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24 告発

 数日後、アンジュとエディはソールズベリーに着いた。のどかな田園に囲まれた街で、中心部には大きな聖堂が聳えている。転移した直後に寄ったらしいが、その時、アンジュは眠っていたので、何も覚えていない。


 エディには転移で帰る話はしていない。もしストーン・ヘンジが起動しなかった場合、東の港まで行って、シンドラ行きの船を探す。どちらにしても、ここで別れるつもりだ。


(でも、その前に、エディにお礼をしたい)


 そこでアンジュは、占いを解禁することにした。ロンディニウムから随分離れたし、仮面を着けていれば、きっと大丈夫だ。念の為、武器を持った人間が近づいてこないか、鳩達に警戒を頼んだ。


 まず、動物芝居で客を集めて、終わった後、エディに呼びかけてもらう。


「お次は占いだよ!ピエロだからって馬鹿にしちゃいけない。恋愛、人間関係、明日の試験、何でもござれ!金と健康の相談は遠慮しとくれ!そこまで責任持てないから!」


「おいおい、随分ケチな占いだな!」


 芝居の客が大声で文句を言うと、エディは言い返した。


「たった6ペンスで?旦那の方がケチってもんだ」


「確かに」


 面白がった人々が、占いに並んだ。アンジュは、カフェでテーブルと椅子を借りてきて、客に座ってもらい、手相を見るフリをした。


「告白は新年まで待った方がいい。年末に、その男は恋人と破局する」


「姑が意地悪なのは、早くに夫を亡くして寂しいから。次に生まれる子に、祖父の名を付けて」


「教科書55ページから73ページが出る」


「一着はソールズホマレ、二着はナリタブリタニアン、三着はディープクィーン」


 横に立つエディが金を受け取り、次から次へと占う。最後に、小さな女の子が小銭を差し出した。将来、誰と結婚するかを知りたいそうだ。


「隣の家のデビットよ」


 と教えたら、女の子は顔を顰めた。


「えー。あんまり好きじゃない」


「彼は将来、有名なフットボール選手になるの。ヴィクトリア、あなたは歌姫になる」


「そうなの?!やった!」


「頑張ってね」


 少女は、歌姫になる未来に満足したようだ。その後、アンジュとエディは、カフェで食事をしながら金を数えた。アンジュの方は港までの路銀があれば良いので、売り上げのほとんど全部を、エディにやった。


「ダメだよ。一緒に稼いだのに」


 エディは均等にしようと主張するが、アンジュは無理やり、財布を握らせた。


「良いの。今まで本当にありがとう。ここから先は一人で行く。港まではあと少しだから」


「…そっか。じゃあ、遠慮なく。あ、これは返すよ」


 財布の中から、トリスタンの横顔コインを見つけて、差し出してくれた。アンジュは喜んで受け取った。


「ありがとう。これで3枚目」


「まだ未練ありありだね…。見かけたら、ブン殴っとくよ」


 会う事もないし、多分、殴れない。でも、その気持ちが嬉しくて、アンジュは微笑んだ。エディは大聖堂を見てから、ロンディニウムに帰ると言う。


「アン!元気でね!赤ちゃんも!」


 最後は、明るく手を振って別れた。それから、アンジュはストーン・ヘンジに向けて出発した。



          ◇



 田舎道でピエロは怪し過ぎるので、普通のブラウスとスカートに着替えた。仮面も外して、グレースを掛ける。道中、農民らしき人に道を尋ね、何時間も歩いた。やがて、広い草原の向こうに石の神殿が現れた。あと少しでシンドラだ。そう思うと、アンジュの胸は弾んだ。


 しかし、急にグレースが警告した。


『アンジュ。急いで。何者かが近づいています』


「誰?」


『分かりません。銃器は持っていませんが、剣は持っています』


 未確認の一隊が、騎馬の速度でこちらに向かっている。アンジュは神殿に急いだ。もし敵でも、転移してしまえば良い。小走りに草原を突っ切り、巨大な柱を潜った時、背後に騎馬が見えた。


 彼女は大急ぎで中央の祭壇跡に立ち、ブリタニアの神に願った。


「シンドラの天空神殿へ!」


 だが、何も起こらない。そこへ白い僧服の男達が駆け込んできて、アンジュを取り囲んだ。


「占い師だな。お前を魔女の疑いで逮捕する」


「え?」


「告発があった。抵抗すれば即座に処刑する」


 リーダーみたいな男が、何か紙をチラッと見せる。5、6人の坊さん達が、一斉に手を伸ばしてきた。そこでようやく、鳩が来た。


「ウワッ!何だ?!」


 鳩達が坊さんの頭を突いたり、糞を引っ掛けたりする。アンジュはその隙に逃げようとしたが、


「魔女め!仲間がどうなっても良いのか?!」


 と最初に紙を見せてきた坊さんが叫ぶ。


(エディ?)


 教会に行くと言っていた。動きを止めたアンジュに、坊さんは畳みかけた。


「子供とて容赦しないぞ!魔女は火炙りだ!」



          ◇



 結局、アンジュは捕まってしまった。荷物は取られた。でも、顔の眼鏡と、ポケットの1ペニー銅貨、革紐で首に下げたシンドラの星は死守した。体に触ろうとする坊主には、雷を喰らわしてやったからだ。今は、ソールズベリーの大聖堂の地下牢に閉じ込められている。


『脱出しましょう。連中が油断している、今がチャンスです』


 グレースはそう言うが、逃げるならエディも一緒だ。しかし、顔を知られたアンジュ達には行き場が無い。


『エリン、という島が西にあります。古い神々がいるそうです。ひとまずそこに潜伏しましょう。すみません、アンジュ。私の仮説が間違っていました。最初からそうすれば良かった』


 弱々しい細い書体で、グレースが謝る。


「いいえ。挑戦する価値はあった。行こう、エリンに。ドルーガ女神に会えるかもしれない」


 アンジュは少し出てきたお腹を撫でた。その後しばらくして、鉄格子の向こうに手下の坊主達が来た。


「出ろ。取り調べを行う」


 彼らは虜囚に手枷をつけ、取調室に連れていった。アンジュが部屋に入ると、中にはチラ見せ坊主とは別の、役人みたいな男が椅子に座っている。


「魔女アン。お前は動物を操り、人々に呪いを撒いた。既に、芝居を観た者のうち、数人が血を吐いて死んでいる。また、占いと称し、人々に異端の思想を植え付けた。これがその証拠である」


 と言って、男は一枚の紙をテーブルに置いた。アンジュは立ったまま、目を走らせた。そこには、死んだとされる人々の氏名、年齢、住所などが書かれていた。


「それは…」


「問答無用。ここの聖職者達が、お前が魔法を使うのを見ている。言い逃れはできん…おい」


 役人の合図で、後ろに立っていた従者みたいのが、いきなり、手にした棒でアンジュを打った。咄嗟に張った盾が、棒を弾く。その勢いで従者はよろめいた。


「決定だな。ではここにサインしろ」


 今度は、『私は魔女です。上記の罪を犯した事を認めます』という書類が置かれた。アンジュは首を振った。


「書かない。私は何も悪い事はしていない」


 怒って殴るかと身構えたものの、役人は目を細めて命じた。


「…皆、外すように」


 部屋にいた坊主と従者達が出ていくと、途端に、馴れ馴れしい口調になった。


「もう諦めなよ。告発された時点で、ほぼ死刑確定なんだから。このリスト、出鱈目だと思う?住所をよく見てごらん。覚えがあるだろ?そう、君が芝居を見せてきた街や村だ。名前だって実在してる人のだよ。1シリングで署名してもらえる。赤の他人の命なんて、そんなもんだ」


「!?」


 アンジュはもう一度、机の上の名簿を読んだ。そこには、今日占った小さなヴィクトリアの名前まで載っている。


「ああ。ヴィクトリア・スパイス(7歳)ね。もちろん親が金を受け取ったのさ。つまり、この告発者リストは、法的に有効ってことだ。…何考えてるか、当ててみようか。脱獄して、エリン島に行こうって思ってるだろ?大体、魔女はそう考える。はい、残念。もうその手枷は外せないし、魔法も使えないから」


 彼はアンジュの手枷を指差した。慌てて、風の精霊に呼びかけてみたが、返事は無い。女神との繋がりも完全に絶たれている。


「防御はできるようだけど、もう、使い魔とかは呼べないよ。雷撃も無理かな。それじゃ脱出なんて、とてもとても。仮にできたとして、エリン島はブリタニアの一部だ。俺みたいな異端審問官が目を光らせてる。安住の地には、ほど遠いだろうねぇ」


 異端審問官。でも、ストロング牧師とは全く違う。親しげな口調とは裏腹に、絶対的な優位を見せつけ、アンジュの心を折ろうとしている。


「…私の連れだった、エディという子はどうなるの?」


 震えそうな声で尋ねると、審問官はいい笑顔で提案した。


「君に騙されたって事にもできる。サインさえしてくれたらね」


 アンジュは目の前が真っ暗になった。耐えに耐えたこの数ヶ月が、全て無駄に終わる。お腹の子供に会うことも叶わず、マヤやスジャータ、クチュリと再会することもできない。何より、二度とトリスタンに会えない。おそらく、魔女の処刑にはこのサインが必要であり、それだけが、アンジュに残された交渉材料だった。


 彼女は審問官に要求を突きつけた。


「サインする代わりに、エディを釈放しろ。お前の神に誓え」


「良いよ。天にまします、我らの父に誓って、その子を見逃そう」


 アンジュは目を閉じた。しかし、


「2枚目の、“お腹の子の父親は、悪魔です”ってとこにも、サインしてくれよ」


 という言葉に、頭を殴られた。それを知っているのは、トリスタンの家族くらいだろう。なぜこいつが。慄くアンジュを弄ぶように、審問官はペンを差し出した。


「まあ、誰が父親でも、結論は変わらない。さあ、魔女殿」


 ルマリの娘は、覚えのない罪を認め、ついに魔女となった。その処刑は5日後、ロンディニウムの市民広場で行われる。


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