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世界に一つだけの夢

作者: ことりん

西暦2200年。


空には車が飛び交い、街中ではロボットが歩いている。


彼らは警備も労働も担い、犯罪は激減。


人々は働く必要もなくなり、自由を謳歌していた。




だがその片隅に、ひとつだけ異質な場所がある。


「世界に一つだけの夢」——そう書かれた小さな店。

この店では、ロボットではなく人間が働いている。


その理由はただ一つ。


「ここは、ロボットには扱えない夢だけを叶えるお店です」


そう語るスタッフの女性は、笑顔で客を迎えていた。





その日、店のドアを開けたのは、一人の老婆だった。


背筋は曲がり、白髪をまとめた彼女は、静かな足取りで中へ入ってきた。


「ようこそ。“夢”のご相談ですね?」


若い女性スタッフが丁寧に迎えると、老婆は少し躊躇いながら椅子に腰を下ろした。

た。


「……夢、というか、どうしても忘れられないことがあるの」


老婆はゆっくりと語りはじめた。


「私は、学生の頃、ある女の子を……無視してしまったの。


みんながそうしてたから。誰かに逆らうのが、怖くて。


本当は話しかけたかったのよ。笑って、一緒に帰りたかった。


でも、勇気が出なかった」


そう言って、老婆の目から涙がこぼれ落ちる。


「この時代、いじめなんてものはもうなくなった。


でもね、“無視される”ということを、ロボットは“いじめ”だと認識しない。


だから、あの子の痛みは、誰にも知られていないままなの」


そして、震える声で言った。


「……ごめんなさいって、伝えたい。ただ、それだけなの」


スタッフは静かにうなずいた。


「お相手の方のお名前と、当時の学校名を教えていただけますか?」


老婆は遠い記憶を頼りに答えた。


AI検索が起動し、数秒で女性の現在の居住地と連絡先が表示される。


「こちらからご連絡して、事情をご説明し、お越しいただくようにしますね」


老婆は、目に涙を浮かべたまま、何度も頭を下げた。






数日後の午後、店の扉が静かに開いた。


鈴の音が、小さく、高く鳴る。


老婆はその音を聞いた瞬間に、すぐ背筋を伸ばした。


スタッフは小さくうなずき、何も言わずにその場を離れた。


入ってきたのは、白髪まじりの女性だった。


整った身なり、控えめな佇まい。


一歩一歩、確かめるように店内に足を踏み入れてくる。


二人の視線が交差した、その瞬間——


時が止まったようだった。


老婆の目が見開かれ、口がわずかに開く。


相手の女性もまた、ほんの一瞬、目を見張り、そしてゆっくりと口元をほころばせた。


「……あなたは、」


女性がそう口にするより早く、老婆が立ち上がった。


何度も喉が上下し、言葉にならない呼吸だけがこぼれる。


「ごめんなさい……。あの時……。私……!」


それだけ言うと、老婆は小さな肩を震わせ、顔を手で覆った。


「本当は、話しかけたかったの。いつも、後ろ姿を見ていた。


でも、誰もがあなたを避けていて、私もそれに従ってしまったの。


怖くて、何もできなかった。


心のどこかで、“あなたに話しかけたい”って思っていたのに……!」


女性はその場から動かず、ただ黙って話を聞いていた。


老婆の声は、だんだんとかすれていく。


「ずっと……ずっと後悔してたの。


毎年、卒業アルバムを見返して……“あの子は今、どこにいるんだろう”って……。


ロボットは“無視”なんて記録しない。


だから誰にも、何も残っていない。


でも私だけは、忘れられなかった。忘れたくなかったの……!」


ようやく顔を上げたとき、相手の女性の頬にも、静かに涙が伝っていた。


「私も……あなたのこと、覚えてたわ」


その言葉は、柔らかくて、でも芯があって。。


「私、つらかった。教室に行くのが、毎日こわかった。


でも……あなたがいつも、目だけはそらさずにいてくれたの、知ってたの。


あなただけは、私を“見て”くれてた」


老婆は言葉を失い、唇を震わせる。


「本当に……覚えてくれてたの……?」


女性はうなずき、笑った。


「覚えてるわよ。あなたは、勇気が出せなかっただけ。


でも、今こうして来てくれた。何十年も経ってから、謝るために。


……それって、とてもすごいことだと思うの」


老婆はもう声も出せず、ただ頷きながら涙を流した。


二人の間にはまだ距離があったけれど、


その空白を埋めるように、心が重なっていた。


「ありがとう……来てくれて、本当に」


「こちらこそ……受け止めてくれて、ありがとう……」


別れ際、老婆はスタッフに言った。




「ロボットには、こういう“痛み”は、まだわからないわね」


スタッフは静かに頷く。


「だからこそ、人間だけが扱える“夢”があるんです。


それを叶えるのが、ここ『世界に一つだけの夢』なんです」


街には今日もロボットが行き交い、空には車が飛び交っている。


その未来の喧騒の中、小さな店は静かに佇み続ける。


人間の心と心をつなぐ、唯一の場所として。



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