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勇者の最愛はこの大陸に見切りを付けました  作者: 因果論
旧大陸編*新章*
39/51

少女は孤島を散策する*後篇・急*

 *



「やっぱり、一口に市場といっても様々だな」


 夕暮れまではまだ少し、熱さも和らいだ正午の市場を見渡して少女が思わず零した一言。

 例の如く耳聡い商人はそんな彼女を振り返り、その涼し気な双眸を柔らかに細めて知る限りの情報を付け足してくる。

 やれやれ、有能で困るな。


「大陸の市場では取り扱えない品も、規制を受けずに豊富な品揃えを実現できるのが島々の商人の強みと言えますね」


 例えばこれを、と。手招きされるままに寄ってみる。

 どれどれと指差された先を覗き込んでみると、七色に色が移り変わる不可思議な植物が鉢に植えられてズラリと並べられていた。


「……これはもしや、交配種?」

「ふふ、ご存知でしたか。これらは皆、大陸同士の稀少な食虫植物や擬態花(イミティアル)を掛け合わせて不法に魔術師たちが生み出した魔術造花(セリアル・ブーケ)ですよ」

「……高いな」

「生成にはそれなりに手間も掛かるらしいです」


 ふむふむ、と頷く少女。

 そんな彼女の後方より、些か唐突なタイミングでひょっこりと顔を覗かせたのは人目を引く美女である。


「マズそう!」

「いやいや、食べ物じゃないからな」


 すかさず訂正を差し挟む少女に、不思議そうに首を傾げて見せる炎狐(リーゼ)。その表情は妖艶な見目とは裏腹に、とても純粋だ。

 うん、しみじみと同性で良かったと思うよ。異性だったらまず間違いなく理性を打ち抜かれて悲惨なことになっているだろう。


「あんた、また変なこと考えてないか?」

「んー? 心外だな、カイル君。そもそも人生は有限で、真面目に考えるくらいのゆとりしかないよ」

「……そんなもんかよ」

「そんなものさ」


 嘘はついていない。実際自分はいつだって真面目なつもりだ。というか、あまり気持ちにゆとりが持てるような生活をしてこなかっただけとも言える。

 泣ける現実だ。でもそれなりに充実しているだけマシだと思うしかない。


 群青蟹を四人(正確には三人と一頭か)で囲み、遅めの昼食で空腹を紛らわせた後はお土産に群青蟹の缶詰を四つ買い求めてみた。後々もしかしたら非常食として役立つこともあるかもしれない。

 ちなみに群青蟹じたいは味も濃厚で、普通に美味しかった。向こうで普通の蟹を食べた時よりも新鮮味は勝ったかな……。それに後味がさっぱりとして何杯でもいけそうだった。まぁ、予定もある事だし今回は程々に留めておいたけど。

 余談がてら、四人の内で一番蟹を平らげたのは商人殿である。

 正直に言わせてもらえば、意外過ぎて声もなかった。普通に二度見した。

 ちなみに店を出るまでの間に数え直してみたが、結果は結局変わらなかった。普通に疑問しかない。あの優雅な所作でどうしたら十匹近い蟹を完食できるのか、まるで理解が及ばない。

 苦手じゃなかったのか……魚介類!!

 そんな内心の声を視線に込め、じっと見上げたその先。

 やたらと余裕に満ちた微笑みを返されたあの時の戦慄を、暫くの間は忘れられそうもない……。


「ここ狭霧の孤島は、以前にもお話したように紅の夕花蔓(ラグナリア)の唯一の生産地です。生花としても売っていますが、単体のみならず染料として布地を染めた美しい布織物としても、内外共に需要が絶えずあるようですよ。島の若い娘たちは紅の織で花嫁衣裳を用意するそうですし、小物として日用遣いにも取り入れている。宜しければ、専門の店もあるのでご案内しましょうか?」

「いや、装飾にお金を使えるだけのゆとりはないんだ」

「……あんた、よくそんな切ないことを堂々と言えたな。寧ろ尊敬したぜ」

「カイル! 乙女心は繊細! 言葉に気を付ける!」


 何と言うか、賑やかだ。

 まぁ、そこまでは普通に構わない。

 ただ、問題なのは周囲の顔面偏差値である。

 漏れ聞こえてくる人々の囁きに、危機感を覚える今この時。


「……おい、見たかよ? すげー美人がいるぜ」

「凄い美形! ねぇ、あのひと貴族の御子息様かしら」


 まぁ、気持ちは分からなくもない。実際、ヒトの姿をとったリーゼは、例えは微妙かもしれないが王都の高級娼婦も斯くやといった妖艶さを纏っている。

 そのすぐ隣を歩いているカイル少年も、ひとたび血を拭ってみれば整った顔立ちをしていることが判明した。

 元より商人殿の端麗さは度々述べている通りだ。

 この面子で市場を闊歩すれば、人目を集めずにいられる訳もない。

 無駄に目立っている現状に、自らの浅はかさを恨んでも後の祭りである。あぁ、せめて人数分の外套さえあれば……。

 願わくば、この島の人々が『彼ら』のみを記憶してくれることを願うばかりだ。


「あぁ、見えてきましたよ。あの角に古い馴染みが両替商を営んでいます」

「商人殿のお墨付きとあれば安心だ」

「そのお言葉が、何よりも嬉しく思えますよ」


 市場の喧騒を抜け、やや人波も落ち着いた一角。巨大な布を張り合わせて作られた天蓋の路を進んだ先に、一際艶やかな緋色の長布が靡く店があった。


「さあ、どうぞ」

「失礼するよ」


 布を捲って先導してくれる商人の背に続いて中へ入ると、そこは古書の香りに満ちた不思議な佇まいの店だった。

 古びた金貨が天井から幾つも吊るされている為か、風が入るたびに貨幣同士が擦れ合う音が響き合う。


「……珍しい。お客さん?」


 ごそごそと店の奥から人が起き上がるような音がして、ぺたぺたと足音を立てながら薄明りに姿を見せたのは黒髪の寝癖が凄い、やや年齢不肖な青年だった。

 ふわぁ、と客を前にして欠伸を隠しもしない様相に何やら身近な『あのひと』の面影が被る。いや、まさか同類ではないだろう。そこは信じたい。


 ――と、そんな安穏な思考でいられたのもここまでだった。


「やぁ、久しいね。グゥエン?」

「……お前、俺の前に、よくも今更その顔を出せたなぁ?! おい?!」


 ひらひらと手を振りながら、商人殿が旧知の仲らしいその青年に挨拶をするや否や。

 まるで、森で魔熊に出会った猟師が如き眼光で射すくめられた。

 低く、抉る様な声色で青年が発した言葉には何やら深い因縁めいたものが感じられたのだが、向けられている当人――つまり商人――は些かも動じた様子を見せずに微笑みを維持している。

 それどころか続けた言葉には若干抉り返した風情すら漂うのだから、救いがない。


「グゥエン、君は全然変わらないねぇ。昔日の恨みつらみを今尚、後生大事に抱え続けているところなんて特に。君に直接言ったことは無かったと思うけど、割とそういう部分も含めて尊敬しているよ」

「喧嘩売ってるのかてめえ……」

「まさか。君といがみ合うような時間もゆとりもないから安心して」

「……てめぇも変わらねぇなぁ。その嫌味主成分な言い方なんて特によぉ?!」

「まぁまぁ、折角数年ぶりに顔を合わせて嬉しいのは分かるけど、少し落ち着こうか」

「おいおい、馬鹿にしてんのかぁ?! てめぇを前にして俺が冷静でいられると思うのかよぉ!!」


 だよなぁー。

 どの角度から見ても聞いても、間違いなく喧嘩を売っている。

 少女は心の底から青年の心情に同感の念を抱いた。


「……事情が今一把握できないんだけど。これ喧嘩?」

「喧嘩、良くない!」


 市場の品を物色していたのか、やや遅れて入店してきたカイル少年とリーゼの二人は突然の展開についていけない様子だった。無理もない。入店時からやりとりを見守っている自分ですらさっぱり訳が分からないのだ。


「……ねぇ、これどういうこと? あんなにあからさまな犬猿の仲初めて見るんだけど?」

「聞かないでくれ。正直俺もさっぱり分からないよ」

「……あんた、初めて聞いたけど一人称男前過ぎない? いや、それは今どうでもいいか」

「喧嘩? 猿と犬?」


 リーゼの不安げな様子が、とても庇護欲をそそる件について。

 何だろうなぁ、やっぱり美女ってそれだけで凄いポテンシャルを秘めていることをまざまざと思い知った心地だよ。


「リーゼはともかく、自分はあんまり暴力沙汰得意じゃないから。いざとなったら店外に逃げるけど、あんたも一緒に避難したほうが良くない?」

「ん? いや、おかまいなくだな。こう見えても暴力沙汰側だよ。割とね」

「……冗談だろ」

「いや、真面目だ。あと基本姿勢は平和主義だからそこは勘違いしないでくれ」


 こうして見聞きすると、カイル少年は意外に優しくて気遣い性な一面もあるらしい。

 思えば初めて噛みついてきたあの時も、リーゼの身を案じる思いが根底にあったんだろう。今時、なかなかいないタイプとみた。苦労するな、多分。


「――あぁ、もう我慢できねぇ!! 今日こそあの日の落とし前、つけさせてもらうぜ?!!」


 その一言共に、カウンターを飛び越えた青年。

 状況次第では、喧嘩両成敗も――と視野に入れて、ほんの少し足場を整えた少女に向かって商人が微かに目配せを寄越したのはその刹那。

 口の形だけで読み取れた、その八文字。


『心配しないで』


 リーゼが息を呑み、カイル少年が短く声を上げ掛けて……そのまま開けた口が塞がらない。

 無理もない。この場合、繰り広げられている光景の意味が呑み込めないことに九割九分原因があると言って過言でない。


「……ううっ、ヒデェじゃねえか。何で数年も顔をみせない?! 俺たち、親友じゃなかったのかよぉぉお?!」

「はいはい」

「俺の誕生日には必ず祝うって、約束したよなぁぁあ?! あの日一日、どれだけ俺がお前を待って、待ち続けて、終いには泣いてよぉぉおお?! おい、聞いてんのかよぉぉおおお?!!」

「聞いてる聞いてる」

「その薄情さも、いっつも謝罪が紙一枚に一言『ごめんね』で終わるのも、本当に変わんねぇなぁ?! おい、それでも俺はそんなお前がいないと寂しいんだぜぇ?! 分かる?! すんげぇ寂しいんだからなぁ?!」

「分かるよ?」

「お前を前にすると、いつだって俺は……! 俺はぁ! 冷静でいられねぇんだぜ?!!」

「そうだね」


 恋する乙女か……。

 なるほどなぁ、なるほどね。

 何だか色々と脱力し過ぎて、明後日の方向を見るくらいしか出来ないよ。

 背後の一人と一頭の呆然とした表情に、何だか申し訳ない気持ちすら覚えている現状がむしろ痛い。


「……さてと、少しは落ち着いた?」

「うぅ、……ぐすっ。おう。久々にお前に会えたからな。思わず嬉しすぎて我を失ったぜ」

「いい加減に慣れて欲しいところでもあるけど、そうしたら君の個性も消えてしまうだろうし……困ったね」


 困ったね、じゃないだろう。そういう問題なのか。


「……ところで、後ろの人たちは?」

「あぁ、彼女は……」

「彼女だと?!!」


 ――あ、何だか予想外のスイッチが入った気がする。


 瞬間。咄嗟に足場を固めて、突っ込んで来た青年(店主?)を背負い投げしていたのは反射だから仕方がない。

 いやぁ、咄嗟だったから力の加減が出来なかったのが後々問題になったりはしないかと不安で仕方なかったりする。


 飛んだしなぁ、意外と。

 心から申し訳ない。でも主張もしたい。これは立派な正当防衛であったと。


「……すげぇな、あんた。色々と見直したよ」

「いや、これは俺としては非常に不本意な結果で……カイル君、おーい。聞いてる?」

「リーゼ、さっきの動きお前の目なら追えたか?」

「見えない! 達人級! 感激!」

「……せめて、咄嗟でさえなかったら違ったのになぁ」


 壁に手を付き、久々に反省していたら背後から柔らかな声が落ちてきた。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。今回の落ち度は、全て私にあります」

「……商人殿」


 うん、確かにそれもあるな。それは間違いなく。寧ろそこが発端だな。

 ただし、咄嗟とは言え店の奥の奥まで店主本人を飛ばした責から完全に逃れることは出来まい。

 やれやれだ。海に出てから腕が鈍ったかもしれない。これは割と深刻な問題だな。


「店主の意識はあるかな?」

「ふふ、ご心配なさらずとも店主(あれ)は見た目以上に頑丈なのですよ。少し瘤くらいは出来るかもしれませんが、その程度は笑って済ませるだけの度量はあります」

「くっ……不意打ちとは言え、すげぇ技量だ! 完敗だ! 流石はこいつの未来の嫁だけはあるぜ!!」


 大いなる誤解を背負い、再び姿を見せた店主の後頭部には見事な瘤が二つ見えた。

 一度天井にぶち当たり、そこから地面へ落下したせいだろう。罪悪感が膨れ上がる一方なんだが……。


「あの、店主……」

「あんたの実力、確かめさせてもらったぜ?! こうなれば認めざるを得ねぇや……」

「いや、それ自体が誤解で……」

「幸せになれよぉ、親友!! 式には絶対呼べよなぁ?! 絶対だぜ?!!」

「うん」

「うん?!」


 まぁまぁ、じゃない。寧ろその微笑みが誤解を加速させている原因の一つじゃないのか?!

 何故にここまで来て誤解を解かない。え? 寧ろ誤解を解く方が面倒臭い? そういう問題じゃないだろ……。


「グゥエン、今日は彼女の両替をお願いしに来たんだよ。お願いだからちゃんとやってね?」

「仮にもお前の将来の嫁に対して、俺が雑な商売をすると思うのかよ?!」

「その辺は信頼してるよ」

「……久々にジンときたぜ。お前の期待に応えてやるからな!!」


 何だろうな、この茶番。

 必要なのか、この茶番。

 ふらふらと立ち上がり、必要な分の貨幣をカウンターに提示する。おそらくこの時の自分の表情筋は、八割方死んでいたと思う。

 とはいえ、落ち着きを取り戻した店主の仕事ぶりには何の問題もない。

 無事に両替を終え、店の西側から差し込む日差しに今日という一日を思い返して、何がどうして溜息すら出なかった。

 うっ、日差しが目に眩しい。


「……次は式で会おうなぁあああ!!」

「はいはい」


 そんな背後の遣り取りは、全然耳に入らない。聞こえない。知覚しない。

 ひとまず両替ができた。

 それ以外の事象は記憶の彼方に放り投げて、ただ前を向いて進もう。

 向かうは屋台だ。

 今はとにかく、辛いものが食べたい。



 *



 だいぶ日も傾いて、市場は真昼とはまた異なる活気に満ち満ちていた。

 東から西に延びる屋台の小路には、やはりここでも紅の長布が揺れていて、その所為か視界が赤い。

 少女は向こうの大陸でも買った揚げ芋を封切りに、烏賊のタレ焼き、蔓葡萄包みパイと順々に買い上げて回った。

 何しろ、物価が安い。お買い得だ。買わなきゃ損である。

 人波に揉まれ、時に逆らい、嗅覚を頼りに屋台を梯子したところで戦利品を片手に振り返ると、漏れなく生暖かい視線を頂いたが、何か?

 良いんだ。目的の為には多少の傷は厭わないさ。


「……普通に美味しいぞ?」

「ええ、貴女のその表情を見れば伝わりますよ」

「すげー幸せそうに食うよな。なんか自分も腹減ってきたかも」

「良い匂い! 屋台は久々!」

「リーゼ、食べる?」

「はい!」


 ついでに美女を餌付けしてみる。うん、眼福だな。

 そうこうしている間に、カイル少年が屋台の前に並んだ人波に飲み込まれかけているところを発見し、救出に向かう。

 馬鹿にならないだよなぁ、屋台前。ある意味ここも戦場だ。

「ちなみに何が欲しいんだ?」「蛇の姿焼き」といった遣り取りを終え、戦意喪失したカイル少年の代わりに屋台前へと再び挑む。

 コツは、一瞬の勝機を見逃さないこと。その一点に尽きる。


「ほい、蛇の姿焼き」

「……あんた、本当にすげぇな。身のこなしもそうだけどさ、よく片手が塞がった状態であんなスムーズに勘定出来るよな?」

「何事も慣れだ」

「そんなもんか」


 戦利品を手渡せば、思わぬ角度からのお褒めの言葉を頂いた。何はともあれ屋台食い仲間を増やせて嬉しい。

 あとは商人殿も巻き込めれば完璧だったが、生憎と一筋縄ではいかない相手だ。

「今回は遠慮しておきます」の一言と共に、さり気無く銅貨を三枚握らされた。曰く、自分の分までどうぞという意味らしい。

 では遠慮なく、と烏賊焼きを追加購入。夕日に照らされるタレが眩しいよ。


「そろそろ出航の時間も近くなってきましたし、戻りましょうか?」

「うむ。屋台ついでに珍しいモノも幾つか買えたし、ひとまず未練はないな」


 ほくほくとした満足感を胸に、よし戻るかと海岸の方角へ向きを変えたところで、斜め後ろからカイル少年がポツリと問うてくる。


「――あんたたち、船でこの先どこへ行くんだ?」

黎明(ホライズン)大陸(・ティーン)だよ」


 商人殿の先導に続くようにして歩き出したところ、その後方で何やら顔を見合わせている二人(正確には一人と一頭)の様子が垣間見えた。

 気のせいかも知れないが、その瞳に見え隠れするのは決意の色に近いもののように見えなくもない。


「なぁ、その船に途中から乗船するのってやっぱり無理かな?」

「…………さて。どうかな」


 他にどう言いようがある。何しろこちらは客分でしかなく、実質的な決定権は船長その人にあるのだ。

 その辺を掻い摘んで話すにも、後ろ背の眼差しは決意に満ちていて非常に話しづらいものがある。

 こういう場面にこそ、と横目で商人を見上げたが意味深な微笑み一つ返されたのみ。

 極め付けには後ろ背に手を振られる始末だ。


「……分かった。聞いてみる。だからそんなに見ないでくれ」


 白旗を上げるや、背後でガッツポーズを決める二人組。いやいや、まだ早いだろう。

 無駄にこちらに重責をかけないでもらいたいよ。


「ふふ、やはり貴女は見捨てられませんでしたか」

「ここぞとばかりに感想だけ挟むのは止めてくれるか、商人殿」

「これは失礼」


 ふわりと碧の双眸を細めて笑う商人へ、半眼を向けた少女は疲れ切った様子で両肩を落とした。

 疲労には補給第一。ここぞとばかりに揚げ芋を口に運んで自らを慰めておく。美味いなぁ。

 浜辺を見下ろして、さくさくと砂を踏みしめながら明かりのついた船に向かって歩いてゆく。

 さてさて、どうしたものか……。


「――あ、カルーアさん!! お帰りなさい。無事にお店には行けましたか?!」


 見覚えのある小柄な影が、船の桟橋からこちらに手を振りつつ、駆け寄ってきたのはそれから数刻の後のこと。

 夕食の準備をしていた最中だったらしい。その両手には海水に浸しておいたらしい海鮮物がみっちりと抱え込まれていた。


「お蔭さまで、美味しい群青蟹が食べられた。クイン君には感謝してるよ」

「とんでもありません! お役に立てたなら何よりです! ……ところで後ろのお二方は?」

「うん、実はだな……」


 クイン少年はおや、と首を傾げつつも笑みを絶やさない。やはり根本的に人を疑うということが無いようだ。

 それはさておき、()()く云々(しかじか)。

 細かい部分で多少の脚色を交えつつ、事情を説明すると「うーん。どうかなぁ」とクイン少年も自分と同じような反応を返してきた。


「なにしろ僕は見習いで、乗員の選択や決定権には元より関われる立場にないのが実際です。……そうだ! いきなり船長に話を持っていくより、まずは兄さんを呼んできましょうか?」

「それは助かるけど、迷惑じゃないのか?」

「いいえ、お気になさらず! 呼んでくるのでちょっと待っててくださいね!」


 ぱたぱたと船の厨房へ戻っていくクイン少年の背を見送って、ようやく一息吐いた。

 想像はしていたものの、やはり前途多難だ。

 中途乗船となれば、それなりの交渉術が必要になりそうな予感は拭えない。

 ちらりと視線を上げた先、肝心の商人殿はと言えば。

 ひとまず傍観に徹するつもりらしく助け船の一つすら出す気配がない。傍らで微笑みながらも、沈黙を守っている。

 改めて考えてみるに、この人が代価無しに動く姿は限られた要件に絞られるようで、むしろ今の立ち位置が基本姿勢と呼べそうだ。

 少なくとも善人の部類には入らないだろうな、多分。


「……やっぱ無理かな?」

「カイルだけでも! お願いする!」

「いや、俺だけ渡るのはなし。駄目なら駄目で、その時は潔く諦めるよ」


 ぽん、と傍らのリーゼの肩を叩きながら、カイル少年は苦笑を浮かべた。

 一方の彼女は勢いよく首を振り、必死に説得を試みている。まぁ、今までの遣り取りを見る限り、リーゼがカイル少年を説き伏せるのは無理そうだ。

 詰まるところ、二人組で乗船が最低条件であると同時に必須条件でもあると。


「ところで、乗船したいと思った理由は? 交渉するならするで一応聞いておかないとな」

「……いや、本当のところを言うと、前々から機会を窺ってはいたんだ。一番の問題は狭霧の孤島に立ち寄る船で大陸に向かう船が稀なことでさ。だからこっちからすると一世一代の機会(チャンス)と言えなくもないんだよな」

「要するに、大陸に用があるんだな?」


 二度目の問いかけに、少年は氷色の髪を潮風に揺らして頷く。

 初めて会った時に見せた敵愾心はいつしか消え、二色の双眸には欠片の曇りも見えない。

 実直で、義理堅く、どちらかと言えば清廉の二文字が似つかわしい。今時なかなか古風と言っていい少年の心の有様に、何だか柄にもなく頬が緩んだ。

 こういう種族がいるからこそ、この世の営みも捨てたもんじゃない。


「――うん。あんたなら何となく察してそうだけどさ。自分は水糸(スィーラ)(・メア)と呼ばれる種族の末なんだ。同族がまだ大陸の樹海に生き残ってると風の噂で聞いて、その時からずっと大陸へ渡る手段を模索してた。……噂が本当でも偽りでも、自分の目で見て確かめたい。それが、目的だ」

「分かった。そういうことなら、協力するのも吝かじゃない」

「本当か?! 恩に着る!」

「ありがとう!」


 互いの肩を叩き合って喜びを爆発させる少年と炎狐。微笑ましいな、全く。

 たった半日程度の繋がりであっても、言葉にした約束は違えない。

 どうにかしてこの二人(一人と一頭)を船に乗せるべく、全力を尽くそうと意思を確固にしたところで――


 遠目にこちらへ駆けてくる見知った兄弟の姿が見えた。


 *


「追加乗船は、基本的に船長が認めない。うちの船はそういう方針で通ってる」

「……やっぱりそうだよね。でも兄さん、どうにか知恵を絞ってよ」

「無茶を言うな、お前も……」


 弟の手に引かれ、やれやれといった表情で登場した副料理長のエージル青年。

 彼に一通りの事情を掻い摘んで話すと、やはりというか想像通りに渋い顔をされてしまった。


「特例扱いで認められた例は?」

「少なくとも俺は聞いたことがないな」

「しっかりしてよ、兄さん。僕らの口利きだけで駄目なら、総料理長にも話を通してみるとかどうかな?」

「おいおい。あの船の全てを仕切ってんのは船長だぞ? たとえ船員全員が異を唱えたところで、あの人が基本方針を曲げる姿なんて想像できない。唯一可能性があるとしたら、数云々じゃない。あの人を論破できるだけの交渉術を持ってるか否か、それだけだ」


 メルバ・シレーディング。

 大いなる双翼号の船長にして、どれほど非常識な現状であっても冷静な判断を下せるその強靭な精神力は、先の大海亀騒ぎでも実際に目にしている通りだ。

 もはや感心を超えて呆れさえ抱かせるほどの、生粋の海の男。


「……正直なところ、俺は武力特化で交渉は不得手だよ。それでも、約束をした以上は最善を尽くす」

「カルーアさん。僕も及ばずながら、口添えに回らせてもらいます!」

「――やめとけ、悪いことは言わない。お前もだ、馬鹿弟。もし万一にも船長の逆鱗に触れたら、二度と船に乗ることはおろか大陸へ渡ることも出来なくなるぞ?」


 あの船でも常識人に分類されるだろうエージル青年。その彼が、冷静沈着にそう言うからには脅しでも何でもないんだろう。それは十分すぎるほどに伝わった。

 正直なところを言わせてもらえば、大陸へ渡れなくなるという言葉は今、何よりも避けたい未来。

 遅かれ早かれ海を渡って『あれ』が追走してくる予感が日に日に強まっている現状において最悪そのもの。

 選べないよ、そんなものは。

 ただ、それを踏まえても諦めるという選択肢が無いだけだ。

 幸いにもこの場にいる面子で何とかなると、ささやかながら確信を持ってこその判断だ。

 ――全ての鍵は、今も真横で微笑みを絶やさずにいる。


「商人殿、先んじて依頼を一つ頼みたい」

「貴女の望みとあれば、何なりと」


 もぞり、と腕の中で寝返りを打った灰色のモコモコを抱え直して少女は決断に踏み切った。

 数日前に保留扱いにした提案を代価にして、あらゆる意味で紙一重の大勝負に打って出る。


「この前の条件を呑む。その代わりといってはあれだが、船長殿を説き伏せる為の話術を借りたい」

「……さて。そのお言葉は大変魅力的ではありますが、あの方を説得するのにはそれなりの割り増しを請求させて頂かないと、釣り合いがとれそうにありません」

「……なるほど割り増しときたか」

「はい。ご検討いただけますか?」

「具体的に、何を、代価にすればいい?」


 じっ、と見上げる少女の翡翠色に生粋の商人の顔が綻ぶ。

 艶やかに笑った彼が、少しの間をおいて『周囲に聞き取れない様にわざわざ耳元で』口にした条件。

 それを聞いた少女は、元よりクルリと丸い目を見開いた後に――どこか諦めた様子で「分かった」と頷いた。


北方(ニーヴ・)(マス)(クレイヴ)の名において、確かにそのお言葉頂戴いたしました」


 そう告げて、夕闇も近づく潮の浜辺で膝を折った彼の姿は一枚の絵画のように美しい。

 周囲の面々が性別年齢関係なく、その所作に見惚れていることは言わずとも察せられた。

 そして同時になんの根拠もなく、少女は思う。


 これはまた、とんでもない道行を自ら選び取ってしまったか――と。


 少女は自らが抱いたこの感慨。これが誤りではなかったことは、この後の道行きで徐々に明らかにされていくわけであるが――。

 それはほんの少し、先の話。



 *



「では、早速行って参ります」の一言共に、軽やかな足取りで船長室へと向かった商人は……何と言うかとても上機嫌だった。

 少女と料理人兄弟たち、乗船希望二名の面々は半ば呆然とした面持ちでその背中を見送った形である。

 少女が同行を申し出るも「お気持ちだけで」とにっこり押し留められ、結果としての手持無沙汰。

 ザブンザブンと打ち寄せる波を横目に、ひとまず料理人兄弟たちに礼を言い、持ち場に戻ってもらうことにする。

 何と言うか色々と申し訳なさで一杯だ。その気持ちも込めて、きっちり直角に頭を下げる。


「仕事中だというのに、巻き込んで済まなかったな」

「いえ、少しでもお役に立てたなら良いんですが……大丈夫でしょうか?」

「心配はいらない。多分な」


 言外に商人のことを案じているクイン少年には悪いが、あの商人の様子からして杞憂に終わる以外の未来が見えない。

 少女がどこかしら気の抜けた確信を抱いてぽつりと内心を零したのに対して、珍しくエージル青年は困惑した様子を隠さない。


北方(ニーヴ・)(マス)(クレイヴ)と言えば、中央商会連合にも一目置かれる『八枚羽(ダンテ・レイヴ)』の一枚だからな。……何よりも驚くべきは、その一枚羽である彼が一個人の依頼を躊躇いなく引き受けたところだ」

「……ええっ?! 兄さん、それ本当なの! あの商人さん、八枚羽の一枚羽に数えられるような大商人にはとても見えなかったよ?!」

「嘘を付いてどうする」


 衝撃の事実を兄の口から聞き、慄くクイン少年。そんな彼をズルズルと引き摺りながらエージル青年は船へ戻っていった。

 そうして残されたのは、少女を含めた計三名。


「あの人、八枚羽の商人だったんだな……そんなのを供に市場巡りしてたあんたも大概すげぇよ」

「大商人? 偉い?」

「リーゼは知らないか。ほら、王家御用達の御三商家に次いで力のある有力商人たちを総じて『八枚羽』って呼ぶんだよ。基本的に商人に国境は関係ないから、大陸全土における八人ってことになるな。下手に機嫌を損ねれば、場合によったら王族以上に厄介な連中だってことだけはしっかり覚えておけよ」

「うん、覚えた!」

「よし、偉いぞ」


 そんなカイル少年とリーゼの遣り取りを横に、思わず船体に両手をついて項垂れていたのは誰だって?

 自分だ。普通に知らなかったよ。普通に耳を疑ったよ。

 唐突にそんな恐ろしい情報を明かされれば、誰だってそうなる。

 ……まぁ、あれだ。思い返せば確かに尋常ならぬ手腕だとは思っていたけどな。

 ……確かに初めて顔を合わせて名乗られた時、特に反応を示さなかった自分に一瞬「おやっ」という表情を覗かせていた気がしなくもないけどな。

 ……八枚羽という言葉と存在自体は知ってた。いくら辺境育ちとは言え、世界情勢とそれに纏わる一般常識は師匠から叩き込まれたからな。


 でも、だ。一枚一枚の個人情報は元より、それぞれの通称なんて知らない。


「……やられたね、全く」


 昏い水面に落とした呟きは、誰の耳に届くわけでもなく波音にさらわれて消えた。



 *



「曰く、特別措置ということで『船員枠』を確約してもらいました」

「……待遇は船員と同じだ。寝起きは船倉。食い扶持は自分で確保しろ。総料理長が許せば、無給で料理場の下働きに入るのも構わない。それでも良ければ今回に限り、乗船を認める」


 船長殿の背景が荒海に見えるのは、おそらく目の錯覚ではない。

 陽も完全に海へと沈み、宵の船明りに照らされながら三人そろって待つこと数刻の後。

 船長を伴い、足取りも軽く戻って来た商人殿の表情は晴れ晴れとしていた。その横と比べて、明暗の差が凄まじすぎて直視するのを思わず躊躇ったほどに。

 やれやれ恐ろしい。今後もこれの敵側にはけして回りたくないものだ。


「我儘を聞いて頂き、船長殿には心から感謝している」

「こいつの食い扶持は自分が稼ぐ。改めて、宜しく頼むよ。大いなる双翼号の船長殿」

「宜しく! お願いします!」


 銘々に頭を下げて、ようやくほんの僅かだけ船長殿の眉間の皺が緩んだ様子だった。余程に上手いこと言いくるめられたか、何かしらの手段によって因果を含められたのだろう。

 依頼しておきながら何だが、いたく同情した。

 知らなかったとはいえ、八枚羽の商人の一人と交渉の席に着くとなったら、自分なら夜逃げする。


「……出航だ。荷は最小限に纏めろ」

「分かった。我儘を聞いてくれてありがとうな、船長殿! よし、リーゼ。一足飛びにねぐらへ戻って纏めといた袋を持ってきてくれ」

「はい!」


 言うや否や、スルスルと背丈が縮んで美しい獣の姿へ戻ったリーゼ。

 周囲の砂を一掃する勢いで、宵闇へと消えた。


「……人の形を取れるほどの炎狐となれば、それなりに齢を経ているな」

「ああ、リーゼは今年で204歳になる。自分からしたら妹みたいなもんだけどな」


 衝撃の事実その二だ。あの妖艶さと美しさをして御年204とは恐れ入る。

 それを妹みたいなもんだと言い切るカイル少年の年齢もまた、地味に気になるところだ。後で機会があれば聞いてみよう……と、密かに考えを巡らせつつ。

 何はともあれ、一区切りついた。よし、明日は天気が良ければ海釣り再開だと意気込む少女。


 その所為か、横から落ちかかった影を見上げるのが若干遅れた。

 見上げるほどの上背に加え、際立って印象的な灰薔薇の髪が夜風に靡くさまは、やはり壮観の一言に尽きる。


「……これは船長としての言葉ではなく、個人的な発言になるが」

「甘んじて受けよう」

「あんたを一人乗せてからというもの、船の喧騒が一段と増した。渦の中心にいるという自覚すらないということは無いだろうな?」

「……いや、その点については十分すぎるほど自覚しているつもりだよ」

「なら今後は自重しろ。下手をすれば船が沈む」

「出来る限り心がけるよ」

「はぁ……。あんた一人に責任があるとまでは言わないが、後ろ盾に付けるならもう少し温和な奴を選ぶべきだったと苦言を呈しておく。船を降りて以降もあれを連れ歩くなら、手綱の扱いを早々に覚えろ」

「……いや、正直覚えられるかどうか」

「覚えろ、いいな?」

「……努力する」


 何がどうしてこうなった。……いや、自己責任だ。自ら特大級の厄を抱え込んだだけの話。

 全ては知らずに言葉を与えた自分の咎だ。その辺は重々認識した。

 頭上から降るのは星屑ならぬ海溝よりも深い溜息だ。

 それを聞きながら、自分もまた溜息を零したくて仕方ない。でも堪える。

 こうなった以上、溜息を吐いている暇なんてない。


「船長殿とのお話は終わりましたか?」

「あぁ、委細問題ないよ。改めて、今回の件では世話になったな」

「いえ、貴女の望みを叶えるべく尽力したまでですよ」


 重々しい影を背負いながら、船長殿が船へと戻っていくのと丁度入れ替わるようにして傍らから響く声。

 船に乗ってからこの方、少しずつ慣らされたそれに畏怖すらも覚えかけ、おもわず苦笑混じりにもなる。

 やはりと言うか何というか。

 おそらく、この人は――


「商人殿、残りの支払い分の期日を教えてくれ」

「……そうですね。ひとまず、この船が大陸に着くまでのどこかで、という形ではいかがでしょう?」

「承知した。あぁ、それと……今日は商人殿がいて助かったし、それなりに楽しかった」

「貴女のそういう優しさが、私はとても愛おしいです」

「……そうか」


 うん、何だかとても背筋が寒いな。今日は暖かい夕食を希望したい。

 片方の手に灰色のモコモコを抱え、もう片方の手に残ったパイを頬張る。干し葡萄の酸味が後を引いた。

「普段から結構食べる方ですか?」「そうだな(でも商人殿には言われたくない)」といった遣り取りを終え、空腹を理由に挙げて先に船へ上がる。

 ふと見仰げば、丁度リーゼが夜空を背にして高々と跳ね上がったところだった。


 星空と月と炎狐を頭上に見上げながら、大いなる双翼号は再び海上へと帆を進め始めた。

 潮風を頬に受けながら、夕食後に甲板に出たところで少女はようやく訪れる静寂と波音に耳を澄ませる。


『寄りにもよって、なの。見る目ゼロなの』

「お目覚めかい、眠り姫?」

『あれを連れていくとか、正直ちょっと正気を疑うの』

「だな、我ながら色々とやらかした感は尽きない」

『阿呆なの』


 腕の中からぐるりと見上げる淡黄色。モコモコの毛並みを撫でながら、一息。


「血か秘密、いずれかを選べと言われたよ」

『……どちらを選ぶつもりなの?』

「まぁ、今暫く猶予もあるし……自分なりに考えてみるさ」

『どちらにしても最悪なことに変わりはないの。全く、世話が焼けるの』

「元より最悪な状況に変わりはないし、まぁ何とかなるよ」

『呆れるの。どこまでお気楽思考なの?』

「その辺は性分だ。諦めてくれ」

『やれやれなの』


 瞬く星と、一人と一羽。

 長い一日の終わりに語り合う合間にも、夜はどんどん更けてゆく。


『他に何か、言うことは無いの?』

「んー? いや、特には」

『……微かに蟹の匂いが残っているの』

「おぉ、流石の嗅覚……」

『罰として四倍を求めるの……!』

「朝は三倍だったような気がしたが……ま、細かいことはいいか」

『泣いちゃうの』

「はいはい」


 ぽんぽん、と灰色の頭を撫でてからゴソゴソと荷袋を漁る少女。

 やがて目当てのモノを見つけたようで、包みを解きながら「よしよし食べ頃だな」と呟いた。


『……切り身なの?』

「うん。冷凍の蒼鯛のお刺身。氷結の魔法式が徐々に溶ける仕組みになってて、食べたい時に封を開けておくといつでも新鮮な刺身が食べられるという優れもの。朝、生が好きって言ってたから買ってみた」

『す、素敵なの……!』

「喜んでくれたなら、良かった。今食べる?」

『食べるの!!』

「うん、じゃあちょっと待ってて」

『待つの!!』


 ほのかに冷たさを残した切り身を口許へ運ぶ度、感極まって羽毛を膨らませる姿はなかなか面白い。


「美味しい?」

『幸せなの……感謝なの……』

「そうかそうか」


 予想以上に喜んでくれたので、これはこれで良い買い物をしたなぁとしみじみする。

 余程に刺身に飢えていたことも判明して、明日からの釣り予定にも思わず力が入るというものだ。よし、とりあえず刺身でも美味しい魚を釣ろう。

 結果的に食費も浮くしなぁ……という心の声は奥底にしまい込み、少女は夜の餌付けに勤しむのだった。


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