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願い事を叶えましょう

作者: 中谷鳴

 ある日、何もかにもに絶望して駅前のデパートのトイレで一服していた。

 両親が死んで、婆ちゃんと二人暮し。貧乏この上なし。学校ではいじめに遭っている。何もかもが嫌になる。

 煙草を吹かす。

 一つ物事がどうでも良くなると、未成年だろうと酒煙草なんて大したことない。

 あたしは倦怠に煙を吐き出す。

 どうしようかな、こんな人生。

 この先生きてて良いことなんてありっこない。

 皆は高級ブランドに身を包むお嬢様高校生だっていうのに、あたしと来たら

 百円均一とかスーパーとかそんなところで買った靴下履いてる。

 ああ、虚しい……。

 三本目の煙草に火を吐けた所だった。

 綺麗なオレンジの炎を見つめていて、少しだけ泣けてくる。

 ああ、でも例え両親が生きていたとしても自営業だし、今の学校入ったのは間違いかなあ。

 そんなことを考えて、トイレの水に煙草を捨てた。

 煙草が三本ぷかあと浮かんでいる。

 その時だった。


 もくもくもくもく。

 煙が立ち昇ってくる。

 あたしは慌てて便器の中を覗く。

 火は消えたはずでしょ? 

 なのに何? 何なの?

 その煙は天井まで届いたけれど、スプリンクラーは作動せず。

 あたしはぼうっとそれを見ていた。

 そうすると、その煙はむにむに形を作っていって、ムーミンに出てくるにょろにょろとか何とかいうキャラクタに似た顔になった。

 そしてあろうことかそいつは喋り始めた。


「やあ、こんにちはお嬢さん。わたくしは神の使いです。お嬢様は大変ラッキーでらっしゃいますよ。

 願い事を、たーったひとーつだけ、叶えて差し上げますから」

 これは胡散臭い、という気分にはならない。

 なにせトイレの中から出てきて喋っているのだから、既に非科学、魔法的なもの。

 あたしは直ぐに信じて、願い事を考え始める。

「あのー、それって、絶対に一個?」

「はい、そうですよ」

「あのね、例えば、あたしを『何でも願い事が叶えられる人間にしてください』っていうのは?」

「あー、それは願い事規定法に違反しますねえ。それだとその力で叶えられる願い事もカウントされてしまうので、一個だけ叶えるってことにならないんですよね。こっちも商売ですからさあ」

 何の商売なのかさっぱり分からないけれど、とりあえずこれは諦めるしかなさそうだ。

「なーんだ。あたし、アラジンの魔法のランプとかで、願い事ならそう言えば自分が万能になれていいのになーってずっと思ってた」

「ええ、でもちょっと駄目なんですよね、こっちの世界の法律みたいなもんです。他にはありませんか?」

 うーん、願い事が何でも叶えられる力が手に入らないのなら、大概の物を手に入れられる金が妥当だろうか?

 ちょっと在り来たりな感じもするけど、仕方ないよね。

「じゃあ、お金。うーん、そうねえ十億! 十億円くださいっ」

「あー、金ねえ。うん、そう言ってくる人、結構居るんですけど、それもね、金もまあ価値があるようで無いというか、流れているものだからね、こう円高ドル安とか色んなことで価値が曖昧なんですよお。それを十億円とか言われてもね、私どもの仕事ってワールドワイドなもんだからさ、こう決められないのね。それに十億円を紙幣で出す訳?そうなると、同じ数字が並ぶとか、微妙なずれが生じてしまうのね。私どもの規定ではこの世界に余計な干渉をしてはいけないってことになっているから、それもちょっと無理な訳」

 ただのケチじゃん。と心の中で呟いておいた。口に出してうっかりこのもくもくさんの機嫌を損ねたら、一つも叶えずに消えてしまうかも知れないし。

「えー、そう……うーん。じゃあ、あれは? とびっきりの美人でスタイルの良い人間にしてっていうのは?」

「あ、それ願い事二つになっている上に、美人って観念が曖昧ですよねえ」

「じゃあ、魔法使いは? 魔法使いなら願い事叶えられるけれど、魔法使いなんだから当たり前でしょ? この世界に矛盾していないでしょ?」

 もくもくはこっちがぴきしっと頭に来るような、馬鹿にした風な表情をする。

「それはー、魔法使いによって出来ることが違うので、私どもが提供出来るのは鷲鼻と婆さんの顔と黒い衣装と杖くらいのものですな」

 冗談じゃない! うわーそれは絶対に嫌だ。

 あたしはぶんぶんと首を振った。

「ああ、じゃあ、これは? キレイな芸能人と、同じ容姿にしてもらう、これならどう?」

「うーん、同じ人間が同時に存在するのって、常識として矛盾してますよねー」

「でも他人の空似だと思われるって」

「でも規定上は……」

 もくもくは絶対にうん、と言わない。

「あ、でも貴方の顔のパーツを修正するってくらいなら……目を二重にするとか、鼻を高くするとか、顎を短くするとか、胸を大きくするとか、どれか一つなら」

「それって、整形外科で出来るじゃない……結局ケチな願い事しか叶えられないんでしょ……」

「そんなことはありませんよー。もっと思いつきませんか、何か?」

 あたしは無い頭をぐるぐるフル回転させて考える。 

 考える。

 考える。

「あ、そうだ。お金が無理なら、家! 豪邸。豪邸を頂戴! これならどう?」

「あー、いや豪邸はあげられますけど、その管理にかかる費用は貴方持ちになりますよ? だってわたしは豪邸を差し上げるだけですからね。維持費とかメイドの給料とか、庭の手入れとか、水道代とか。そんなの手に入れたら、お金かかりますよー」

「……やっぱりケチだ」

「もっと良く考えてくださいなー。そろそろ消えたくなってきました」

「え、いやちょっと待って? もー少し真剣に考えるから」

 あたしはまた別の方向から考えてみよう、と思案する。

 お金系は多分駄目なのだ。

 あとはこの世に矛盾が残るようなのも駄目。

 些細なことならオッケー……?

 うーん……。

 それなら、いっそのこと……。

「殺人は?」

「え、誰を殺したいんですか」

「うーん、まあ良心が咎めるんだけど、ボケ始めた婆ちゃんよ。そうしたら保険も降りるし、あたしの生活楽に……」

「はあ……でも、殺人者の居ない殺人っていうのは無いわけで、矛盾が残らないように殺人犯が貴方だっていうことになるようにしますけれど?」

「いやーん、それじゃ意味無し」

「いやー、最近の娘さんは残酷ですなあ」

 にょろにょろに似た命名もくもく君は、うんうんと考え深げに頷いている。

 なんなんだ。

 トイレの便器から出てきたくせに。

「あー、もう何か考えるこっちも嫌になってきた。あ……そうだ、誰かを消すっていうのはどうなるの?」

「消すといいますと?」

「ほら、失踪なのか誘拐なのか、もう死んでいるのかも何も分からない人って居るじゃない? そういう人のことよ。だから、あなたが誰かをこの世から殺すのではなく、消すの。そうお願いしたら、どうなるの?」

「ああ、そうですねえ。この世の人から忘れられ、何処か忘却の彼方というか、常人には分からない世界に連れて行きます」

 あたしの心は決まっていた。

 どうせこのままこの世界で生きていたって、こんな人生だもの。

 これっきゃない。

「じゃあ、お願いします、もくもく様。あたしを消してください」

「……本当に、いいんすね?」

「いいよ」

「では願い事を叶えます。らぶだからぶあらぶだからぶあ……」


 ………――一時間後――………


「その女の子を見つけたのは貴方なんですね?」

「ええ、トイレに入ったところ、何かぶつぶつと変な声が聴こえて、それでその後全然出てこないから、何か変だなって思って……」

「それで、そのトイレの個室を覗いたんですね?」

「はい、鍵が掛かっていなかったので……そうしたら、女の子が床に倒れていて――」

「それで、こんなものを見つけたんですね?」

「ええ、私、それが何かなんて分かりませんでしたけれど……」

「いやあ、本当に、女子高生が麻薬をやっているなんて、恐ろしいですな。命に別状は無かったとはいえ、自分が誰かも何故ここに居るのかも分からない状態ですよ」

「まあ……一体どうしてそんなことに……」

「とにかく、今はその手の施設に入れる手続きをしています。いや、ご協力有難うございました」


 ―-トイレで見つかった麻薬依存症の女子高生は、今、自分が誰で何処の世界に生きているのかも分からず、呂律は回らず奇妙なことを口走り、奇怪な笑い声をあげ、夢の世界に生きているようでいて、地獄に居るような苦しみを味わっている。看護師たちは彼女を見ながら呟く。

「何処の世界に行ってしまっているんだろうね……」

 施設に収容された女の子は、周囲の人間の記憶から薄れて、どんどん人間として消えていっている……。

 うふふ

 うふふ

 うふふ……


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