える。きっと今頃は早文の件があれにばれて窮地に陥っているに違いない。助けられるものなら助けたいが、何しろ逃亡者の身の上では儘ならない。ひとまず冥福を祈るばかりだ。


「君という存在があったことを、忘れないよカル。君のことだから、瀕死に陥っても再起はするだろうが……うん。まあ、万が一という可能性もあるからな」


 人生何が起こるか、その時になるまで本当の意味では分からない。人生訓みたいな内心を胸に、一時佇んでみる。特に大きな意味は無いね。何となくだ。ころころと掌で黒い球を転がしながら、暮れなずむ空を一度仰いだ。

 決意が鈍らない内に、行動に移そう。本日二度目の人生訓。それはずばり、今日できることは今日の内に。名訓だ。


「さて、行きますかね」


 徐に振りかぶった後は、景気よく球を投げる。一応二十余り用意した『黒玉(ドット・ボム)』。その主成分は『煙幕』と『催眠』。周囲の認識が追い付くその前に、アーチの真上、ほぼ全体が射程圏に入る位置まで上がったことを確認。そのまま起爆の合図を送る。因みにこれは指笛。開発者本人曰く、悪戯心を前面に押し出して作ってみたよーとのことだ。

 合図と同時に響き渡る爆音――――と言いたい処だけれど、実際は『消音』も含んだ優れもの。色々と抜け目ない。見た目はこれ以上無いくらい地味で、簡素。使用している当人が抱く感想ではないと思うが、実際そう思うので仕方ない。それはさておき、黒玉はその効果を如何なく発揮した。綿密に練り上げられた魔法式であればこそ、なせる業だ。風も味方したのか、思い描いた通りに広がった煙幕によってバタバタと人が倒れていく。本当は観衆まで巻き込みたくは無かったというのが本音。けれども彼らがいた位置からして、巻き込まざるを得なかった。冒険者風のおじさんには恩を仇で返す仕打ちをしてしまい、非常に心苦しい。何か目ぼしいものがあれば、お詫びに置いて行こうと思う。


「――――よし、全員眠りについたかな。首尾は悪くないね」


 咄嗟のことで、危険濃度(※原液厳禁)を省く以外、精査できないままで投げた経緯もある。吸い込んだ量によって、それぞれの効き目はまちまちであるが最低でも明日の朝までは眠り続けることだろう。最長は……うん。多分三日くらいで戻ってこれると思うな。特にアーチ直下にいた迷惑集団にはその効果が発揮されることだろう。この際、頭を冷やしがてら睡眠を満たしておくといいと思う。眠りが浅いと人はイライラしがちだ。

 よっこらせ、と一旦地面に置いていた革袋を持ち直して少女はアーチへ向かって歩き出す。黒玉を探っている合間に揚げ芋を食べ終わってしまったので、未だに六割程度残っている『(ポップ・)綿(クラウ)』を口に運ぶ。やはり甘すぎる。再びごそごそ残りの包みを探ったが、どれも甘さを誤魔化すほどの代物ではない。自然とため息も零れた。


「……なんだか余計に空腹が呼び起こされるような感じだ。うん」

「それは深刻な話だね」


 ――そう、とても深刻な……と。そう続け掛けて無言で振り返る。この判断はおそらく間違いではなかった。『黒玉』の効果によって、その時点でアーチの下にいた人々は例外なく眠りについている。繰り返しにはなるが、気配を察知する間も無く、否応なしにだ。

 もちろん例外はある。それは例に上げずとも分かるように『発動者当人』は除外される。自分で投げて、その結果同様に眠っていたら話にならない。それ故の魔法具だ。その質は製作者の組み上げる魔法式に左右されるが、それが緻密であればあるほどに効果を弾かれることはまずもって無い。非常に低い確率だ。

 それが今回、起きたらしい。

 少女の目の前に立つ、警吏らしい装備を携えた一人の青年。けれども周囲に誰も伴っていない点。そして彼自身が放つ、違和感。合わせて二点。厄介事の匂いがする。そのあまりに場慣れした雰囲気に、何も言葉にして返していない現状にあっても嫌な予感は刻々と強まるというものだ。

 既に煙幕は風に流された後。アーチの下で向かい合うのは少女と青年の二人だけ。周囲の異様をその目に映しながらも、それについては一言も触れずに泰然としている青年にどうして警戒心を抱かずにいられよう。もし彼が本来の意味で警吏であるならば、現状はあまりにも不可解だ。

 ――――つまり、導き出される答え。その選択肢もそう多くはない。


「君、警吏では無いな」

「うん。ご名答」


 思わず声が漏れてしまった。これは紛れもない失態だ。しかし、そんな少女の内心など知る由もない青年。彼は興味深げな眼差しを隠す気も無いらしい。さらりと自分が警吏でないことを白状し、にこにこと笑っている。白藍の髪を靡かせながら、色の薄い目を細めるその様子はまさに獲物を前にした獣のそれだ。

 これは真正の厄介事であると判断した少女。迷うことなく踵を返し、そのままアーチの中へと駆け込んだ。猫も真っ青のまっしぐらを地で行く。後方から聞こえた風を切るような音は幻聴であろう。全力で自分を騙し続けて、とにかく進む。

 途中、何人かの『豹』と『燕』の残党らしき面々と鉢合わせになったが、その時の自分に加減を求めてもらっても無理な話だ。容赦なく革袋でもって急所を突き、昏倒させ続けること、およそ十三。数えられるゆとりはあったから、それまでの十三人は全員が全員例外なく昏倒で済んでいる筈だ。とはいえ、十三人目の昏倒を見届ける暇は実際のところ無かった。後方で唐突に――弾ける。否、弾いた。無意識で反応した体が、倒れている男の脇に落ちていた短刀を引っ掴み、辛うじてそれを受け止めていた。

 なんて物騒な輩。その時の自分の内心はそれに尽きた。うん? 反論は一切認めないよ。心底嬉しそうな空気を醸しつつ、その瞳孔は完全に開いている――そんな対面をすれば、誰だってそう思うさ。1000ルク賭けたっていい。元が取れると断言できる。


「……まだ、何か?」

「君、その年でここまで極めてるんだね――――予想以上。いや、それだと正確じゃない。望外の喜びというのは、つまり君自身を指す言葉だよ」


 ほら、思った通りだろう。戦闘の合間に言葉が饒舌になっていくタイプだ。つまりそれは非常に面倒くさい人物を引き当ててしまったということ。ここまで来たら確信に変わる。

 視線を斜めに逸らせ、退路を探るも。そこは相手方の事前に予期していた動きだったのだろう。後方から追走がてら、自分が昏倒させてきた面々を引き摺って来たらしい。増々もって警吏らしからぬ非人道。人のことは言えないけどね。ただ、自分ならあんな風に退路を塞ぐための礎には使わないだろう。折り重なった体が見るも無残だ。一番下になっている人物の安否が気遣われる。


「急いでいる。そこを退いてもらえないか?」

「それは無理な相談だね」


 まさに駄目元。それでも一応言葉にした自分は偉いと思う。案の定、返ってきた言葉はこちらの事情など一切受け付けないという決定打。分かりやすいこと、この上無い。

 過たず、振るわれる刃。そこに躊躇いの色は一切窺えない。刃風が耳元を掠めて、その久方ぶりの感覚に懐かしさすら覚える自分がいた。ひらりひらりと太刀筋を交わしながら、およその実力を判断する。――うん、間違いなく強い。

 短刀ではさすがに分が悪いと分かった時点で、少女は迷いなく袋の縛りを解く。全部を開封したら取り返しのつかないことになるため、少しだけ緩めた部分から手を突っ込んで――そして『緋』の刃を掴み取る。一瞬迷ったが、これも相手の不運。本当は『青』で穏便に済ませたかったんだけどなぁ。と。そう思考を進める合間も、刃風は頬をギリギリで掠めていく。これ以上は手間取っていられない。


「――――申し訳ないけど、ここまで」


 最大限引きつけたところで、躊躇いなく刃を走らせる。その刀身は焔のように揺らめき、その軌跡を損なうことなく懐まで辿り着く。軌跡を捉えずとも、反射的に躱そうとした身体能力には目を瞠るものがあったが。如何せん、終わりは終わりだ。

 無為な戦いは元より望むところではないし、空腹はそれなりに応える。普段よりも格段に動きは鈍かったはずだ。これ以上無駄な体力は使いたくない。


「……君、本当に女の子? 僕の勘違いかな。でも骨格からしたら……ね、その外套を」

「最後まで言わせる気があるとでも? 君は敗者だ。もう追走はやめてくれるね?」


 やはり気付いていたかと、思わずついて出そうになる溜息。それを辛うじて飲み込みながら返答を促す。是以外の返答を認める気はない。仮にそれ以外であった場合は相応の対応を練り直さなければなるまい。

 しかしそんな意図を知っていた訳ではないだろうが、返ってきた答えは斜めもここに極まれり。まさに二の次も告げない。


「うん、追走はもういいかな。丁度退屈してたところだから、この先は君の弟子として同行するよ」

「うん、御免。意味が全くもって分からない」


 嘘だよ。実際はかなり早い段階で反応を返していた。脊髄反射も頷ける、それはもう的確かつ迅速な「どうしてそうなる」だった。


「弟子が嫌なら、小規模パーティでも……いや、この場合は相棒(パートナー)になるのかな。正直この際、名称とかどうでもいいかなって。任せるよ」

「いや、任せるなら今すぐ解散」

「それは無し。ここまで鮮やかに僕を負かしておいて、見逃すと思う?」

「…………」

「あ、無言で行かれるのも傷つくなぁ。せめてほら、好きにしろとか。一言を惜しんだら良好な人間関係は築き難いらしいよ」


 付き合っていられない。少女の内心はそれに尽きた。ひたすらに無心を心掛け、当初の予定ではあり得なかった自称同行者を背に巻貝行路を突き進む。

 そもそもらしいよ、って何だよと言いたい。誰の受け売りだ。地味に気になる。――ではなくて。本題から目を逸らしていたら後方のそれは一向に片付かないという現状を認めよう。逃避は敵わない。それにしても、あれ以外の問題を誰が好き好んで増やしたいと思うのだ。駄菓子(フェルテ)のオマケじゃないんだ。何でもかんでも付属されては困る。いや、訂正しよう。駄菓子のオマケなら嬉しいが、後ろのはいらない。もれなくいらない。

 だがしかし、問題はそう簡単に片付きそうもないことも分かる。自分の得物を手に取った時点から気付いてはいたものの。この後方の青年は相応の実力者だ。簡単に言ってしまえば、容易に手加減の出来ない相手という括りに入る。先ほどの勝敗に関しても、基本的には流れを強制的に打ち切った形。本来の意味での実力をぶつけ合って得られた結果とは言い難い。

 その上で言えること。それ即ち、曖昧に終わらせることが出来ないということだ。それこそ完全に断ち切ろうと思ったら、本気で刃を向けなければならなくなる。――最悪、殺してしまうだろう。そんなのは御免だ。人間の死など、背負わないに越したことは無いのだから。

 そしてもう一つ、補足するとしたらそれは恐らく――――。


「君、他殺願望が無いのなら早々に引き返した方が身の為だ」

「あ、ほらご覧よ。今日は一段と空が澄んでるねぇ。こういう日は月満麦酒(フォイーユ・モルト)に限るよね」


 ――やっぱりな。どこまでも想像を裏切らない。戦闘狂というのは、総じて他者の話を聞かないものだ。岩山のトンネルを抜けて、巻貝行路の半ば。夜空の下には、ぽつぽつと明かりが広がっている。ここまでの流れは悪くないと言っていた頃に戻りたいな。それは割と切実なところ。まさしく、少女の本意だった。

 それと、限るというのは言い過ぎだ。確かに月満麦酒は美味しいが。呆れつつ同意もする、この複雑な内心。それは言葉では表せない。とうとう抑えてきた溜息も零れ落ちた。



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