第9話 精算をしよう
「テンポラリモンスター、トライスター・バロメッツのパーマネント化とあるんですが」
本来なら短時間で消滅してしまうテンポラリモンスターを長期間の活動が可能なパーマネントモンスターとして従魔化する。
これをやれ、と言わんばかりの効果ですが、バロメッツたちは私の言葉に反応を示しませんでした。
「テンポラリモンスター、トライスター・バロメッツのパーマネント化」
メー?
やはり聞こえていないようです。
説明文の通り、テンポラリモンスターのパーマネント化効果についてはバロメッツたちには認知できないようになっているのでしょう。
パーマネント化の実行については、すべてアイテム所有者の判断に任せられるようです。
新しいウィンドウが開き、
秘石『敬意』『信頼』を同時使用することでナビゲートモンスター、トライスター・バロメッツのパーマネント化、従魔化が可能です。
この効果を使用すると秘石『敬意』『信頼』は喪われます。
実行しますか?(はい/いいえ)
と表示されました。
この場で判断しろということでしょう。
「はい」
特別迷いはしませんでした。
トライスター・バロメッツ三体のパーマネント化、従魔化を実行します。
空中に浮いたままの『敬意』『信頼』が白と黒に明滅し、再び光の粒子に変わります。
メッ!? (これは!?)
メエッ!?(一体何が!?)
メメッ!?(うぉっ!?)
渦を巻いた光の粒子が三匹のバロメッツたちを巻き込み、そのまま三匹の体の中に消えて行きます。
そして、
『トライスター・バロメッツA』のパーマネント化、従魔化が完了しました。
『トライスター・バロメッツB』のパーマネント化、従魔化が完了しました。
『トライスター・バロメッツC』のパーマネント化、従魔化が完了しました。
三匹の頭の上に、そんなメッセージが表示され、最後に。
秘石『敬意』『信頼』を喪失しました。
従魔石『トライスター・バロメッツ』を入手しました。
というメッセージが表示され、白と黒に明滅する、羊の角のような形をしたクリスタルが私の手元に現れました。
従魔石『トライスター・バロメッツ』
レアリティ:エピック
譲渡・売却不可
トライスター・バロメッツの主人の証し。
・このアイテムを持つ者は従魔トライスター・バロメッツをダンジョン外に連れ出すことができる。
・このアイテムは、従魔トライスター・バロメッツを収容することができる。
『敬意』『信頼』から生産素材としての能力をなくし、従魔化したバロメッツを広範囲に連れ歩けるようにするもののようです。
なにをされたかわかったようです、三匹は改めてこちらに向き直りました。
メェ (こんな仕掛けがあったとは)
メエェ(上の連中も趣味が悪いことをする)
メメェ(さすがに驚いた)
「勝手なことをしてしまって申し訳ありません」
メェ (謝る必要は無い。君のほうこそ私たちで良かったのかな)
メエェ(特定個人の従魔になってしまうとチュートリアルモンスターとしての権限はなくなる)
メメェ(被扶養モンスターになってしまう)
「がんばろうと思います」
本来ならここで役目を終えるはずのところを、こちらの感情で引き留めたのですから、きちんと責任を取らないといけません。
メェ (では、我々も粉骨努力しよう)
メエェ(ヒモンスターと呼ばれるのもまずい)
メメェ(なんたる汚名か)
平和な調子のバロメッツ達。
その後方で、アークシャークとグレーターグリフォンがゆらりと動くのが見えました。
セーフティーエリア内なので攻撃を受けることはないはずですが、やはり背筋がぞくりとしました。
メェ (狙われているな)
メエェ(これか)
メメェ(もはや魔性のパンだな)
私たちというよりも、白いバロメッツが持ったままの三つ目のチキンステーキサンドが欲しいようです。
放って置いても攻撃などはできないはずですが、少し可哀想に思えました。
「渡してはまずいでしょうか」
ジュル (我々も食べたいという点を除いて問題ない)
ジュルル(野生動物の餌付けとはまた違う)
ジュルリ(餌付けをしようとしまいと行動は変わらない)
「またあとで用意しますから」
ジュル (ならばOKだ)
白いバロメッツから三つめのチキンステーキサンドを受け取り、半分に切りわけます。
さすがに少ないので、アイテムボックスに入れていたフランスパンの残りをひとつずつ追加してキッチンペーパーに乗せ、スコップを使ってセーフティエリアの外に一山ずつ出して行きます。
奪い合いを始めないかが心配でしたが、意外に行儀良く待っていたアークシャークとグレーターグリフォンは「シャーク!」「グリー!」と順序よく声をあげ、乗っていたパンをそれぞれ一息に呑み込みました。
量としては全く足りないはずですが、興奮を静める程度の満足感はあったようです。
二匹のモンスターの荒ぶるような気配が和らいでいきます。
「落ち着いたみたいですね」
ほっと息をついたとき、巨大鮫とグリフォンの体が発光をはじめました。
バロメッツたちが出したものに似た光の粒子が浮かび上がったかと思うと、セーフティーエリアの内部まで入って来て、青と赤の二つのクリスタルに姿を変えました。
手を伸ばしてみると、メッセージがふたつ表示されました。
魔石『関心』
レアリティ:レア
アークシャークの関心の証し
・このアイテムを持つ者はアークシャークから攻撃を受けない。
・このアイテムの効果は売却・譲渡、アークシャークへの敵対行動をすると喪われる。
魔石『歓心』
レアリティ:レア
グレーターグリフォンの歓心の証し
・このアイテムを持つ者はグレーターグリフォンから攻撃を受けない。
・このアイテムの効果は、売却・譲渡、グレーターグリフォンへの敵対行動をすると喪われる。
パンの代金と言ったところでしょうか。
改めて私のほうを見たアークシャークとグレーターグリフォンは、再び「シャーク!」「グリー」と一鳴きすると、空へと飛び去って行きました。
メェ (乗り切ったようだな)
メエェ(チュートリアルにあるまじきアクシデントの連続だったが)
メメェ(戻って精算をしよう。魔石を回収したまえ)
「はい」
宙に浮いたままの二つの魔石に手を触れると、そのままアイテムボックスに収容されました。
埋設した電磁トラップユニットも回収し、準備室へと戻った私たちは、レンタル品のプロテクターやスコップなどを返却し、そこから再びミーティングルームに戻りました。
メェ (では、チュートリアルクエストの精算を始めよう)
メエェ(イレギュラーが多すぎて色々滅茶苦茶になってしまったが)
メメェ(クエスト精算画面をオープン)
指示通りに『クエスト精算画面オープン』と念じると、
クエスト精算
受注中クエスト:
『討伐依頼:チュートリアルチキン(報酬額:三万PP)』[達成済み]
と表示されたウィンドウが浮かび上がりました。
メェ (チュートリアルチキン討伐を長押して、精算するを選択)
指示に従い操作を進めると、
クエスト精算
成功報酬:
チュートリアルチキン討伐 30,000PP
特別補填:
紅のベレー帽×1
と表示されました。
「特別補填というのはなんでしょう?」
メェ (テスタロッサ撃破時の確定ドロップアイテムだ)
メエェ(こちら側の不手際で入手機会がなくなってしまったからな)
メメェ(詫びアイテムというやつだ)
見かけと重さのわりに防御性能が高い人気アイテムだそうです。
折角なのでヘルメットの代わりに装備しておくことにしました。
チュートリアルチキンやワイルドチキンの撃破PPも入ったので、最終的な成果としては、
37,000PP
従魔石『バロメッツ(トライスター)』
魔石『関心』
魔石『歓心』
紅のベレー帽
ワイルドチキンの肉×7
となります。
途中で四十六万PP使っていますので所持PPとしては大幅に減ってしまいましたが、従魔石やレアリティの高い魔石を二つもらっていますので差し引きは大きなプラスでしょう。
バザールに出して売ったりしていいものではないようですが。
「チュートリアルはここまででしょうか?」
メェ (ああ、普段なら今後の活躍を祈って終わりだが)
メエェ(君の従魔になってしまったからな)
メメェ(このまま行動を共にさせてもらうことになる。よろしく頼む)
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
冒険者登録初日のチュートリアルはそうして幕を閉じました。
アンデッド因子感染症で余命三〇日。
最後の生存のチャンスを求めてダンジョンにやってきたのですが、予想もしなかったクラスを付与されて、最初のチュートリアルの間に余命問題が解決。
三匹のバロメッツという従魔を持つことに。
状況が好転したのは良いのですが、当初の目的があっと言う間になくなってしまいました。
これからどうしていけば良いのか。
これからどうなっていくのか。
見当もつきません。
私の冒険者生活は、そんな風に始まりました。
Ꮚ・ω・Ꮚメェ (ようこそ東京大迷宮へ、終わり)
Ꮚ・ω・Ꮚメエェ (ここまでお読みいただき有り難うございました)
Ꮚ・ω・Ꮚメメェ (以降は原則18時頃更新、掲示板回などで字数が少ないときに朝7時頃に追加更新)