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心の扉  作者: 雨宮翼
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第一話

 ゴロゴロゴロゴロ。

 閑静な住宅街の遊歩道。人一人入りそうな大きさの銀色に塗られたトランクを重たそうに引っ張りながら一人の少年が歩いている。

 黒い細身のジーンズに白いシャツを着て、少し大きめの黄色いパーカーを羽織ったラフな格好。

 身長は高い方だが、今は猫背になっているため定かではない。体格はパーカーで隠れ、こちらも正確な事は分からない。ただ、足が細いので体もある程度引き絞られていそうだ。

 髪は少し長めで、染めているのか若干明るめの茶色。ワックスで全体的にクセを出し、軽くウェーブを付けている。特徴的なのは右耳の上辺りの髪を三本のヘアピンで留めているところか。

 春の日差しがまだ肌寒い空気を柔らかく暖めているが、額に汗を浮かばせる少年には逆に余計なお世話。たまに強く吹く冷たい風のほうがありがたいくらいだった。

道に障害物はなく歩道も舗装され歩きやすい状態なのだが、トランクの持つ重量を軽くすることは出来ないようだ。

 少年は時折トランクを引っ張る手を代えては、疲れの溜まった腕をストレッチの要領で伸ばしては曲げる。

 「あー、うー」

 そろそろ本格的に歩くのが億劫になりながら、意味のない唸り声を上げる。

 歩き始めてからの時間を図っているわけではないのだが、予測では一時間ほどは歩きっぱなしのはず。

 少年はケチってタクシーを使わなかったことを今さらになって後悔する。

 ならば、文明の利器である地下鉄を使うという手があるじゃないかと思うことなかれ。この閑静な住宅街は近場の駅から徒歩三十分以上かかる位置にある。

 「ちくしょう……、高級住宅街め……」

 道の両端に立ち並ぶ家々はどこも庭付きのスリーガレッジーズ。家は表面上しか見れないが、三台も停められる駐車場を持つくらいだから縦横高さと、こちらも想像以上の大きさを誇っていることだろう。

 当然家々の前に駐車している車は高級車ばかり。車に興味がない少年ですら知っているエンブレムを掲げた車がずらりと並ぶ。

 つまり、車を持っていて当たり前のところに地下鉄などがあるわけがなかった。理由は逆なのかもしれないが、そんなことは少年の知るところではない。

 そんな高級住宅街を、ぜーはー言いながら少年は歩いていた。

 不意にジーンズの後ろポケットが振動する。

 少年は最近機種変更したばかりのスマートフォンを取り出し、画面を確認した。

 着信『八尋まどか』。

 休憩をはさみがてら少年は近くのガードレールの上に腰かけた。

 二秒ほど表示された名前と睨めっこした後、画面を指で横になぞり電話を受ける。

 『やっほー、きりりん。元気? 今どの辺? おばさんに教えてちょ・う・だ・い。きゃはー!』

 妙にハイテンションな第一声にイラッとした「きりりん」と呼ばれた少年沢城霧也は、一瞬通話を切ってやろうかと考えたが、切ったら切ったでいっそう鬱陶しいやり取りをしなければならないだろうと予想し、嫌々ながらもそのまま通話を継続することにした。

 ちなみに電話の相手は親戚のおばさん。バツ一、美人、ボンキュボンの三拍子揃ったスキルを備え、まるで十代の心をそのまま移植してきたような人。

 「……えー、今ですか。今ちょうど中間より少し先に行ったくらいですかね。おばさんに心配されなくても迷わず着けますよ。ちっこい子供じゃあるまいし」

 『きり君! おばさんじゃないでしょ、まどかちゃんでしょ! 悲しいわ、愛する男の子におばさん呼ばわりされるなんて!』

 霧也はまどかの嘘泣きの混じった寸劇を無視し、

 「それで、用件は何ですか? 今日行くってことは事前に知らせましたけど?」

 『もぅ、つまんないわねー。ぶーぶー』

 「……可愛くないです。用がないなら切りますよ?」

 まどかと電話越しのやり取りをしているだけで、霧也は疲れが一気に溜まっていくのを感じた。

 『そんなこと言・わ・な・い・の。もうきりっちは色々と早いんだからー。コノー』

 霧也は無表情でスマートフォンを耳から離し、画面下の赤いバーで表示された通話終了ボタンに指を伸ばす。

 『待って、待って! 今切ろうとしてるでしょ、切ろうとしてるでしょ! 呼吸音が遠ざかったわよ! 謝るから、ちょっとだけ真面目な話を聞いてー!』

 謝るくらいなら最初から本題に入れよ、と霧也は胸中で毒づく。

 そして、これが最後だと仕方なく、もう一度だけ通話をする姿勢を取った。

 「で?」

 『霧也君。あなたを私の家に家賃なしで住まわせてあげるって言ったのはお母さんから聞いてるわよね?』

 「え、ええ。聞いてますけど……」

 さっきと打って変わって普通の口調になったおばさんに、霧也は少し戸惑う。

 『そこでね。ちょっとお願いがあるの』

 まどかは霧也の反応を窺うかのように一拍置き、

 『娘の面倒も一緒にみといてね』

 「……はぁ」

 霧也はまどかの頼みに引っかかりを感じながらも、取りあえず了承だけしておく。

 通話は、用件を言い終えたまどかがお詫びと称して熱い愛のメッセージを送り始めたところで、霧也が一方的に会話を切り上げて終了した。

 空を見上げると、太陽の日差しが眩しく広がる。

 「ここで考えてもしゃーないか。とりあえずさっさと家に辿りつこう」

 霧也はガードレールから体を離し、トランクに手を伸ばした。

 目的地は目線を少し上げた先の丘。

 その丘の上にひっそりと佇む少し大きめの家、屋敷と呼ぶか迷う大きさの家。そこを目差して霧也は重たいトランクを引っ張り再び歩き始めた。


 

 高級住宅街を抜けてさらに二十分ほど歩き詰め、丘の上に辿りついた。時刻は太陽が昇り切っているからたぶん昼過ぎだと思われる。

 まず目に入ってきたのは色とりどりの花々が咲き誇る花畑。自然に出来たものなのか、まどかが作ったものなのかは分からないが。

 切り立った丘には浅黒い外壁の大きくはないが、決して小さくもない二階建ての洋館が佇んでいる。

 窪んだ中央部に玄関扉があり、その上に窓が三つ。洋館の両サイドは出っ張った形になり、一階に大きな窓が一つ、二階に小さな窓が二つある。

 馴染みのない家の外観に驚き半分楽しみ半分の気分で、白い床に映える茶塗り扉の前に立った。

 まどかと直接会う機会がなかったため、鍵は貰っていない。霧也用の鍵は部屋に置いてあるとは電話越しに聞いている。

 霧也は玄関扉横に付けられたランプ下にある呼び鈴を鳴らす。キンコーンと短い機械的な音がした。

 呼び出し口からの反応を十数秒待つ。

 「うん?」

 霧也は首を捻る。

 広い家なのだから、応じるのに多少時間がかかるだろうと踏んでいたのだが、いくら待っても反応はない。

 まどかの話では一人娘が家にいるはずなのだが。

 「外出してんのか?」

 二度三度と呼び鈴を鳴らしても一向に反応はなく、誰かが玄関に歩いてくる気配もない。

 仕方ない、と霧也は携帯を取り出し、まどかから届いた『緊急時の対策』と銘うったメールを画面に表示させる。

 ざっと説明するとこの家に住むにあたってのマニュアル的なもの。

 その中で霧也は『鍵を失くした時用』の項目に目を走らせる。

 『鍵の場所。八尋邸の花瓶の中よん』

 「どこだよ!」

 衝動的におニューの携帯を投げ飛ばしそうになったのを無理やり理性で押しとどめる。

 その代わり、ため息が零れた。

 こんなに広い庭のどこから鍵の入った花瓶を探せばいいのか。霧也は後ろを振り返り、眼前に悠々と咲き誇っている自然に限りなく近い庭を見つめる。

 二度目のため息をもらす。自然と俯き加減になり、視線を落とした。

 ふと、視界に何やら白いものが入り込む。

 霧也のすぐ左横。ペットボトル大のそれはカメレオンのように真っ白の色を床のタイルと同化させ、気配を消すように置かれていた。

 しかし、花を活けていないどころか水すらも入っていない花瓶。霧也はそれを逆さまに持ってみた。

 チャリーン。

 床のタイルに銀色の鍵がぶつかり、甲高い音が僅かなエコーを含ませて響く。

 「あったし! ってか、物騒すぎるだろコレ!」

 実は傘立てでしたー、的なことであれば誰も怪しむ事はないだろうが、あまりにも小さすぎる。見落としていた霧也に言えたことではないが、防犯上に問題がありすぎる。このままだと他も確認して回った方がいいかもしれない。この家のセキュリティー自分の腕にかかっている。そう霧也は確信した。

 「これも後でちゃんとした場所に隠し直すか……」

 余計な仕事が増えたとぶつくさ文句を垂れながら、霧也は鍵を解錠して扉を開く。普段ではあまりお目にかかれない広さの、天井が吹き抜けになった玄関が霧也を出迎えた。

確認出来る範囲では、入口を入ってすぐ左手側に下駄箱。どうやらここは靴を脱ぐマナーらしい。玄関から正面少し右奥には二階へ続くだろう螺旋階段がある。玄関の左は廊下が続き、右側には廊下が無く、代わりに扉が二つ見受けられた。

 霧也は未開の地へ足を踏み入れるかのように、適度の緊張感を持って靴を脱ぐ。八尋邸の床は最近ベージュの絨毯で一新したらしく、ふらりと柔らかい感触が足の裏をくすぐった。

 自分の部屋は一階の西側だとまどかからは聞いている。霧也はマナーを守ってトランクを持ち上げ……ようとしたが、あまりの重さに断念し、そのままタイヤを使い転がして行った。

 普段から風を入れていないのか、どこか湿気臭さが漂っている。

 「…………」

 思いのほか部屋は早く見つかった。見つかったのだが、これは嫌がらせなのだろうかそれとも熱烈な歓迎なのだろうか、かなり迷う光景が目の前に繰り出された。

 自室扉の中央部に『きりりんのお部屋』と書かれたハート型のネームプレートが、主にピンクのラインストーンでデコレーションされた状態でつり下げられている。

 「もういい……。あのおばはんのやることに逐一リアクションしてたら体が持たない……」

 そう諦めた霧也はネームプレートをそのままにして、これまたほの暗い部屋に入った。

 ここも湿気臭さが少し漂っていたため、すぐさま窓を開いて換気。春の日差しが柔らかく差し込み、この部屋が持つ本来の色を取り戻していく。

 部屋の中にはすでに霧也が自宅から郵送したものが届いており、まどかの計らいなのか配置までしてくれていた。

 といっても、霧也が自宅から送ったものは台付きのテレビとベッド、それに勉強机の三点だけ。十二畳ほどある部屋にはどこか寂しい量ではある。

 「空気の入れ替えてるうちに、先にシャワーでも浴びっかな。汗ビショだし」

 うへー、と霧也は汗で肌に貼りついて気持ち悪くなったシャツの首部分を指でつまむ。

そうと決めたら即行動。トランクから替えのシャツと下着を引っ張りだす。奥まで漁るのは面倒だったらしく、一番上に置かれていた青いティーシャツを掴む。

 「っと、シャンプーシャンプー。さすがにおばさんのを使うのはあれだしな……」

 別段シャンプーにこだわりがあるわけではないが、霧也は女性用シャンプーが持つ独特の匂いが自分に付くことがあまり好きではなかった。

 中身が零れても大丈夫なように、袋で包んであったシャンプーを引っ掴み準備は完了。霧也は自室を出て風呂場へ向かう。

 場所は当然知るよしもないので、探索がてら探すことにした。

 自室周辺にある三つの扉、つまり八尋邸西側の扉を引っ切り無しに開けていく。現れたのは三室とも同様に霧也の部屋と同じくらいか、それより少し小さな部屋だった。どの部屋も簡易ベッドと縦長の洋服ダンスが置かれていて、客間にでも使われていたのかと想像できた。

 「全室湿気臭い! こんなんじゃ客間として機能しねえだろ」

 霧也は自室と同じく窓を全開にし、換気を始める。目的を終えたら再度廊下に出て、今度は東側へと足を運ぶ。

 ちょうど中心部、玄関に辿りつこうとした時だった。

 「うおわっ、ん……!」

 霧也は突然悲鳴を押し殺したような声を上げる。

 玄関の少し奥にある螺旋階段の中央に、何かが……いた。というかいる。支柱の陰から顔を半分出し、こっちを見ていた。

 その何かは白い布のようなものに包まれていて、顔を長く無造作に伸ばされ、皮膚油でネットリボサボサになった茶髪で隠されている。ただ前に力なくだらんと落とされているだけなのかもしれないが、霧也には顔を隠しているという印象が与えられた。その何かは、茶髪から僅かに覗く瞳で霧也を睨みつけていた。

 「誰?」

 消え入りそうな小さい声だが、澄んでいて高いキー。これは女の子の声だった。

 「え?」

 突然の質問に霧也は引き攣った顔で、一文字疑問詞。

 「まさかストーカー? け、警察……」

 白い布を纏った髪ボサ女の子は慌てて二階に上がろうとする。

 しかし、そんなことをさせるわけにはいかず、霧也はすぐさま制止をかけた。

 「ちょい待て! 泥棒だったらまだ分かるわ、けどストーカーかよ! 誰があんなおばさんストーカーするか!」

 「じゃあ泥棒なの……?」

 女の子は、震える声で尋ねる。怯えているようには見えるが、質問している分案外余裕があったりするのかもしれない。

 などと考えている余裕は逆に霧也は持ち合わせている暇はない。すぐに誤解を解かなければ警察に御用になってしまう。

 「違げえし。おばさん――ええと、まどかお母さんから聞いてない? 今日からここでお世話になる親戚の沢城霧也。よろしく」

 そう軽く説明すると女の子はしばし動きを止め、思考に耽りだした。数秒後、手をポンと叩き、何かを思い出したような仕草を取る。

 そして、一言。

 「なら今すぐ出ていけ、この糞虫野郎」

 と、暴言を吐き捨てて二階に上がって行った。

 初対面の少女に暴言を吐かれる理由など、全くもって塵一粒ほども持ち合わせていない。残された霧也は唖然とした表情でしばらく固まって動けなかった。


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