返事は書けませんが受付は続きます
世界は、今日も答えを探している。
正しい勇者は誰か。
間違っているのは誰か。
決めるべきなのは、誰なのか。
けれど最近、
その問いは少しずつ、行き場を失っていた。
魔王は決めない。
会議は結論を急がない。
そして受付には、
「答えがないこと」そのものが、持ち込まれるようになった。
これは、
会議室に入れなかった場所で、
それでも世界を通し続けた人の記録である。
魔王城の受付は、今日も開いていた。
特別な掲示はない。
注意書きも増えていない。
それでも、訪れる者は後を絶たなかった。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
受付係は、いつも通りの声でそう告げる。
来訪者は、少し迷ってから口を開いた。
「特に用件は……ありません」
「では、なぜこちらへ?」
「困っていると聞いたので」
受付係は、ペンを止めなかった。
「それは、どなたが?」
「世界が」
大きすぎる主語だった。
「具体的には」
「正しい答えが、分からなくなってきました」
受付係は、一瞬だけ顔を上げた。
「勇者の話ですか」
「はい」
「魔王の話ですか」
「それも」
「神々の話でしょうか」
「……全部です」
受付係は、ゆっくりと紙に書き込む。
――正しさの所在、不明。
「それは、受付では決められません」
そう言うと、来訪者は少し驚いた顔をした。
「会議室では?」
「入れません」
「魔王様なら」
「お会いできません」
「では、誰が決めるのですか」
受付係は、しばらく考えた。
正確には、考えるふりをした。
「今のところ」
「はい」
「皆さんです」
来訪者は、困ったように笑った。
「それが一番難しいですね」
「はい」
「逃げている、と言われませんか」
「よく言われます」
「それでも?」
「受付は、逃げ場ではありません」
受付係は、静かに言った。
「通過点です」
来訪者は、それ以上何も言わず、頭を下げて去っていった。
その背中を見送りながら、受付係は記録を続ける。
答えのない相談。
解決しない問題。
保留されたままの判断。
書類は減らない。
だが、溢れてもいない。
会議室の奥から、かすかに声が聞こえる。
何を話しているのかは分からない。
結論が出たのかも分からない。
それでいい、と受付係は思う。
会議室が決めないからこそ、
受付が存在できる。
受付が存在するからこそ、
世界は立ち止まらずに済む。
「次の方、どうぞ」
今日もまた、誰かが訪れるだろう。
答えを求めて。
あるいは、答えがないことを確かめに。
受付は、止める場所ではない。
通す場所だ。
会議室には入れないまま、
それでも世界は、前へ進んでいく。
だから今日も、魔王城の受付は開いている。
――何も決めないという決定を、静かに守りながら。
魔王城 受付録・完




