表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

19 蛇の襲撃

 お兄さん夫婦は先にパーティーに戻った。アンジュはお医者さんに診察してもらった後、お姉さんとゆっくりお茶を飲んだ。甘いお菓子や、さっぱりしたレモンゼリーが美味しくて、たくさん食べた。


「それで?吸血鬼の長は、どんな姿なの?銀髪で赤い目の超美形?トリスタンめ、そういう情報は省いたわね。当然、大天使も美しいのよね?やっぱり!ああ!素敵!」


 お姉さんは楽しい人だ。アンジュの話を喜んで聞いてくれて、愛妾の件も、


「まあ、こちらの常識ではそうだけど。実際に会ったら、義姉上の言ってる事が分かったわ。なんだか、マリア様にケチをつけてるみたい。でも、分からない人もいるから、時間はかかると思うけど、頑張って」


 と言ってくれた。またもや涙が出る。その後、アンジュの気分が落ち着くのを待って、二人は会場に戻った。



          ◇



 一歩足を踏み入れた瞬間、皆がアンジュを見た。上流階級の人々は、格段に金のかかった服を着ている。そのキラキラした空間を歩いていると、近くにいた夫人が、お姉さんに声をかけた。


「ご機嫌よう。メアリー殿下。そちらのお嬢さんは?殿方達が、妖精だと噂してますよ」


「ご機嫌よう。クロテッド夫人。その通り、トリスタンが、シンドラで捕まえてきた妖精です」


 アンジュが手を合わせてお辞儀をしたら、夫人は驚いたように目を見開いた。異国感を全面に出そう、というお姉さんの作戦だ。そこに若い女性の一団が来た。


「ご機嫌よう。王女殿下。私達にも、その方を紹介してください」


 代表みたいな女が、にこやかに言うけれど、目が笑っていない。


「アンジュさんよ。トリスタンを謀反人から救い、ブリタニアまで生還させてくれた、我が家の大恩人だから。皆も仲良くしてね」


 恋人でも妻でもなく、恩人。絶妙な表現で、お姉さんはアンジュを紹介した。それから彼女達の名前を教えてくれたが、正直、覚える気は無い。屋敷の侍女に金を渡していた連中だから。


 アンジュの食事に下剤を混ぜようとした女は、グラスを掲げた。


「ぜひ、武勇伝を聞かせてくださいな。その前に、乾杯しましょうよ。ねえ、皆さん」


「偉大なるシンドラの女騎士に!」


 しかし、アンジュにグラスを渡そうとした給仕が、盆をひっくり返した。


「…」


 上等なサリーは、酒やらジュースやらでびしょびしょになる。


「まあ!大変!大丈夫?」


「タオルをお持ちして!」


 女達はわざとらしく声を上げる。アンジュは無意識に過去を視た。下剤女が給仕を買収する光景が見える。給仕は借金漬け、女は婚約者が浮気中で、素敵な第二王子に乗り換えたい。


「何て事を!愚か者めが!」


「申し訳ございません!」


 お姉さんが叱りつけるも、床に頭を擦り付ける男は、大して反省していない。アンジュは心底嫌気がさした。そして急に、魔女の言葉を思い出した。


『人間の醜さを、覚えておきなさい』


 その時、一人の女の人が、ハンカチを差し出してくれた。


「どうぞ。素敵な民族衣装が台無しですね。良かったら、私の予備のドレスをお貸しますよ」


 金の髪と緑の瞳の、綺麗な女性だ。お姉さんと同い年くらいに見えるが、髪型が未婚っぽい。お姉さんはほっとした顔で、紹介した。


「アンジュ、こちらはルーマス伯爵令嬢よ。お言葉に甘えましょう」


 ルーマス嬢は侍女に、ドレスを更衣室に運び、着替えを手伝うよう命じた。予備のドレスも豪華で、それに合わせて、髪も結ってくれた。どうしようもない女達もいれば、ルーマス嬢みたいな人格者もいる。やはり魔女は間違っている、とアンジュは思った。


 着替えて会場に戻ると、ルーマス嬢が照れるくらい褒めてくれた。


「本当に綺麗よ!さあ、こちらへ。お友達を紹介しましょう」


 アンジュは初めて、同世代の女子達と仲良くなった。親切な令嬢の友達は、皆親切で、トリスタンとの馴れ初めや、二人で乗り越えた苦難などを訊かれた。これまた、初めての“恋バナ”だった。


 お姉さんが夫に呼ばれて席を外す間も、ルーマス嬢が側にいてくれる。彼女はアンジュの耳に口を寄せて、そっと教えてくれた。


「さっきの子達は、トリスタン殿下に見染められたくて、あんな事をするのよ。大丈夫、私たちは、殿下のお気持ちを知っているから」


「ありがとう。心強いです」


 アンジュは令嬢の手を握った。親友になれそうな気がしたのだ。そこへ、お義姉さんの侍女が来た。


「アンジュ様、お時間です」


 ルーマス嬢と別れを惜しみ、侍女の案内で裏口に出たら、一台の馬車が待っていた。背嚢を屋敷に置きっぱなしだが、諦めることにする。アンジュは、脱いだサリーが入った包みを持って、乗り込んだ。色々あったけど、楽しい夜だった。



          ◇



 エドワードは会場内を一巡し、控え室に戻った。そこに、別行動だったダイアナが青い顔で飛び込んできた。


「やられた!アンジュさんが拐われた!」


「!?」


「メアリーが目を離した隙に、偽の侍女が、彼女を連れ出したのよ。最後に一緒にいた令嬢は、『確かに王太子妃の侍女が連れて行った』と言うけど、違う!私の侍女じゃない!」


 取り乱した妻を抱きしめ、エドワードは側近に命じた。


「落ち着け。君のせいじゃない…おい、今すぐ、検問を始めろ。メアリーを呼んで来い」


「はっ」


 数分して現れた妹は、頭を下げながら説明する。


「ごめんなさい。令嬢達と仲良く話してたから、少しなら大丈夫かと思って。私も、夫が呼んでるって言われてバルコニーに行ったんだけど、誰もいなくて。戻ったらもう…」


 何という巧妙さ。おそらくもう、誰も偽の侍女の容貌を覚えていない。門番に調べさせたところ、検問を始める前に出た馬車は1台で、今、護衛騎士達に追わせている。


 3人は無言で報告を待つ。そこへ侍従が入ってきた。


「王太子殿下。先程診察をした医師が、結果をお伝えしたいと」


 忙しかったので忘れていた。続いて入ってきた医師は、何か重大な話があるらしく、人払いを願い出た。侍従と護衛らを下がらせると、医師は厳しい顔で言った。


「アンジュ嬢は妊娠しています。おそらく、2ヶ月から3ヶ月ほどでしょう。低栄養で非常に危険な状態です。今すぐ、入院すべきです」



          ◇



 膝の上に置いた包みが、微かに動いた気がした。馬車の振動かとも思ったが、アンジュが中を開けて確かめると、眼鏡が復活していた。


『お久しぶりです。アンジュ』


 あまりの嬉しさに、彼女は眼鏡に頬を寄せた。


「心配したよ、グレース。転移中に消えたかと思って。トリスタンも、今はシンドラだけど、凄く心配してた」


『申し訳ありません。随分前から起きていましたが、あの屋敷の呪詛があまりにキツくて、出てこられませんでした』


「呪詛?」


『大量の怨霊がいます。よほど強い守護霊を持っていなければ、取り憑かれてしまうでしょう』


 方位が良くないらしい。数百年分の呪詛が吹き溜まっていて、トリスタンが痩せていたのは、このせいでもあった。アンジュはドルーガ女神に守られているので、気づかなかったそうだ。


 グレースは急に話を変えた。


『時にアンジュ。速度が落ちたら、思い切って飛び降りるべきです。先程、あなたが着替えた後、誰かが更衣室で話していました。この馬車は、川に落とされます』


 あまりの衝撃に、アンジュは言葉を失った。


『サリーの下にいたので、顔は見えませんでしたが、若い女性が、“事故に見せかけろ”と命じていました。それに対し、男の声で、“承知しました”と聞こえました』


 あの下剤女の仲間か。全員は視なかったから、誰の企みかは分からない。アンジュは御者台の後ろに移動して、馬車越しに視た。


【御者は辻馬車屋で、一般客をパーティーに送ってきた。終わるまで待つつもりだったが、侍女風の女に、令嬢のお忍びデートを手伝ってほしい、と頼まれた。指定の場所まで令嬢を送ったら、1ポンドもらえる。破格の報酬に、彼は喜んで引き受けた。】


「…おかしい。更衣室の男とは別人みたい。そんな悪人じゃないよ」


『利用されていますね。その指定の場所で、悪人と交代するんでしょう。さあ、その重たいドレスを脱いで、サリーに着替えてください』


「分かった」


 揺れる馬車の中で、アンジュは苦労してドレスを脱いだ。ルーマス嬢に返そうと思っていたけれど、こうなっては無理だ。生乾きのサリーを着替えて、逃げるタイミングを伺っていたが、一歩遅かった。馬車が止まり、御者の声が聞こえたのだ。 


「おーい。次の担当って、あんたかい?」


「そうだ。2時間後にまた、ここに来てくれ。ほら、酒代だ」


 別の男の声。悪人だ。


「ありがてぇ。姫さんは寝てるみたいだよ」


「構わないさ。相引きとなりゃ、起きるだろう」


「うひひひ。確かにな」


 馬車が再び走り出す。彼女は辛抱強く機会を待ち、その間に、悪人を視た。


【その男は暗殺のプロだった。依頼人の素性は知らない。今回は、事故に見せかけて殺せという注文だ。馬車ごと川に突っ込んで、後であの御者も始末する。報酬は10ポンド。まずまずの稼ぎだが、沈める前に少し楽しんでやろう、と考えている】


 なんと醜悪な欲望だろう。またしても魔女の言葉を思い出してしまった。アンジュは吐き気を(こら)えて、グレースに視たものを伝えた。


『少し、速度が落ちてきました。次に曲がる時に飛び出しましょう。プロだとすると、即座に追ってきます。鳩を呼べますか?シルヴァニア村で練習してましたよね?』


「呼べる」

 

『ドアを開けると同時に、鳩に悪人を襲わせてください。その隙に、走って逃げて』


 アンジュは頷いて、眼鏡をかけた。途端に、昼間のように明るい視界になる。馬車は深い森に入ろうとする所だった。彼女は密かに、近くで寝ていた鳩を呼んだ。


『1、2、3…今です!』


「ウワッ!何だ?!」


 鳩が、悪人に体当たりしたり、糞を引っ掛けて、注意を引いた隙に、アンジュは飛び出した。風の精霊が衝撃を弱めてくれたので、怪我も無く着地できた。


『走って!左の道です!』


 後ろで悪人が何か叫んでいる。アンジュはひたすら、グレースに言われた通りに走った。ひどく体力が落ちていて、すぐに息が切れ、脚はガクガクと震える。それでも捕まる訳にはいかない。彼女は小動物のように怯えながら、最悪な夜を走り続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ