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~4~ 吐露

 リヴィアがグリフォンの里に到着するや否や、それを見計らっていたかのように穏やかだった風が再び猛威を振るい始めた。

 チラチラとそよ風に揺られて舞っていた雪も弾丸のごとく降り注ぎ、草原を覆い尽くす積雪をより一層豊富に積み上げていった。


 リヴィアは寄り添うルミウスとテオを守るように尻尾で包みながら、容赦のない降雪を遮るために片方の翼をさながら小屋のように見立てて広げてた。

 それから、翼で密閉された空間に顔を突っ込んだまま、口から暖かい息を吐いた。


 あたかも暖房器具のような役割を果たす彼女の吐息により、ルミウスとテオがいる空間は極寒の外側に対し暖かな空気が充満していた。

 とはいえ、隙間から吹き込む風の影響で保温性はよくないため、リヴィアは時折息を吐いては暖気が失われないよう気を配っていたのだ。


〈寒くない?〉

〈充分暖かいよ。これなら、吹雪が過ぎ去る明日まで無事乗り越えられそうだ〉

〈グリフォンもドラゴンみたいに寒さに弱いの?〉


 と、リヴィアは意外そうに聞いた。


〈そうではないが、今回の吹雪はこれまでとは段違いだからね。恐らく、気候の暖かな南部地方を根城にするグリフォンたちには厳しいだろうから、彼らもバーバリアン・ウルフたちと同じく冬ごもりに徹しているころだろう〉

〈あなたたちはその必要がなかった?〉

〈この里は北部寄りだから、長年暮らしてきた我々は寒さには慣れっこなのさ。ただ、さっきも言ったように今回のは過去に類を見ない激しさだから、群れの仲間たちは念のためフェルナールの森へと避難させたんだ。不幸中の幸いとでもいうべきか、この寒さで魔物を凶暴化させる胞子をまくキノコも凍っているから、吹雪をやり過ごす場所としては最適なんだ〉

〈あなたはどうして残っていたの?〉

〈長として里を離れるわけにはいかないからね。それで私は残っていたんだが…〉


 と、ルミウスは困り顔を浮かべて横にいる息子を見下ろした。

 テオは、リヴィアの尻尾に顎を乗せながらスー…スー…と寝息を立てていた。


〈一緒にいるって聞かなかったのね〉


 リヴィアにはおおよそ見当が付いていた。


〈生まれて5年ほどの歳月しか経ていないこの子には、この寒波を凌げるだけの体力が備わっていない。だから、群れと一緒に森へ行くよう私は行ったんだが、一緒にいると聞かなくてね。母親のイザベラがいないから、父親の私と離れるのが忍びなかったのかもしれない〉

〈彼女はまだ帰れそうにないの?〉

〈当分はね。父親が風邪をこじらせてしまったみたいで、まだ数日間は看病のためそばにいてやらなければいけないようだ〉

〈テオは愚図らなかった?〉

〈心優しい子だけあって理解はしてくれた。だが、やはり寂しさは拭えなかったようで、すぐに母親を恋しがったよ。だから、私のそばにいると言い張ったんだろう。どうしたものかと困っていた矢先、キミが来てくれて本当に助かったよ。ありがとう〉

〈そう言ってもらえると私も嬉しいわ〉


 リヴィアはニッコリしてから、鼻をムズムズさせてくしゃみをした。

 テオを起こさないよう気遣ったため、ドラゴンらしからぬ可愛らしいくしゃみになってしまった。


〈キミは大丈夫なのか? ドラゴンはなによりも寒さに弱いんだから、無理はしないでくれ〉

〈ご心配ありがとう。でも、平気よ。私なりにしっかりと対策はしてきたから〉

〈さすが用意周到だな。どんな対策をしたんだ?〉

〈それは触れないでほしいわね…〉


 寒いにも関わらずリヴィアは頬を赤らめると、パンパンに張った腹部を隠すように身をよじった。


 ルミウスは、彼女の腹部があきらかに膨れていることをずっと不思議に思っていた。

 メスの腹部が張っている場合おおむねの推測がされがちだが、膨れ具合から見て別の理由によるものだろうと彼は察していた。


 合間を見てルミウスは尋ねてみようかと思っていたが、たった今彼女の反応を見て触れるのはご法度だと悟ると、あえて気付いていないフリをした。


〈しかし、キミたちはヴァンハルト王国に大切にされている身だから、きっと住まいも防寒対策には徹底されているんだろう?〉


 と、ルミウスは話題を変えた。


〈ありがたいことにね。私たちが住んでいる城の宿舎には大きな暖炉があるんだけど、それが火の魔力を蓄えた魔石を埋め込んだ特別製の暖炉なの。魔石の取り換えも可能で、冬は火の魔石を入れて暖を取れるし、夏は風の魔石を入れて涼める仕組みなの〉

〈中々凝っているな〉

〈実は最初、ここへ来るためにその魔石をこっそり持ち出そうとしたんだけど、兄のデュケインに見付かって阻止されてしまっての。少し前にトレーナーのフィルにそのことで叱られた私はもうしないと約束して、それをそばで聞いていた彼に“言葉に責任を持て”と叱られてしまったわ〉

〈良識のある兄上じゃないか〉


 感心するルミウスにリヴィアはフンッと鼻を鳴らした。


〈私たちにとって兄であり父親みたいな存在だけど、泥酔すると厄介なのよねぇ。見境なくブレスを吐いたり、ふしだらな寝相でイビキをかいたり、ささいなことで大声を上げたりと散々。もう1人の兄のエミリオなんて、酔った彼に半殺しにされかけたことがあったし〉

〈酒に弱い種とはいえ相当だな…〉

〈極めつけは、酔った勢いで妹の私を口説き落とそうとしたことかしら。普段の堅苦しい口調から、紳士的なのにどこかキザッぽい言葉遣いに豹変していきなり迫ってきたの。そのたびに私はテキトーにあしらうんだけど、変な所を触れられたときはさすがに激高して噛み付いてやるの〉

〈うぬ…〉

〈そのくせ、口説き文句が妙に詩的でちょっとだけ胸が高鳴ってしまったこともあったわ。…まあ、結局は正気に戻ってドン引きするんだけど〉


 と、リヴィアは苦笑したが語調はとても楽しげだった。

 内容のほとんどは悪口だったが、言葉の端々に兄への絶対的な信頼と思慕の念が込められているようにルミウスには感じられた。


〈私は1人息子として生まれたから、聞いていて羨ましくなったよ。キミたちのような家族がいたら、きっと楽しい時間が過ごせていただろうとね〉

〈それはそれで伸び伸びとできてよくないかしら?〉

〈退屈を紛らわせないという意味では侘しいものだよ。兄弟は血を分けた間柄だからこそできる相談事もあれば、共有できる秘密も生まれる。そういう特別な関係性が築ける点では憧れを抱くよ〉

〈重要なのは血の繋がりじゃない。長い歳月を一緒に過ごして培った深い絆だわ〉

〈どういうことだ?〉

〈デュケインとエミリオはね、()()()()()()()なの〉


 その言葉だけで、ルミウスは彼女が言おうとする意味を理解しハッとした。


 紅蓮の炎を彷彿とさせるルビーのような赤い鱗、歴戦の証を主張するかのごとく雄々しく盛り上がった筋肉質な四肢、頭部の角とは別に背中に生えた鍾乳石のような禍々しい突起物、岩壁すら容易に粉砕できそうな強靭な尻尾、広げれば死神の到来のように絶望感を与えられそうな巨大な翼、見る者を震え上がらせるには充分過ぎるほどの威圧感に満ちた殺伐とした面構え。

 それが、かつてルミウスが対峙したレッドドラゴンの特徴だった。


 一方のリヴィアは、サファイアのように瑞々しい瑠璃色の鱗、女性的な艶やかさとお(しと)やかさが兼ね合った蠱惑(こわく)的な四肢、爽やかな草原のように頭部から尻尾の先端まで生えた水色の(たてがみ)、攻撃には適さないがしなやかなうねりが扇情的な長い尻尾、青々とした美しい鱗に対し薄黒い飛膜が絶妙なコントラストをなす巨大な翼、慈悲深さの象徴にも捉えられる優しげな眼差しとキリッと伸びたまつ毛が印象的な凛とした顔が特徴のドラゴンだ。


 これらの相違点から導き出される結論は、ただ1つに限られていた。


〈キミたちは()()()()()()()()のか〉


 コクリとリヴィアは頷いた。


〈私たちは、数百年前にヴァンハルトに訪れた行商人が国王に献上した卵から誕生したわ。その行商人の名前はサイラスと言って、ある日彼の曾孫と名乗る男が私たちの所に訪ねてきたの〉

〈曾孫が?〉

〈ええ。ミゲルと言って、彼がサイラスの曾孫であることはすぐに判明したわ。というのも、当時の国王が保管していた進呈書に書かれたサインと、彼が持参したサイラスの手記に書かれた自筆のサインの筆跡が一致したから〉

〈彼はどのような用件でキミたちの所に?〉

〈サイラスが残した手記に(つづ)られた内容を伝えるためよ。そこには、私たちがどうして母親と離ればなれになったかのほかに、孵化する前の私がデュケインたちの母親の手に渡ったわけが記されていたわ。サイラスは、いずれ成長した私たちにそれを知ってもらいたくて、手記を後世に託したみたい〉

〈キミたちはそれを聞いたんだね。真実を知ることに恐れはなかったかい?〉


 ルミウスの問いにリヴィアは少し考えてから、


〈ないと言えばウソになるかな。私もデュケインたちも、それまでは母親に捨てられたんじゃないかと思っていたから。だからこそ、ありのままの真実が知りたくて私たちはミゲルをせっついたわ〉

〈よければ聞かせてもらえるかな?〉


 ルミウスは眠っているテオを気にしつつ、聞き入るように身を乗り出した。


〈もちろん。友だちとして、あなたにも話しておきたいと思っていたから〉


 リヴィアは、当時手記を読み上げてくれたミゲルの立場になったつもりで語り始めた。

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