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勇者の最愛はこの大陸に見切りを付けました  作者: 因果論
旧大陸編*新章*
34/51

少女は孤島を散策する*前篇*

 *



「サンドウィッチの具といえば、卵だろう。あと、カプリス」

「赤カプリスの酸味は、他の具材との相性もばっちりですからね。ちなみに趣向を凝らして白毛牛のバターで炒ると味に深みが増すんですよ」

「ふむ、それは初耳だ。次回以降の参考にさせてもらおう」

「ええ、是非」


 もぐもぐとリスのように頬を膨らませながら、港の桟橋で遅めの昼食にありついた少女。

 何だかんだで隣をキープする商人の周到さに諦め半分、呆れ半分といった心境を抱きつつ凪いだ海原を見渡していた。

 大いなる双翼号が狭霧の孤島に到着したのが、つい先ほどのこと。乗客の大半は船を下りて孤島の定食屋に足を運んだり、銘々に散策などに出かけている。

 波打ち際には数名の乗組員たちと、島の船大工たち。さらに視線を横に向ければ、甲羅が一山。

 ゆらゆらと波に揺れながら、時折心地よさげに鳴き声を発する大海亀である。

 到着と同時にお礼を言いに泳いで近くまで行ってみたら、嵐の夜の緊張感が嘘だったように親しみを込めて顔を擦り付けられた。

 大亀曰く。

 もう少し波打ち際で休んだら、再び海を渡って産後の奥さん亀と子亀たちのもとへ戻るらしい。最後にもう一度感謝を伝えると、再び頭を擦り付けられた上、塩気の混じった鼻息を盛大に吹き付けられた。

 これには正直参ってしまったが、どうやら彼らなりの「どういたしまして」に相当するらしい。

 それならば仕方がないと、苦笑交じりで手を振って別れた。

 波打ち際までザブザブと泳ぎ着き、灰色の砂浜に大の字になって体を乾かす。

 天候は良好。朝までの濃霧が嘘のように、視界は晴れ渡って青い。


『いい匂いなの』

「おはよう、眠り姫。一口食べるかい?」

『頂くの』


 もしゃもしゃと腕の中のモコモコが幸せそうに塩漬けのハム入りサンドを頬張っている合間にも、頭上を飛び交う海猫(マーレト)たちの声が騒々しい。

 自然界は総じて弱肉強食だ。ノロノロと食べ進めていたら、横取りされても文句は言えない。

 落ち着いて食事をするため、人は屋根を作り、家を建てる。これぞ真理だ。


「さて、無事に狭霧の孤島に到着したわけですが。……どうやら船の修理で最低でも二日程度は滞在することになりそうですし、島の端まで案内しましょうか?」

「この辺の地理に明るいのか?」

「ふふ。こう見えても、旧大陸の東方一帯のガイドとして暫く働いていたこともあるんですよ。行く先々での地形把握はお任せください」

「……あなたは本当に謎だらけだな」


 言いながら、少し笑ってしまった。

 色々と霧の中で考えてはみたものの、結局は居心地の良さに負けてしまうのだ。これはおそらく当人の素養の部分が大きい。

 最後の最後までは踏み込まない、慎重さ。

 打算のにおいが全くしないというわけでもない、不明瞭な優しさ。

 未だに本名すらも明かしてはいないが、それでもいいとすら思う。まるで透明な神経毒みたいだな。

 ともあれ一番大元の部分で、この青年は恋愛的な観点で自分を量ったことがないことを感じ始めたからだ。

 出会いは一顧客、時に恩人として、最終的に友人云々といった関係性を構築できるかは未定。

 不安要素はひとまず丸ごと横において、現時点での親切は素直に受けておこうと思い直す。


「折角の機会だ。ガイドをお願いしよう」

「信頼をいただけたようで、何よりです」

「岬の方に、深紅の夕花蔓(ラグナリア)が咲いている季節だと船長殿から聞いたんだが」

「ええ、ちょうど頃合いだと思いますよ」


 よし、と頷いて座っていた桟橋から立ち上がる。腕の中のモコモコは食べ終わるなり心地よさげな睡眠体勢を確保しているし、腹ごなしも兼ねて少し運動しておくのも陸上ならではの楽しみだ。


「さて、とりあえず岬の方角へ散策を開始しよう」

「お供します。あぁ、そうだ。一応注意点として先に伝えておきますね。この島、草原の中にいっぱい出るので噛まれないように注意して下さい」

「……出る?」

「ええ、出ます」


 商人曰く。

 狭霧の孤島に人が住み始めるより昔、島は別の名前で呼ばれていたのだという。


「……翠蛇島(ディルナーダ・ラグーン)、ね」

「その昔、この島には主と呼ばれる大蛇が君臨していたらしいですよ。本当か嘘か、今となっては分かりませんが、町の周りの草原や森、岩場といった至る所に蛇が頻出するんです」

「蛇……うん。苦手でもないが、得意でもないな」

「割合としては七割方が毒蛇と思っていただいていいと思いますよ」

「そのデータ、一体何処から仕入れてきたんだ……?」

「商売人の周りには、自然と情報も集まるものです」


 さらり、と微笑みで受け流されて「なるほどね」と此方もこちらで適当に頷き返す。

 商売の合間には、自然と会話が生じるものだ。

 村で暮らしていた頃も、交易商のおじさんから色々と情報をもらったり、こちらから提供したりの持ちつ持たれつだったから、そこのところは何となく理解できる。


「岬の方角は、こっちで合ってるのか?」

「ええ、この島の形は少し入り組んでいるので。一見遠回りに見えますが、実際はこの道を行くのが近道なんです」


 そう言われてみれば、なるほど頷ける。嘗ては蛇が支配していたとされるだけあって、細く曲がりくねった道が幾重にも伸びて、時々連なって、その先がまた方々へと散らばっている。

 なかなか個性的な景観だ。


「蛇道、というのは意味が違うかもしれないが……」

「見た目だけなら蛇みたいな道ですね」


 赤茶けた土を踏みしめながら、やや勾配のある道を並んで登る。周囲は開けていて、時々野生の山羊らしき鳴き声が耳に届くほかには人気もない。付け加えるとすれば、藪が多いな。

 いつ何時、蛇が出てきても驚かない。


「あの藪を抜ければ、そろそろ岬が見えてきますよ」

「……これは流石に回りこむ訳にもいかないか」

「はい。一方は崖で、もう一方は雲葉樹(クラウド・ツリー)の林ですから。消去法で選べるのは、あの藪です」


 商人の言った通り、一際青々と茂る藪をガサガサと掻き分けながら進む。一歩踏み入るごとに、しゅるしゅると聞き覚えのある気配に包まれる辺り、やはり出ると言わしめられるだけはあるようだ。

 確実にいる。ただ、意外にも攻撃色は薄いらしい。

 視界に入るのは尻尾ばかりで、牙を上げて襲い掛かってくる蛇が一匹もいないというのも不思議だ。

 何故だろう――と、首を傾げつつ傍らの商人を見たところに『答え』があった。


「……それ、もしや翠炎燈(スライ・ベル)か? 実物は初めてだ」

「ふふ、ご存知でしたか」

「話だけなら聞いたことがある」

「……綺麗でしょう? 現存するものも他の色と比べて少ないので、その存在を知る者は限られてはいますが」


 確かに綺麗だ。外側の装飾も然ることながら、よくよく目を凝らせば炎燈の中心に煌く緑柱石(ベリル)も視認できる。

 この大きさの緑柱石となれば、とても一般市民の手の届くものではないだろう。


「紫は希少だが、国軍や貴族に連なる者たちの手元で確保されている分があるし、青も基本的には同じだ。一般に普及しているものは紅が殆どで、代用として青銅が使われることも多い。……つまり、例外は翠と白ということになるな」

「……貴女には度々驚かされますね。いえ、もちろん馬鹿にしているわけではありません。それでも『白』の実在を知る者は、国の中枢あるいは極少数に限られますから」


 じっと興味深げに見つめられていることは重々承知で、やれやれ少し口が滑ったかと内心で後悔する少女。

 なるべく目を合わさずに済むよう、藪の先へ視線を固定する。

 けれども『翠』を所有している時点で、正直どっちもどっちだと思うのだ。

 あの師匠をして、現存するものは大陸に約六個と言わしめた翠炎燈。これは創り手たちが既に途絶えた幻の炎燈であるため、これから先もその数が増えることはまずない。

 事情は違えど、現存するものに限られるという点においては『翠』も『白』も変わらないのだ。

 そこを踏まえて、最小限に補足しておく。


「極少数…ね。俺はただ、仮にも翠を所有する者がもう一つの存在に気づいていない筈がないと思っただけだよ」

「やはり稀な方だ。この炎燈を目にして不穏な色を一切見せなかった人は貴女が初めてです」

「炎燈を必要とすること自体、稀だからな。別段欲しいとも思わないさ」

「それは今まで探索に行かれる機会が無かったということですか?」

「正確に言えば、必要な場面がやってこなかっただけだよ。……いや、少なくとも今まではね」


 二度あることは三度ある。

 ようやく視線を逸らせたかと思えば、受難は再びやってくるのだ。救いがない。

 こちらの常識とあちらの常識とで、多少の違いくらいは目を瞑ってもらいたいものである。

 なるべく興味を持たれないように気を配れば配るほど、所々でボロが出てしまうのが人の性。

 今こそ蛇に登場してもらい場の空気を転がしてもらいたいところだが、現実はそう上手くは進まない。


「炎燈に使用される魔法石は、その精製自体に特殊な技術が必要とされるそうです。それぞれの石に合わせた特性を見極め、適合する魔法式を組み込む過程では特に繊細な手技を求められるとか。優秀な魔術師であっても精製成功率は六割弱。約四割の石はダメになると聞きます」

「……緑柱石は採掘量も制限されているんだったな。更に特性から言って、緑柱石の精製成功率は他の石に比べても格段に低くなる」

「はい。他の翠についても同様のことが言えるかは分かりませんが、この炎燈はかなり特殊な造りをしています。中軸に当たる緑柱石に込められた魔力に加え、周囲の装飾と干渉し合う魔法式が高度かつ繊細なので、今の王宮にいる魔術師たちではおそらく再現不可能でしょう」

「修繕も出来ず、再興も出来ない。となれば、必然的に残数も少なくなっていくのも納得だな」

「まさにそういうことになりますね」


 正直に言わせてもらえば、魔術師という人種はわりと苦手だ。

 カルディア(身近な魔術師代表と言っていい)には直接言葉にしていったことはないと思うが、多分察せられていたように思う。

 師匠と三人で森へ採集に出るときも、その時々で他の魔術師と遭遇するような場面ではよく間に立って直接言葉を交わさずに済むように気を配ってくれたものだ。

 大元を辿れば。師匠とともに王都を見物に行き、生まれて初めて遭遇した魔術師の印象がすこぶる悪かったことが一番の原因だと思ってはいる。だが、その後も碌な魔術師に会ったことがない。

 唯一の例外はカルディアと、師匠の師に当たるモナリスのお爺様くらいか。それ以外は推して知るべし。

 そうした日々の積み重ねは大きい。

 野育ちの魔術師、王宮魔術師、貴族の子飼いの魔術師など、現状で三つの分類に振り分けられる大陸の魔術師たち。生来保有する魔力の量や質、属性などによって魔術師として大成できるかどうかは初めから決まっていると言われるが、実際のところは少し違う。

 一番の素養は、己の魔力の限界を把握してそれに見合った魔力操作が出来ることだ。

 意外とこれが出来るものが少ない。従って、優秀な魔術師も相対的に少なくなる。悪循環としか言いようがない。

 自分に見合う魔力操作が出来ない者、あるいは端からその素養に気付けない者は本来の意味で大成したとは言えないのだ。永遠に未熟なまま、その生涯を終えるものも少なくないのが魔術師と呼ばれる人々である。

 基本的にその矜持は高く、孤高を好み、自らの魔力量に劣る他者を見下して憚らない。王宮魔術師、次いで貴族の子飼いの魔術師たち、野育ちの順で特にそれが顕著とされる。

 要するになるべく関わらないことが、心の平安のためには最善なのだ。

 だからこそ、未だに思い返すたびに不可解さに首を傾げることがある。

 関わらないでおこうと思えば思うほど、どうしてか周囲に魔術師に纏わるあれこれが増えていった時期が一時とはいえ存在したこと。

 そもそも『白炎燈(フェリア・ベル)』の存在に気付くことになった一連の流れ自体、偶然と言われればそれまでだ。

 大陸で情報収集に明け暮れていた頃、白炎に纏わるあれこれを調べている最中に紛れ込んだ古い手記。七代前の王宮魔術師が修繕をしたという、ただ数行のみに記されていたものが偶々目に留まった。


 ――青の月、夜半。王宮の最奥にて白炎燈の修繕に取り掛かる。前回よりも光は弱く、中央の白水晶(ルミーナ)にも僅かながら皹が確認された。


(ひび)、って……」

「やれやれ、だね」


 当時、師匠とこの記述についてあげた感想は上の通り。

 たかが炎燈、されど炎燈である。

 要するに、一般には知らされていない事実がある。それこそが『始源の炎燈(イノセント・ベル)』と呼ばれる原色(オリジナル)の存在なのだ。

 各大陸に分散して存在している白、紫、黒。

 それら三色からなる『始原の炎燈』を知るものは、おそらく片手の指に限られる。とは言え、今回の船旅の代価として大水鳥の店主へ伝えてきたから、状況次第ではより多くの人間の耳に入る可能性は否定できない。

 それはさておき、だ。

 師匠の限りある伝手を頼り、その後の白炎燈の行方を探ってはみたものの、今に至るまでその努力は実を結んでいない。

 ないない尽くしの現状を鑑みれば、他の手を模索しようとなったのも自然な流れ。

 そうして案の一つに上がっていた事こそ、他色の炎燈の行方をそれとなく探り当てること。

 偶然とはかくも恐ろしいものなのか。


 ――類稀なる翠炎燈。白を除けば、幻と名高いその明かりはユラユラと淡く、煌々と妖しい。

 それを横目に歩いている現状にいろいろと思うところは満載だ。


「ちなみに、商人殿はそれをどこで手に入れたんだ?」

「それは秘密です」


 にこりと微笑みつつもやんわりと断られ、内心では頷きもする。

 扱っているモノからして、そんな簡単に明かされていい情報ではないからだ。

 駄目で元々。どんな些細な話でも集められるならそれに越したことはないが、無理に聞き出さなければならないほど急ぐ事情もない。


「……だろうな。実物をこうして見れただけでも有り難いよ」


 そう言って、会話を終わらせようとした。

 けれどもここで、商人の口から思いもよらない提案が上がってくる。


「……その代わりといっては何ですが、稀少な炎燈にまつわる内容で一つか二つお教えできそうな情報が手元にありまして」

「稀少、ね。具体的な色は?」

「角度によって藍色……あるいは『黒』にも見えるとか。ちなみにこの情報は黎明の大陸にいた頃、偶々見聞きしたものです。興味はおありですか?」


 さり気ない雰囲気を装いつつも、その碧の双眸は餌に食い付いてくる魚を待つ釣り人のそれに等しい。

 この表情で誘いを受けた日には、まず回れ右をして退散をするのが最善策だ。そこも間違いない。

 だがしかし、だ。

 今回ばかりは放られた餌に食いつくだけの理由がある。リスクを冒してでも、見逃す理由はない。


 ――ようやく青々とした深い藪を抜け、一歩目。

 蛇たちの喧騒を背後に歩みを止め、半歩前で同じく立ち止まって返答を待つ商人を見上げて言った。


「買おう。代価は?」

「代金はいりません。ただし、お教えするのには一つ条件がありますが」

「条件、ね。あまり酷なのは勘弁してもらいたいが」

「いえ、本当にささやかな願い事ですよ。貴女自身にとってもそれほど悪い話にはならない。そう考えた上での提案です」


 聞き方次第で詐欺師特有の語り口すら連想させる前振りに、半歩後ろをキープしたまま少女は恐々と問う。


「……条件は?」

「黎明の大陸に到着した後、私を貴女の案内役として雇って頂きたいのです」


 一瞬の間。その言葉が直接理解できるまで、数秒を要した。

 うーん、と。あからさまに渋面になった少女に対して、正面の商人は涼しい顔を崩さない。

 中々に厄介な条件である。一旦信用することを決めはしたものの、船旅を終了した後の陸路となれば話は大きく様変わりしてくるからだ。

 スムーズな移動は旅において非常に有益だ。そこは認めよう。けれども、行き先と目的すべてを明かせるほどの信頼を持てるかどうか。

 そこが一番のネックだ。即答に迷うのも当然だった。

 ざわざわと吹き付ける風が背後の藪を薙ぎ、悩み続ける少女の長い髪を舞い上げ、そのまま抜けた先には深紅の花びら。


 見開いた視界一杯に、美しく咲きそろった夕花蔓(ラグナリア)

 ラッパ状に開いた花弁が潮風に揺られて波打つ度に、薫りが一帯に満ちていく。

 思わず呼吸を止めてしまうほど、それは見事な紅だった。


「――凄いな。想像していた以上に綺麗だ」


 思わず悩みを一時忘れ、呆けたように呟く。

 その横顔を見つめる商人のまなざしは、今までにないほど柔らかく細められていた。

 しかし、向けられている当人は全くそれに気付いていない。


「この島の夕花蔓は、その色彩の美しさから染料としても人気があるそうです」

「それも頷ける紅さだな。海都に自生するものと比べても、同じ花とは思えない……」

「形は同じでも、色彩によって用途は様々。海都の夕花蔓はそのまま生花として祭事に使われることが殆どと聞いています」

「なるほど。この景色を見れただけでも、ここへ立ち寄った甲斐はある。うん、嵐の夜に大海亀と出会ったことにも意味があるような気がしてきた」

「旅にはアクシデントも付いて回りますが、こうして思いがけない幸福をもたらしてくれます。それが旅の醍醐味と言えるでしょうね」

「あぁ、違いないな」


 暫くその光景に魅入っていた少女も、やがて思考を戻して「うーん」と再び悩み始める。

 やや俯きがちにしていたその頭に、ぽんと乗せられた手の平。

 その温かさに瞬いて視線を上げたところに、いくらか寂し気に笑う商人の顔があった。


「申し訳ありません、そこまで悩ませるとは正直思いませんでした。色々と事情があることは知っています。貴女はとても正直で、賢明だ。そんな貴女を私は心から尊敬している。ここでは即断しないのが正しい」

「……すまない」

「いいえ、お気になさらず。先ほどの提案については撤回させてください」

「いや、でも」

「ふふ、ご安心下さい。今回の情報については、命を救っていただいたことも含め無償で提供させていただきます。ただし今回限りですよ? これでも商売人の端くれですから、次回からはきっちり代金を請求させていただきます。それでも宜しいですか?」

「……あなたには敵わないな」


 少女は苦笑し、商人はにっこりと微笑む。

 少しずつ傾き始めた西日を傍らに、潮風と深紅の中で彼らは互いの手を差し出し、握った。


「旧大陸に着くまでの間に、貴女からの信頼を勝ち取れるよう今後も精進します」

「……ふむ。なんとも商売人らしい口説き文句だ」

「ええ、ですから覚悟してくださいね?」

「笑顔に圧を感じるな」

「ふふ。笑顔も商売道具の一つです」


 だんだん素の部分が見え隠れしてきたな、と思いつつ。

 まだ終わりの見えない旅の先を、見仰ぐ茜の空に重ねてカルーアは少しだけ笑った。


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