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*挿話 追走開始*

 *


 白々と明ける空に、物思う。

 視界の端には、ひたひたと揺れる銀色。覚醒と同時に、未だ毒々しい腐臭を放つそれがダイレクトに鼻を襲ってくる。爽やかとは言い難い目覚めだった。小鳥の声でさえ、この殺伐とした空気を払拭するには至らないらしい。兎に角臭い。鼻がもげそう。思わず顔を顰め、次に全身のパーツが揃っていることを確認。それからようやく身を起こした。そのまま周囲を見渡すも、パーティメンバーは勿論の事。魔獣の気配すら感じ取れないという現状らしかった。

 やれやれ。誰もいやしない。物悲しいな。

 しかしまぁ――――今回もよく生き永らえたものだと。それを認識した途端に、全身の力が抜けていく感覚があった。俗にいう脱力感というやつだ。辛うじて付いた腕を支えに、銀色に沈む悲劇を再現せずに済む。

 そうして抱くのは、感傷にも似た何か。

 あれと幼馴染で居続けるということ。それが意味するところは、要するに日々が命の危険と隣り合わせであるということだ。毎日が死と隣り合わせ。そうして得られるメリットと言えば、精々が大抵の事では揺るがなくなるくらいだ。改めて言う事でもないが……全く元は取れない。


 それでも何故、今も幼馴染で居続けているかと問われれば。うん。まぁ、あれだ。いざ言葉にしようとするとよく分からなくなる。本当に、何で? どうしてあれと幼馴染で生きていられるんだろうな自分。疑問は尽きない。思い返しても、向けられる意図は毎度の如く呆れと殺気が七割。その他が二割と、もう一割が暇潰し。内訳にしたら、大体そんなもんだろう。


 とある少女が予想した通り、銀色の水溜まりから生還した魔術師 カルディア・ムート。その鼻に多大なる後遺症を引き摺りながらも、彼は特異とも称される生命力の強さによって今回もまた例外なく生き延びた。


「さてと……今頃はどのあたりまで行ってるかな。まさかもう追走開始までは……いや、否定できないな。うん、あれならやりかねない」


 ブツブツと呟きつつも、周囲に牽制用の延焼性結界を張り巡らせながら魔境を進む『そこそこ』の魔術師。周囲で燃え尽きる複数の断末魔にいちいち反応しているゆとりすらない。


「あの……」

「……うーん。カルーアには何とか海都まで逃げ延びてもらいたいなぁ。でも俺にできることも限られてるし……まぁ、カルーアのことだから家に置いておいた魔法具は根こそぎ持って行った筈。ともなれば、序盤は何とかなるか……」


「あの、カルディアさん?」

「……俺も大概疲れてるよなぁ。魔獣が人語を話すわけないのにね、うん。折角だからこの機会に回復魔法(改良版)を自分に掛けてみるかな……ふふ、空しい」


「魔獣ではありません!!」

「おぅ?!……び、びっくりした。君、治癒士の……」

「はぁ。ようやく気付いて頂けましたか。……もしかして、私の名前思い出せなかったりします?」

「あ、あはは…………ごめんなさい」

「その素直さに免じて、今回だけは許してあげます」


 ルーフィア・クレド。そう名乗った少女は、パーティメンバーの中でも勇者と自分を除いて唯一と言っていい一般枠だ。男たちは言わずもがな、貴族位を軒並み持つ連中ばかり。女性陣にしても、王女とその付き添いが混じっている時点で言葉も出ない。一体国の中枢は何を考えて直系の王女をパーティに加えたのか。色々その思惑は透けて見えるが……残念ながら相手が悪すぎる。無理だよ。無謀にも程がある。あれを取り込もうとか真面目に考えてる時点で、馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。

 今回の旅で、王家がどこまであれを『甘く』見ているかは十分すぎるほど明らかになった。その代償は彼らがその身で贖うほかない。呼び起こしたのが、一体『何』なのか。折角だからこの機会に認識しておくのがいいと思う。

 ――――それはさておき。

 目の前には癒し要員だ。今は難しいことを考えずに、愛らしいものを愛でる時間だ。

 ジト目でも、相当可愛いよ。うん、改めて見るとよく分かる。


 そんなこんなで魔術師から凝視されることになった少女。彼女は溜息を付きつつ、ここで徐に振り返って指笛を鳴らす。そのタイミングを待っていたかのように、繁みをかき分けて現れるのは妖艶な女性。


「――シーリアさん。村の方はどうですか?」

「どうもこうも、あの災い……ごほん、聞かなかったことにして頂戴。……勇者さまは今、丁度リー・デルッカの村人たちを集めて全員から事情を聴いてる最中よ」


 シーリア・エーデンベルグ。彼女はエーデンベルグ候の奥方にして、この国でも類まれな力を有する魔獣使いだ。常時、二頭の森狼を従えていることから『狼夫人』とも揶揄されることがあるらしい。ちなみにその発言をした者は往々にして悲惨な末路を辿ったと聞く。口は禍の元。まさに真理だ。

 そんな彼女は、森狼の一頭の背に乗り、状況を知らせにわざわざ此処まで戻ってくれたらしい。

 説明を終えると同時に、彼女の背後の茂みが大きく揺れる。そこから過たず、飛び出してくる青毛の山犬たち。大きさは森狼より一回り小さいくらいだ。

 ワゥワゥと何事か鳴き交わした後、並んで座る山犬たち。その目には紛れもない知性があった。


「幼馴染の貴方でも、勇者さまの怒りを鎮めるのは無謀よね?」

「……見ていたでしょう? 昨夜のやり取り。普段からあんな感じだと言えば、詳しく語らなくても十分察してもらえると思いますけどね」

「そうよね……」

「ですね……」


 女性陣の憐れみに満ちた眼差しが、優しすぎてむしろ痛い。傷口に塩をすり込んでいるようなリアルな痛みだ。


「でも、貴方の故郷がこのまま灰になるのを見過ごせるはずは無いわよね?」

「…………ちょっと待って。整理したい。え、もうそんな段階?」


 マダムの苦笑を受けて、戦慄を覚える今この頃。


「……おそらく、村長の一人娘かしらね。不用意にとんでもない発言を投下してくれたみたいで、勇者さまの周囲は今や氷点下。色々なものが時間の問題みたい」


 村長の一人娘……あぁ。レベッカ嬢か。いつかやらかすとは思っていたものの……寄りにもよって今か。不運にも程がある。そして空気を読めと言いたい。そのとんでもない発言とやらは十中八九、カルーアに関するものだろう。命知らずにも程度がある。


「さぁ、これからどうするの? あのままだと『西方(リー・)葡萄畑(デルッカ)』が焼畑になるのも時間の問題ね……」

「…………泣きたい」

「泣いている暇は無いわよ」

「無いですね……」


 そうですよね。無いですよね、うん。

 二人の眼差しが今や凶器だ。

 遠い目をしながらも、青犬の背を借りて『西方の葡萄畑』へと駆けつけた魔術師が目にしたもの。

 それは――――色々と手遅れな光景だった。

 うん? 誤解の無いように、早々に付け加えるとしたら村自体はまだ無事だ。ただ、本来なら穏やかで長閑な空気漂う辺境の村が、一夜にして魔境に匹敵する殺伐とした空気に染まっていたという。要するにそれだけの話。ただ、それだけの事だった。


「……生きてたのか」

「一言目がそれって……はぁ。ねえ、一体どうしたらこうなるのさ? やっとのことで故郷へ帰ったら周囲の視線が『恐怖一色』とか。何処にも救いを見いだせないんだけど」


 まず思ったことを伝えておこうか。想像よりかは幾分かマシだな、という本音を。

 そもそも、本来の意味で怒髪天を衝いていたなら。……この世で唯一の『少女』はさておき、それ以外の何者であっても彼はその視界に入れるどころか、声すらも発さずに全てを灰燼に帰していただろう。

 その意味で、幾らかはマシな状況ではある。ただし、マシとは言いながらもそこに救いは全くもって見えないが。一条の光? 現実にはそんな素敵なことが起こるはずないからね。あるのはいつだって混沌ばかりだ。


「愚者には、相応の謝罪を求める。今も昔も変わらない在り方だけどね?」

「黒い黒い。……一応それでも、今まで被って来た猫があっただろ? それを帳消しにするほどの怒りって……」


 何か、と問い掛けようとして。その問い掛けが必要ないことに気付いてもいた。

 答えは勇者の足元に、既にあったのだ。駆けつけた時には、既に。

 その顔色は完全に失われ、双眸に残る色は周囲と同じ『恐怖』それでしかない。ガタガタと震える全身が、それまでに受けた精神的なダメージを如実に表す指標のようで。

 ――――今や、レベッカ嬢はその首筋に突き付けられたままの刃に悲鳴を押し殺すしか出来ないでいる。横に引かれれば、確実にその首は地面に転がり落ちることだろう。

 何も思っていない目だ。緋葵は硝子のように無機質で、躊躇いが見えない。


「……止めに来た、という顔では無いね。少しあてが外れたな。……いいよ。偶には借りを作っておくのも悪くない」


 言い終わる前には、刃は鞘に戻っている。どうやら興が冷めたらしい。

 レベッカ嬢は命を繋ぎ止め、周囲の空気はほんの僅かだけ緩んだ。――とは言えそれも、一瞬の事だったが。


「もし、僕が再びこの村に戻る時――――その傍らにカルーアがいない時は、分かってるよね? 出来るなら、無駄な労力は掛けないに越したことは無い。でも、帳尻が合わない時にはそれを合わせる必要も出て来るから。その時は、葡萄の葉も緑から灰に変わるね。……やれやれ、と」


 言い終えるなり、血塗れの鎧を地面に脱ぎ捨てた。響き渡った金属音に、誰もが硬直したその身体を一様に揺らした。再び戻った殺伐とした空気に、息苦しさを感じていないのはおそらく当人だけだろう。


「行くよ、蛆虫。『探索』は君に任せる。……ルーアがそこを押さえていない訳無いけどね。駄目で元々だから」

「おいおい……俺が一体何時同行を承諾したんだ」

「……瓶詰、あと二十本くらいあるんだ」

「やめろ。マジでその微笑み勘弁してくれ。夢に出そうだ……」

「……出掛けに一本いっとく?」

「…………」


 うん、改めて思った。何で俺、こいつの幼馴染で居続けているんだろうか?

 答えはこれ以上無いくらい、シンプルだ。

 要するに、そういう『縁』なのだ。ただ、それだけの話。引き返しても地獄。先に進むも地獄。

 選択肢は、元より無かった。


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