第98話 ともしび一号
「いい加減にしろ! 私はなにも知らないと言っているだろう! ランタン・ラボで問題行為があったというならば厳正に調査を行い適切に処分する!」
天潮派の冒険者達に拘束された今西大道は、大きな声で喚き散らしながら、装甲列車の一角に設置された仮設の拘束スペースに連行されていきました。
六堂真尋の救出作戦終了までは拘束し、爆神チャンネルや夢姫ぽるるのぽるるTVなどを視聴して、アクアタルタロス、ランタン・ラボの内情を見てもらう手はずになります。
「それでどの程度状況を理解してくれるかは微妙な気がしますが、まぁ一応」
期待はしていない表情で、鞍居夜半がそう告げました。
NJMとの直接戦闘はこれで一段落ですが、六堂真尋の救出、及び彼女に行われていたアンデッド因子継続投与の告発については、ここからが本番となります。
「そろそろ行きましょう」
天潮鉄路、佐々木ユキウサギ、鞍居夜半、バサクロを中心に、配信役として夢姫ぽるるを加えたNJM天潮派及び町田支部。紙燭円山を中心とする三帝重工冒険者団と情報を共有し、三手に分かれてアクアタルタロスの本格的な攻略を開始します。
攻略と言ってもいきなり突入はせず、まずは黒縁セルロイドが天火明で千枚の反射鏡を投入して光学観測を実施。内部状況を探っていきます。
私達の担当する突入口はランタン・ラボのエントランスですが、どうも複製されているらしく、全部で8つもエントランスがありました。
「水族館みたいになってる。アクアリウム」
そう言った黒縁セルロイドがウィンドウに出してくれたのは、青い光に染まった病院風の回廊の風景と、その窓の向こうを泳ぐサメや魚、クジラ、亀などの姿でした。
「オサレダンジョン?」
爆神暴鬼が呟きます。
「もしかすると窓の向こうからサメが来るかも知れないけれど、普通に徘徊してるモンスターはいないみたい」
黒縁セルロイドは反射鏡を動かし、更に奥に探りを入れて行きます。
ですがそこで映像が途絶えてしまいました。
「なにかありましたか?」
「鏡の制御を阻害されてる。ランタン・ラボの内部だと半径一〇〇メートルが限界、リミットメガネ」
メェ (あまり先を見せすぎては面白くないということだろな)
メエェ(ネタバレ防止)
メメェ(直接乗り込んで探っていくしかあるまい)
「そうですね、行きましょう」
エントランスを抜け、ランタン・ラボの内部へと突入。
主に窓の向こうを泳いでいるサメ型モンスターを警戒しながら進んでいくと、観葉植物の鉢に爆弾がしかけてありました。
「爆神・爆弾っ!」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/そのまますぎるやろ
そんなツッコミを受ける爆神暴鬼の前には。
『安全♡』
この植木鉢には機密保持目的の爆弾が仕掛けられていましたが、イベントの邪魔なので無害化してあります♡ 安心してお通りください♡
ーー7月イベント実行委員会
というメッセージウィンドウが浮かんでいました。
六堂真尋を始めとする収容患者の抹殺や、証拠隠滅などの動きについてはヒュドーラとカルキノスが事前に手を打っておく手筈でした。
約束どおりなのですが、相変わらずやり方に癖があります。
植木鉢の横を通り抜けて前進すると、次は『サーバールーム』が現れました。
<ありえんところにありえんもんが……わざとやっとるんかな>
群馬ダークが通信越しに呟きました。
「そうかも知れません」
私達の作戦目的は、六堂真尋の身柄の保護と、六堂真尋に対して行われていたアンデッド因子の連続投与の告発にあります。
告発用のデータを確保できるよう、空間を歪めてくれたようです。
「爆神・ジャックポット! サーバールームです! きっと重大なヒントが隠されているに違いありません!」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/スタート五分くらいで機密情報の中核っぽいところにぶつかるのは大草原
Ꮚ・ω・Ꮚメー/蛇蟹の接待がとどまるところをしらない
そんな指摘を受けつつサーバールームに侵入。
小型の従魔石に入れていたスラコンミニを出します。
「この施設の情報、それと六堂真尋を中心とする収容患者のデータを引き出してください」
テケー。
サーバーのデータソケットに直接取り付いたスラコンミニは、あっという間にプロテクトを破ると、六堂真尋や、その他の収容患者に関する臨床データや動画などを引っ張り出し、無数のウィンドウとしてサーバールームじゅうに展開しはじめました。
「爆神ノーグッド! いけません! サーバーに保存されていた収容患者のデータが次々に公開されてしまっています! いけませんよスライムさん! めっ、です!」
テケテケー。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なにがめっ、だか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/とんでもねぇ棒読み演技しやがって
Ꮚ・ω・Ꮚメー/アンデッド因子感染症患者の情報を公開するとかカスすぎ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/こんな配信見るとかねぇわ
「もちろん、このような情報を不用意に配信することはできません。爆神・コンプライアンス!」
そう叫んだ爆神暴鬼は、スラコンミニが意図的に彼女の周りに集中展開させたウィンドウに視線を巡らせ、
「ふむ……? なんでしょう、これは」
と、わざとらしい調子で言いました。
「どうやら投薬記録のようですが、少々不思議な内容です。アンデッド因子感染症の治療の名目で、万能薬を三度投与しているようです」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/コンプライアンスはどこいった
Ꮚ・ω・Ꮚメー/三度?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/いくらなんでも多すぎチョッキン
Ꮚ・ω・Ꮚメー/普通一回投与すれば十分だよねぇ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/どういうことチョッキン
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あからさまなサクラが混じってねぇか
テケー。
スラコンは投薬記録のウィンドウに描かれた《ともしび一号》という項目にアンダーラインを引きました。
「ともしび一号? 最初の万能薬の接種の一年前に投与され、その直後にまた投与。万能薬を投与するたびに投与されていますね。どういうものなのでしょうか。爆神クエスチョン!」
テケー。
スラコンが新たなウィンドウを表示して回答します。
「ええと、ともしび一号とは?」
爆神暴鬼はわざと声をあげて読み上げていきます。
「ランタン・ラボが開発した対アンデッド因子感染症用ワクチンの試作品(失敗作)。弱毒化したアンデッド因子を投与することで、アンデッド因子への免疫を獲得することを目的に開発されたが、実際の免疫獲得効果はなく、潜伏期間一年程度のアンデッド因子感染症の感染源となる……?」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ええ……
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ただの毒やんけ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/万能薬を使ってアンデッド因子感染症を直しては、ともしび一号を投与して再感染させてたって…コト?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/意味がわからんけどなんか気持ち悪い
Ꮚ・ω・Ꮚメー/わからんけどこわい
Ꮚ・ω・Ꮚメー/これがマジならそりゃ爆破したくなるわ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/こんなんバレたら終わりやん
「一体この情報は何を意味しているのでしょうか、より詳しい調査が必要なようです」
と、一旦まとめに入った爆神暴鬼ですが、そこでスラコンミニが、テケー! テケテケ! テケーと激しい声をあげました。
メー(想定外のデータを見つけたようだ)
ワトソンの言葉と同時に、今度は全員のもとに『絆計画』というタイトルの文書のウィンドウが表示されました。
【極秘/絆計画 試験運用概要(Ver.1.3β)】
本計画は、対異常疫病戦略研究機関における機密試験プロジェクトである。
実施許可はMIYACO中央評議会、およびNJM医療・広報部長の個別承認によって発効。
計画目的:
選定された冒険者・技能者に対し、治療という形で心理的・社会的な拘束関係を形成し、長期的にMIYACO=NJMの利害に服従させる。
名目上は「アンデッド因子感染症に対する抑制治療プロトコルの確立」。
試験手順(段階運用):
1. 《ともしび一号》による擬似感染:
感染源となる弱毒性のアンデッド因子を接種(感染者の選定は極秘)。
→ 実際の免疫獲得効果は認められず、症状は平均1年の潜伏期間を経て進行。
→ 治療の手段は現状東京大迷宮産の万能薬または抑制剤に限られる。
2. 治療介入による依存関係の形成:
発症後、対象者に対して抑制剤あるいは万能薬を提供。
→「助けられた」構図を演出し、道徳的義務や恩義を感じさせる。
→ 指揮命令・契約に対する従順性が大幅に向上する事例を観測済。
3. 初期被験者の観察:
現在のところ、試験対象は6名。うち1名は適応性と実績を重視して選定された収容者・六堂真尋。
→ 被験体コード:BD-01
→ 処置経緯:《ともしび一号》→万能薬→《ともしび一号》再投与→万能薬(計3サイクル)
→ 記憶保持率と心理的安定性については未評価。
今後の観察が必要。
備考:
《ともしび一号》は試験段階におけるプロトタイプにつき、一般公開不可。
感染事実が露見した場合、即時収容またはデータ改竄・消去の対応を行うこと。
関係部署:
実行:NJM医療・広報部 試験開発課(監督:牧島国母)
技術支援:八桜技研 第六試験部門
被験者選定協力:今西鉄道 データベース処理局
【お知らせ】
次回の更新より、本作『パンと弾丸とダンジョンと・Rebake』の連載スケジュールを、週4日(火・木・金・日)18時頃の更新に変更いたします。
これまで火・水・木・土・日の週5日体制で更新を続けておりましたが、新シリーズの立ち上げのため、少しだけペースを調整させていただく形となります。
これからも変わらず物語の続きをお届けしてまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。




