26 火刑
女王の仕事の中で、最も嫌なのが処刑の立ち合いだ。普段はできるだけ代理人で済ませているが、今回は教会の上層部から圧力があり、仕方なく、イザベラが見ることになった。見た後は何日も悪夢にうなされる。この苦しみを家族にも分かってもらおうと、今回は息子夫婦と娘夫婦を呼んだ。トリスタンはそもそも軍人だから、十分理解しているだろう。でも一応、呼んだ。
「…良い天気。絶好の火刑日和ね」
イザベラの嫌味に気づいているのか否か、異端審問官は笑顔で応じた。
「全く。これも女王陛下のご威光でございましょう。本日は、ご臨席を賜り、恐悦至極でございます。スケジュールを説明いたします。まずは臨時裁判を行います。すでにソールズベリーで自白は取れておりますので、罪状を読み上げて終わりです。次に処刑。以上となります」
ソールズベリーのアン。17歳。妊娠中。道化に扮して、呪いを撒いた。30人以上が死亡。占いと称して異端の教えを広め、やはり30人以上死亡。
「妊婦は処刑できないのでは?」
書類を見ていたダイアナが、質問した。
「悪魔の子を孕んでいます。とても危険ですので、今のうちに浄化しませんと」
「どうやって悪魔の子と判断するのです?」
「自白しました。サインもしてありますよ。妃殿下」
異端審問官の説明に、ダイアナも納得したようだった。顔色が悪いのは、初めて処刑を見るからだろう。市民広場には何万という民が押し寄せ、中央に作られた薪の山を取り囲んでいる。その熱気と狂気。王族とて、一歩間違えれば、あそこで首を落とされると思うと、心底恐ろしい。
「トリスタンは?来ないつもりかしら」
と、イザベラが尋ねたら、
「今、呼びに行かせてるよ。来なくても許してやろう」
優しい夫は、すっかり捻くれてしまった次男を庇う。メアリーは早くも夫のエディンバラ公爵の腕に顔を埋めて、見ないつもりだ。女王は不機嫌にワインを飲んだ。飲まずにやっていられない。
「魔女が到着いたしました」
審問官に注意を促され、特別観覧席から見下ろすと、囚人馬車から一人の女が引き摺り下ろされる所だった。痩せた小さな体、灰色の長い髪はボサボサで、俯く顔を隠している。手枷の鎖を引かれ、魔女が人垣の間を歩き始めた。
民衆の興奮は更に盛り上がる。遺族なのか、大声で魔女を罵り、石を投げる者がいる。前屈みに歩く魔女の手足は、あっという間に傷だらけになった。
ダイアナがエドワードの腕を掴み、震える声で訴えた。
「お腹を庇っているのよ。お願い、止めさせて」
確かに、気持ちの良い光景ではない。
「しかし、悪魔の子ですから」
と審問官は渋るが、
「止めさせろ。御前であるぞ」
エドワードが強い口調で命じると、部下に命じて、投石を止めるよう、呼びかけさせた。魔女は何とか、観覧席の真下まで辿り着いた。
「…以上の罪で、ソールズベリーのアンを魔女と認め、火刑に処す」
裁判官が判決を告げる。広場は大歓声に包まれた。何が嬉しいのやら。日頃の鬱憤を残虐なショーで紛らわせるのだ。分かってはいても、イザベラは、愛する民のこういう一面が苦手だった。
魔女は、足と胴体を太い木に縛り付けられた。人々が投げる石が魔女の体に当たっては落ち、その足元に燃料となる薪が大量に積まれた。
「火をつけろ!」
審問官の合図で、いよいよ火刑が始まる。すると、俯いていた魔女の顔が上がった。それを見たダイアナが席を立ち、叫んだ。
「アンジュさん!!」
◇
アンジュは、あの異端審問官の声がする方を見た。広場の正面に建物があり、その2階のテラスに、綺麗な服を着た人々がいた。真ん中にいるのが女王だ。右隣に王配、王太子と王太子妃。左には王女とその夫がいる。咄嗟に、トリスタンの姿を探したが、いなかった。
真下では処刑人が火をつけている。アンジュは在らん限りの力で盾を張った。この燃料が尽きるのが先か、魔力が切れるのが先か。最後まで耐え抜いたら、あの異端審問官はどんな顔をするだろう。
昨日まで、アンジュは弱気だった。でも夢を見た。トリスタンにもう一度会える。夢の中で、ドルーガ女神がそう言った。だから、抵抗する気になったのだ。
「止めて!火を消して!」
泣き叫ぶお義姉さんを、侍女や護衛が止めている。それを見て、アンジュの心に力が沸いてきた。
(お義姉さんは、味方だった)
トリスタンのお兄さんも、異端審問官を殴り飛ばした。トリスタンのお姉さんは夫の手を振り払うと、テラスから広場に続く階段を駆け下りてきた。
「退きなさい!火を消すのよ!」
と人混みを掻き分けている。護衛が慌てて追いかけ、テラスの上も下も、大混乱だ。彼の家族は敵じゃなかった。ますます、アンジュは心を強くした。
だが、再び投石が始まった。炎は既に足元にまで成長している。
「悪魔の子だ!殺せ!」
敵は執拗に腹を狙う。アンジュは懸命に腹を守ったが、大きな石があちこちから投げられると、全ては弾けなくなった。すると、鳩が来た。鳩達は身を挺して主人を守り、何羽も何羽も、石に当たっては、炎の中に落ちていった。
(ごめんなさい。私の眷属になったばかりに)
アンジュは歯を食いしばって耐えていた。気づけば、人々が争っている。
「あれは魔女だ!まだ燃えてねぇのが証拠だろ!」
「何言ってんのよ!鳩が庇ってる!」
(全員が敵じゃない)
彼女が安堵した、その時、最も聞きたい声が響いた。
「アンジュ!!」
遥か遠く、人々の向こうに、トリスタンが見えた。
◇
グレースから事情を聞いてすぐに、トリスタンは市民広場に駆けつけた。既に火刑が始まっている。焦る王子に、グレースは教えた。
『大丈夫です。魔法の盾で炎を防いでいます。鳩達が命懸けで投石から守ってます』
ギリギリ間に合った。トリスタンは馬を飛び降りて、群衆に突っ込んでいった。
「退け!叩っ斬るぞ!」
殺気を出して脅せば、大抵の人間は道を空ける。そうやって出来た隙間を走っていくと、アンジュの顔が見えた。
「アンジュ!!」
呼べば、彼女はパッとこちらを見る。次の瞬間、石が額に当たった。アンジュの美しい顔が血に塗れ、トリスタンは激怒した。
「今投げた奴!出てこい!殺すぞ!」
だが卑劣な敵は、あちこちから石を投げる。トリスタンを王子と知らない野次馬も、
「邪魔すんな!あれは悪魔の子を孕んでんだ!」
と掴み掛かってきた。
「俺の子だ!悪魔じゃない!死神だ!」
「同じじゃねぇか!」
殴り合いが始まり、なかなかアンジュに近づけない。燃え盛る炎をいつまで防げるのか。焦る王子は剣を抜きかけた。そこへ、部下を連れたネビルが到着した。デカい奴らを選んで連れてきたようで、次々に邪魔者を放り投げては、トリスタンの援護をする。
「行ってください!お前らは殿下を守れ!」
数人が護衛につき、人波を掻き分けてくれた。彼らのおかげもあり、トリスタンは火刑台まであと10メートル、という所まで辿り着いた。
◇
市民広場は混乱の渦であった。火刑を止めろと騒ぐダイアナ。異端審問官を殴って気絶させ、火を消しに行ったエドワード。広場で一般市民と言い争うメアリー。向こうで民を放り投げているのは、ネビル提督ではないだろうか。
イザベラは立ったまま、呆然とそれらを見ていた。何故、あの娘が火刑にされている?そもそも魔女だったのか。
目の良い侍女が報告する。
「燃えておりません!あ!トリスタン殿下です!殿下が、火刑台に向かっています!」
「え?」
確かに、次男らしき男が、中央近くで市民と殴り合っている。斬らないだけマシだが、どう収集すべきか。処刑の中止を命じたら、暴動が起こるだろうか。ひとまず、メアリーとエドワードを回収して、トリスタンとネビルの安全を…とイザベラが考えていると、目の良い侍女が再び叫んだ。
「矢です!魔女の胸に矢が!」
「え?」
誰の仕業か。娘の胸に、深々と1本の矢が刺さっていた。
◇
密かに火刑を見にきていたイゾルデ・ルーマスは、部下に指示を出した。魔女が燃え尽きた後で、実は探していた娘だった…という筋書きが崩れたからだ。
「確実に心臓を止めて」
「はい」
暗殺者が下がると、イゾルデは建物の陰から、広場を覗いた。トリスタン王子が暴れているが、アンジュが死に、異端審問官も消せば、まだ修正可能だ。
(あの審問官。金ばかりかかって、全然役に立たなかったわ。なんで燃えないのよ)
腹立たしい思いで、暗殺者が動くのをジリジリと待つ。すると、悲鳴とも怒号ともつかない叫びが聞こえた。
「魔女に矢が刺さったぞ!ああ、燃える!」
それを聞いたイゾルデは、ほくそ笑んだ。やっと、王子と愛を育む段階へ進める。




