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心の扉  作者: 雨宮翼
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第三話

 霧也は改めてリビングのソファーでくつろぎながら、五十型くらいある大きなテレビを観ていた。

 時間が七時を超えていないからか、放映しているのは特に興味のないニュースばかり。他県で三棟が火事で全焼したとか、隣の市でオレンジを乗せたトラックが横転して積み荷をぶちまけたとか、政治がどうたらこうたらとか、どの局も大体似たようなものばかり流れている。

 しかしながら本当に興味もなく、ただ音が欲しくて流しているだけなので別にニュースの内容がどうであれ霧也には関係なかった。

 それよりも霧也には気になっていることがある。ある、というよりも出来ていたという表現の方が正しい。

 霧也は立ち上がり近くの窓へ。カーテンを閉めていたが、それを外の景色が窺える程度を右手で横に逸らす。外はすでに真っ暗。

 乃衣を風呂に押し込んだのはまだ夕陽が沈みきっていない時間帯だった。いくら風呂好きだとしても長すぎる。

 もしかしたら風呂で倒れているんじゃないか、その嫌なイメージが何度も霧也の頭を過っていた。

 だが、漫画などでよくあるラッキースケベ的な展開に見舞われるのも御免こうむりたかった。ただでさえ嫌われているようなのだから、これ以上嫌悪の対象になりたくはない。

 結局自分よがりな見解を導き出し、乃衣を待つ霧也だった。

 「ん?」

 暗くてよく分からなかったが、自然花壇近くの木の下で何かが動いたような気がした。

 一瞬窺えた影は犬と比べると大きめ。見方によってはしゃがんでいる人間のようにも見えた。けれど、風も吹いているし丘の上だから動物だという可能性が高い。

 (けど住宅街から離れてるし、用心するに越したことはないか)

 一応念の為、確認しに行こうかと窓から離れた時だった。

 扉が開き、頭にタオルを巻いた乃衣がまず顔を覗かせて、恐る恐る中の様子を確認しながらリビングに入ってきた。

 風呂に押し込まれた時と服装は同じで、上はティーシャツ、下はショートパンツのスタイル。違うのはティーシャツの色柄。色はスカイブルーで、中心に『萌えの世界遺産ここに爆誕!』と痛い文字が入っていた。そして背中には何故か富士山。

 「まだいたの、糞虫野郎」

 霧也を視界に入れるなり暴言を吐く。加えて凄い剣幕で睨みつけている。

 「……風呂場のことまだ怒ってる? あれは悪かったよ。あまりにも家の状態がアレだったから、こっちもつい勢いに任せた行動を取っちゃっていうか、なんていうか」

 バツが悪そうに頬を掻く霧也。今セクハラで訴えてやる! と叫ばれても文句は言えないことをしていると一応自覚はあった。

 だが、乃衣の反応は違った。

 「そっち座って。話があるの」

 食卓テーブルを指さし、自分もそちらに向かう。ああ、と霧也も指示に従い乃衣の向かい側に腰かけた。

 「単刀直入に言うわ。この家にいたいのなら今後一切私に関わらないで」

 「は?」

 「つまり私のプライベートに立ち入ることはもちろん、一挙一動口を挟まない事。これがこの家に住まわせる条件。守れないのならお母さんがなんと言おうと出て行ってもらうから。それだけよ」

 言い終わるなり乃衣は立ち上がり、頭に巻いたタオルを外す。まだ湿っている髪から微量の水滴が空気中に飛散する。

 そのまま乃衣は霧也に背を向けてリビングを出て行った。

 「関わらないで、ねえ」

 昼間の電話でまどかから面倒をみてやってくれと頼まれてはいるのだが、

 「当の本人がそれを断るってんなら、こっちから積極的に世話する義理はないか」

 テーブルに頬杖をついて、霧也は呟く。

 どうやら自分は嫌われているようだし、ややこしそうな娘の面倒を見るなんて面倒臭いことを進んでする気はない。いらないと言われるのならその言葉に甘えておくとしよう。

乃衣の対応を決めた霧也はキッチンへ向かい、冷蔵庫に唯一入っていたクッキー状の健康食品を二箱掴むなり、早歩きで自室へと戻って行った。



 次の日、霧也は携帯のけたたましい音量の目覚ましで目を強制的に覚まさせられた。目を覚まして数分間、身体を起こしたままの状態から動かない。低血圧気味の体質ではどうしてもすぐ行動に移せないのだ。もう一度頭を枕に埋めようものなら、さらなる安らかな睡眠に即座に誘われることだろう。だが、その選択肢を取ってしまうと確実に遅刻コースへの道を辿ることになる。

 そう、今日は月曜日。学生のお勤め週間始まりの一日目である。

 かろうじて動ける状態になった霧也は、ルーチンワークのごとくまず洗面を済ますために洗面所へ向かう。昨日のうちに歯ブラシやタオルの設置を終えているので、スーツケースの中を漁る必要はなかった。

 洗面を終えた次は自室にて着替え。上下グレーのスウェットから霧也の通う私立清良学園の制服に着替える。ベッドの上に広げられたのは白いワイシャツに黒いスラックス、薄いグレー色ジャケットの胸には校章。本来は赤いストライプのネクタイもあるのだが、霧也は始業式または終業式のとき以外付けたことはない。

 もそもそとした手つきのため何度もボタンを掛け違い、シャツを切るだけで十分近く時間を要した。

 「あー、朝飯はー? 食べるー? 食べないー? いいや、食べるー。適当に買い食いしよー……」

 やけに低い声で体を前後左右に揺らしながら、ふにゃふにゃと独り言。そして妙な喋り方だった。

 起きてから三十分以上経過してようやく朝支度を完了させる。手元の携帯電話で時計を見ると、まだ時間は余裕。それどころか早く着き過ぎて暇を持て余しそうな時間。どうしてこんなにも早く起きることになったのか……。

 「あー、そうかあ。家が違うんじゃんー」

 そう、この前まで住んでいた家とは全く違う場所に住んでいるのだ。つまり、普段家を出る時間も違ってくる。どのくらいで学校に着くのか時間を計るためにも、早めの時間に起きたのだ。

 「しかもあれだったねー。今日から自転車通学かあ。まぁ、前は電車だったから金が掛んなくて逆にいいかもなあ……。あ、そういや」

 自転車がどこにあるのか調べていなかった。

 霧也は急いでまどかから貰ったメールを開き、自転車の置き場所を調べる。

 「えー? 自転車はどっこだろなー?」

 未だ半目の状態でメールの文章を流し読みしていく。自転車の項目は意外にも早い段階で見つけられた。

 『きりりんが通学に使う自転車は、すごいカッコいい黄色いフレームを選んでおきましたー。アメリカ生まれでワシントン育ちの部品を使ったメメーカー品。スタイリッシュなフォルムに、光り輝くボディー。ああ、この美しさ。撫でまわしたい。ちょっとなら撫で撫でしても怒られないわよね? もう耐えられないー。まどかちゃんの愛を受け止めて! んちゅんちゅ。ベロベロ』

 以上。

 撫でまわしたいとか言いながら最後キスして舐めていたような気もする。というより、自分の行動を文章にするという行為自体不可解たった。

 「ほんと常に常識範疇をスキージャンプ並みの距離で越えていくおばさんだ……」

 やれやれ、と携帯を後ろポケットに仕舞い、学校用鞄の取っ手を掴み上げる。

 「よし、行くか。自転車も新品でカッコいいらしいし、結構楽しみだ」

 霧也は先ほどまでの眠たそうな表情を一変し、清々しい笑顔でドアノブに手を伸ばす。

 そして、そのまま停止。

 一拍……、二拍……、三拍……。静かに、正確に世界は時を刻んでいった。

 「じゃねえだろおおおおおおおおおおおお!」

 掴んだ鞄を床に叩きつけた。

 ワナワナ震え、泣きそうな、それでいて鬼のような表情で叫ぶ。

 「別にチャリのプロフィール的な紹介とかどうでもいいし! 場所は? 置いてある所はどこだよ。こっちは時間がないんだよ!」

 もう一度携帯を取り出し、メールの本文を開く。すると、自転車項目の最後に追伸の文字が。

 「あー、そうだよ! これだよ。これがなきゃ何も始まらないっつーの!」

 追伸。『自転車の置き場所は、木・陰・の・大・事』

 文章の最後にハートマーク。

 「木を隠すのは森の中ーーーーーー! じゃあ何か、自転車を隠すのは自転車の中とでも言いたいのかあのおばさんは!」

 忍者の心得に対するボケに対しても正確にツッコめる霧也の知識は中々幅広いものである。

 いない相手におちょくられている間にもタイムリミットが迫ってきていた。出発を決めた時間まであとものの数分。

 霧也は携帯のメール画面を消し、仕方なく玄関へと足を進めた。靴を履き替えて外に出る。

 「時間は守ってるけど、自転車がないと学校行けないっての……」

 そう心配に刈られながらキョロキョロ周囲を見渡す。自転車が置いてあるとすれば大体は外と相場が決まっている。そう決めつけている霧也だったが、今回はその相場が正解だったようだ。

 家の周囲をグルっと回り始めた矢先、リビング側の近くに植えられた桜と思われる木の下に青いビニールシートを被せられた何かがあった。霧也は祈る思いでそれに近づき。ビニールシートを右手で引っ張る。すると、まどかのメールにあったような黄色いシャープな作りをしたピカピカのマウンテンバイクが姿を現した。

 「ホントに木陰にあったし! っとこんな奇跡に驚いている場合じゃない……」

 霧也は手に持った鞄を肩へ斜めかけをし、黄色いピカピカのマウンテンバイクに跨る。ブレーキの効きを確認。効き目良好。空気残量良し。

 「よっしゃ、イケル!」

 出発準備を整えた霧也は、不意に二階の窓へ目を向けた。一つだけ、未だカーテンが閉められている。

 「っと、今は他人の心配より自分の心配だった!」

 そう頭を無理やり切り替えた霧也は勢いよくペダルを踏み、花壇を抜けて住宅街へと延びる長い坂道を下っていくのだった


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