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少女は四人旅(+一頭)を開始した*二日目の旅 終盤の夕べ*

 *


「……ほら、御覧なさい。見えてきたわ。あれが海都まで延びる巻貝行路(シェル・ローカス)最大の宿場街、『潮騒(シーノイズ)(・サイド)』よ」

「わぉ、今宵は一段と賑やかそうだねぇ」

「……本当に僅か一日で潮騒の畔まで辿り着いちまうとは。はぁ、本当に何なんだこの面子は……」


 飛竜の背のあちらこちらから、其々に上がる声。少女以外を数えれば、その数は全部で三人いる。



 時を、少し遡ろう。

早朝にマスターと二人で旅に出た後、浮島手前の船着き処で合流した二人。二人のうちの一人は言うまでもない。白藍の青年ことヒルトだ。そんな彼の後方に、今にも疲労で倒れる一歩手前と言った風情の青年がもう一人同行していた。

 マスターの指示もあり、シディアン少年がコップに水をくみ、戻って来てそっと手渡す。「恩に着る……」と掠れた声で礼を言い、一気に水を飲み干した葡萄色の髪の青年。その横顔に浮かぶ疲弊の度合いには凄まじいものがあった。それは一番近くにいたシディアン少年が、若干引いていた様子からも分かる。

 彼が落ち着いたところで、桟橋にいた面々が自己紹介をする流れになった。

 葡萄色の髪の青年はユギ・レインというらしい。彼はヒルトと同じく白鯨の副隊長であることを明かした。今回はヒルトに巻き込まれ、自分たちの後を追ってきたのだと言う。

 死相と言われても信じられそうな青白い顔をしたユギ青年に、この流れなら致し方ないと少女もまた周囲に合わせて名乗ったところ。何故か向けられたのは驚愕の表情だ。


「あんたがあの……『軍神』の愛弟子? え、ヴァイ隊長が唯一素行を崩して語るという……伝説の?」

「……伝説?」

「ユギ、それ当人にばらしたと知ったら隊長に殺されるの多分、君」


 非常に不可解な言葉を拾い上げ、疑問に首を傾げた少女の後方。白藍の髪を夕風に靡かせて笑うヒルトが、随分物騒な指摘を挟んできた。

 話の詳細を確認したい気持ちはやまやまではあったが、ヒルトの発言を受けてただでさえ青白い顔が土気色に近い色彩に変わっていく青年。それに追い打ちをかけることは流石に躊躇われた。

 取り敢えず今は、保留だ。

 少女が腕の中へ意識を戻したところで、遠方から羽音が近づいて来た。見上げたところに、灰白色の大きな双翼。

 ふわり、と一度減速してから水面へ浸かった一頭の飛竜。少女が女王竜に現状を伝えて意見を仰ぐべく、駄目元で目を交わして飛ばせた三十二頭の内の一頭だった。

 ようやく戻って来たか、と。少女は灰色の塊を抱えたまま歩み寄って目を合わせる。


 ――――女王竜は何と言っていた?


『巣立ちの刻。共に』


 女王竜とは違い、その根本的な魔力量からして多くは伝えられないらしい。ほぼ片言と言っていい断片的なことばを受け、少女がついた溜息は深い。


 ――――まだ幼体と見えるが、構わないのか?


『女王竜、苦悩。結果、託す』


 頭が痛いんだが、きっとこれは心因性のものだろう。原因を腕の中に見下ろし、未だに眠りの最中にある灰色の塊に「どうしてこうなった……」とひっそり零した。しかし肝心の原因は身じろぎもしない。


「女王竜は何て? ……まぁ、その表情を見れば聞かずとも分かる気はするわねぇ」

「巣立ちと銘打って押し付けられたよ。……マスター。試しに代わってみないか?」

「遠慮しておくわ。その子は貴女の腕をご所望みたいだもの」


 マスターのいい笑顔を受け、やはり先ほどの説明押しつけの件を根に持っているらしいと察した。これは中々根が深そうだ。今宵の夕ご飯、懐具合に不安は否めないが奢っておいた方が無難かな。

 貴重な御者兼案内人を旅の途中で失ったとあっては、目も当てられない。ここでもひっそりとため息を零した少女だった。


 その後、マスターの意見もあって女王竜の下へ伝言に出した一際大きな飛竜を選択。他の三十一頭には『浮島』へ戻るように一頭一頭の目を見て回りながら伝えた。しかしこれが、地味に難航。

 何だか知らないが、彼らは一様に自分に対して並々ならぬ興味を抱いたらしい。ここでまさかの被虐性か。そもそも飛竜に被虐性云々は当てはまるのだろうかと恐怖にも似た何かを覚えた少女。だってそうだろう。彼らが自分に恨みつらみを抱くなら、まぁ。まだ分かる。乱闘の末に、第二の浮島が如く水面へ折り重なった記憶をどう変換したら、そんな純粋な好奇心に置き換わるんだ。疑問は尽きない。


 ――――もう帰っていいよ。


『女王竜、命。我ら、守る』『娘、興味』


 こんな件を三十一頭、延々と繰り返すことになったこちらの精神状態も考えてみて欲しい。

 うん。確かに巨大貝との遭遇の際、彼らがいなかったらと思うとぞっとしないでもない。ただ、今は状況が全く違うという話だ。

 仮にだ、この三十二頭を引き連れて海都へ向かったとしよう。衆目の的で済むのか? いや、答えは馬鹿馬鹿しくて考える必要すらない。一体何の襲撃だ。何の冗談だ。否、冗談では済まされないだろう。海都の人たちを恐慌状態に陥らせて、一体自分が何を得られるのだ。自分はただ、海都を経由してこの大陸を出たいだけだからね。その序に海都を征服する意図は全くない。


「ついて来るって? はは。気持ちは分からなくもないなぁ……強者というものはね、さらなる強者を目にするとそれに否応なしに興味を惹かれてしょうがないもんなんだよねぇ」


 水辺で飛竜の首にぶら下がり、危険な遊びに興じるお子様が一名。シディアン少年の呆れしか混ざっていない目を前にしても、些かも動じない白藍の髪の戦闘狂。それに向かって少女は桟橋に落ちていた手ごろな大きさの石を拾って投擲した。――ややあって、一つの水音が周囲に響く。


「……馬鹿ねぇ、ヒルト。あんたのその、要らないことをあえて口にする癖。いい加減に直した方が身の為よ。いつかそれで身を滅ぼすわよ」

「マスターに一言一句同意だ。……ほら、掴まれ。早くしないと飛竜の餌になるぞ」


 後方で繰り広げられる三者三様。辛うじて飛竜の口に飲み込まれずに済んだヒルトは、引き上げてくれたユギ青年に「やぁ、助かったよ。ユギ」と一言。それに対して「こいつ全く動じてない……」とのユギ青年の呟き。二人のやり取りを見ていたマスターがユギ青年の肩をポンポンと叩いて苦笑していた。

 その間も、三十一頭の説得に当たっていた少女の苦悩はとうとう三巡目を迎えて佳境を迎えた。

 据わった眼で、三十二頭を並べて一斉に伝えたことば。それは以下のようなものである。


 ――――全員は連れていけない。だから、今から三十二頭で戦え。勝ち残った飛竜を旅の翼にする。


 ことばで頷かないならば、強制的に振り落すまで。

 周囲の絶句を背に、少女の目の前で繰り広げられた飛竜同士の乱闘の末――――勝ち残ったのは、結局あの伝言に飛ばした一頭だった。

 誇らしげに胸を反らせ、仲間の飛竜が後方でぷかぷか浮いているのも気にした様子は無く首を伸ばして、少女に身を摺り寄せて来る。

 何かすごく懐かれた。同士討ちを指示したも同然なのに、何故だろう。

 背後の面々に、困惑したまま振り返った少女はしかしそこにも救いが無いことを知る。

 唯一、例外的に笑顔を見せるヒルトはそもそもカウント対象外だ。


「……マスター。取り敢えず、出発しようか?」

「ねえ、わたしが御者として同行した意味って何だったのかしらね……」

「……」

「……」


 夕闇の中。灰白色の背に乗ったのは、マスターと二人の青年たち。それから自分と、腕の中の灰色。

 水面に浮かぶ死屍累々(これは冗談だ。大なり小なり怪我で済んでいる)を眼下に、遠い目を隠しきれていないシディアン少年とそのお爺さんに見送られながら、一気に空へ舞い上がった。


 太陽も沈み始めた上空は、相応に寒々しい。少女は外套の前を掻き合わせ、この時ばかりは高地夜兎(ハイ・ラビット)の温もりに心の底から感謝した。巻貝穴での出費も、今思い返せば十分すぎるほど元が取れている。

 暫くは他愛無い冗談を交わす青年たちを後ろから観察しつつ、時折寝返りを打つ灰色に苦笑しながら優雅な空旅を堪能した。

 寒さは難点ではあるが、陸を歩くよりか遥かに短時間で移動できる利便性。やばい、飛竜旅がこれほどに素敵なものだとは思わなかった。これに慣れたら陸へは戻れないだろう。つまりこれこそが、最大の難点にして同時にメリットでもあるという具体例だ。

 その素晴らしい考察をマスターに伝えてみたものの、返って来たのは苦笑。何故に。


「……貴女って本当、変な子。何だかこっちが色々考えているのが馬鹿みたいだわ」

「……マスター? よく分からないけど、そして変な子と言われるのは初めてじゃないけど。……いろいろ深く考えてから動くよりも、動いてから得られたものを後から思い返す方が合理的なこともあると思うな。……まあ。これはあくまで私的意見だけどねぇ」

「……貴女くらい残念な娘さんは中々いないわよ。あと以前にも言われているのね。……ね、自覚はある? それ、一般的には脳筋と呼ばれる人種の考え方に近いわよ。でも――――ふふ。わたしは貴女のそういう所が憎めないわ」

「それは……褒められているのか。それともその逆?」

「ふふ、両方」


 笑顔に様々なものが見え隠れしているマスターはさておき。

 ゴロゴロと腕の中で存在感を主張し続けている灰色の塊について、一言。

 何だか思ったより、重い。落下中に抱えた時には殆ど感じなかったけれど、地味に重いんだよな。これ。


「……マスター、一つ質問が」

「何かしら?」

「飛竜のヒナは、生後どれくらいで成体になるか知ってる?」


 ああ、失念していたわとマスターが空を仰ぐ。仰ぎがてら、大体五十年くらいは掛かるかしらという返答があった。

 五十年って。いや、ちょっと待て。

 前に乗っている青年二人の間に割っているようにして、トントンと灰白色の背を叩く。

 前方を見据えて飛行していた飛竜が首を傾げるように振り返ると同時に、一旦上空で停止。

「まるでノックみたいな合図だねぇ」「一体何事だ」等々の青年たちの声を後方にして、少女は飛竜に端的に尋ねた。


 ――――次代の女王竜は、生まれて何年経つ?


『三十年と十月』


 成体になるまで、残ること約二十年。

 腕の中の塊へ視線を落とせば――健やかな寝息。眩暈を覚えた。


「……つまり何だ。俺にこれをあと二十年近く抱え続けろと……」

「る、ルーアちゃん? ええとね、確か以前に風の噂で聞いた限りでは、幼体が眠りを特に必要とするのは一生の内の一割に満たない期間だと聞いたことがあるわ。ほら、ね。元気を出して」

「……飛竜の寿命は何年?」

「…………」

「……飛竜だと大体、二百…むがむが」

「黙れ、ヒルト。空気を読め。ほんとこの馬鹿」


 労わりや同情や慰めはいらない。むしろ代わってもらいたい。それ以外、根本的な助けには含まれないからね。世の母親たちよりか、余程に苛酷な抱っこ状態(重量もそれなり)を数十年単位で目の前に用意されたら誰でも灰になる。

 あの女王竜、次に会ったら何も言わずに戦闘状態になっても文句は言わせないよ。


 ……はぁ。


 もぞり、と身動きをした灰色の塊の目がパチリと開く。暫くの間、眠りの残滓を漂わせていた虚ろな目。

 不意に、それが澄み切った淡黄色(ミモザ)に変わる。タイミングとしては、それとほぼ同時に流れ込んできた。


『こんばんは、ヒト属の娘さん。貴女の腕の中はとても暖かくて快適。安定感においても、何一つ不安要素は感じられないわ。重量は調節も出来るから、これからよろしくお願いしたいの』


 ……何だこれ。ヒナらしさが微塵も感じられないんだが。あと灰白色オスより遥かに滑らかなコミュニケーションが可能らしい。これは中々に予想外だ。

 君、幼体なんだよね? うん? 女王竜の直系だから? ……そうなんだね。理解はしたけど、納得はしないよ。その一言ですべて片が付くなら、そもそもコミュニケーションスキルに意味など無いだろう。


 ――――詳しい話は、街についてからじっくり聞きたいんだが。


『いいわ。ただし、わたしの目が開いていたら、ということにはなると思うの』


 ……うん、そのことばには物凄く納得した。

 まぁ、あれだ。ひとまずは交渉次第ということで。一頭と一人、今後について話し合っていこうと思う。


 *


 その名の通り、周囲は潮騒の音に満ちていた。降りてまず感じたのはそれに尽きるね。

 宿場街からは死角になる、針葉樹の林を空から見つけて下降。ここで身を潜めているように、と飛竜に目を交わして告げると『了承』の返答とともに寝そべっていた。今日一日の乱闘三昧。飛行よりも恐らくそれの影響で疲れも溜まっていたのだろう。

 そうして宿場街へと足を踏み入れることとなった四人と灰色。

 潮騒(シーノイズ)(・サイド)と言えば、新鮮な魚介と海都に次いで交易が栄えていることでも有名な宿場街だ。巻貝穴や、途中で宿を取った銀鈴の森近くの宿場街もそれなりに賑やかではあったが、こちらはより一層の人混みに溢れている。耳を付く喧騒を厭い、マスターと視線を交わして少し奥まった方の路地へ向かう。そんな二人に付き添うようにして後方からユギとヒルトが歩いていた。


「久しぶりに来たけど、相変わらずの喧騒ね……正直ここは治安もあまり良くないのよ」

「いや、治安云々とは言いながらも全員が破落戸程度には後れを取らない面子だろうが……」

「うんうん、久々に来たけどいい具合に混沌とした空気が『潮騒』の醍醐味だよねぇ」

「……噛み合っているようで、全然噛み合ってないよ。君ら」


 三者三様のコメントに対し、少しも呆れを隠さない少女。とは言え、ユギの言った言葉は確かだ。自分に関しては敢えて何も言わない。ただ、この面子に因縁を付けて後々後悔するのはおそらく因縁を付けられた側では無く、つけた側になるだろう。想像に難くないね。


「あ。……ねえ、ルーアちゃん? あの店、ほら『青鈴華(セイ・ロンファ)』という看板の店が見えるでしょう? あそこはね、わたしの昔馴染みがやっている店なの。評判も上々。ね、夕食はあの店でどうかしら?」

「構わないよ。マスターのおススメとあれば文句はないさ。評判も上々とくれば、余計に楽しみだね」

「ふふ、後悔はさせないわ」

「あ。ここ前に師団長が常連だって聞いた店じゃないかなぁ?」

「……ん、ああ。確かにそんな噂もあったな。どうしてそういう事の記憶力は良いんだろうな、お前」


 後方の発言にも耳を傾けつつ、四人と一頭が揃って入店した『青鈴華』。全体の基調はその名前の通りに、青で纏めているらしい。カウンターはマスターの店『穴熊』よりかはやや広め。上は吹き抜けのようになって、左右の階段から二階へも上がれる造りになっている。

 四人は早速空いているテーブルを探して目を走らせたが、その途中で妙な人だかりがあることに気付いた。左側の二階席、その中程だ。


「……何事だろうな」

「うーん、あまりこの店で荒事が起きた噂は聞いたことが無いんだけど……」


 マスターの不思議そうに首を傾げる様子から、僅かばかり好奇心を触発された少女。灰色を腕に抱えたまま「ちょっと失礼」とばかりに、二階へ向かう階段の人混みを器用にすり抜けて件の喧騒の真っただ中を覗き込んだ。


 そして、その瞬間に自分の好奇心を後悔した。


「……師匠?」

「やぁ、ルーア。探す手間が省けて良かったよ。……久々のお酒は格別だなぁ。僕、今とても陽気な気分」


 そう言って、無数に重ねられたジョッキの向こう側からひらひらと手を振るのは武芸の師にして、育ての親でもある――ハイナス・フレイヴァルツ。

 師匠、その人だった。


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