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20 ピエロの少女

 数日後。宮殿では、またしても緊急王族会議が開かれていた。今日は王太子妃のダイアナも出席している。どんよりとした空気の中、エドワードが報告した。


「…テムズ川で、転落した馬車と女性の遺体が発見されました。現在、身元の確認をしていますが、遺体の状態が悪いので、時間がかかりそうです」


 アンジュという娘の失踪を知った時、イザベラは『また面倒な』と思った。しかし、腹に子がいると聞いて、心の中で叫んだ。


(手を付けたなら、付けたと言えっ!!)


 王太后やネビルは何を教えていたのか。やはり、自分の手で育てるべきだった…と後悔しても、もはや手遅れ、今できる最善策は、その娘を速攻で確保して、内密に出産させることである。


 女王は極秘捜査をエドワードに命じた。しかし、一向に娘は見つからず、日増しに苛立ちが募っていた所に、転落事故だ。


(死んだら死んだで、良い。心配事が減る)


 と、イザベラは薄情に考えたが、一応、気にしている風に訊いた。


「まさか、その遺体が例の娘だったの?」


「いいえ。ドレスは、確かにルーマス伯爵令嬢のものでしたが、解剖の結果、遺体は妊娠していませんでした。つまり、何者かがアンジュ嬢の死を偽装したと思われます」


「何のために?」


「2つ考えられます。一つ、暗殺に失敗した実行犯が、依頼人を欺く為にやった。二つ、依頼人の目的はお腹の子で、生まれるまでアンジュ嬢を隠そうとしている。…後者の可能性は低いでしょう。私たち以外、診察した医師しか、彼女の妊娠を知らないので」


 それを聞いたダイアナが、大きく息を吐いた。


「良かった!アンジュさんは逃げたのね」


 いつの間に親しくなったのか知らないが、(ぬる)い。王家の長老として、イザベラは釘を刺した。


「あのねぇ。その赤子が、後で謀反でも起こしたらどうするの。もし、エドワードの隠し子が出てきたら、野放しにできる?王太子妃たる者、国の行末を憂えてほしいわ」


「いませんよ!隠し子なんて!」


 エドワードが大声で否定すると、ダイアナは硬い顔で言った。


「肝に銘じます」


「でも、一刻も早く、アンジュ嬢を保護したい。私の失敗だ。屋敷の庭で暮らしていたなんて、トリスタンに顔向けできないよ」


 夫はすっかり参ってしまい、泣き言ばかり口にしている。メアリーもゲッソリと言った。


「私なんか、夢にお祖母様が出てくるのよ。アンジュさんを救いなさい、さもないと天罰が下るって。ニシンのパイを持って追いかけてくるの」


 このままでは皆が病んでしまう。女王は決めた。


「内々で探すのは止めます。担当を置きましょう。ちょうど、ルーマス伯爵がその娘…アンジュの後見に、と申し出てくれました。令嬢が、アンジュを大層気に入ったそうで、姉妹になりたいんですって。なので、ルーマス伯爵に捜索を一任します。もちろん子供の事は秘密。誰にも言ってはいけません。みんな、分かった?」


 各々は頷いた。イザベラはエドワードに引き継ぎを命じ、この後、トリスタンの愛人の捜索は、ルーマス伯爵が行うこととなった。


          ◇



 暗殺者から逃れた後、アンジュは、グレースの提案でペンダントの鎖を売った。ブリタニア人の服を着て、髪を灰色に染めれば、元から色白なので、外国人には見えない。怪しいブリタニア語も、田舎の出だと言えば誤魔化せた。


 今は仕事を探している。トリスタンが戻るまであと一月。それまでの潜伏資金が必要だった。アンジュは、安宿の部屋でグレースと相談した。


『占いはダメです。敵があなたの情報を知っているとしたら、危険ですから』


 と眼鏡は言うが、アンジュはそれ以外の仕事をしたことがない。


「他にできること…魔術とか?」


『それも控えた方が良いでしょう。異端審問官に通報される危険があります』


 名案が浮かばず、アンジュはグレースをかけたまま、散歩に出かけた。


 賑やかな広場では、芸人が軽業や演奏を披露している。アンジュは噴水の縁に腰掛け、手提げからパン屑を取り出した。すぐに鳩が何十羽と集まってくる。彼らと数分遊んでから、彼女は手を振った。


「もうおしまい。またね」


 鳩は噴水の上を一周して飛び去った。すると、それを見ていた変な格好の子供が声を掛けてきた。


「ねえ。あんた、鳩使い?」


「…」


 鼻の先には赤い玉。派手な帽子と服を着た、道化だった。女の子みたいな声だけど、少年かもしれない。子供達の年齢はよく分からないが、7歳ぐらいか。青い瞳がトリスタンを思わせる。小さなピエロは、懐から小さな猿を出した。よく懐いた猿はスルスルとピエロの肩によじ登る。


「オレは猿使いなんだ。良かったら、一緒にやらない?」


「やる?何を?」


「動物芝居さ。猿のダンスだけじゃ、誰も見てくれないんだ」


 アンジュは答える前に、ピエロを視た。


【彼女は幼い時にサーカスに売られた。厳しい修行の末、動物を操る術を身につけたが、悪どい団長に『小猿を使ってスリをしてこい』と命じられ、何度も何度も、紳士の財布や淑女の宝飾品をかっぱらった。そして、とうとう憲兵に捕まった。牢屋から抜け出してきたら、サーカスはもう、移動した後だった】


 おまけに、もう何日もパンの一欠片すら食べていない。あまりに可哀想で、アンジュは断れなかった。


「私、事情があって人前に出たくないの。それでも良い?」


「うん!語りは全部、オレがやるから!」


 ピエロは右手を差し出した。アンジュはその小さな手を握った。


「私はアン。あなたは?」


「オレはエディ。コイツはジョージだよ。よろしくな、アン」


 二人はエディが寝泊まりしている公園に行った。そこで打ち合わせと練習をしてから、古道具屋で、アンジュの衣装と仮面を買った。


 こんな寸劇で金が稼げるのか。アンジュは疑問だったが、試しに1回、広場でやってみたら、大いにウケた。猿と鳩の演技にセリフを当てる、エディの滑稽な語りに、皆が腹を抱えて笑う。アンジュは仮面をつけて、横に立っているだけだった。


 かなり稼げる事が分かったので、アンジュはエディを安宿に連れて行った。公園には、浮浪児や何かの中毒みたいな怪しい人が多いからだ。


 二人はあちこちの広場で愉快な劇を演じた。暮らしは徐々に安定してきた。そうして、1ヶ月があっという間に過ぎた。

 


          ◇



 ある日、アンジュ達が仕事を終えて帰る途中、新聞売りが宣伝していた。


「トリスタン王子がヒスパニア艦隊を撃破!大勝利だよ!」


 アンジュは新聞を買い、宿でじっくりと読んだ。トリスタンはヒスパニアの罠を突破、陥落寸前だったコルカタ城を救った。そしてネビル提督と合流後、すぐさま取って返し、敵艦隊を撃破したそうだ。明後日、ロンディニウムで凱旋パレードが行われるらしい。


(やっと帰ってくる)


 涙が新聞に落ちた。それを見たエディは、


「アンの彼氏って、兵隊さんだったの?」


 と訊いた。大まかには合っている。


「うん。結婚する約束だったの。でも、事情があって、家を追い出されちゃった」


 ざっくり話すと、エディは残念そうに言った。


「あー。そういうのね。じゃあ、アンとのコンビも終わりかぁ。猿と鳩のロマンス芝居、息が合ってきたのにな」


「ごめんね」


「良いってことよ。じゃあ、一緒にパレード見にいこうぜ」


 この一月を無事に乗り切れたのは、エディのおかげだ。アンジュは、残りの金を相棒に渡そうと、自分の財布を取り出した。


 その中に、先王の横顔が刻まれた銅貨が入っている。トリスタンに似ていると思って、取っておいたのだ。寂しい時はこれを見て、彼を慕んだ。そんな日々も、もう終わる。


 翌日は、エディとご馳走を食べたりして、別れを惜しんだ。ロンディニウム中が勝利に沸いている。アンジュも喜びを抑えきれずに、相棒とジュースで乾杯をした。そして、パレードの日が来た。



          ◇



 エディはいつもの少年の格好をしている。アンジュはできるだけ綺麗な服を着た。荷物といっても、手提げが一つと、グレースしかない。眼鏡をかけた姉とその弟みたいな二人は、空いてそうな場所を探して、人混みを掻き分けた。


「凄い人だね!あ、旗売りだ。おーい!2本くれよ!」


 エディがブリタニアの小旗を買ってくれた。アンジュは周りの人と同じように、それを持って、王子の登場を今か今かと待ち構える。やがて遠くから歓声が聞こえた。


「ブリタニア万歳!トリスタン殿下万歳!」


 歓呼の声と、紙吹雪が舞う中、粛々と軍隊が歩く。幾つもの騎馬が行き過ぎ、煌めく馬車がやってきた。あれに違いない。


「お帰りなさい!」


 アンジュは滅多に出さない大声で叫び、旗を振った。窓から笑顔のトリスタンが見える。良かった。とても元気そうだ。ネビル提督も民の歓声に応えている。馬車はあっという間に、アンジュの前を過ぎた。


 エディがキョロキョロとパレードを眺めて訊く。


「で?アンの彼氏、どこ?」


「もう行っちゃった。じゃあ…」


 もう一度、お別れを言おうとした、その時、グレースが警告を発した。


『アンジュ!しゃがんで!』


 咄嗟に膝を折ると、すぐ後ろにある商店の窓が、音を立てて割れた。だが歓声に紛れて、気づく人は少ない。


『そのまま、左の路地に入って』


 アンジュはできるだけ腰をかがめて、這うように進んだ。こんな人混みで銃弾を弾いたら、誰かに当たってしまう。小さな路地に飛び込み、激しく打つ胸を押さえつつ、彼女は鳩を呼んだ。グレースはこの街に詳しくない。袋小路に追い込まれたらおしまいだ。


「どう?」


 鳩は片言のブリタニア語で答えた。


「屋根ノ上1人、下2人。コッチ来ル」


 どこへ逃げれば良いのか。迷うアンジュの手を、いつの間にか側にいたエディが掴んだ。


「こっちだよ、アン。地下に潜るんだ」


「地下?」


「そうだよ。冬の間、浮浪児達がどこで寝てると思う?」


 エディは路地の奥に行き、ゴミ箱を押して動かした。すると、その下に人が通れるくらいの穴があった。


「先に下りて」


 と言われ、アンジュは鉄梯子を下りた。エディは、肩まで下りたところで、器用にゴミ箱を元の位置にずらした。暗い穴は数メートル下で終わる。エディがちびた蝋燭に火をつけ、ようやく周囲が見えてきた。


 煉瓦造りのトンネルがどこまでも続き、真ん中に、川が流れていてる。


「下水だよ。ちっと臭いけど、寒さは凌げるんだ。とりあえず、ここに隠れよう」


 アンジュは躊躇した。すぐにでもトリスタンに会いたい。でも、敵が見張っている。エディは重ねて勧めた。


「そのうち、彼氏の方から探しに来てくれるよ。それまで、ここに隠れて、会える機会を待とう」


「うん。ごめんね。巻き込んじゃって」


「良いってことよ。なぁ?ジョージ」


 小猿がエディの肩の上で飛び跳ねる。アンジュは覚悟を決めた。何としても生き延びねばならない。大丈夫。トリスタンはすぐ近くに居る。


 二人は、手燭の灯りを頼りに、暗闇に足を踏み入れた。


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