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23 すれ違い

 大小二人のピエロは、ロンディニウム南方の村まで辿り着いた。多くの人が街道に集まっている。エディは中年の男に話しかけた。


「こんちは。何かあるの?祭り?オレたちも芝居して良い?」


「祭りじゃない。この先の街に、第二王子が視察に来るんだと。街道沿いの村にゃ、動員令が出とる。ほら、お前さん達も旗振って。芝居なら、その後で見せとくれ」


 おじさんは小旗をくれた。アンジュの心臓が大きく打つ。神が機会をくれたのだ。だが、別の村人が口を挟んできた。


「何とか伯爵令嬢ってのと一緒だって。いつの間に婚約したのかねぇ」


 すうっと血の気が引いた。すぐに、『来たぞー!』という声が聞こえて、皆が道の両側に並んだ。護衛の騎馬と、華麗な馬車が近づいてくると、村人達は一斉に旗を振った。 


「トリスタン殿下万歳!」


「婚約おめでとうございます!」


 好き勝手に叫ぶ声の中、馬車がアンジュの前に来た。王子と金の髪がチラリと見えるが、向こう側の女性の顔までは見えない。


(トリスタン!)


 思わず、足が前に出そうになった時、懐のグレースが動いた。2回跳ねるのは、『敵がいる』の合図だ。周囲に目を走らせるうちに、馬車は行ってしまった。


「…」


 流れる涙が、仮面の下から滴り落ちる。華やかな服を着て、金髪の女性と手を振るトリスタン。ピエロの仮面をつけて旗を振るアンジュ。二人の間には、途方もない隔たりがあった。


 異変に気づいたエディが、そっと尋ねた。


「どした?」


「敵がいる。多分、あのどれかだと思う。少し、この村で待とう」


 馬車の後には、近隣の村人なのか、野次馬なのか分からない人達が、ゾロゾロと着いていく。全部を視ることはできない。敵をやり過ごす間、アンジュとエディは、村の広場で芝居をさせてもらった。ジョージと鳩の滑稽な動きや、エディの面白おかしい語りに、大きな笑いが起こる。しかし、アンジュの心は乱れていた。


(婚約は本当みたい。じゃあ、誰に命を狙われている?)


 親切だった彼の家族も、今は違うのかもしれない。トリスタン自身も、お腹の子が疎ましいのかもしれない。もちろん、R嬢とやらも。敵は一人ではなく、全部という可能性もある。


(慎重に。決して見つかってはダメ)


 芝居が終わると、アンジュ達はその村を出た。次の街は迂回することにした。



          ◇



 救済院にもアンジュはいなかった。期待していただけに、トリスタンの失望は大きい。院長室で肩を落とす王子を、ルーマス嬢が慰めてくれた。


「それにしても、殿下の人気は凄いですね!多くの民が旗を振っていましたよ!」


 あれは金で集められた連中だ。純朴な令嬢は知らないか。そう言えば、変な道化が2人いた。彼らは巻き込まれただけの旅芸人だろう。大きい方は、旗も振らずに突っ立っていたから。泣いているような仮面が、印象的だった。


 物思いに耽るトリスタンを、ルーマス嬢の言葉が引き戻した。


「隣の街にも救済院がありますから、後で行ってみましょう。あ、あと、山向こうの救済院には、妊婦さんや女性が多いと聞きます。産院が併設されていて…」


「どこだ?!それは?」


「え?」


「山向こうってやつだ!」


 ルーマス嬢は、王子の勢いに驚いていたが、院長に地図を借りて、説明してくれた。早馬なら1時間もかからない距離だ。


「俺はそこに行ってくる!ルーマス嬢は、隣町の方を調べてきてくれ。先に帰って構わない。じゃあ!」


 トリスタンは外に飛び出して、護衛の馬を取り上げた。


「お待ちください!危険です!」


 喚く護衛を無視して、馬に飛び乗る。やっと手がかりを見つけた。放たれた矢のように、トリスタンは、その救済院に向かった。



          ◇



 アンジュは迂回した先で気分が悪くなり、救済院という所で休んでいた。最近、つわりが酷い。頻繁に休憩を取ってしまい、その度に連れに謝った。しかし、


「何言ってんのさ。今が大事な時期でしょ?無理しないの」


 と、エディは嫌な顔ひとつしない。今日も、隣町まで行く駅馬車がないか、訊きに行ってくれた。アンジュは裏庭のベンチで待っていたが、なかなか吐き気が治らないので、仮面を外して深呼吸をした。その時、声をかけられた。


「あの。もし」


 思いもよらない人が、目の前にいた。


「やっぱり!アンジュさん!」


 ルーマス嬢が走り寄ってきて、アンジュの手を強く握った。


「ずっとお探ししていました。無事で良かった!どこにいらしたの?どうしてここに?ごめんなさい。あの時、もう少しだけ引き留めていたら…」


 握った手に、熱い涙がこぼれ落ちる。アンジュは嬉しかった。たった数時間、一緒にいただけなのに。こんなにも心配してくれるなんて。


 何も知らない令嬢は、嬉しげに言った。


「さあ、ロンディニウムに戻りましょう!きっと、トリスタン殿下もお喜びになるわ!」


「…いいえ。私はシンドラに戻る」


「え?!」


 アンジュは、何者かに追われていて、その敵から身を隠すため、ピエロに扮して旅をしている、と話した。そして、身の安全の為にも、故郷に帰るつもりだ、と言った。


「で、でも、殿下はあなたを…」


「新聞で読んだけど、Rって人と婚約するって」


「まあ!初耳だわ。そんなの噂でしょ?」


 ルーマス嬢は、驚いたフリをしてくれた。


「もう良いの。最後に会えて良かった。ありがとう、イゾルデ」


 優しい令嬢は声を上げて泣く。アンジュも涙が抑えられなかった。そこへエディが戻ってきた。名残惜しいが、お別れだ。


「もう行かなきゃ。さよならイゾルデ」


「アンジュさん…」


 その後、二人のピエロは駅馬車に乗って、その街を離れた。乗り心地の悪い馬車に揺られながら、アンジュは、ルーマス嬢と再会できた事を、神に感謝した。



          ◇



 アンジュの姿が見えなくなると、イゾルデ・ルーマスは嘘泣きを止めた。ハンカチで両手を入念に拭いて、後ろの侍女に言った。


「…危なかったわ。殿下とこっちに来てたら、計画が台無しになる所だった」


 印象の薄い顔をした侍女は、汚れたハンカチを受け取る。


「幸運でしたね。どうしますか?」


「帰るって言うんだから、放っておきましょう。変に事故死させたら、殿下がまた、調査だ何だって、うるさいし。向こうで結婚したって噂を流す方が、丸く収まりそうだわ」


 概ね、イゾルデの計画通りに進んでいる。後はトリスタン王子を本格的に陥とすのみ。あの娘を探し回り、疲れた果てた頃に、彼女の裏切りを吹き込んでやろう。とことん傷ついた彼を、イゾルデの愛で慰めてやれば良い。


「ダイアナ妃に気づかれてないわね?」


 唐突に尋ねたのに、侍女は即答した。


「はい。王太子夫妻の動きに、変わりはありません。不妊の香も効いています」


「よし。そのまま孕ませないで。それにしても、殿下はどうして、あんなに慌てて…」


 ふと、『妊婦』『産院』という言葉が頭に浮かぶ。まさか。


「お嬢様?どうなさいました?」


「…あの娘を診た医者を探しなさい」


 それだけで、賢い侍女は察した。


「承知しました。妊娠していたか、確認いたします」


 イゾルデは舌打ちをした。殺すべきだった。あの娘が子を産んでしまったら、ダイアナを不妊にした意味がない。令嬢は更に指示を加えた。


「行き先も調べて。変な格好をしてたから、すぐ見つかるでしょう。シンドラに帰るなら、港かしら?どう料理するかは、また後で」


「かしこまりました」


 侍女は実行部隊に指示を出すために下がった。一人、裏庭に残ったイゾルデは、憎悪を込めて呟く。


「見てなさい。ダイアナ。次の王妃になるのは、私よ」

 

 かつて、イゾルデは王太子妃候補だった。死力を尽くして戦ったが、エドワード王子の心は掴めなかった。外国で敗北の傷を癒して帰ってきたら、父はガリガリの死神王子を薦める。彼女は、あれこれ理由をつけて見合いを断った。


(冗談じゃない。誰があんな)


 しかし、シンドラから帰ってきたトリスタン王子を見て、気が変わった。第二王子の妃となり、王位継承者を産む。そして王太子夫妻は、不慮の事故で消えてもらう。


 美貌の夫と王妃の座。どちらもが手に入る、完璧な計画だった。


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