第96話 パン屋が来たりて笛を吹く
文字通りの静止。
それ自体が暴走列車のような勢いで、ぶつかり、こすれあい、金属の悲鳴をあげながら、殺到したレールの束は、仁王立ちしたままの天潮鉄路をとらえる前に、萎縮した犬のように動きを止めました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/止められてて草
Ꮚ・ω・Ꮚメー/まるで切れ味がない
Ꮚ・ω・Ꮚメー/全然前線出ないでスタント任せにしとったんやろ
「……ぶ、分家の分際でっ……」
顔を真っ赤にした彼は磁力制御の出力を上げ、さらにレールを押し込みにかかります。
静まっていたレールががしゃと音を立て、動きます。ですが、それは今西大道ではなく、天潮鉄路の磁力制御によるものでした。
今西大道から投射されたレールを逆にコントロール下に置いた天潮鉄路は自前のレールを合わせて束ね合わせ、数十メートルにも及ぶ巨大な鉄の腕を、天を突くような格好で創り出しました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ウィー!
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ラリアットしそう
Ꮚ・ω・Ꮚメー/プロレス好きなのかも
Ꮚ・ω・Ꮚメー/地力の差も磁力の差も明らかである
今西大道本人もまた、彼我の能力差に気づいたようです。ひ、と小さな悲鳴をあげて後ずさります。
それに代わって前に出た士官風冒険者たちが武器を構えます。
「NJMの全冒険者に通達、総監補佐、天潮鉄路がNJMに反逆しました。直ちに排除、拘束してください!」
よく見ると広報官のネームプレートをつけていた女性冒険者がそんなアナウンスをします。命令に従ったのは、二本の装甲列車に分乗していた一〇〇人のうち半数ほど。総監直属ということでMIYACOの中核企業の血縁者を中心に編成されていたそうです。
残った半分の内半分は、天潮鉄路個人の能力や人望についてきた天潮派と打って出ます。
残りの二五人ほどは様子見、日和見の格好で手をこまねいている状況。
天潮派として飛び出した面々の中には三人、天潮鉄路に奇襲をかけようとしたニセ天潮派が混じっていましたが――。
「いや、さすがに気づきますよ、そんなもん」
天潮鉄路の列車に潜り込んでいた鞍居夜半に蹴り倒され、呆気なくブラックアウトをしてゆきました。
「は、排除しろおぉぉぉっ!」
「制圧を!」
今西大道の悲鳴、広報官の事務的な命令が同時に響き、NJM体制派約六〇人、天潮派約二五人が同時に動き出します。人数はNJM体制派のほうが多くなりますが。
「行くぞ」
天潮鉄路が振り下ろした鉄の腕の一撃が二十人ほどを巻き込み、まとめて粉砕してブラックアウト。
「こんな感じですかね」
鞍居夜半が蹴り出した魔力のボールがピンボールのように跳ね回り、一一人を一息に吹き飛ばしました。
開戦から数秒で数的優位がほぼ消滅。
「処断! 処断! 処断ンンンーーー……ッ!?」
と叫んで飛び出そうとした今西大道がぴたりと立ち止まり、立ち尽くします。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/どうした処断マン
Ꮚ・ω・Ꮚメー/鋼鉄のスーパーウリアッ上におそれをなしたか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/まあ実際あんなん喰らいたくはない
Ꮚ・ω・Ꮚメー/事実上の轢死技である
今西大道以外の体制側冒険者たちも戦慄した様子で立ちつくし、そこに天潮派の冒険者たちが攻撃をしかけて行きます。
ですがNJM体制側にも、まだ手札が残っていました。
「今西総監、ブラックドラゴンの従魔石を」
六堂真尋の治療と身の安全と引き換えに強引にレンタル運用していた、ブラックドラゴンバサクロの従魔石を今西大道から受け取った広報官は、それを自分の額へと押し付けました。
バサクロは六堂真尋の従魔ですので、従魔石から開放しただけなら、味方につけることもできたはずなのですが、さすがにそのリスクは認識していたようです。
バサクロの従魔石を額に当てた広報官は、そこから暗い紫色の光を放って変身。
身長二〇メートルにも及ぶ、異様なシルエットの竜人へ姿を変えました。
体の質感や羽根、尻尾などは元々のバサクロと同じですが、人間めいた顔つきと手足に変わっています。
従魔石についてはそのまま額に収まっていました。
「ば、爆神・キモいっ! あ、アレは一体なんでしょう!」
自撮り棒を構えた爆神暴鬼が悲鳴をあげました。
「変形者、従魔石から姿や能力を引き出して利用できるタイプ。エビルメガネ」
黒縁セルロイドが眼鏡を光らせて解説します。
メェ (なるほど)
メエェ(反逆対策か)
メメェ(あれならブラックドラゴンの忠誠心に関係なく力だけを利用できる)
バロメッツたちの言葉と同時に黒い竜人は大きく息を吸い込み、ブレスの体勢に入ります。
「散開!」
天潮鉄路が指示を飛ばし、
「させますかっての」
鞍居夜半が二球目の魔力ボールを蹴り飛ばして黒い竜人の顎に当て、ブレスの狙いを狂わせます。大きく上を向いて発射された閃光のブレスは歪んだ市街を囲む水の壁へと突き刺さり、大きな水蒸気爆発を起こしました。
「どう対応すれば?」
「頭から従魔石を引っ剥がせばいい。ちょっと行ってくるよ」
短く答えた華菱瞳子と佐々木ユキウサギが前線に突入。黒い竜人からの従魔石の回収に向かいます。
黒縁セルロイドも手出しをしようとはしたようですが、さっきの水蒸気爆発のせいで光学魔法の制御がうまくいかないようです。
「しばらくダメ、フォッグメガネ」
そんなうめき声をあげていました。
天潮鉄路はレールを檻のように組み立て、黒い竜人を拘束しようとしますが。
『……これは、地面に基礎作ってへんと厳しいかも知れん』
群馬ダークの指摘通り、黒い竜人はレールの檻をそのまま持ち上げて、拘束を逃れてしまいます。佐々木ユキウサギ、鞍居夜半、華菱瞳子の三人が距離を詰めてとびかかり、頭の従魔石の奪取を試みますが、バサクロの飛行能力をそのまま使えるらしい黒い竜人を捕捉し切るのは難しいようです。
相手が黒い竜人だけならば時間をかければどうにかなるかも知れませんが、地上では今西大道や、士官風冒険者などと天潮派の冒険者たちが戦っていて、そちらの支援も必要になります。
大ピンチ、とまではまだ行っていませんが、そうなる前に手を打ったほうがいいでしょう。
アイテムボックスから魔笛ポセイドンラースを取り出して、思い切り吹き鳴らします。
ひょろろろろろー。
いわゆる犬笛に近いタイプ、人間の可聴音域外の音を出す笛だったらしく、間の抜けた通気音しか出ませんでしたが。ちゃんと届いていたようです。
シャァァァァーーー……。
シャァーークゥーー……。
個人的に馴染み深い声がどこかから響いてきて、水の壁に巨大な影が浮かび上がります。
『……え、ええ……アレ、来るん?』
いつかの記憶を思い出したらしい群馬ダークが不安そうな声をあげる中。
シャァァァァーーークッ!
水の壁を爆破するような勢いで突き破り、体長二〇メートルの巨大鮫、背脂研究所のアークシャークが姿を現しました。
メェ (やはりこいつが来たか)
メエェ(友好度一位なのはわかっていたが)
メメェ(帰属関係は一体どうなっているんだ)
「ば、ばばばば、爆神エマージェンシー! 混沌を極めるアクアタルタロスに! 新たに空飛ぶ巨大鮫がっ!」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/アークシャーク、だと……。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なんで急に使いまわしのレイドモンスターが
Ꮚ・ω・Ꮚメー/いや、シュバリエの警備モンスターのはず
Ꮚ・ω・Ꮚメー/えれぇ増援がきよったな
シャーク!
まっすぐこちらに向かってくるアークシャークに向けて、神代牛のローストビーフを投げ込んで「乗せてください!」と指示します。
ローストビーフの塊を飲み込み、発光しながら降りてきたアークシャークは、右の胸鰭に乗せる形で私を空中に持ち上げると、空中の黒い竜人めがけて加速して行きます。
魔笛ポセイドンラースの作用で、アークシャークとの意思疎通がしやすくなっているようです。
ニャァァァァークッ!
ちょっと困った咆哮とともに、イメージ通りの軌道で高度をあげていきます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/えらい鳴き方しとる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/これがネコザメってやつか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/こんなでけぇネコザメは嫌だ
ウオオオオオオオッ!
咆哮をあげ、黒い竜人は再びブレスを放ちますが。
ニャアアアアアン!
巨大鮫アークシャークはネコのような鳴き声をあげながら水の障壁を展開、閃光のブレスを無効化してしまいます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ちくしょう、シリアスが通用しねえっ!
Ꮚ・ω・Ꮚメー/そんな声でガチのブレスを跳ね返すな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ネコバリアなのかサメバリアなのか
減速はせず、まっすぐ衝突。
アークシャークは、巨大な顎で食らいつくのではなく、鼻先を叩きつけて黒い竜人を跳ね飛ばし、水の壁の中へと叩き込みました。
メェ (なるほど)
メエェ(そういうことか)
メメェ(その手があったな)
バロメッツたちも気付いたようですが、水の壁の向こう、つまり水中に押し込んでしまえばブラックドラゴンの力を使っている黒い竜人はまともに動きが取れません。
一方、蟹座の大星石のある私と鮫型モンスターのアークシャークにとっては、ホームグラウンドとなります。
アイテムボックスからカルキノクラストを出すと同時に、水の壁に突入。アクアタルタロスに復帰しようとする黒い竜人に再び体当たりをして押し戻します。
呼吸もできず、ブレスも吐けず、自由に飛ぶこともできなくなった黒い竜人に向け、水中移動用ブルームモードに切り替えたカルキノクラストで接近。その頭にとりつくと、毒性のなくなったヒュドラティスの刃を額にねじ込み、バサクロの従魔石を引き剥がしました。
従魔石を引き抜かれた広報官は、もとの人間の姿に戻る前に水圧のダメージでブラックアウト。粒子にかわって消えて行きます。




