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心の扉  作者: 雨宮翼
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第五話

 登校と比べると帰宅道はありえないくらいスムーズに自転車を漕ぐ事が出来た。帰宅する多くの生徒たちを後ろからどんどん抜いて行く爽快感。体一杯に受ける温かい風の心地よさ。まさしく来た道地獄、帰りは天国という両極端な道だった。

十数分ほど自転車を漕いでほどよく体が温まってきた頃、霧也は寄り道すべき目的地に到着する。

 電光掲示板型の看板には『アンデルセン』と赤い文字で名前が書かれている。

 すぐさま童話を連想しそうな、はたまた聞き間違えてパスタの適量ゆで加減を連想しそうな名前だが、れっきとした奥様の味方、スーパーマーケットである。

長方形の長い二階建ての建物で、二つの建物を合わせたように左がこげ茶色、右がクリーム色と色が分かれているのが特徴。建物の外周には窓が無く、入口からでしか中の様子は窺えない。

 霧也は近くの駐輪所に自転車を止め、自動扉をくぐって中へ。

 入口の赤いカゴを取り、レジ横を抜け、真っ先に向かったのは食品売り場。

 夕飯の買い出しの時刻なのか子連れの主婦が霧也と同じ赤色のカゴを手に、プロ並みに険しい目利きで食材を手に取っていた。横で子供がアニメパッケージのソーセージを物欲しそうに見つめていたが、母親はそっちのけである。気付いていないというよりも、駄々をこねられるのが面倒であえて無視しているようだ。

 そんな微笑ましい光景の中で、

 「今日のメニューはどうすっかなぁ」

 主婦と同じように食品売り場を見渡して、困ったようにポツリと霧也は漏らした。鰆や鰯などの魚類。牛や豚、鳥などの肉類。ラーメンやソバスパゲッティなどの麺類、等等。自分の作れるレシピは限られてくるものの、使われる具材には限りがない。自分が食べたいものを作ればいいのでは? と霧也も考えたが、それほど凄く食べたいものが思いつかなかった。

 と、いうのは建て前で、実は食材に付いている値札を見ながら自分自身に言い訳をしていただけでもある。八尋邸の冷蔵庫には食材という食材が皆無だと昨日の夜確認していたため、夕食を作るのに必要なものを買いこむ必要があった。だが、買いこむといっても霧也は高校生。仕送りの日にちは毎月決まっているので、今の手持ち内で何とかするしかないのは否めない。

 深いため息をつきながら食品売り場を歩いていると、

 「簡単に作るんだったら迷わず麺だな。けど、それだったら毎回麺になんだよなぁ……。安いってのもあるし、いいっちゃいいけど」

 霧也はパスタの袋を見つめながら腕を組んだ。

 迷ったようにぶつぶつ言ってはいるものの、実は無類の麺好きで三食麺類でも問題なかったりもする。だが、それはラーメン、蕎麦、パスタなど三食別々の麺類というものが前提に含まれて初めて意味を成す。

 ここでパスタを買うのならば、恐らく自分の性格上数日は毎晩パスタを食べることになるだろうと霧也は踏んでいた。

 「んじゃあ、調べてみっか」

 霧也はズボンの後ろポケットから携帯を取り出し、おいしいパスタの作り方を検索するためブラウザを立ち上げた。

 待ち受け画面が一瞬白く消え、ブラウザページが新たに読みこまれる……はずだった。

しかし、表示されたのは検索ページではなく、着信画面。見事なまでタイミングの悪い着信だった。こんな計ったように、どこかでこちらの様子を窺いって通話ボタンを押したように電話をかけてくるのは一人しかいない。

 着信『八尋まどか』。

 霧也は周囲の人から見られることなど気にすることもなく、眉間に皺を寄せ、口をヘの字に曲げ、白目を向いてフリーズしている。

 どうせ通話に応じれば面倒臭い対話に付き合わされることになる。もしくは面倒事を押しつけられることだろう。霧也の直感が必ずどちらか、はたまた両方が待ち受けていると告げている。とはいうものの、一応現保護者からの通話を無下にするわけにもいかない。

 霧也はしぶしぶ画面を指で操作し、通話に応じた。だが、携帯は耳に密接させるわけではなく、少し距離を離して通話ボタンをスライドさせる。

 「はい、もしも――」

 「やっほー、きりりん。元気してるかなー! おばさんは今日も元気だぞ! ねえ、私のこと愛してる? 愛してるって言って!」

 「倦怠期の恋人か!」

 まどかのハイテンションで相変わらず唐突なボケに、思わず反射的にツッコミを入れてしまう。その際、近くにいた主婦と子供から怪しい人を見るような眼差しを向けられてしまった。

 霧也はコホンと咳払いを一つ入れ、少しばかり声のトーンを下げてまどかに応じる。

 「今日は何の用ですか? 今のところ別段困ったことはないし、快適に過ごしてますよ」

 「本当に?」

 間髪いれずに返答されたたった一言に霧也はドキッとする。まどかの口調がおちゃらけたものではなく普通に戻ったからということもあるが、何かを含んだ一言だということをすぐに察したからだった。この「何か」とは間違いなく、あの少女のこと。

 霧也は頭を掻き、俺も大概お節介な性格だな、と胸中で毒づいた。

 「……乃衣ちゃんのことですよね? あの子何がどうなってるんですか? 行動も言動も普通じゃないですよ。初日から私に関わるなって言われましたし……」

 「やっぱりか、あの子は……」

 電話越しでもはっきりと分かる程、まどかは珍しく暗い影を落としていた。

 「きりりん、あの子は――いえ、今全部言っちゃうと引いちゃうかも知れないわね。これは追々説明するわ。ざっくりあの子の現状について説明するとね、ちょっとした引き籠りなのよ」

 「……は?」

 ざっくりしすぎていて言葉の意味は分かるが、内容は理解出来なかった。

 確かにそれらしい反応を見せていたし、今朝も部屋から出てきた気配はなかった。だけれども、あんな年端もいかない少女がそこまで底に落ちるものだろうか。

 人間不信の引き籠り。

 霧也は胸にズキリと痛みを感じた。まるでその言葉が物質化して鋭く突き刺さったような痛み。

 「どうして……?」

 「理由は言ってくれないの。ただ、学校で何かあったことは間違いないわ。そうでなければ登校拒否もしないし。たぶん、いじめだとは思うのだけれど、本人が内容を喋ってくれないとどうにも。私もこんな仕事だからずっとは家にいてやれないし……。だから今はきりりんが頼りなのよ」

 「……分かりました。その代わり見返りをもらいます」

 霧也の顔つきが変わる。眼光がするどくなり、携帯を持つ手に力が入る。

 「え、私の身体を……? いいわ、きりりんなら私の全部をあげちゃ――」

 「いらんわ! そんなんじゃなくて――」

 「あなたまさか、まだあんなことしてるんじゃないでしょうね? もしそうならすぐにやめなさい。これはおばさんとしての命令よ」

さらに珍しいことに、まどかからの命令。おちゃらけ叔母さんが相当真剣になっていることが少し霧也には可笑しかった。

 しかし、霧也はまどかからの命令を鼻で笑うように、

 「あんなことって? ちょっと言ってる意味がわからないですけど。いやだな、見返りってお土産とかですよ。家に帰ってきたときお菓子とか買ってきてって、子供からの他愛ないお願いですってば。まどかさんは心配性だなぁ」

と、貼り付けた笑顔を浮かべながら一蹴した。

 もし、今の表情でまどかと直接相対していたらもっと追究があったかもしれないが、電話越しではこれが限界だろう。文明の利器は便利だが、不便なものである。しかし、悟られたくない霧也にとっては都合のいいアイテムだった。

 「そろそろいいですか? 実は今夕飯の買い出し中なんですよ。また変化あったらこちらからも連絡します」

 「……分かったわ。乃衣のことくれぐれもよろしくね。あの子パスタが好きなの。良かったら作ってあげて。あと、あの子食べることが好きだから、ちょっと多めでよろしくね」

 「あの細い体に入るんですか……。まぁ、また連絡します」

 まどかが「お願いね」、ともう一度霧也に頼み込んだところで通話を終了させた。

 霧也は携帯を後ろポケットに戻すと、おもむろに目の前のトリコローレデザインのパスタを四袋掴み、カゴへと放り込んだ。


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