第84話 すてきなステージ
大富豪大会予選から一夜明けた7月8日朝。
具体的な作戦は行動方針はさておき、アンデッド因子感染症の研究施設に乗り込むとなると、救世光を使ったパンを沢山用意しておく必要があります。
メー!
ゴゲー!
群馬ダークに相談してマンドラゴラたちに手伝ってもらい、作りやすくて食べやすいブリオッシュを大量生産しておきました。
「救世の光がインフレ起こしとるにゃ」
早朝の農作業を終えて戻ってきた群馬ダークが、朝食用のブリオッシュをくわえて呟きました。
そして朝九時。
『雨だ! サメだ! グリフォンだ! 真梅雨は水着で大戦争!』の二度目の公式配信が始まります。
初回配信のときと同じく、ドンレミ農場の居間で待っていると、雨の東京レルネータワーの最上階に陣取るヒュドーラとカルキノスが姿を現します。
「へっ今日は風が騒がしいぜ」
「嵐が近づいているチョッキン」
水兵帽をおさえて小芝居をする蛇蟹コンビに。
<はいはい小芝居子芝居>
<雨も嵐も全部おまえらだろうが>
<マッチポンプというかポンプポンプというか>
<だばだば水ばっかり流しやがって>
今日も手厳しいコメントが投げつけられます。
ヒュドーラとカルキノスはカメラに向き直ります。
「おはようございます」
「七月イベントのナビゲーター兼プロデュースモンスター、カルキノスと」
「ヒュドーラです♡」
「今日も港区芝公園、東京レルネータワーからのお送りするチョッキン!」
画面に、
雨だ! サメだ! グリフォンだ! 真梅雨は水着で大戦争! 第2回大配信!
というタイトルが大写しになります。
「約二〇日に渡る蟹座イベントも、早くも一週目が終了。中盤戦に突入しました♡」
「ここで現在発見済みのレイドモンスターやダンジョン、特殊イベントを振り返ってみるチョッキン」
「まずは攻略済みの、レイドモンスターやダンジョン、特殊イベントはこちらになります♡」
画面が切り替わり、蟹座イベントの攻略状況を示すリストが表示されました。
攻略済み
1、鷲獅子ネメアー
2、ゲリュオンと赤い牛
3、ディオメデスの人食鮫
4、黄金の果樹園
5、ケリュネイアの鹿チャレンジ
気になるのは、ケリュネイアがいつの間にか攻略されている点でしょうか。
<ケリュネイアの鹿が攻略済み?>
<いつの間に>
<確か今朝攻略されたばっか>
「ケリュネイアの鹿については、超電導走行団グランドダッシャーの徳川レパードホースさんが本日朝七時に捕獲に成功。攻略済みとなりました♡」
五台の超電導マシンに乗ったレーシングスーツの五人組が首都高サーキットを走り回ってケリュネイアの鹿を追い回し、最後は五台合体の上で超加速して抜き去っていく様子が紹介されました。
レース系イベントなのでケリュネイアの鹿を追い抜けば攻略となるようです。
<よかった。ひき逃げアタックかと思った>
<グラン◯ッシャーはあかん>
<超電◯スピンが見たかったぜ>
チャット欄には安心したような、少し残念そうなコメントが流れてゆきます。
現状確認済みの未攻略レイドモンスターはなし、未攻略のダンジョン、及び現在開催中の特殊イベントは以下の通り。
未攻略
1、クレタ風牡牛のラビリンス
2、東京レルネータワー
3、ヒッポリュテ杯オンライン大富豪大会(開催中)
4、エリュマントス酒類品評会(選考中)
「一週間で5つのミッションを達成し、未攻略が4つ」
「愚かで哀れなボンクラ冒険者にしてはなかなかのペースだと褒めてやるチョッキン」
急に落ち始めた稲光をバックに、ヒュドーラは悪者風の表情を浮かべます。カルキノスも悪ぶっているようですが、カニなので見た目はあまり変わりません。
<しかし振り返ってみると、例の救世光の話とニャンギマリドラゴンのことしか思い出せねぇ>
<たしかに>
<あとは某村長の汚ぇ顔と声くらいか>
<そっちは思い出したくもねぇ>
<小麦イベントじゃなかったはずなんだがなぁ>
攻略数としてはNJMが一応単独トップ、連合を組んでいるシュバリエと三帝がそれを追う展開ですが、そちらより私と救世光、南郷村長とのトラブルのほうが注目を集めてしまっているようです。
「大天使の話なら我々も一家言あるチョッキン」
「ですが今回はイベント進行を優先します♡ おろかな冒険者の皆様も、今回のイベントのモチーフが、ギリシャ神話におけるヘラクレスの十二の功業であることにはお気づきのことかと思います♡」
「現在確認されているレイドモンスター、ダンジョン、特殊イベントは攻略済み、未攻略あわせて9つ。未確認のモチーフがまだ三つ残ってるチョッキン」
「今日はその三つから、いちばん有名なモチーフを扱ったダンジョンを開放させていただきます♡」
ヒュドーラがびしりと指を立て。
「刮目するチョッキン!」
カルキノスが高らかに叫びます。
「モチーフはへラクレス十二の功業の最後の試練。ギリシャ神話における冥界の最奥タルタロスと、その番犬ケルベロス♡」
「そこにサメとグリフォン成分をたっぷりと混ぜ合わせてーー」
<待て!>
<混ぜんなそんなもん!>
チャット欄に悲鳴があがります。
「できあがるのは、この夏最大、最悪の水中牢獄♡」
「アクアタルタロス、展開開始チョッキン!」
画面が切り替わり、見覚えのある風景が映し出されます。
東京都江戸川区、葛西臨海エリア。
NJM所管のアンデッド因子感染症研究施設、ランタン・ラボの姿は小さく映っています。
水位の上昇により、ランタン・ラボ以外の施設はそのほとんどが水没しています。
<なんだあの建物>
<なんかモーセのなんとかみたいなことになってるんじゃが>
<医療施設かなにかか>
そこだけ何故か水没を免れているランタン・ラボの姿に気づいた視聴者のコメントが流れてゆく中、臨海エリアの海面が巨大な渦を巻き始めます。
水底に大穴が開き、そこに水が吸い込まれて行っているようです。
やがて渦の中心に、昏く、深い穴が口をあけ、水没していた建物を巻き込み、呑み込んで行きます。
それまで水没を免れていたランタン・ラボもまた、呆気なく奔流に呑まれ、大穴の中へと消えて行きました。
「……大丈夫なん、あれ」
ゴゲー。
群馬ダークが表情を強張らせました。
メェ (あれで最低限のラインはわきまえている)
メエェ(命の危険はないはずだ)
メメェ(限界ギリギリのラインまで突っ込むタイプではあるが)
やや自信なさげにバロメッツたちが、答えます。
このアクアタルタロスが、ヒュドーラが言っていた『六堂真尋さんを救出してMIYACOとNJMをフルボッコにするためのステキな舞台』なのでしょうか。
趣旨を考えると六堂真尋に生命の危険が及ぶことはないはずですが、さすがに大掛かりすぎて、普通に心配になってしまいました。
そうしてランタン・ラボが穴の中へと消えてゆくと、
サメェェェェェェェーーーーッ!
グリィィィィィィィーーーーッ!
無数の巨大鮫が穴の側面を遡って葛西臨海エリア、または水没エリアへと泳ぎだし、穴の中心から空中に舞い上がったグリフォンたちが空を埋め、更には。
サァメァドドドドドドドドドドドオォォォォーーーーーンッ!
<あっ……>
<そういえば生きてたなこいつ>
<ここで出てくるんか>
黄金の果樹園から姿を消していたメガサメラドンが、なにかに引き寄せられるように現れます。
本格的に大変なことになってきました。
「へっ、盛り上がってきやがったな、相棒!」
「まさにアポカニプス・ナウってやつチョッキン」
<盛り上げすぎだ>
<ラストステージみたいな勢いじゃねぇか>
<リソースの使いどころ考えろ>
視聴者たちが困惑気味、引き気味のコメントを投げる中。ヒュドーラは少し芝居がかった様子で、怪訝そうな表情を浮かべます。
そのままカメラの画角の外に出て行くと、
「え、嘘、ほんとうに?」
と、トラブルでもあったような声をマイクに入れました。
<また小芝居か>
<はよ進めんかい>
余計な小芝居をするのが芸風と思われているようです。手厳しいコメントを受けつつ戻ってきたヒュドーラは神妙な顔でカメラの前に立つと「皆さんにご報告しなければならないことがあります」と告げました。
「事前の確認ミスで、近畿武装冒険企業MIYACO所管のアンデッド因子感染症研究施設ランタン・ラボをアクアタルタロス内部に吸収してしまいました」
<さっきのアレか>
<なにやってんだ>
<いや、わざとだろ>
<蟹蛇はともかく他のスタッフはそこまでアホではない>
<某村長がやらかしすぎたのだ>
<研究所は別に関係ないと思うが>
「臨時措置として、内部に取り残された職員と収容患者の救助をお願いしたいチョッキン」
「アクアタルタロス侵入時に、アンデッド因子感染症への感染を72時間、100%予防する防護魔法を付与しますので、ご協力をお願いします」
「水着で動き回っても感染の心配はないチョッキン」
「ただし東京大迷宮の外では効果がありませんのでご注意ください」
「特別ボーナスも出すのでよろしくお願いいたしますチョッキン」
ヒュドーラとカルキノスはそろって頭を下げました。
うっかりミスでアクアタルタロスに呑み込んでしまったランタン・ラボ関係者の救助要請。
これ以降は、NJM以外の人間がラボに入って六堂真尋を連れ出してもシステム上のペナルティは受けずに済むということでしょう。