What Makes a Monster
十八時頃、警察署内で休憩していると、仕事用の携帯に電話がかかってきた。とある団地の一室で死体が発見されたとの事だった。聞いた話によるとその部屋に住んでいる女性らしい。僕は軽く身支度をし、急いで現場に向かった。
十八時三十分、僕が現場の団地の部屋に到着したころには、ある程度現場検証が進んでいた。僕は現場にいた、仲の良い後輩の女性刑事に話を聞くことにした。
「谷原刑事、今日は僕より早いな」
「あなたが遅いだけなのでは……」
一応後輩の谷原由奈刑事、僕と同じで三十歳だが、僕の方が三年くらい早く刑事になったので一応後輩になるはずだ。
「ちょっとダラダラしすぎた……御遺体について詳しく教えてくれ」
「田中友美、四十二歳。死亡推定時刻はおそらく十七時三十分ごろかと……十七歳の娘と四十六歳の夫、田中優作と、三人で暮らしているみたいです。第一発見者は学校から帰宅した娘らしくて」
「娘さんが第一発見者とは辛いな、ちょっと遺体のところ見てくるよ」
僕は遺体のところまで向かった。遺体に手を合わせ、あたりを調べることにした。遺体は仰向けになっており、みぞおち辺りに果物ナイフ?のようなものが雑に抉られたかのように刺さっている。周りの床が血まみれになっている。おそらく出血多量によるショック死の可能性が高い。遺体がある部屋はリビングキッチンで、シンクには切りかけのフルーツと手袋があった。凶器に指紋が付かないように使用したもののようにみえた。
現場をキョロキョロ見ていると、先輩の警部に話しかけられた。
「金本君遅いじゃないか、遅刻だぞ」
「すいません警部……それより第一発見者の子供は?」
「もう保護されているよ、それと父親はどうやら外出中らしい。先ほど連絡が取れて今こちらに向かっているとの事だ」
「……やはり旦那さんが怪しい感じですかね」
「今のところはな、その辺調べておいてもらえるか?」
「僕ですかぁ……こうゆう捜査は苦手なんだけど」
「そんな苦手だなんて言うなよ、なんだかんだ言って毎回うまくやってるじゃないか」
「わかりましたよ警部……」
金本翔、僕の名だ。満三十歳、大学卒業後、警察学校を出てその後二十六歳で刑事になった。大学を卒業するころは夢などなく、なんとなくで友人と警察官を目指したが意外にも自分に刺さり、難なく刑事に昇格できた。その後四年間色々な事件を解決したりしていき、気づけば先輩から事件を雑用かのように任されるようになった……
殺人は苦手だが、仕方ない。僕は谷原刑事を呼んで指示を出した。
「谷原刑事は亡くなった田中友美さんの近辺調査とかやってほしい、ある程度わかったらまた教えて、僕は周囲の聞き込みとか旦那さんが到着したらアリバイ云々やってくるよ」
ひとまず隣の部屋の住民に話を聞いたところ、今から三時間くらい前までは隣の部屋のインターホンはなっておらず、それ以前は出かけていてわからないとの事だ。壁が薄く隣の部屋のインターホンが鳴ると分かるみたいだ。もしそうなら死亡推定時刻が十七時三十分だとして、十五時頃までは鍵を持っていない訪問者はいないことになる。実際インターホンを鳴らして試してみたら意外と聞こえてきた。
今のところ旦那の線でいけるか……なんて考えていると、それらしき人物が警部と話しているのが見えた。どうやらちょうど話し終わったみたいなので、僕からも話しかけてみることにした。
「もしかして、田中優作さんですか?」
「えぇ……そうです、刑事さんですか?」
「そうです、金本翔って言います。奥さんの事はお気の毒に……」
「起きてしまったことは仕方ありません……それより何か話があるんですか?」
「そうですねぇ、俗にいうアリバイ調べってやつですね」
「やっぱり疑われますよね……」
「いやいや、この辺の人みんなに聞いていますよ……出かけていたらしいですがどちらへ?」
「今日は……確か、十五時ごろに映画館に行って、そのあとレストランに行ってきました……」
「何か、それを証明できるものってあります?」
「確か映画の半券を財布に入れてたような……」
「そういえばずっと手袋を着けていますがどうしました?」
彼は少し小綺麗な白い手袋をしていた。
「あぁ……若干潔癖症なもので……無いと落ち着かないんですよ」
よく見ると、先ほどシンクにあった手袋と似ている気がした。
「手袋はその一双だけ?ほかにも持っていますか?」
「えぇ……同じものが五双ほど…………あ、これ半券です」
半券を見てみると、映画は十五時二十分から上映開始と書いてあった。
「そのあとレストランに行ったとお聞きしましたが、具体的な店名は覚えています?」
「すいません……通りがかったところに行ったもので、それに妻の事で頭がいっぱいで……」
「そうですよね……思い出したらまた教えてください」
僕は自分の電話番号を書いたメモを渡して一旦現場を立ち去り、警察署に戻った。
警察署内で少し休んでいると、谷原刑事が話しかけてきた。
「金本さん、頼まれてた田中友美の身辺調査でちょっと興味深いことがあって」
「興味深いこと?なんだ?」
「どうやら小林友美の交友関係は狭くさらには浮気していたらしいですよ」
「浮気!まじか、今そんなことも簡単にわかるのか」
「いつの時代の話ですか、うちら一応同い年でしょう」
「そうだった……浮気相手の所在とかはわかってるのか?」
「名前は分かってるのであとは時間の問題かと」
「了解、僕が話するから手筈が整ったらまた教えてほしい」
はたしてどうしようか、谷原刑事が部屋から出て行ったあと、横になって眠ることにした。今日は頭も精神的にも疲れた。
のんびり寝ていたら同僚の刑事に起こされた。
「おい起きろ、被害者の浮気相手が来たぞ、取り調べするんだろ?」
「…………そんな寝てたか、谷原刑事が起こしてくれるはずだったんけどな」
「おいおい、狙ってんのか?」
「いやまさか、取調室まで案内してくれ」
取調室に入ると二十代くらいの若い好青年らしい男が座っていた。
「山寺慎悟さんですね、僕は刑事の金本翔です」
「あぁ、あなたが担当の刑事ですか」
「そんな感じですね……時間もないので本題へ、単刀直入にあなたと田中友美さんは不倫関係にあったと認めますか?」
「え、えぇそうですね……」
「だいたいいつ頃から?」
「いつ頃だっけな……確か半年ほど前だった気が」
「わかりました……今日具体的に何していましたか?」
「今日は一日中オフィスで仕事でしたよ、もしかして疑ってるんですか!」
「いや、そういう訳では……」
「もう話すことはありませんよ、帰ってもいいですか?」
任意同行とのことだったので仕方なく帰させた。怪しい気もするが、オフィスワーカーならアリバイも立証しやすいしシロっぽい気がする。今のとこ圧倒的に怪しまれてる二人(旦那と浮気相手)はアリバイがある。浮気相手の方はアリバイが堅そうだが、旦那の方は崩れそうで崩れない微妙なラインだ。時間もないし、このままだと決定打がない。
「もう取り調べは済んだのですか?」
谷原刑事が話しかけてきた。
「まぁ一応な、あんまり収穫なかったが」
「私もです、浮気相手の職場に聞き込みしましたが、長時間の外出等はなく勤務時間のほとんどを自分のデスクでおこなっていたみたいです」
「やはり旦那がクロでいけそうか……あとは動機かぁ?浮気の事は知ってたのかな」
「微妙なラインですよね、もし知っていたとしてもその感じなら我々には隠すだろうし……」
五分ほど話していたら先ほど現場にいた警部から電話がかかってきた。
「おぉ金本君、夫の田中優作のアリバイ、裏取れたぞ、あいつはシロだ。これでまた振り出しにもどったな」
「いや……もしかしてこれ自殺かもしれませんよ」
「自殺?まじか?」
「一番可能性ありそうな被疑者二人にはアリバイがありますし、もし仮に、旦那に浮気がばれていたとしてその件で問い詰められた精神的ストレスで自殺、となれば全然あり得る話かと」
「確かに……でもたかが浮気だろ、しかも被害者自身の、そこまで追いつめられるか?」
「まだ想像の範囲内ですが……」
「でも、理由はどうあれ可能性は高い気がしてきたな、鑑識とかに自殺の線で調べてもらうよう軽く話しとくよ」
正直、僕にはもうそれ以外が思いつかなかった。ひとまず谷原刑事に電話の内容を伝えた。
「なるほど自殺……全然頭になかったです」
「確定したわけじゃないが、とりあえず僕はその方向で考えてみる」
その後、被害者の旦那と直接話ができる機会を頂けたので、僕は合間を縫って彼と喫茶店で会うことにした。
「妻の事件でなにか進展でもあったんですか……?」
「そうですね……僕は、彼女が自殺したんじゃないかって思ってるんですよ」
「自殺……やっぱり……」
「やっぱりって?何か心当たりが?」
「…………友美は浮気してたんですよ……そのことを私も最近知って、一昨日くらいにひどく問い詰めてしまったんですよ……」
「なぜそのことを黙ってたんですか」
「もし話したら一層疑われると思って……」
「まぁそうですよね、それで?」
「私が離婚したいと言って、娘の親権の事で言い合いになったんです……」
「親権?」
「えぇ、私が育てると言っても友美が譲らず、私がしびれを切らして出て行ったんです……あとは知っての通り……」
「なるほど、娘さんは……?」
「私と一緒に暮らしたいと言ってくれていたんです、多分口論も聞かれてました……」
「なるほど、その後奥さんの反応は?」
「ひどく怒っていて記憶です」
「そうですか……動揺してたりパニックになったりは?」
「なかったと思います……」
「ありがとう、話はもう十分です、僕はこれで失礼します」
「あ……えぇ、もういいんですか」
「聞きたいことは聞けたので、代金は払っておきます」
警察署に戻って落ち着いて今までの事を考え直してみた。自殺だと思っていたが、刺し傷はかなり抉られて痛々しく自分で刺したとは思えない。直前インターホンは鳴らされておらず、他殺だとしたら親しい間柄になるが交友関係は狭く怪しい二人はアリバイがある…………この件は自殺、そう断定することにした。
事が収束してから数か月経った。カフェでのんびりしていたら谷原刑事が来た。
「こんなところで何してるんですか?」
「ちょっと……考え事だ」
「珍しいですね、この前の自殺の件で何か思うところでも?」
「あ、いや」
「じゃあどうしたんです?」
自殺だの他殺だの、それよりも守るべきものがそこにはあった。だが、あの時の判断は……法の下で働く人として、一人の人間として正しかったのかと。母親の本当の最後の願いを汲み取ることができたのかと。
「……なんでもない、そうだ、今度またカフェでもいこうよ気晴らしに」
あの時下した判断を僕はこれからも考え続けるだろう。何が人を悪にし、何が人を善にするのか、身をもってその問いを知ることになった。
初投稿!みなさんノートルダムの鐘を観ましょう




