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心の扉  作者: 雨宮翼
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第十話

 ゆっくり自転車を漕いでいても、八尋邸の坂道を登ればどれだけ元気でも息は上がる。霧也と斗羽は道中の疲れもあり、坂道の途中で自転車を降りてそこから歩いていた。

 坂を登りきってようやく八尋邸の庭が姿を披露する。自然が生み出したのか、まどかが手入れしたのか分からない花畑がまず二人をお出迎え。斗羽が小さく「わぁ」と声を上げ、指折り花の種類を数えていく。女の子は花とか光物とかが本当に好きだな、と微笑ましく思っている中。霧也は八尋邸に、正しくは八尋邸の正面入口に注意を移した。

 この場所に似つかわしくない来訪者がいる。黒か紺か遠目では分からないくらいのダークなスーツ姿で、手にはこれまた黒い鞄にもう一つ白い紙袋を持っている。呼び鈴を押しながら困ったように頭を掻いている。

 スーツ姿からして郵便局の人間でも、宅配便の人でもない。ということはセールスの人間か、もしくは……。

 花畑を見て喜んでいる斗羽をその場に置いて、霧也はスーツ姿の男へと近づいていく。男の正体に大体の見当はつくものの、不審者の可能性も捨てきれないため、なるべく一人で相対する。

 「うちに何か用でしょうか?」

 後ろから躊躇いもなく声をかける。

 突然の声にスーツ姿の男は僅かに体を跳ねさせ、ゆっくり体を霧也へと向き直らせた。

 年齢は三十代前半くらいだろうか、身長は日本人の平均くらいで体の線は細い。スーツの肩が若干余っている。髪型は社会人だからか短く切りそろえ、ワックスで後ろへと流している。顔は、まぁそこそこイケメンではないかというくらい。ただ、紺のレジメンタルストライプのネクタイを緩めて締めて他人の家を訪問しているあたり、私生活のだらしなさが垣間見える。

 「乃衣さんに用があるんだけど、ご在宅かな?」

 霧也は答えずに、不信感を孕んだ視線を思いっきりスーツ姿の男にぶつけた。いや、不信感の他にも何か嫌悪のようなものも含まれている。

 すると、スーツ姿の男は慌てたように黒い革の鞄をごそごそと漁り、中から名刺入れを取り出す。

 「申し遅れた。僕は乃衣さんの担任をしている川内というものです」

 差し出された名刺には上代高校教師川内武史と表記されていた。

 しかし、霧也は名刺の受取りを拒否するように手の平を相手に向ける。

 「知ってますよ川内先生。というかまだ教師やってたんですね」

 先程までの嫌悪感を消し、顔に笑顔を浮かべる。

 「え? どういうことだい? 君、どこかで会ったことあったかな?」

 「覚えてない、か。じゃあ改めて自己紹介しましょう。お久しぶりです川内先生。現在清良高校二年二組在籍、二年前までは植本第一中学三年一組に在籍していた沢城霧也です。あの時は本当にお世話になりませんでした」

 目の前の男子生徒の自己紹介を聞いた瞬間、川内の顔色が一気に青ざめていく。しかし、心中を悟られまいと体裁を取り繕うように笑顔を作る。ぎこちなく作り笑顔だと誰が見ても分かるようなレベルだが。

 「沢城……? ひ、久しぶりだな。全然気付かなかったよ。髪も染めたのか、カッコいいな」

 「ありがとうございます。先生は全く変わっていませんね。というか早く用件は何かっていう質問に答えてもらっていいですか? ボクも暇じゃないんですよ」

 淡々と、それでいて一文字一文字相手が聞き取りやすいようにハキハキと喋る。まるで日本語に不慣れな人間と話しているように。

 「そんな冷たいこと言うなよ。せっかく二年ぶりに会ったんだから。しかし驚いたぞ、沢城が八尋と同じ家に住んでるなん――」

 「ボクの言葉理解出来ませんか?」

 笑顔を一瞬にして消した。静かな声にも怒気を含ませている。

 斗羽が後ろでこちらの様子を心配そうに窺っていなければ、感情が爆発していたかもしれない。

 川内は青ざめた顔のまま一歩後ずさり、

 「い、いや、すまなかった。これを八尋に渡してくれないか? 皆からの寄せ書きと、見舞いの品が……」

 「いりません。お引取りを」

 「おい、沢城。いるかいらないかはお前が決めることじゃないだろ。八尋に聞いてみてくれても――」

 「少なくとも僕は欲しくないですね。そんな感情の欠片も込められてないただの文字が書いてある紙。本当に心配だったら直接ここに来ますよ」

 あの時のあいつみたいに……、と最後にぽそりと川内に聞こえたか聞こえなかったくらいの音量で呟く。

 本当に何人かの生徒は心配で書いてくれているかもしれないが、霧也には関係なかった。八尋邸に直接訪問することを学校から親から禁止されているかもしれないいが、真剣に乃衣の身を心配しているのなら誰に何を言われようがここに来るはずだ。

 霧也は川内の横をすり抜けて玄関の二重ロックのディンプルキーを開ける。

 「伊織。もう終わったからいいよ。中入って」

 花畑でじっとしていた斗羽を固まった空気の中、呼び寄せる。

 「待ってくれ沢城。僕も中に入れて――」

 「一歩でも家の中に入ってみてください。不法侵入で即座に通報しますよ。教師だからって関係ない」

 霧也を押しのけて家の中に入ろうとした川内の喉元に、鍵を突きつけて脅しをかける。

 「ここに住むってことになって少し調べてんですよ。凄いですね高級住宅街は。他の地域よりも警察の対応が早いし、子供の話でもちゃんと聞いてくれる。ボクってこう見えて今かなり交友関係広いんですよ。ちゃんと交番にお届け物もするし、おまわりさんとの談笑もするし。まぁ、単純に顔見知りが多いってわけなんですけどね」

 ベラベラとあるようなないような話を並べていく。実際は八尋邸に来て二日しか経っていないので交友関係などあるわけないのだが、事実を知らない川内には本当のように聞こえているだろう。内心穏やかでないのならば尚更だ。

 「どうします先生。帰ります? それとも不法侵入します?」

 最後の一押し。これで勝敗は決した。

 「分かった。今日のところはこれでお暇しよう。けど、これだけは伝えてくれ。クラスの皆や僕は本当に八尋のことを心配している。だから一日でも早く学校に来れるよう頑張ってくれって」

 結局紙袋を渡さず川内は踵を返し、学校へと帰っていった。

 途中、斗羽と視線が合ったようだが、会釈すら無しで素通りする。

 (誰が伝えるか、バーカ)

 口パクで川内の背中に拒否の言葉をぶつける。本当は声に出してもよかったのだが、斗羽がこちらに歩いてきたのでやめておいた。

 「あの人と何かあったの?」

 「べっつに。伊織が気にすることじゃないよ。うちの人見知りちゃんに用があったんだってさ」

 はいどうぞ、と玄関扉を開け、ホテルマンの仕草で斗羽を八尋邸に招き入れる。

 玄関扉をくぐり中に入った斗羽は、目を輝かせながらあちらこちらをキョロキョロ忙しく見渡す。

 靴を脱いでからは、「おほー」とか「わはぁー」とか感嘆を口にしながら下駄箱の上に置いてある花の香りを嗅いだり、絨毯を触ったり、電飾のスイッチを消したり付けたり、とにかくあっちこっち触りまくっていた。

 今はぴょんぴょん飛び跳ねている。

 絨毯のふかふか度でも測っているのだろうか。

 「鞄置いてくるからリビングで待ってて。すぐお茶入れるよ」

 玄関から見て右奥の扉を指し示し誘導する。

 一つ返事で斗羽は床に置いていた鞄を持ち、まだ抑えきれない高揚感のままスキップでリビングへ向かう。

 「っと、後であいつに説明しとかないとな」

 霧也は二階を一瞥し、早歩きで自室へと急ぐ。

 途中、携帯電話がポケットで振動したので、早歩きしながら携帯を手に取る。メールを受信したようなので、そのままメール画面を開く。メール送信者は有香。

 「要注意人物? ご親切にどうも。頭が下がるね、こりゃ」

 久住恭平という男に会うことがあったら気をつけろ、という意味深なメールの文章を笑い飛ばすことなく頭に叩き入れ、携帯を再びポケットへねじ込んだ。



 鞄を部屋に放り投げた霧也は螺旋階段を上り、乃衣の部屋の前へ。

 二回ノックをして名前を呼んだが、中から反応はない。耳を扉にくっつけて中の音を確認すると、某人気ゲーム戦闘終了後に流れるファンファーレが聞こえてくる。

 寝落ちでもしたか、それとも他の場所に行ったのか。

 いないのなら頃合いを見てまた来ればいいか、と踵を返した刹那。

 「ぎゃーーーーーーーーーーー!」

 と下の階から悲鳴にも似つかない乃衣の叫び声が。

 前もこんな悲鳴も聞いた気がする。

 「昨日聞いたばっかりか。しっかし、あいつ悲鳴出すの好きだな」

 どうせ斗羽とバッティングしただけだろう、と予想をつけた霧也は特に慌てることもなく階段を下りていく。

 一階に近づくにつれて乃衣のくぐもった叫び声唸り声が耳に入ってくる。

 リビング扉を開けようとドアノブに手を伸ばした。その瞬間――。

 「やめて来ないで触らないで!」

 泣き叫ぶような声と共に勢い良くドアが開いた。

 「うごっ……!」

 ドアは霧也の顔面を直撃。その場でうずくまる。

 「助けて霧也!」

 うずくまっている霧也を盾にするかのように、背中へと回り込む。服を伸ばさん限りにがっちり掴み、小刻みに震える。

 霧也は打ち付けた鼻を触り、鼻血が出ていないことを確認すると前を向く。

 そこには、星を溜め込んだかのように瞳を輝かせ、鼻息をイノシシのように荒くした斗羽が手をワキワキさせながらこちらに迫ってきていた。

 「え、何、どんな状況になってんだよ乃衣!」

 霧也が背中の乃衣へ疑問を投げかける。

 「私が知りたいわよ! リビング行ったらこの人がいて突然抱きつかれて体中触られたの!」

 舌なめずりして、完全に対象をロックオンしている斗羽を指さす。

 これが有香の言っていた可愛いものを見た後のモードチェンジなのだろう。

 「えへへへ。お嬢ちゃん、怖がらなくてもいいよぉー。大丈夫大丈夫、すぐ終わるからねー」

 「変質者そのものじゃねえか!」

 このままの流れで行くと、乃衣の服まで脱がせかねないと直感で悟る。

 けれど、霧也にも目の前にいる斗羽は恐かった。

 「ちょっと待て伊織! このままだと清純派だって説明してたお前のキャラが完全に崩壊するから止まれ!」

 迫り来る混沌の塊……否。可愛い笑みを浮かべ押し迫ってくる輝きの女神に両手で静止をかける。

 両手を前にかざしただけで突進してくる女神を静止できるなど微塵も思っていなかったが、いとも簡単にピタッと動きを止めてくれた。

 むぅ、と口を尖らせてこっちを見つめる斗羽。

 ふと、視界の右端に自分のものより一回り程小さい手が映り込む。どうやら霧也に倣って乃衣も両手で静止をかけていたようだ。

 「乃衣ちゃんとお近づきになれたらいいな、って思っただけなんだけどな」

 「嫌! ギャルゲーみたいなフラグは私には立たないもん!」

 斗羽が乃衣の頭へ手を伸ばすも、シャー! とまるで猫のように歯をみせて威嚇して近づかせない。

 「けど、俺にはベッタリくっついてんだなお前」

 ポツリ呟かれた言葉に乃衣は自分が握っているもの、密着しているものを一つ一つ紐解いてゆく。

 「…………っ!」

 小さな引き攣ったような呼吸音が聞こえただけで、悲鳴も上げず乃衣はすかさず霧也から身を離した。どこか照れた様子で前髪を指で触り、目を伏せる。

 もしかしたら男性恐怖症といっても重度のものではないのではと霧也は考えた。まどかとの電話だと最近様子がおかしくなったようだし。自分と接していけば意外とすぐに克服できちゃうんじゃないか、などと楽観的な素人考えが頭を巡る。

 二人がそれぞれの理由で斗羽から一瞬注意を逸した。十分過ぎる隙が生まれた。

 斗羽は目の前のクラスメイトを跳ね除け、後ろで佇む儚げな女の子を真正面から自分の胸に向かって抱き寄せる。男子からしたら夢のシチュエーション。乃衣は迷惑そうにむーむー唸っているが、霧也は率直に羨ましそうな視線を送る。

 しかし、このまま放って置こくこともできないので一応遠回しにやめるよう注意を促す。

 「あー、伊織。家の中見たいんだろ? 案内するからついてこいよ」

 霧也の言葉で当初の目的を思い出したのか、「はっ!」とデレ顔から一瞬真面目な表情を作る。

 「そうっだったね。ごめんね霧也くん。じゃあお願いしようかな」

ほんわか優しい声で答えるも、乃衣を抱きしめる腕は緩めない。どうやらこのまま案内をされる気のようだ。

 恨めしそうに冷たく刺さるような視線を乃衣から受けるも、霧也は半笑いで受け流した。

 「そんじゃあ行くぞ。まずはこのリビングから……」

 自分の計画と下準備の甘さに心の底から嫌気がさした。


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