12 吸血鬼の村
結局、トリスタンは傷が開いて再手術になった。銀髪の医者は笑いながら縫合していた。
「あはははは!鬼畜な想像をしていたんでしょう?嫌だなぁ。人間じゃあるまいし。私たちは真っ当な吸血鬼です。決して無理強いなんかしませんよ。金持ちからはお金を、貧しい人からは、治療費として献血していただいてます」
「紛らわしいんだよっ!乙女の匂い嗅いで、ハアハアしやがって!」
文句を言うと、看護婦達も笑いながら包帯を巻いた。皆、銀の髪に赤い瞳の美男美女だ。それがどうして、シンドラの田舎などにいるのか。
ヴラドという医者は、赤い飲み物をチビチビ飲みながら答えた。
「やはりアンジュさんの血は絶品だ!処女で、しかも魔力持ち。これは寿命が延びるな。…シンドラに来たのは、20年前です。欧州はもう、住みにくくて。あちこちで異端審問官が幅をきかせてるでしょう?我々は魔女なんかと違って、仲間思いですからね。思い切って、一族郎党を引き連れて移住したんですよ」
血なのか、あれ。少し気色悪いが、立派な頭領のようだ。トリスタンは彼を信用することにした。
「苦労したんだな。何はともあれ、助かった。ありがとう。実は、俺…」
「ブリタニアの王族でしょう?歳からいって、第二王子ですか」
「え?なんで分かるの?」
「アーサー王の血筋の匂いがしますから。子供の頃から栄養不足でしたね。治って良かった。そのままじゃ、あと5年ぐらいで死んでましたよ。おや、もう夜明けだ。我々は寝ます。また夕方にお会いしましょう。下男は狼男なので、起きてますから、何でも言いつけてください」
そう言って、ヴラドは出て行った。夜しか開いていないとは、何とも不思議な病院だ。暫くすると、下男が窓のある部屋に運んでくれた。さすが狼男、傷に障らないように、優しくお姫様抱っこだ。
日が昇り始めた頃に、アンジュが朝食を運んで来た。なぜかドレスを着ている。
「着てた服は血がついちゃったから、洗って干してる。これは、吸血鬼のお姉さんに借りた」
馴染むのが早い。二人は明るくなった部屋で、狼男特製の乳粥を食べた。その後、ようやく落ち着いて話ができた。
「幸い、内臓に傷は無かったから、1週間もすれば退院できるって。ありがとう、アンジュ。君のおかげで助かったよ」
「違う。グレースと農民夫婦のおかげよ…私は泣いてるだけだった」
すごく落ち込んでいる。トリスタンは慌てて慰めようとした。ほら、子供達のために、ジャックフルーツを促成栽培したじゃないか。なかなか出来ないぞ。大天使だって呼べるし…だがアンジュは急に顔を上げて、宣言した。
「それは全て神の力。私、お姉さん達に魔術を習うことにした」
「ええっ?」
「思い上がってた。絶対、負けないって。銃を知らなかったから」
それはそうだろう。まだブリタニア軍か、藩王軍の一部にしか出回ってない。まさに今、弓矢から銃に代わろうとしている時代なんだから。
「今夜から特訓する。もう寝るね。おやすみ」
アンジュは食器を持って出ていった。残されたトリスタンは、サイドテーブルに置かれた眼鏡に尋ねた。
「…そんなに大変だったんだ?」
『はい』
それから退院までの間、アンジュは看護婦達と朝まで何かをしていたが、詳しい事は教えてくれなかった。
◇
シルヴァニア村の住民は、ほとんどがヴラド院長の親類か眷属だ。日が落ちると患者が続々とやって来て、夜の12時頃、診療が終わる。アンジュはその後、夜明けまで看護婦達に稽古をつけてもらった。
まずは“魔力”という、内なる力を制御する事から始めた。今まで、無意識に魔力を使っていたらしい。教えられて、初めて知覚できるようになった。
「アンジュちゃんは何がしたいの?1週間しかないから、優先順位を教えて」
と吸血鬼のお姉さんに訊かれ、アンジュはキッパリと答えた。
「トリスタンを守りたい。もう二度と、撃たせない」
「愛ね!良いわ。魔力で盾を作る方法を教えてあげる」
それから特訓が始まった。お姉さんは体を小さな蝙蝠に分解できる。それを弾丸のように飛ばして、アンジュが作った盾にぶつける訓練をした。四方八方から飛んでくる蝙蝠弾は、当たるとかなり痛い。それでも諦めずに撃たれ続けて、3日で完璧な盾を張れるようになった。
次は使い魔だ。吸血鬼は眷属を持っている。アンジュはドルーガ女神の眷属だから、女神の眷属の眷属という、ややこしい契約ができる動物を探した。見つかったのが、
「鳩?」
「うん」
鳩だ。餌をやる代わりに下僕になると言う。アンジュに群がる鳩を見て、お姉さん達はほのぼのしていた。
「まあ。可愛らしい。呼べば夜でも来る点は合格ね。後は、どれだけ仕込むかよ。カラスより攻撃力は劣るから、偵察に特化したら良いわ」
だが、鳩の訓練は難しかった。動きも鈍いし、すぐ地面を歩こうとする。蝙蝠に追いかけられて、ようやく本気で飛ぶ。言葉も根気強く教えて、何とか、簡単な指示が理解できるようになった。
「うーん。まだまだ眷属ってレベルじゃないけど、無いよりマシ?」
との評価だ。吸血鬼の眷属は人狼だから、比べる方がおかしい。ともかく、明日が退院だ。アンジュは時間いっぱい、魔女に対抗する術を学んだ。
◇
トリスタンはと言えば、食って寝る以外、することが無かった。3日もすると、動いて良いと言われたので、鈍った身体を鍛えようと、下男に体術の相手を頼んだが、あまりの速さについていけなかった。
「ごめん、全然見えない」
「じゃあ、これでどうです?」
狼男はかなり手加減してくれた。悔しいが人間がどうこうできる相手じゃない。
夜は院長の話し相手になる。彼はシンドラ内の情報に精通しており、ラジャ藩国、マハール藩国、パワハラ藩国等々、ヒスパニアに服従する国を教えてくれた。トリスタンは復讐を心に刻んだ。
「なら、ヴラド。君はブリタニア側だと思って良いのか?」
と訊けば、大天使とはまた違った美貌が妖しく微笑む。
「どちらかと言えば、ですよ。ブリタニアは遠からず、シンドラを完全に制服するでしょう。我々が住みよい国であれば、支配者は誰でも結構です」
「住みよい国とは?アンジュは人頭税の廃止を求めている。君たちは何だ?」
「信教の自由です。欧州から逃れてきた私達を、シンドラの神々は迎え入れてくれた。ここは最後の楽園なんです」
ヴラドは白い手をグッと握り締める。何百歳だが知らないが、色々あったんだと思う。トリスタンはあっさり頷いた。
「良いんじゃない?ドルーガやらアチャラ・ナータやら、アプサラーって女神も助けてくれたな。そういう国なんだ。このままで良いよ」
カレーのスパイスみたいなものだ。みんなが合わさって、絶妙な味を生む。そう言ったら、吸血鬼の長は驚いていた。
「よろしいので?」
「もちろん。とは言え、最終的には女王陛下がお決めになる。俺にできるのは、多神教を認めた方が、統治が上手くいくって進言するくらいだ。問題は教会か。金で黙らせようかな」
そのためにも、シンドラ皇帝の秘宝を手に入れたいが、孤児やら負傷やらでだいぶ時間をくってしまった。秘宝は一旦忘れて、まずはコルカタに行くためにヒマ山を越える。トリスタンはヴラドの助言を受け、麓の街で登山の準備をすることにした。
「この先はシャングリー族も多いので、彼らの服を着ている方が目立ちません。青い眼の人間も沢山いますよ。どこの氏族かと訊かれたら、ビルマ側だと答えれば良いでしょう。山に不慣れなら、ポーターを雇う事をお勧めします。道案内も兼ねてますから」
「不慣れに決まってるだろ。ブリタニアにはあんな高い山、無いんだから。はあー。気乗りしない。歩いて登るなんて」
愚痴をこぼすと、吸血鬼は笑った。
「確かに。飛んで運べれば良いのですが、あそこは別の神の結界でしてね。地味に歩くしかないんです。明日は休診日ですから、ささやかならが送別会をいたしましょう」
顔が良すぎるのが難点だが、良い奴だ。トリスタンは右手を差し出して言った。
「本当に世話になった。この礼は必ず返す」
「とんでもない。アンジュさんの血で十分です。ストロング牧師を遠ざけていただけると、助かりますが」
握手しながら、吸血鬼はさりげなく要望してきた。宣教師は天敵らしい。コルカタに着いたら手紙を出しておく、と約束した。
◇
翌晩、吸血鬼一族と狼男、狼女たちがパーティーを開いてくれた。屋敷の大広間には華やかな燭台や花が飾られ、食事と酒、赤い飲み物が並べられる。バイオリンやピアノの演奏に、トリスタンは欧州の風を感じた。
アンジュは看護婦達と笑顔で踊ったり、泣いて別れを惜しんだり、実に表情豊かだ。トリスタンと一緒にいる時より人間味がある。
何となくモヤモヤしていると、ヴラドが全てを見抜いたように言った。
「彼女はね、こちら側に近いんですよ。コルカタまでは良いとして、ロンディニウムに連れて行くのはおよしなさい。幸福にはなれない」
トリスタンはギクリとした。
「ここでしか咲けない花だと思う事です。シンドラで見た夢だと。お互いのためにね」
そこへ、狼男が早足でやってきて、主人に何か耳打ちした。ヴラドは顔を引き締めて、手を叩いた。演奏が止まり、全員の視線が集まる。
「残念だが、宴は終わりだ。魔女と人間多数が村の入り口に現れた。皆、持ち場についてくれ」
銀髪の男女と狼男達は、優雅に礼をしてから、大広間を出ていった。看護婦達もアンジュの頬にキスをして、
「さよなら。元気でね」
「幸せになるのよ」
背から黒い羽を出すと、窓から飛び出していった。アンジュは涙を袖で拭った。
「嗅ぎつけられましたね。ここは我々に任せて、行ってください」
と、ヴラドが静かな声で促す。トリスタンは、下男が持ってきてくれた荷物を背負いながら尋ねた。
「大丈夫なのか?連中、銃を持ってるぞ?」
「数が多いだけで、ほとんどは雑兵です。我らには遊びにもなりません」
「…ヴラド。死ぬなよ」
「殿下とアンジュさんも」
あっという間に、吸血鬼の体が黒い霧となり、消えた。満月の下、二人はひっそりと歩き出した。遠くで叫び声のようなものが聞こえる。だがアンジュは振り返らなかった。
「心配要らない。お姉さん達は強いから」
もう、いつもの無表情だ。コルカタに着いたら万事が好転する…はずだ。トリスタンは小さな棘を抱えつつ、吸血鬼の村を後にした。




