第94話 十二分五十八秒の底
メェ (ギリシャ神話によると)
メエェ(地上からタルタロスに向かって真鍮の下敷きを落とすと)
メメェ(九日間落ち続けて十日目にようやく底につくらしい)
蟹座イベントそのものが終わってしまいますので、そこまではかかりませんでしたが、光のようなものが見えたのは、海の穴への突入からおよそ十分後のことでした。
穴の底に行きついたのではなく、番人が待っていたのですが。
「「敵性反応を確認」」
「「直径五十メートル」」
バーネットがそう告げると同時に、小さな警告ウィンドウが展開します。
警告:
中間ボスモンスター『オメガクラゲドーン』出現。
メェ(オメガ)
メェ(クラゲドーン)
メェ(相変わらずのセンスだ)
バーネットが車載カメラの映像をウィンドウに表示します。
名前通りの巨大クラゲです。
透けた膜に触手。中心には青白い核が光っています。
頭は下にあり、触手は落下するバーネットの方向に向かっています。
侵入者を感知したようです。無数の触手の先端から針のような刺胞を飛ばして迎撃をしてきます。
針のような、といっても元のサイズがサイズですので、一本一本の長さは五十センチ以上、戦車の徹甲弾に使うペネトレーターのような勢いで迫ってきます。
狙いは雑ですが、一発が直撃コースに入ります。
普通のキッチンカーであれば、あるいは装甲車両であっても一発で爆散しそうなところですが――。
「インターセプトメガネ」
落ちていくバーネットの周囲に、天火明の反射鏡を展開させていた黒縁セルロイドが光源魔法天照を発動。
疑似太陽のような光球の熱エネルギーを無数の反射鏡で誘導、収束させることでクラゲペネトレーターを消滅させます。
「焼き尽くす。ブレイジングメガネ」
メガネをキラリと光らせた黒縁セルロイドは、今度は天照の光球そのものを、オメガクラゲドンめがけて投下します。
護衛機のように付き従う天火明の反射鏡を使ったビーム掃射でオメガクラゲドンの触手を薙ぎ払いながら飛んでいった天照は、オメガクラゲドンの触手の根元に食い込むように命中し、炸裂。
白熱する光の殻となったオメガクラゲドンを飲み込みました。
クルルルルアアァァゲェエーーンッ!
Ꮚ・ω・Ꮚメー/そう鳴くんか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/わかってた
Ꮚ・ω・Ꮚメー/メガネ>クラゲ
絶叫とともに焼き潰され、粒子となっていくオメガクラゲドン。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/意外とあっけない?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/まぁ黒縁セルロイドは東京大迷宮最強の一角メガネ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/条件がそろえば中ボスくらいは楽勝メガネよ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/だがあれが最後のオメガクラゲドンだったとは限らないメガネ
最後のコメントは冗談のつもりだったようですが――。
「「新たな敵性反応を確認」」
「「オメガクラゲドン、総数十一体」」
「爆神・マイゴッド! 一匹目のオメガクラゲドンを粉砕した我々の前に、さらに十一匹ものオメガクラゲドンの群れが立ちはだかります!」
最後どころか始まりに過ぎなかったようです。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/マイゴッドの意味わかってんのか。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/オメガなのに十二匹もいていいのか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/どうする?
十一体となるとさすがに手に余りそうな数です。
落下中となると私にできることも限られてきます。
ですが、私達ばかりに任せているつもりはなかったのでしょう。
ここまであまり動きを見せていなかった三帝重工冒険者団が動き出しました。
『お車の上、失礼いたします』
得意の瞬間移動スキルを使った紙燭円山がバーネットの上に姿を現して分身。更に飛行、砲撃系冒険者たちを召喚するように転移させ、前方のメガクラゲドン群体への攻撃を開始します。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/宇宙ニンジャ見参。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/さすがにそろそろ存在感を示さないと上に怒られそうだしな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あまり身も蓋もないことを言うもんじゃない
「私も出よう」
「チョコミントクッキー」
「爆神フィーディング!」
更に装備を空中戦用に換装した佐々木ユキウサギが出撃。爆神暴鬼にメンタル回復用の焼き菓子を放り込ませ、メガネの上に『(*ΦωΦ)ニャー』という顔文字を浮かび上がらせながら、黒縁セルロイドが熱・光学攻撃を継続します。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/みんながんばえー
Ꮚ・ω・Ꮚメー/最終回かな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/おまえらもはよ来い
Ꮚ・ω・Ꮚメー/もういってる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/既にゲート大渋滞なんよ……
Ꮚ・ω・Ꮚメー/もう二時間待ちらしい
Ꮚ・ω・Ꮚメー/この状況なら海路とか空路探したほうがいいかも
Ꮚ・ω・Ꮚメー/クラゲ完売はここで見ることになりそうだ
「黄色破壊光断」
「「オメガクラゲドン、残存個体数九」」
「爆神エキサイティング!」
「「残存個体数六」」
「ジェノサイドメガネにゃ」
「「残存個体数四」」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/やったれー
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ちぇすとでごわす
降下ルートに浮かぶオメガクラゲドンが次々に粒子となって消えて行きます。
空中専用のブースター・ユニットを装備した佐々木ユキウサギが残りのオメガクラゲドンの一匹を両断。
「「オメガクラゲドン、残存個体数三」」
「総員、あわせてください!」
分身をした紙燭円山の緑色冷凍光旋、三帝重工冒険者団の放った弾幕に呑まれたオメガクラゲドンが消滅。
「「オメガクラゲドン、残存個体数二」」
「マドレーヌ」
「ば、爆神ホスピタリティ!」
「天羽々斬」
爆神暴鬼が口に入れたマドレーヌを飲み下した黒縁セルロイドが、天照の光を天火明の鏡で剣のように収束して一閃。
「「オメガクラゲドン、残存数0」」
最後の二体のオメガクラゲドンをまとめて葬り去りました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/【速報】クラゲ完売!
そして数秒後。
「「着地」」
バーネットは長い海の縦穴の底。アクアタルタロスの中心部へと着地します。
所要時間は十二分五十八秒。
ギリシャ神話におけるタルタロスの底への落下時間である九日間、216時間を千分の一に縮めた数字。
さすがに原典通りにすると長すぎ、百分の一の二時間一六分でもまだ「だるい」ということで、千分の一の時間設定になったそうです。
直径約一キロの円形の空間、ギリシャの市街を思わせる廃墟ですが、町並みを構成しているのは、この場所にあったアンデッド因子感染症研究施設、ランタン・ラボの建物です。
ラボの建物がそのままバラバラになったのではなく、空間ごと歪曲、拡張、さらには複製されて、異様な町並みを形作っていました。
パーティー内通信を、生産村の群馬ダークにつなぎます。
「アクアタルタロスに到着しました」
『うん、見とった。ちょっと待ってくれる……この状況やと、こんな感じかな』
マンドラゴラたちの声を背に、群馬ダークがデータを送ってきます。六堂真尋の居場所候補などのリスト。
元々のランタン・ラボの構造は出発前にも分析していましたが、アクアタルタロス化で意味を失っています。いまのアクアタルタロスに対応した更新データとなります。




