第83話 天潮鉄路の正体
「真尋ちゃんを助け出します。まずはそれだけです」
鞍居夜半が即答します。
「再発の理由がアンデッド因子の再投与なら、万能薬を一発キメれば完治ってことですよね」
「臨床データ収集に協力してもらえるなら救世光のパンを無償で供与しよう。アンデッド因子感染症への耐性も獲得できる」
背脂所長の提案に、鞍居夜半は「そうですね」とうなずきます。
「真尋ちゃんさえ良かったらそっちの方向でもよさそうですね。真尋ちゃん本人的にはどうです?」
「ぐぜひかりのぱん?」
六堂真尋は話についていけなかったようですが、パンといえばソル・ハドソンというイメージはあったようです、チャット画面上の私の表示エリアに目を向けるのがわかりました。
「ああそっか、救世光の発表のとき、真尋ちゃんもうラボでしたっけ」
「真尋ちゃんがラボに入った直後に、アンデッド因子感染症の特効薬になる酵母の存在が発表された。万能薬より安く手に入り、アンデッド因子への抗体を獲得できるらしい」
佐々木ユキウサギが六堂真尋に解説しましたが。
「……現実の話?」
なにかの冗談のように聞こえてしまったようです。
「真面目な話チョッキン。効果はカニらも確認済みチョッキン」
「ソル・ハドソンが発見した酵母になる」
カルキノスのコメントを背脂所長が補足すると六堂真尋は「なるほど、ソルさん」とうなずきました。
<ソル・ハドソン=理不尽な食べ物>というイメージを持たれてしまっている気がします。
六堂真尋のブラックドラゴンをニャーと鳴いて暴れまわるニャンギマリドラゴンに変えてしまった手前、否定はできませんが。
「……わかりました。そっちのほうで、お願いします」
やや腑に落ちない表情ながら、患者本人から同意が取れました。
「問題は、首の薬液リングだ。あれをどうにかしないと、不用意にラボからは連れ出せない」
「薬液リングについては私の従魔を使えば解除可能だ」
テケー。
佐々木ユキウサギの懸念に、背脂所長がスラコンを持ち上げて答えました。
「そっちのスライムをお借りして、ランタン・ラボに入って薬液リングを外して脱出……どっちにしてもバレたら即薬液リング起動させられそうな気が」
ムードメーカー兼、作戦立案役らしい鞍居夜半が考え込むような表情を見せます。
「治せる方法があるなら、アンデッド因子を再投与されて退院するまで待てばよくないかな?」
その間にカードを出し、四位の平民で抜けた六堂真尋が言いました。
「しれっと抜けてきましたね。落ち着いていてなによりです」
「待っても意味はあるまい」
天潮鉄路が口を開きました。
「六堂真尋をラボの外に出し、救世光による治療が成功すれば、MIYACOとNJMの面目は丸つぶれになる上、町田支部に対する支配力も失われる。アンデッド因子感染症を悪化したという名目でラボに監禁・隔離し続け、完全な人質として運用し続けることが最適解になるだろう」
「やっぱり迅速に救出しないとダメですよね」
鞍居夜半は考え込むようにそう言いつつカードを出しました。
そこで一度話が途切れたので、切り出せずにいた質問を出してみます。
「少し話が変わるんですが。天潮さんと今西大道は、どういうご関係なんでしょうか」
「私と今西大道は従兄弟の関係だ。クラスは今西大道が鉄道王、極性使い、将軍。私は鉄道王、極性使い、スタントダブルとなる」
メェ (スタントダブル)
メエェ(スタントマンか)
メメェ(そっちか)
バロメッツたちが納得の声をあげます。
スタントダブル、男性ならばスタントマン。
旧時代の映画などで、本来の演者に代わって危険なアクションを引き受ける芸能系クラスだそうです。
「今西大道のスタントマン兼ボディガードとして側に控え、必要に応じて入れ替わり、戦闘などで矢面に立つのが役回りだ」
列車の上に乗って高笑いをしたり、車両特攻をかけたりしていたのも、スタントの一貫だったのでしょう。
「MIYACOでの立場は、天潮重工代表取締役の弟にあたる」
MIYACOのAにあたる赤穂市の企業です。
「天潮重工はMIYACOの一角ではあるが、MIYACOには最後のほうに、強制的に参加させられた企業になる。兵庫エリアの南西端にあたる赤穂エリアを本拠地にしているため、西日本への物流の要衝を押さえている牧島農産や今西鉄道に対しては従属的な立場にある」
MIYACOで一番西に存在するせいで、牧島農産や今西鉄道を敵に回すと、東京との物流を遮断され、都市活動を維持できなくなってしまうのだそうです。
「また、今西鉄道の経営者である今西一族と、天潮重工の経営者である天潮一族は政略結婚をしていて姻戚関係にある」
似たような容姿に似たようなクラス構成の人間が二人いたのはそのせいなのでしょう。
「今西大道がスタントマンを使っているのは、NJM内部では知られている話なんでしょうか?」
町田支部の三人にとっては共通認識になっていたようですが。
「トップのみの機密事項だが、六堂義輝が生きていた頃、匂いでバサクロに気づかれてな。六堂親子には素性を知られていた。佐々木ユキウサギと鞍居夜半に素性を伝えたのは最近のことになる」
あと一組、ヒュドーラとカルキノスも把握しているようですが、このあたりは細かく追求しても仕方がなさそうです。
メー(今西大道としてラボに入って六堂真尋を連れ出しては?)
「ランタン・ラボは六堂真尋の主治医である久我覚子と、現広報・医療部長の牧島国母のラインで動いている。今西大道本人でも無理は利かない。それに今西大道の普段の行動パターンから考えるとラボに現れたらかえって目立つ」
「そもそものところで、今西大道本人が牧島国母の操り人形感ありますしね」
肩をすくめて言った鞍居夜半が、カードを出してあがり、1ラウンド目が終了します。
鞍居夜半が貧民、天潮鉄路が大貧民となりました。
普通の大富豪では、二ラウンド目以降は順位の高い順に手番が回るそうですが、東京大迷宮のローカルルールでは順位の低い順に手番が回ります。
一番手の大貧民となった天潮鉄路が3のカードを三枚出しました。
「旗を示せと言ったが、立場的に難しいというのが正直なところだ。現状でMIYACOに叛旗を翻せば、今度は天潮重工の本拠の赤穂に犠牲がでる。六堂真尋の救出を積極的に妨害はしない。この会合の内容は口外しない。今のところはそこが限度だ」
次の手番は貧民の鞍居夜半。
「まぁ、そこまで保証してもらえるだけでもありがたいです。パスで」
三番手は平民の六堂真尋。
「でも、どうすればいい? 私は自分じゃ出られないし、夜半さんもユキウサギさんも私には近づけない」
6が二枚出てきました。
四番手は私になります。
「そこは、巨蟹宮のほうが手を打ってくれる手筈です」
Jを二枚出します。
「はい、ただいま準備中です♡ ちょっと待っていただければ♡」
「とりあえず六堂真尋の身の安全はカニたちで保証するから蟹工船に乗ったつもりでいるといいチョッキン」
「ブラック労働の船ですよね、それ」
蛇蟹コンビに鞍居夜半がツッコミを入れました。
五番手は富豪の背脂所長。例によってカードには興味を見せません。
「後ほど、シュバリエの人間を交えて天潮氏と密談をしたい。場所を用意してもらうことは可能だろうか」
ヒュドーラとカルキノスのほうに目を向けて確認しました。
「ゲームが終わったあともしばらくここを開けておきますから、使ってもらえれば♡」
「お付き合いいただけますか、天潮さん」
「いいでしょう。時間の許す限り」
天潮鉄路が首肯すると、今回もまた、スラコンがテケーとカードを出しました。
六番手の佐々木ユキウサギも淡々とカードを出して手番が一巡します。
そこから先は、ヒュドーラとカルキノスの動きがわからないと話し合いのしようもないということで、ややだらだらとしたトランプ大会になってゆきます。
「嫌なら答えなくてもいいが、君は奨学兵団に?」
ロボットのような冷静さでカードを出しつつ、佐々木ユキウサギが言いました。
「はい、奈良の奨学兵団にいて、京都奪還作戦でアンデッド因子感染症に、それで除隊されて」
「そういうことですか、よく生きて除隊できましたね」
鞍居夜半がなにか知っているような調子で言いました。
「ボクもMIYACO系列の施設と奨学兵団の出身です。昔の名前は桂木ハロって言います」
「は組の6番、でしょうか」
冒険者になる前の私の高宮ロキと言う名前は、ろ組の9番から来ています。MIYACO傘下の児童保護施設で良くある名前の付け方になります。
「いえ、八六番です」
微妙に違ったようです。
ラウンドが進むにつれ、少しずつ空気が和らいでいく中、
「……どうして、ソルさんのものを食べるとみんなにゃーってなるの?」
六堂真尋からはそんな質問を受けました。
「そこは私にもよくわからなくて……」
なにも答えられませんでした。
そうして、五ラウンドが終了します。
最終的な順位は――。
1、六堂真尋
2、背脂ラード
3、佐々木ユキウサギ
4、ソル・ハドソン
5、鞍居夜半
6、天潮鉄路
となり、六堂真尋が予選通過となりました。
次の試合は明日8日。
六堂真尋本人も「次の試合なんて出られるのかな?」と心配していましたが、蟹蛇コンビが
「なんとかするチョッキン」「オンラインで大富豪大会に出られるくらいの身の安全と自由は確保します♡」と請け負っていました。
そうして試合と秘密の会合は終わり、背脂所長と天潮鉄路を残して、オンライン大富豪をログアウトします。
「この騒ぎがぜんぶ丸く収まったら、今度はまた、リアルで集まりません?」
別れ際、鞍居夜半が言った言葉に、
「はい、ぜひ」
とうなずいて。
結局ヒュドーラとカルキノスは具体的な話をしてくれなかったので、具体的な作戦を立てたりはできませんでした。
得られたものは、町田支部と天潮鉄路の事情に関する情報、新しい友人になれそうな人たち、また会う約束。
冷静に考えると、やや微妙な収穫かも知れませんが、不思議な満足感がありました。