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*挿話 火柱騒動とその起因*

 *


 正直なところを言えば。

 いざ、ここまで面倒なことになってみると内心は逆に落ち着いていた。

「ああ、今度こそ終わりだな……」そう呟きつつ、紅蓮に染まる空を見上げるくらいの余裕すらあるのだから。自分も大概だ。其処は自覚している。

 普段からあれの傍にいるせいか、感覚がおかしくなっていると言われれば……まぁ、否定はできない。しようとも思わない。

 それは事実だからだ。驚くほどの平静。それが紛れもない現実であり、現状だった。


 引き摺られるようにして、西方(リー)葡萄畑(・デルッカ)を出立したのが遡ること、一日と半日前の事になる。

 半日は方角を定めることに費やされた。何しろ追う相手が相手だ。その足取りをつかむことの難しさについて、前もって予想は付けていたものの。それでも、改めて感心もする。それはもう見事に晦まされていた。実際、追走者当人が「……ルーアはよほど僕に会いたくないらしい」と。そう苦笑していたくらいだ。思い返すも、その時の微笑みときたら鳥肌ものだった。冗談でもなんでもなく、背筋に悪寒が走った。

 全力で見なかった振りを装うも、結果は言うまでもない。

「喉が渇いただろう?」の一言と共に差し出されたコップ。珍しく気が利くなぁ……どれどれと覗き込んだのが、そもそもの間違いだった。銀色の表面張力がこれでもかとばかりに主張していた。ねぇ、死ねってこと? 俺に非は無いよね? 完全なる八つ当たりだよね?

 無言の微笑みの圧力に耐え、命を繋いだ自分の類まれな精神力を誰でもいい、褒めて欲しい。

 そんな一幕はさておきだ。

 カルーアにとっての不運は、あれの強運によるところが大きい。いや、見方を変えれば凶運とも呼べそうだ。

 探索を開始して半日。南側は当初から除外されていたものの(魔境の方角だからね)、東と北へ向かう道のりは無数にあった。しかし驚異的なのは、その本能とも呼べるだろう勘の良さ。獣じみたそれによって、あれはとうとう『巻貝穴』まで辿り着いた。

 其処から先は、早かった。まさに怒涛の勢いで、あれは確信を深めていった。

 ―――ルーアは確実にここを通った。と。

 また、「あの慎重なルーアのことだから、場合によっては性別を偽っているかもしれない」と。あれがぽつりと呟いた時には「おいおい……まさかそこまでは」と苦笑を隠せなかったが。

 後々、それも踏まえた情報収集の結果を受けて、全く笑えなくなった。『男装』までもが必要とされる逃亡劇だ。そこからして涙ぐましいものがある。

 その中身は兎も角として、一見しただけならば絶世と称せそうな美青年に声を掛けられて舞い上がらない人間は少数だ。外套こそ被っていたものの、その生来の眩しさは外套越しにも効果を発現するらしい。恐ろしい話だ。そして救いの無い話でもある。


「その子なら、巻貝行路の入り口について尋ねていったよ」


 とある屋台の親父が、しばらく遠くを見つめるような仕草をした後にそう言った。

 その言葉を受けて、内心でため息を零した自分。その一方で、喜びを隠しきれない様子が横合いから伝わってくる。その口角を緩め、ふわりと微笑んだ幼馴染。


「……ルーア。君の行きたい先がようやく掴めた」


 その声に秘められた、底知れぬ歓喜。

 身震いで済んだのが不思議なくらいだ。ある程度の耐性があったからだろうと今になってはそう思える。


「……つまり何だ。此処を中継点にして北へ向かったと?」

「んー? ……馬鹿だねぇ、君。あのルーアが『師』を逃避先に選ぶとでも?」

「そんなしみじみと馬鹿と称されても……何か空しくなってきた」

「考えてもご覧。ルーアの元々の気質と、そこから導き出される答え。それは『無用な闘争ならば、避けて通りたい』だ。となれば、あの『惰眠者』を巻き込んでの正面衝突はルーアの望むところではないよ。必然的に、残る選択肢も絞られる。――――おそらく、行き先は『海都』だ」


 普段は殆ど思考を働かせる間も無く、その純然たる本能のままに我が道を往くアルヴィン。それが、ことカルーアに関することになると昼夜が入れ替わるが如く、無駄に冷静かつ粘着質な一面を覗かせるのだから。なかなかどうして、彼の世界は常に簡潔である。

 同時にそれは、彼女の存在が全てとも言い換えられる。これ程に重い愛を、少なくとも自分は他に知らない。


 巻貝行路から、東へ進む道程。それは通常考えられる様々な必要不可欠を尽く削り落とされた強行軍となった。『銀鈴(ルクリアーゼ)(・フォルン)』や『蜂蜜(ハニー)(・ロップ)』を経由し、『潮騒(シーノイズ)(・サイド)』へ辿り着いた夜半。

 暮れなずむ空を見上げ、全身の疲労は頂点に達していた。それもその筈。考えてみれば、魔王の牙城から故郷に帰り、そうして今に至るまで。まともな睡眠も真っ当な食事も取れた記憶が無い。

 ……銀色の水溜まりで意識を持っていかれたあれを睡眠とカウントするべきかは、甚だ疑問だ。

 それはさておき。


「……来客みたいだ、ルヴィ」


 潮騒の畔――その街へ至る道の半ば。夜陰に紛れるようにして、ふわりと舞い降りた三つの影。

 彼ら、いや……彼女たちの目を見た瞬間に『同類』として瞬時に判別に至った理由。それは直観以外の何物でもなかった。


 おそらく事前に張り巡らせておいたのだろう。三人が円になり、取り囲む形で展開された魔法式。そこには、明らかな殺傷の意図が含まれていた。それも過分な――対象以外をも、巻き込んでも構わないという『広域指定』の付加。おそらく威力を強めたかったのだろう。確かに属性に『括り』を付加することで、状況によっては格段に魔法式の効果は上昇する。だがそれも、あくまで守護や警告に関しての話。

 殺傷と、広域指定。これは魔法式における最大の禁忌の一つだ。言わずとも知れるだろう。これは要するに、殺戮――ないし虐殺の意図を示している。

 魔法式を読み取った瞬間には、思わず呼吸を忘れた。

 そして徐々に意図を察した後は。滲み出る嫌悪感を、隠しておける筈も無かった。

 正直なところ、反吐が出た。同じく魔術を扱うものとして、それが最低最悪の在り方だったからだ。

 同じ魔術師同士ですら、周辺への影響を最少に留めるために戦闘の際には最低限の結界を張るのが常識だ。それすらも怠った上での『広域指定』。


 カルディア・ムートはこの瞬間から既に、彼女たちに欠片の同情も抱かないことを決めていた。そして決意と共に、躊躇いなく紡ぎはじめた詠唱の下。彼女たちの双眸に愕然とした色が過ったことに気付いていた。

 それでも、止めない。

 そもそもそれは、生半の魔術師によって構築できる魔法式では無かった。

 この大陸において、一体何人の魔術師が紡げるだろう――――その精緻な、唱。まるで急速に萌え出た若葉が空間を覆い尽くすような騒めきが周囲に満ちていく。恐怖を覚えた三人の内の一人が『風』を用いて詠唱を妨害しようと試みるも、半ばまで構築された結界の効果により、尽く弾かれた。否、全てが己が身へと跳ね返ったのだ。


 響き渡る、絶叫。迸る悲痛な声は、その他の二人も例外ではない。

 そうしている間にも、詠唱は成った。構築されたその結界の名は『聖樹(レーラズ)加護(・ノルン)』と呼ばれる。幾重にも張り巡らされた魔法式は、見るものを驚嘆させることだろう。何も知らないものが見れば、ただ美しいと吐息を零すだろうそれも、式を読み解くものにとっては恐怖の象徴でしかない。


 絶対守護の一つ――それが『聖樹の加護』だ。その優し気な響きに似合わずそれはもう、えげつない効果を齎す結界だ。

 まず、この中ではあらゆる魔術式が無効化される。つまり、魔術師もしくは魔術を扱う者にとっては強制的に武装解除されたも同然。無理に発動しようとすれば、それは全て己が身に返る。これは発動した当人ですらも、例外なく制約されるのだ。


 ざわざわと葉が擦れ合うような音と共に、組み上げられた式がその結界内にある魔力を吸い上げて生育していく。『加護』と言えば聞こえがいい。だが、その内実は強制的に戦闘を打ち切る代償として、結界内の全ての魔力を平等に吸い取るというものだ。


「何時になく容赦が無いね。もしかして疲れてるの?」

「……ああ、疲労困憊だ。これ以上無いくらい疲れてる。頭に血が上って、正常な思考が出来なくなるくらいだよ」

「……そうだと思った。ねぇ、あの三人がどうなろうと構わないけど……むしろこのまま干からびてしまえば楽でいいとすら思えるんだけど、ね。ただ、このままだと僕の魔力で飽和状態になるけど? 君がいつになく早口で詠唱を始めたから、式の範囲から外れるのに間に合わなかったんだよね」


 にっこり、と微笑まれた。それはもう、自分には何一つ非は無いよね、という無言の意図が透けて見えるほどに雄弁な表情だった。

 いや、態と残ったんだろう。そもそも間に合わないとかあり得ないだろ云々。内心では色々と言いたいことは渦巻いたが、けして口には出さない。銀色ストックが少なくとも十本以上残っていることを旅の半ばで仄めかされて、どうして本音など口に出来るだろうか。否、出来ない。


「……一区画、式を書き変える。だからその間に」

「うん、それが無難だね。じゃあ、さっさと進めて」

「さっさと……って、簡単に言ってくれるなぁ」

「うん? 必要なら栄養ドリンクを差し入れてあげるよ」


 無言で書き変えに取り掛かった。

 その間も、背後からは悲痛な声が途切れることなく続いている。結界の仕組みに気付いてはいるのだろうが、動かずにいても死を待つだけの空間だ。闇雲に結界を突き崩すべく無理やりにでも魔法式を発動し続けるしかない。そうでもしないと自己を保てなくなることを、この結界の中に入った瞬間から本能的に知ることとなるからだ。

 跳ね返ってくる己の魔力によって身体は疲弊し、疲弊した体からは尚も魔力を吸い上げられ続ける。それを糧に結界は生育を続け、更に結界は強固な壁となる。

 その一連の流れが、悪趣味と言い換えられる所以だ。否定はできないし、するつもりもない。

 余程のことが無い限り、この詠唱を紡ぐことは今までもなかったのだ。


「……さて、出来た。じゃあ一瞬だけ緩めるからその間に」

「前置きはいらないから、開けて」

「…………」


 本当に、どうやったらこれとの縁が切れるだろう。吐息を零し、指先で式をなぞった。

 まるで風に舞い上がるようにして、束の間生じた切れ目。そこからするりと抜け出る直前、ふと目が合った。その口許には、ほんの少しの笑み。


 ――――忠告はしたよ?


 結界の外、彼が晴れ晴れと笑って指を指した先。それを目で辿り、手遅れだったと気付いたのはその直後だ。魔法式が飽和を起こし、結界上部から放熱し始めていたのである。気付いていながら、結界の外へ出るまで一切口を開かずにいた当人。その性格の悪さは折り紙付きだ。溜息をつきたくもなる。

 まだ、間に合うかもしれない。

 放熱した部分を切り離すべく、口を開きかけた刹那だった。


 結界が瞬く間に炎上を始めた。

 恐慌状態に陥ったらしい、背後の面々。『風』が更に炎を上空へ押し上げるのを、制止しようとしたが間に合わない。

 爆発的に膨れ上がった魔力――それは行き場を失い、そのまま炎のうねりとなって巻き上がった。結界内から、それを見上げたとある魔術師の呟きは、冒頭にある通りだ。


 ――――こうして『火柱』が潮騒の畔の夜空を焼くこととなる。


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