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ヒーローズ・リボーン

『少なくとも、初期のキリスト教はできる限り公的領域から離れた生活を送ろうとする傾向をもっている。これは、ある種の〔例えば終末論的な〕信仰や期待とは一切関係がなく、ただ善行に献身しようとすれば当然現われる結果にすぎないと考えられる。なぜなら、善行は、それが知られ、公になったとたん、ただ善のためにのみなされるという善の特殊な性格を失なうからである』

『善が存在しうるのは、ただ、行為者さえそれに気づかないときだけである。自分が善行をしていると気づいている人は、もはや善人ではなく、せいぜい有益な社会人か、義務に忠実な教会の一員にすぎない』

ハンナ・アレント「人間の条件」より


『しかしながら、善行がその本質において他者の目を避ける、公的な場に現われるのを拒否する性質をもっていることは、善行は公的世界にとって危険な存在であるということでもあります』

牧野雅彦「アレント『革命について』を読む」より


 元から、酒をちょっとだけ飲んでも、あっさり気分は悪くなり、翌日は二日酔いになる。そんな体質だった。

 しかも、30も半ばの若いとは言えない齢になって……毎晩のように、ヤケ酒まがいに酒を飲み続けて、健康に良い訳が無い。

 今日も、目が覚めると同時に、トイレに駆け込み……吐いて吐いて吐いて……そして、台所に行って、うがいを何度もして、乾いた喉に、水道水を大量に流し込む。

 ふらふらとしながら、床に散らかっているアレやコレやを、なるべく踏まないように、この部屋の中で、俺がマトモに座れる数少ない場所であるベッドに戻り、TVをつける。

 その時になって、さっき一緒に歯を磨いときゃ良かったと気付くが……もう一度戻るのも面倒臭い。

 地方のローカルTV局の更に下請会社を鬱で辞めてから、ずっと、こんな感じだ。

 仲間達の前では、兄貴分ヅラしてるが、あいつらも、俺が本当は、どれだけ惨めな野郎か見抜いてるのかも知れない。

 違法薬物に手を出してないだけマシだと自分に言い聞かせてはいるが、売人だって、俺みたいなのと関わり合いになるのは御免だろう。

 俺が住んでいる賃貸のワンルーム・マンションの狭い部屋を更に狭くしている棚に並んでいるのは、1990年代末から2000年代のヒーロー達だった。

 だが……全ては2010年代に入る前で終った。

 仮面ライダーは、カブトで終った。

 スーパー戦隊は、ゲキレンジャーで幕を閉じた。

 翌年からは、それらの番組が放映されていた時間帯に放送されるようになったのは……「子供向け時代劇」だった。

 丁度、今も、たまたまスイッチを入れたテレビで、放送されている。

 クリストファー・ノーラン監督の「ダークナイト」の続篇が作られる事は無かった。

 2000年代の「ファンタスティック・フォー」でヒューマン・トーチを演じた……名前を良く思い出せない、いかにもなチャラ男っぽい役者がキャプテン・アメリカを()る……それは噂で消えた。いや、これだけは噂で消えて良かった。

 全ては……。

 その時、携帯電話(ブンコPhone)に着信音。

 異様にけたたましい。

 文字通り文庫本サイズの2画面式のそれを開くと……災害情報アプリの通知だった。

 またしても……俺が住んでいるのと同じ市内で「本物」のヒーローとヴィランの戦いが起きていた。

 交通事故よりは少ないが、死傷者が出るクラスの地震や大雨や台風よりは多い頻度で起きている。

 そうだ……俺が、中学生になったぐらいの頃……本当に「正義の味方」と特異能力を持った「ヴィラン」の戦いが、世界各地で繰り広げられるようになったのだ。

 力の源も強さも使い勝手もピンからキリまである「特異能力者」の存在が周知(おおやけ)のモノになり……いわゆる「魔法使い」系が、自分達の同類の数が、自分達自身が予想してたより2〜3桁多い事を知り、日本では「妖怪系」と呼ばれる事が多い「古代種族」系が、獣化能力者や変身能力者や先天的「魔法使い」系の超能力者が……以下同文となってから、10年を待たずして、自分達の特異能力を悪用し犯罪やテロを起こす者が現われ……そして、そんな奴らをブチのめす「犯罪を狩る風変わりな犯罪者」も続いて現われた。

 警察や軍隊に任せろって? 世界で初めて、存在が一般人に知られた「特異能力」である「精神操作能力」は、色んな「特異能力」の中でも、研究され尽したモノの1つらしいが……その結果、判ったのは「体育会系の組織に順応した奴ほど、精神操作能力への耐性が低い」って事だった。現場や前線に出る警官や軍人として優秀な奴ほど……下手に特異能力者と戦わせるのは危険だそ〜だ。

 ヒーローものは、最早、エンタメじゃない。

 生々しい現実だ。

 小説や漫画や映像作品にするにしても……社会派作品になってしまう。

 いわゆる「魔法少女」が現実に出現し、人気を得た時期も有った……それは「本当に魔法系の能力を持つ女の子」達による「芸能興業」だった。……ただし、並の「胸糞系『魔法少女』モノ」より胸糞な裏が有ったが……。多くの芸能興業系の御当地「魔法少女」達が所属していた芸能事務所の正体は、ヤクザやテロ組織のフロント企業であり、その手の魔法少女の大半が「たまたま思春期まで生き残る事が出来たテロ組織や犯罪組織が育てた『魔法も仕える少年兵』やその候補」の成れの果てである事が「正義の味方」達によって暴露されたのだ。中には、成長抑制剤を何年も投与されて「作られた」アラサーの「魔法少女」まで居たらしいし、本当に未成年の「魔法少女」達を金持ち相手の高級娼婦にしようとしていた運営まで有ったそうだ。

 早い話が、「ヒーロー」だけじゃなくて「魔法少女」さえも……いや、下手したら「魔法少女」の方が……嫌でも「消費者」を陰鬱な現実(リアル)に引き戻してしまう、エンタメにしにくい代物だ。胸糞要素を極限まで減らせば、「魔法少女」興業の裏に居たクソ野郎どもを擁護するプロパガンダ扱いされかねず、逆に胸糞要素を山盛りにした所で、現実の「魔法少女」の胸糞さには太刀打ち出来ない。

 どう転んだって「魔法少女」モノのエンタメを作っても、本物の戦火に巻き込まないにせよ、戦争の悲惨さってヤツを身近で見てしまった連中が、戦争モノの映画をエンタメとして素直に楽しめないような事態を引き起すだけで終るだろう。

 それでも……オタクから足を洗う前の親父が子供の頃の俺に観せていた「ヒーロー」達が灯した光は……未だに、俺の中で、輝き続けている。

 いや……ひょっとしたら、「輝いている」のではなく「惨めったらしく、くすぶり続けている」のかも知れない。そして……俺の心の中の、その光か残り火は……呪いかも知れないが……。

 余りにも生々しい現実ではなく……純粋に何も考えずに楽しめるエンタメとしての「ヒーロー」。

 今の世界に、それが無いのなら……自分で作るしか……。

 その時……携帯電話(ブンコPhone)の画面にメールの着信通知。

 それも、VPNを介したモノ……。

『取材OKです』

 ようやく接触出来た、本物の現役「ヒーロー」から来た連絡の件名(サブジェクト)は……余りにありきたりなモノだった。

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