第82話 ショーザフラッグ
オンライン大富豪大会のインターフェイスは、カードゲームのテーブルを模した大型のディスプレイウィンドウ。
カードを操作する小型ウィンドウ。
立会人1組とプレイヤー6組。合計7組分のカメラ映像を表示するチャットウィンドウ。
あわせて三枚のウィンドウで構成されています。
「では皆さん揃われましたね♡ それではヒッポリュテー杯オンライン大富豪大会!」
「予選第666試合開始チョッキン!」
チャットウィンドウの中の立会人ヒュドーラとカルキノスがいつもの勢いでゲーム開始を宣言しましたが。
「いえいえいえいえいえいえいえいえっ!」
NJM町田支部の鞍居夜半が勢いよく声をあげました。
「ちょっと待ってくださいなんですこの仕込み感バリッバリの組み合わせは!」
メェ (おお)
メエェ(ツッコミ要員!)
メメェ(貴重な人材だ!)
バロメッツたちが変なところで盛り上がりました。
「どういう意味でしょう♡ この大会の組み合わせは厳正な抽選と私達のノリと勢いで決まってるんですよ♡」
「厳正中立公平チョッキン」
ヒュドーラとカルキノスはいつもの調子で応じて首をかしげます。
なんとも言えない空気が漂う中。
「ノリと勢いと厳正中立公平は一致しないんですがご存じありませんか」
ツッコミ要員としてバロメッツの注目を浴びる鞍居夜半が手厳しいコメントを出しましたが、やはり相手が悪いようです。
ヒュドーラとカルキノスはどこ吹く風で続けます。
「このチャットルームでの会話は完全防諜となっています♡ どこから参加していても誰かに聞きとがめられる心配は全くありませんから遠慮なく腹を割ったり探り合ったりしてくださいね♡」
「ちなみに我々は六堂真尋がランタン・ラボにいること、ここ三年間のステータス変動状況を把握し、その情報をソル・ハドソンに提供しているチョッキン。同席の背脂ラードはシュバリエ系列のアンデッド因子研究施設、背脂研究所の所長で、例の救世光の主任研究者チョッキン」
カルキノスの説明を受けたNJMの面々が息を飲むのがわかりました。
「では、ゲームをはじめてください♡」
カードが配られ、試合が始まりました。
「真尋、体の調子は?」
沈黙を破ったのは、一番手の佐々木ユキウサギ、静かな口調で六堂真尋に確認しつつ、三のペアを出しました。
「うん、大丈夫。今は万能薬の投与前診断の途中」
入院用パジャマ姿の六堂真尋が、明るい口調で言いました。NJMの面々に心配をかけないようにしているのかも知れませんが、本来は活動的な気質なのかも知れません。
メェ(レディの手番だ)
二番目は私、4のペアを出しました。
三番手は六堂真尋、しばらく真面目に考え込むような表情を見せたあと。
緊張、緊迫した空気にぶつけるように大きな声を出し、
「……パスです!」
と、宣言します。
意識的に、努力して元気な声を出しているように感じられました。
「……こっちもパスします。それで一体、なにが目的なんです? この謎メンバー」
四番手は鞍居夜半です。
「六堂真尋のステータス履歴というのは?」
五番手は背脂所長ですが、カードのほうには興味なさげに言いました。
代わりにスラコンが操作をしたらしく、8を二枚出して場を流しました。
「データを送るチョッキン」
カルキノスがデータを送ったようです。大富豪のほうは完全にスラコンに任せて視線を動かした背脂所長は「なるほど」と呟きました。
「万能薬を投与し、完治したあとに因子を再投与しているのか」
「ご明察です♡」
ヒュドーラが笑顔で応じ、
「ちがいます」
六堂真尋は首を横に振りました。
「私のアンデッド因子感染症は特殊なタイプで、万能薬を使ってもまた再発してしまうんです」
「そうか」
背脂所長は静かに応じました。
「その説明は、一体誰から聞いたものだろうか」
「主治医の先生、です」
六堂真尋は震えのまじった声で答えました。
「フルネームは?」
「久我覚子。ランタン・ラボでの真尋ちゃんの主治医だ」
佐々木ユキウサギが短く答えました。
「わかった。少し待ってくれ」
背脂所長は数秒の間を置いて、再び口を開きました。
「今確認したところ、万能薬での回復後、アンデッド因子感染症が再発したという症例は二例のみ。ただし、どちらも自然再発ではなく新たな感染源への接触による再感染になる」
「一体なにを確認したんです?」
鞍居夜半が質問します。
「MIYACOやシュバリエ、三帝などを含めた武装冒険企業のアンデッド因子感染症共同症例データベースの情報だ」
ボイスチャットの公開メッセージ機能でデータベースのアドレスが送られてきました。
「万能薬の投与を複数回行った上でなおも再発を繰り返すという症例は、六堂真尋自身の症例を含めてひとつも報告されていない。ただし、久我覚子と言う医師自身は、NJMのアンデッド因子感染者についての症例報告を現在まで継続的に行っている」
六堂真尋は目を見開き、言葉を失いました。
「症例報告をできるような治療をしていなかった、と仰りたいんで?」
鞍居夜半が軽い口調、厳しい表情で確認します。
「その通りだ。不審に思ったことはないのか? 何故六堂真尋だけが、三度もの万能薬の投与を経てアンデッド因子感染症の再発を繰り返すのか」
背脂所長がそう応じる一方、操作を受け持ったスラコンがテケテケと手を進めます。さすがにトランプどころの雰囲気ではなく、時間切れパスばかりとなっています。
メェ (一応カードを切っておこう)
メエェ(これでどうだ)
メメェ(やる以上は負けられん)
バロメッツたちも私の手札を動かして行きます。
「不審に思わなかったわけではない。だが、疑ったのは、むしろ万能薬の投与や品質のほうだった」
冷静な口調で言いながら、佐々木ユキウサギがカードを切って――最初の大富豪になりました。
いわゆる並列処理能力の高いタイプのようです。
テケ!
メー!(やられた)
続くスラコンとバロメッツたちの富豪対決はスラコンが制し、バロメッツたちが三番手で勝ち抜けました。
次の手番は時間切れパスを続けていた六堂真尋から。
「どうしてそんな、お金のかかることを」
少し気分が落ち着いてきたようです。六堂真尋は5のカードを出しながら呟きます。
回答したのは天潮鉄路でした。
「エピッククラス保持者三人に、ブラックドラゴンをつなぎ止めるためのコストとしては、年にひとつの万能薬投与は破格の安さだ。佐々木ユキウサギと鞍居夜半、バサクロはNJMという組織ではなく、君の父親である六堂義輝の人柄によって町田支部に身を置いていた。六堂義輝がNJMからの独立を考えればそれに従い、NJMにとっては重大な脅威になる可能性があるともみなされていた。そして六堂義輝の死後は、その忘れ形見である六堂真尋を守ることが彼女らがNJMにいる理由となった。それ故に、NJM、MIYACO上層部にとって、君は絶対的な忠誠を誓わせなければならない存在だった。君さえおさえておけば、町田支部の戦力――エピッククラス三人にブラックドラゴンを完璧な形で支配下におくことができる」
「結果的にそうなったんだろう、と思おうとしてたんですけど、やっぱり意図的だったんですね」
鞍居夜半が鼻でため息をつきました。
「まったくとんだボンクラピエロです」
なおこの間、天潮鉄路と鞍居夜半はカードに触らず、六堂真尋だけが静かに手札を減らしていました。
「夜半は、疑ってたの?」
更に手札を減らしながら六堂真尋は訊ねます。
「どうもNJMに都合よく動くなー、という程度の認識はありました。ただそう思い始めた時には真尋ちゃんに首輪がついてましたんで、具体的なことはなにもできませんでした」
疑念を持っている、と思われること自体が危険だと認識していたのでしょう。
「ランタン・ラボがなにをしていたのかは理解した。だが、我々にそれを伝えてなにをさせたい?」
天潮鉄路がヒュドーラとカルキノスに問いかけます。
「NJMが六堂真尋さんにやっていたことを踏まえて、皆さんはこれからどう動かれるのか。それを確認させてください♡」
ヒュドーラの言葉と共に、カルキノスは左右のハサミをかかげ、金色の爪楊枝に紅白の旗を刺した飾り旗を突き上げます。
「旗を掲げろってやつチョッキン」