第85話 正式名称グラン・アトラス
アクアタルタロス出現、正確にいうとメガサメラドンの再出現を受けて早速動き出したのは、ヘスペリデスの園でアトラスロボを修復し、合体テストと訓練に勤しんでいたダバイン貴富、毒巻デスロール、プロフェッサー新巻たちでした。
宿敵メガサメラドンとの決着のため、もしくは単純に大きな玩具で遊ぶために発進した六体の獣及び蠍型ロボットが、地底湖と東京湾をつなぐ巨大水中回廊を抜けると、そこは池袋。
池袋エリアにはヘラクレス十二の功業に関するダンジョンやモンスターはいないのですが。代わりにハーミット六〇という背中はおろかハサミなどにも大量のビルをくっつけた超巨大ヤドカリモンスターが配置されていました。
東京水没と同時に姿を現し、早くから注目されていたものの、イベント上の役割についてはよくわからない、謎の巨大モンスターとなります。
「前祝いの毒祭りにあげてくれますわー!」
アトラスロボの胴体、蠍ロボのスパインスコーピオンが、操縦席に収まった毒巻デスロールの声とともに水上を突進。巨大な尻尾の毒針で一撃を加えますが、
ハーミィィィィィーーーッ!
イベント開始時は名前の由来になった有名ビルと同じくらいのサイズだったそうですが、時間経過と共にさらに巨大化し、メガサメラドンに匹敵する三〇〇メートルクラスとなったハーミット六〇のビル付きハサミの一振りで吹き飛ばされてしまいました。
「痛いですわーっ! 許しませんことよーっ!」
元気に悲鳴をあげた毒巻デスロールは仰向けに着水したスパインスコーピオンのボディをダンゴムシのように丸めて起き上がらせました。
「合体しよう」
「肩慣らしにはちょうど良い相手かと」
右腕の牛型ロボットライトカイナーのコクピットに収まったダバイン貴富と、頭部のライオメットに搭乗したシャケの仮面の怪人、プロフェッサー新巻が提案します。
アトラスの頭部にあたるライオメットに乗っているのがシャケ頭という不思議な構図になってしまっています。
「仕方がありませんわね。合体いたしましょう。トキシック・フォーメーションですわー!」
「サーモンラン、スタンバイ」
「六合合体」
「ミステリアス・ドライブ」
「ワイルドチェンジ!」
「大神合神!」
事前の申し合わせは全くなく、それぞれ好き勝手なかけ声をあげているようですが、システム的には問題なかったようです。
六体のロボットが空中に舞い上がり、変形を開始します。
サソリ型ロボット、スパインスコーピオンが青く巨大な胴体となり、ライオン型ロボット、ライオメットが赤い頭部に。
牛型ロボット、ライトカイナーが緑の右腕。
鷲型ロボット、レフトカイナーが黄色い左腕。
一角獣型ロボット、ライトアーシーが白い右足に。
山羊型ロボット、レフトアーシーが黒い左足に。
六体のロボットがキカココココと、独特の機械音を立てて変形、ガシン、ガキンとドッキングしてゆき、最後は堂々とした仁王立ちの姿勢で、その威容を空中に静止させました。
「ドレインアトラス改めトキシンアトラス! 完成ですわーっ!」
全高三〇〇メートルの超巨大ロボット。
頭でなく、胴体がメインコクピットだったそうです。毒巻デスロールが高笑いと共に名乗りをあげます。
なお、機体内に表示されていた正式名称はグラン・アトラスだったそうです。
ハーミィィィィィーーーット!
ハーミット六〇は手近なビルを水中からもぎとり、トキシンアトラス(正式名称グラン・アトラス)に投げつけます。推定重量は数万トンにも及ぶコンクリートと鉄筋の塊を、トキシンアトラスは空中で静止したまま体で受け止め、そして粉微塵に打ち砕きました。
「び、びっくりしましたわーっ! 反応が鈍いですわーっ!」
メインパイロットの毒巻デスロールは一応よけようとしていたようです。
ダバイン貴富によるとトキシンアトラス(正式名称グラン・アトラス)は遅くて硬くて強い、不動明王タイプのロボットだそうです。
「サーモンショット!」
ハミッ!
勝手なネーミングとともにライオン風ヘルメットから放たれた、Aの字型ビームがハーミット六〇の頭部を貫き、その中枢神経を麻痺させ、金縛り状態に陥れます。
正式名称はアトラスショットだったのでしょう。
「アトラスラッシュ」
こちらは正式名称でしょうか、ダバイン貴富の言葉に合わせ、トキシンアトラスの右手に大ぶりの片手剣が現れます。
「よろしくてよ。ワンパンで決めて差し上げますわ! フェイタル・デッドスラッシュですわーっ!」
剣を大きく振りかぶったトキシンアトラスが空中を滑るように前進。ハーミット六〇の巨体を豪快に、一撃で切り裂いて、その後方へと抜けて行きます。
ハ、ハー、ミミミミミィィィィィーーーッ……!
決着は、一撃。
ハーミット六〇は粒子に変わって消えていくのではなく。
チュッドーン!
妙に小気味よい音と盛大な炎をあげて爆発四散という、独特なエフェクトで退場をしてゆきました。
ハーミット六〇ではなく、トキシンアトラスが持つ固有演出だったそうです。
三〇〇メートル級のモンスターだけあって、ハーミット六〇はそれなりに戦略的な意味のあるモンスターだったようです。
ハーミット六〇の爆散と同時に雲の間から光がさし、水没していた池袋市街が再びその輪郭を浮かび上がらせはじめました。
水位が下がりはじめているようです。
東京大迷宮の冒険者全員に、こんなメッセージが送られました。
<池袋エリアの災害モンスター、ハーミット六〇撃破。水没していた池袋エリアゲートが開放されました>
「どういうことですの?」
「災害モンスターを倒すと水没していたエリアが復旧するみたいだね」
「そのようですな」
毒巻デスロールの問いに、ダバイン貴富とプロフェッサー新巻が答えます。
ハーミット六〇は倒すことでエリアの水が引き、周辺の探索がしやすくなる、障害物系のモンスターだったようです。
「では、途中でそれらしいモンスターがいたら蹴散らしてゆきますわよ」
そうして再び分離をしたアトラスチームは、宿敵メガサメラドンが待つ葛西深海エリアへの前進を再開します。
◇◇◇
池袋エリアゲートが開放されたお陰で、高尾山エリアからバーネットで水上を自走するよりはだいぶ距離を短縮できるようになりました。
アクアタルタロスに向かう前に冒険者センタービルに出向き、大催事場で行われていたエリュマントス酒類品評会の会場で華菱瞳子を捕まえたあと、ロビーの大型ウィンドウでトキシンアトラスとハーミット六〇の戦いを見上げていた私は、事前に約束を取り付けていた爆神暴鬼と落ち合いました。
「……ド、ドーモ、コノタビハ、オサソイイタダキ、アリガトゴザイマス……」
今は配信をしていないのでテンションが低めです。帽子をかぶり、分厚い眼鏡をかけているので、ダンジョンネットでエクストリームやエクスプロージョンしている爆神暴鬼と気づく人間はいないでしょう。
「いえ、こちらこそありがとうございます。よろしくお願いします」
「これで全員かい?」
「いえ、あとひとり来てくれる予定です」
花菱瞳子の問いにそう答えると、
「ハローメガネ」
偏光サングラスと帽子、巫女装束の上にパーカーという、変装になっているかいないのかわからない扮装の黒縁セルロイドが姿を見せました。
「黒縁セルロイド? NJMじゃなかったのかい?」
花菱瞳子が怪訝な顔をします。
「声を掛けたら引き抜けてしまって」
アクアタルタロスに潜入するにあたって、見えている範囲で一番危険な存在。本格的にぶつかればただでは済みそうにないので、ダンジョンネット経由で連絡を取り事情を説明したところ、あっさりと引き抜けてしまいました。
「メガネに悖ることはできないから」
「メガネプライド」
だそうです。
アクアタルタロスに呑み込まれたランタン・ラボから六堂真尋を救出する。
六堂真尋との交流期間、信頼関係を考えると、佐々木ユキウサギと鞍居夜半、そしてブラックドラゴンのバサクロが主役になるべき場面ですが。町田組のメンバーはやはり裏切りを警戒されているらしく、牧島国母の息のかかった冒険者の監視下にあるとの連絡が来ました。
引き抜きに成功してしまった黒縁セルロイドとも相談し、別働隊として行動したほうが良いと判断。声をかけたのが爆神暴鬼と花菱瞳子になります。
群馬ダークにも話はしたのですが、
「さすがに救出がどうこうって話になると場違いになると思う」
と固辞されてしまいました。
爆神暴鬼はアクアタルタロスにカメラを入れることでNJMやランタン・ラボのスタッフなどの動きをおさえ、六堂真尋に対するアンデッド因子の継続投与の証拠が出てきたときに爆神エクスプロージョン、もとい爆神チャンネルで告発、公表してもらうための要員になります。
花菱瞳子は経験豊富な第一世代冒険者として。
思い浮かんだ順番で言うと、花菱瞳子より爆神暴鬼が先でした。