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29 上級悪魔

 聖女が妊娠7ヶ月に入る頃には、悪魔が昼夜問わず現れるようになった。ヴラドは全ての診療を中止して、村の守りを固めた。夜間は吸血鬼と人狼が警戒に当たり、夜明けにナーガ、タリム、ストロング牧師と交代する。


 実の所、ストロング牧師は昼夜通して戦っていた。その夜も、寝ずに下級悪魔を手甲(ガントレット)で粉砕しているので、ヴラドは呆れて声をかけた。


「休みなさい。まだ先は長いのに。保ちませんよ」


 それでようやく、牧師は屋敷の中に入る。そして床の上に寝転び、目を閉じた。


「少し寝る。中級が出たら起こしてくれ」


「…呼んでおいて何ですが、働き過ぎです。なぜそこまで?」


「贖罪さ。悪魔祓い師も異端審問官も、やる事は変わらん。今まで散々、悪しき魔女を処刑台に送ってきた。正しい事だと信じて。だが今は…」


 確信が持てない、と言いたいのだろう。ストロング牧師は気高い心を持つ人間だ。そうでなければ、吸血鬼と共闘などしない。ヴラドは労いの言葉をかけようとしたが、


「貴方は十分…おや?」


 牧師はもう眠っていた。娘のカミラが、『静かに』と人差し指を口に当てて、そっと毛布をかける。お邪魔のようなので、父は肩をすくめて外に出た。そして村に侵入しようとする、下級悪魔どもを次々と屠った。


「地獄に帰れ。時代遅れの悪魔どもよ」


 それにしても、今夜はやけに多い。まだ産月でもないのに。ヴラドが不審に思った時、眷属が叫んだ。


「上級です!上級悪魔が出ました!」



          ◇



 真夜中が過ぎても、アンジュは起きていた。何となく眠れなくて、ランプの灯りの下で、マヤとおしめを作っている。


 お姉さん達は村の警戒で忙しい。昼番のタリムや小ナーガともゆっくり話せないが、マヤ達があれこれ世話を焼いてくれるので、寂しくはない。


「それで、トリスタンは?」


 ブリタニアでの話をしていたら、マヤがサラッと尋ねた。


「最後に見た時は、すぐ近くで誰かと殴り合ってた。そうだ、これ見て」


 アンジュはポケットから銅貨を取り出した。皆が気を遣って、彼の話を避けるけど、誰かにこれを見せたかった。そして、彼が一生懸命、アンジュを救う為に戦っていたと、伝えたかった。


「あれまあ。トリスタンにそっくり」


「お爺さんなんだって。前の王様だから、もうあんまり出回ってなくて。やっと3枚、集めたの」


 マヤは悲しそうな顔で訊いた。


「会いたいだろう?」


 もちろん会いたい。でも、もうR嬢と婚約しているかもしれない。アンジュは答えず、話題を変えた。


「赤ちゃん、男だったら“トリシュナ”って名付けたい。女だったら、“トリシャ”かな。どう?」


「良いと思うよ。お父さんは、太ったら良い男だった。きっと、綺麗な子が生まれるね」


 マヤは笑った。太ったという表現がおかしくて、アンジュも笑った。その時、ドアが乱暴に開けられ、大きいお姉さんが部屋に飛び込んできた。


「避難するわよ!」


「え?」


「上級悪魔が出た。今、吸血鬼全員で足止めしてるけど、保たないかもしれない。アンジュちゃんだけでも、ヒマ山まで逃す」


 アンジュはマヤを見た。自分一人だけ逃げたら、非力な3人の老婆はどうなるのか。だが、母は静かに言った。


「行きなさい。お腹の子を守るんだよ」


 泣く泣くマヤと別れ、裏口に回ると、タリムと小ナーガが待っていた。暗闇には下級悪魔が何十と蠢き、狼男達がそれを押し留めている。お姉さんはアンジュを抱えて舞い上がった。タリム達も神力を解放し、空を飛んだ。


「何?!」


 女吸血鬼は上昇を止め、赤い目を見開いた。巨大な悪魔が浮かんでいたのだ。


「上級?!2体目?!」


「任せて!」


 小ナーガが元の大蛇に戻り、巨大な悪魔の首に絡みついた。その隙にお姉さんは更に上昇しようとしたが、首を絞められたまま、悪魔は吸血鬼の羽をむんずと掴んだ。


 羽をグシャグシャに潰れされ、お姉さんの身体は無数の蝙蝠に変化する。アンジュを支えたコウモリの群れは、地上に降りざるを得ない。


「テメェ!よくも!」


 タリムが上級悪魔の腕に噛み付いた。アンジュは狼男と蝙蝠に守られながら、空の戦いに目を凝らした。鋭い爪がナーガの鱗を裂き、タリムの毛皮を朱に染める。


(強い)


 だがそこに、院長先生とストロング牧師、小さいお姉さんが駆けつけた。


「すみません。手間取ってしまって。ストロング、あなたは聖女の守りを。カミラ、行くぞ」


 今度は、吸血鬼の父子が上級悪魔と対峙した。力尽きたタリムとナーガは落下、蝙蝠が辛くも受け止める。他の吸血鬼達はどうなったのだろう?気を揉むアンジュに、復活した大きいお姉さんは囁いた。


「少し休めば大丈夫よ。さあ、今のうちに」


「待て!中級だ!」


 ストロング牧師に止められ、背後を見れば、下級よりはずっと大きな悪魔が、ずらりと並んでいた。多過ぎる敵に怯むどころか、牧師はタリム達を叱咤した。


「立て!雪豹の息子!蛇神!ここで負けたら、シンドラが終わるぞ!」


「うっせぇっ!分かってるよ!」


「負けないもん!」


 人間と精霊、神の分身は中級悪魔に突っ込んで行く。しかし、勢いは長くは続かなかった。間もなくカミラが地に落ち、牧師がそれを受け止めると、味方は押され始める。アンジュは両手を合わせて、ドルーガ女神、アチャラ・ナータ、その他シンドラ中の神々に助けを求めた。


 すると次の瞬間、


「死ねっ!!」


 という気合いと共に、上級悪魔が縦二つに割れた。皆が空の一点を見る。そこには、雪豹に乗って空を飛ぶ、トリスタンがいた。



          ◇



「うわっ!触るな!気持ち悪い!ぎゃーっ!変な汁がっ!何だこれ?!」


 シェリムから降りると、トリスタンは大騒ぎしながら、残りの汚物を薙ぎ払った。大天使の剣が当たっただけで、それらはチリとなって消えてく。降りてきたヴラドが、呆れたように言った。


「悪魔ですよ。知らずに斬ってたんですか?」


「まるっきりバケモノじゃないか!全然人っぽくないぞ!」


 手足が2本づつという点以外、目や口の数、位置、全てが人間とは異なっていた。中には、粘液に目玉がくっついたような、ふざけた造形のもいた。


「だから悪魔ですって。シェリム殿、王子の搬送役、お疲れ様でした」


 雪豹氏は、ボロボロの息子を謎の魔法で癒してから、戻ってきた。


「いいや。間に合って良かった。王子がなかなか転移して来ないから、気を揉んだが」


「仕方ないだろ!ミカエルがストーン・ヘンジをぶっ壊したんだから!」


 トリスタンは、遅れた理由を大天使のせいにした。間違ってはいない。義兄の言葉で、大天使がアンジュをシンドラに連れ帰った可能性に気づいた。調べてみたら、ソールズベリーの民は、確かにあの日、ミカエルがストーン・ヘンジに消えるのを見ていた。しかし、石柱は倒れまくり、直すのに時間がかかってしまったのだ。


 そして転移した途端、雪豹氏の背に乗せられ、悪魔がどうとか、ざっくりと説明されたのである。


「アーサー!久しぶり!」


 小さな蛇が、王子の顔にぶつかってきた。


「わっぷ!ナーガかよ。さっき会ったばかりじゃないか。え?分身?そんな事より、アンジュは?!」


 負傷者を運ぶ吸血鬼や狼男達に混じって、大きなお腹のアンジュが立っている。彼女は目に涙を溜めて、こちらに走ってきた。


「アンジュ!」


 受け止めたトリスタンの胸で、あのアンジュが声をあげて泣く。ごめん、悪かった、一生をかけて償うよ…どんなに謝っても、彼女を傷つけた罪は消えない。何も言えずに抱きしめていると、後ろから、三婆がやってきた。


「お帰り。トリスタン」


 と、マヤが優しく迎えてくれた。一緒に暮らしていた時のようで、王子の目にも涙が滲んだ。


「ただいま、師匠。腹減ったよ。一緒にカレーを作ろう。アンジュも食うだろ?」


 結局、普通に『ただいま』としか出てこなかった。でも、彼女は何度も頷いて言った。


「食べる。ずっと、トリスタンのカレーが食べたかった」


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