13 ポーターの少年
夜空には蝙蝠がひしめき、それらが取り付くと、あっという間に血を吸い尽くされる。逃げ出そうにも、巨大な狼が行く手を塞ぐ。賞金稼ぎ達は恐怖に立ちすくみ、何の役にも立たなかった。
(使えないわね。所詮、烏合の衆か)
エマニエルは王子とルマリの娘を探した。だが、魔族が多過ぎて感知できない。一度引くべきか。迷っていると、首魁が現れた。
「ご機嫌よう。招かざる客人達よ」
闇より濃い霧が、銀髪の男に凝り固まる。その傍に女達が舞い降りた。禍々しい羽と赤い瞳。吸血鬼だ。
「おおっ!」
人外の美しさに、賞金稼ぎ達がどよめく。
「女は好きにしなさい。男は私がもらうわ」
魔女は大量のブラックドックを出したが、銀髪の男が涼しい顔で手を振ると、細切れに切り裂かれた。では魔法戦だ。エマニエルは杖を構えた。
「やめたまえ。欧州出身のよしみで、命ばかりは助けてやる。何なら、眷属にしてやろう」
「断る。魔女は誰の下にもつかない。常識よ」
「仲間を売って生き残るのもな。だから、人間に負けるんだよ」
老獪な魔族の策だと知りながらも、怒りのあまり、全力で魔法を放ってしまう。その侮辱だけは許せなかったのだ。男は霧となって消え、気づいたら、背後を取られていた。
「!!」
羽交締めにされた魔女の首に、牙が喰い込む。
「…不味い。奴隷の味だ」
吐き出すように言うと、吸血鬼は彼女を放した。大量の魔力を奪われた魔女は、短銃で敵の眉間を撃ち抜いた。しかし、空いた穴は瞬時に塞がってしまう。銀の弾丸なのに。
いつの間にか、賞金稼ぎどもは干からびてた。引き時だと判断した魔女は、箒に乗って脱出した。その背に、吸血鬼が言い放った。
「いつでも来たまえ!奴隷が嫌になったらな!」
◇
シルヴァニア村を出て3日。二人はヒマ山の麓に着いた。近づくほどにその巨大さに圧倒される。だが、この山を越えればコルカタまであと少し。王子に戻った姿をアンジュに見せてやれる。カッコ良くプロポーズをする場面を妄想して、トリスタンは己を励ました。
まず、斜面にへばりつくような街で、必要な物を買い集める。
「夏なのに、天辺は雪かー。寒そうだな」
聞けば、標高によって気温が変わるらしい。目指すはビルマ側に抜ける峠だ。登山道具屋の主人は真冬の装備を勧めてきた。
「下界は30度でも、峠の頂上は10度を切るんだ。夜なんか凍えるよ。絶対、毛皮の上着が要るって」
と言われ、分厚い上着を購入。更に食料やら燃料やらを加えたら、とんでもない量の荷物になった。ヴラドに借りた金は、あっという間に残り僅かになった。
ポーターを雇おうと、職業紹介所に行ってみたが、やはり金が足りない。じゃあ稼ぐか。2人は短期の仕事を探そうとした。すると、誰かに声をかけられた。
「ビルマ峠。2万で良いよ」
振り向いても誰もいない。不思議に思ってキョロキョロしていたら、袖を引っ張られた。
「ポーター探してんだろ?引き受けてやる」
シャングリー族の服を着た、白髪・水色の瞳の少年が見上げている。どう見ても10歳くらいなので、冗談かと思ったが、アンジュが値切り交渉を始めた。
(あ。そうか。この子の父親も同行するんだな)
トリスタンは勝手に納得した。結局、1万8千ルピアで話がついた。少年は床に積んだ大量の荷物をヒョイと担いで、そのまま登山道に向かう。
「えっ?お父さんは?」
驚いて訊いたら、少年は当然のように言った。
「オレが運ぶ。さあ、今すぐ出ないと、夕暮れまでに山小屋に着けないよ」
「ええーっ?!嘘だろ?」
「嘘なもんか。行くぞ」
トリスタンとアンジュは、慌てて少年を追った。
◇
峠道には、旅人が泊まる無人の小屋がいくつもある。その一つに着いたのが夕暮れ前。少年はテキパキと夕食の支度を始めた。少ない燃料で上手にカレーを作るのを見て、トリスタンは質問した。
「その燃料って何?木炭じゃないよな?泥炭?」
「ヤクの糞」
「えーっ?!汚くない?」
「ここらは薪にする木が少ないし、乾燥させれば臭わない。嫌なら食うな」
「食うよ。ところで、君、名前は?俺はトリシュナ、彼女はアンだ。俺の奥さんだから、惚れちゃダメだぞ」
少年は鼻で笑い、カレーの皿をドンっと置いた。
「名前はタリム。しっかり食って、寝ておけよ。旦那」
失礼なガキだ。でもカレーは美味かった。チャパティという薄焼きパンが特に美味い。作り方を教えてくれと頼んだら、「5百ルピア」と言われた。トリスタンは渋々払った。
夕飯の片付けが終わると、
「オレの部族は屋根の下では寝ない」
などと妙ちきりんな事を言って、タリムはどこかに行ってしまった。
「不思議な奴だ。それにしても、あんな大荷物、よく運べるなぁ。ポーターって凄いな」
トリスタンは食後の茶を飲みながら、アンジュに話しかけた。彼女は膝を抱えて、しきりと外を気にしている。
「本当にね。多分、敵じゃないと思うけど、常にグレースをかけてて。今は過去視ができないの。魔女に見つかると怖いから」
「…」
村を出てから、ずっとこの調子だ。グレース曰く、『ご主人様の負傷がトラウマになっています』だそうだ。ついに、トリスタンの黒歴史を披露する時が来てしまった。
「アンジュ。ちょっと」
「何?」
「警戒しすぎだ。そりゃあ、俺は狼男みたいに強くないけど、絶対に死なない自信がある」
◇
20年前。第二王子の弱々しい産声に、王太后はため息をついた。
『何日生きるかしらね』
先王が薨去して間もない頃だ。即位したばかりの母は、とにかく忙しかった。赤子の養育を王太后に任せて、すぐに政務に復帰した。すでに兄と姉がいたから、どうでも良かったのかもしれない。
異変は離乳期から始まった。好き嫌いが激しくて体重が増えない。病がちで、すり潰したリンゴですら吐き出す。それを見て、王太后は予言した。
『きっと、20歳まで生きないだろう』
でも、乳母が懸命に食えるものを探してくれた。平民だったら、とっくに死んでいた。
歯が生えそろうと、王太后の矯正が始まる。不味いと拒否した料理を、完食するまで出し続けるのだ。無理やり口に詰め込まれ、吐けば鞭で打たれた。
『ブリタニアの王子が、情けない!食べなさい!』
だが、9歳の時に祖母は死んだ。鞭と涙とゲロの日々が終わったのだ。ガリガリの王子は死神と呼ばれ、
『まあ、すぐに死ぬだろう』
と、宮廷中が思っていた。それがどうだ。死神はしぶとく生き延びている。ガリヒョロなのに、ネビルの地獄の特訓にも耐えたし、海戦でも砲弾が避けていった。20歳の誕生日だって迎えられたのだ。踊ってくれる令嬢はいなかったけれど。
◇
「カレーで偏食も治った。銃で撃たれても重傷は免れた。つまり、俺は強運の持ち主だって話だ。今ここにいること自体、それを証明してると思わないか?」
「…」
「大丈夫。きっと上手くいく。だから、力を抜けよ」
ヘタクソな説得だったが、彼女は頷いた。そしてペンダントを取り出した。蝋燭の光に浮かび上がった星は、北を指している。
「見て。秘宝の場所と、私たちの行き先が一致してる。多分、峠の近くにある」
「んー。場所だけ確認して、取りにいくのは、諸々終わった後かな。どうせ人手も要るだろ。埋まってるなら道具もないと。シャベルとかさ」
コルカタには、きっと本国からの援軍も来てるだろう。裏切り者の藩王達をボコして、人頭税の件を陛下に嘆願して、ストロングとヴラドに金を送る。子供達の親も探さなきゃならん。
「そしたら軍を連れて戻ってこよう。宝を掘り出して、それから…それから一緒に、ブリタニアに行かないか?」
とうとう言った。なんて自然なプロポーズ。だが、アンジュはもう眠っていて、返事は聞けなかった。




