第90話 やったか
標的との距離はおよそ三〇〇メートル。
ソナードローンは自律型でなく、オペレーターによる無線制御で異様な移動速度と破壊力を見せつける華菱瞳子に注意を奪われているようです。
チョキンという声と共に飛び出したグリップを握り、Tの字を描いたハサミの中心部分を戦車の砲口のように固定します。
カルキノスの声をサンプリングしてあるそうです。
そのままトリガーをオン。
バチン!
重く鋭い、金属的な音とともにハサミが閉じ合わされ、青い光の刃が瞬間的に伸展します。
左右五〇センチの長さ程度から、瞬時にその六〇倍に、三〇〇メートル先のソナードローンを挟み、断ち切れる長さまで。
この世界のカルキノスからもらった時には説明されていなかった運用法ですが、どこかの並行世界の私が、見るなり使うなりした経験があったようです。
Vモード、という呼称が頭に浮かびました。
トリガーする前はTモード、と言ったほうが良さそうなシルエットでしたが。
海を断ち割り、稲妻がひらめくような速度で閉じ合わされた二本の大光刃は、標的のソナードローンの真ん中でぴたりと静止します。
基本的な輪郭は維持したまま、ぞっとするほど綺麗に挟み切られたソナードローンは、ごぼりと血を吐くように空気を吐き出して爆発。閃光を放って消し飛びました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/おい、待て
Ꮚ・ω・Ꮚメー/何やった
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なんだその謎兵器は
Ꮚ・ω・Ꮚメー/砲撃するかと思ったらチョッキンかよ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あまりにもカニ過ぎる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/空間ごとチョッキンしとらんかったか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ゾディアックウェポン?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/わからん
Ꮚ・ω・Ꮚメー/蛇蟹の寵愛を思えばゾディアックの一本二本くらいは普通に提供してそうではあるが
Ꮚ・ω・Ꮚメー/もはや蟹座の広告塔である
Ꮚ・ω・Ꮚメー/蟹座の誇りここにあり
Ꮚ・ω・Ꮚメー/星座ヒエラルキーをひっくり返せ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/大天使誕生日の星座わからんけどな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/牡羊座の可能性も高い
コメント欄が変な盛り上がりを見せる一方。
【佐々木ィィィィィッ!! わざとやってんのかてめぇはァァァァァっ!?】
暗号無線ではまた南郷フミヒコの罵声が飛んでいます。
ですます口調も安定しなくなってきています。
【あああああっ! クソ! もういい! もういいです! ドローンはもういいです! あのガキのところに突っ込んで神風でお願いします。いくらポンコツでもそれくらいならできるでしょ! ハイ作戦開始ィっ! はーやーくーしーてーくーだーさーいー!】
Ꮚ・ω・Ꮚメー/おいこら
Ꮚ・ω・Ꮚメー/聞こえてんだよ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/爆弾でも抱かせてんのか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/みえみえのフェイク音声やめろ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/工作員さんもようみとる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/フェイク音声ならもうちょっともっともらしくしてもろて
Ꮚ・ω・Ꮚメー/フェイクのほうがもうちょっと良識働きそうだよな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ブラックどころではすまんぞ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ブラックアウトですむなら何でも許されるとでも思ってんのか。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/(# ゜Д゜)
「「佐々木ユキウサギに自爆機構は確認できず」」
「「脚部航行ユニットの魔石エンジンの強制臨界により同等の結果を得ることは可能」」
「「臨界誘導時、半径15m:即死圏。30m:重篤損傷圏」」
「「対象:味方全員、索敵範囲内ソナードローン含む」」
「「結果:ソル・ハドソン、ホワイトゲージ範囲内の微ダメージ。華菱瞳子、ブルーゲージ範囲内の軽ダメージ」」
「「佐々木ユキウサギ、ブラックアウト。ソナードローン全損」」
バーネットが淡々と分析結果を伝えてきます。
自爆はできるようですが、こちらの防御力が異常すぎるので犬死にとなってしまうようです。
「びごぼごぼぼん、ぼい、びゔぉぼくべぇぶぉっ……!」
ビーコンの位置の特定を。
ジェスチャーでは伝えきれないと思い、無理やり声を出しましたが、さすがにまともな音になりませんでした。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なにをしようとした
Ꮚ・ω・Ꮚメー/とりあえずかわいい
視聴者には全く伝わらなかったようですが、この場で私が考えそうなこと、ということから類推してくれたようです。
<メェ (佐々木ユキウサギのビーコンの位置を特定し)>
<メエェ(レディのゴーグルに投影を)>
<メメェ(ブラックアウト前に破壊するつもりだろう)>
バロメッツがそう指示を出し、
<オーケーメガネ。脊柱上部、C4〜C5付近に発信源を確認。ゴーグルに出す>
ゴーグルごしに捉えた佐々木ユキウサギの体に、ビーコンの位置を示す光点が表示されます。
最後に残っているソナードローンが魚雷を撃ってきましたが、割り込んだ華菱瞳子に如意棒であっさり撃ち落とされます。
そのまま一気に粉砕、爆砕。三機のソナードローンは全滅してしまいます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ドローン殲滅
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あとは佐々木ユキウサギだけか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/人間魚雷はいけない
ソナードローンは捨て、私の排除にターゲットを絞った佐々木ユキウサギは、脚部の航行ユニットを意図的にオーバーヒートさせるような勢いで加速します。
距離を詰め、大剣グロスメッサーを叩きつけてくる佐々木ユキウサギ。
自爆という目的を果たすためにはこのタイミングで航行ユニットを爆発させるか、私の体を拘束しておかないといけませんが、どちらもやる気はなかったようです。
大ぶりのグロスメッサーの一撃をわざとはずした佐々木ユキウサギはそのままオーバーシュートし、私達から距離を取ります。
こちらに被害の出ない位置関係で魔石エンジンを臨界させ、自爆をするつもりのようですが。
ですが、それでは状況があまり動きません。
カルキノクラストのハサミの部分を後方に向け固定、トリガーを引くと、今度は大星石から水流が噴出し推力を発生。細い珊瑚の枝のような光を放って加速し、私を掴まらせたまま魚雷、あるいは魔女の箒のように佐々木ユキウサギに追いすがります。
Bモード。
人魚姫に出てくる海の魔女の箒をイメージした水中移動形態。暴走する佐々木ユキウサギの航行ユニットに普通に追いすがり、追いつけるほどの速度性能を誇ります。
佐々木ユキウサギの背中に一息で追いつき、ヒュドーラからもらった毒ナイフ、ヒュドラティスをアイテムボックスから出しました。
毒属性ナイフになりますので手加減向きとは言えませんが、精度と強度、貫通力を考慮すると、今回はこの武器が最適解になるはずです。
距離を取って自爆しようとしているのに、追ってくるとは思わなかったようです。表情を変えることなく反転した佐々木ユキウサギは、グロスメッサーを振りあげ、剣の腹を使って私を跳ね飛そうとします。
ですが暴走状態の航行ユニットを制御しながらの反転動作となると、さすがに反応が遅れます。
佐々木ユキウサギの反転と同時にその内懐に飛び込んだ私は、逆手に握ったヒュドラティスで佐々木ユキウサギの胸部を刺し貫きます。
そのまま胴体を貫通する格好で、ゴーグルに表示されたビーコンの座標を撃ち抜きました。
助けるというよりは、佐々木ユキウサギがブラックアウトする前に、確実にビーコンを破壊しておくことが狙いでしたが、スペランカー・ユニットの佐々木ユキウサギは私が想定していたよりずっと強靭な構造体だったようです。
普通の人間ならブラックアウトでホームエリア送り確定の刺突を受けながら、無表情のまま私を突き放しにかかります。
ビーコンの破壊には気づいているのでしょう。臨界状態に達した航行ユニットから逃がそうとする、静かな仕草に見えました
ですが、そういう配慮をしてもらうには、私はやや乱暴な人間でした。
「「航行ユニットの切断可能ライン特定」」
<投影したラインに合わせて左右同時に切断を。ゼロタイムメガネ!>
バーネットと黒縁セルドロイドの通信とともに、爆発寸前の航行ユニットの切断可能ラインがゴーグルに表示されます。
カルキノクラストをVモードに切り替えて、光の大バサミで左右の航行ユニットをまとめて切断します。
航行ユニットに埋まっていた佐々木ユキウサギの脚部は、いわゆる膝立ちに近い格好で収まっていたため、航行ユニットごと両足切断という惨事は引き起こさずに済みました。
そこから水中移動形態Bモードに変形させたカルキノクラストと佐々木ユキウサギの腕を掴んで離脱します。
数秒の間をおいて、二基の魔石エンジンが臨界を越えて爆発。閃光と衝撃波を撒き散らします。
【よし! やったか!】
復号された南郷フミヒコの声が再び配信に乗り、
Ꮚ・ω・Ꮚメー/やってない
Ꮚ・ω・Ꮚメー/どういうわけか普通に水面まで上がってきてる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/つい言ってしまうものなんだな、やったかって
Ꮚ・ω・Ꮚメー/やはり魔王ムギファーであったか
そんなコメントが流れてきました。
脊椎のビーコンは破壊し、臨界状態になっていた航行ユニットも取り除きましたが、問題は胸に猛毒のヒドラ毒ナイフを突き刺してしまっていた点です。
このままブラックアウトさせてしまってもおかしくないと思いましたが、佐々木ユキウサギは平気そうな顔でヒュドラティスを引き抜き、「すまない、余計な手間を取らせてしまった」といいながら返してくれました。
「……猛毒のナイフだったんですが、大丈夫ですか?」
「小機には自動投薬機能、アクチュメディカが内蔵されている。毒物に対しては0.2秒で対応薬物が投与される」
それでわかったのですが、一分間で四〇%のダメージを与えるヒュドラティスですが、一分以内に毒消しを使われるとダメージが発生しないという弱点がありました。
威力を考えると当たり前かも知れませんが、全くなにも考えずに使える武器ではないようです。
「機構的なダメージも軽微だが、ひとつだけ」
「なんでしょう」
「ビーコン破壊時の一撃でデンジャラススイムスーツの紐が切断され、完全に脱落した」
佐々木ユキウサギがラッシュガードの下に装備していたデンジャラススイムスーツは、紐が一本切れるとその瞬間に全部脱げてしまう、本当に危険な水着だったようです。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/つまりラッシュガード以外すっぽん……
「カメラを停止します」
慌てて映像を止めた私や、
Ꮚ・ω・Ꮚメー/そんなー
残念そうなコメントをする視聴者をよそに、ラッシュガード一枚となった佐々木ユキウサギは、無表情のまま髪をかきあげていました。




