第80話 ストロガノフとスイーツと真実と
「皆さん、引き上げましょう」
憤怒を押し殺した様子の南郷フミヒコが指示すると、ブラックドラゴンは唸りながら従いました。
佐々木ユキウサギと鞍居夜半も無表情で追従します。
「あのひとら、なんで南郷村長の言う事聞いとるん?」
「薬液リングだと思います。六堂真尋さんがアンデッド因子の感染者で、薬液リングを首につけているとすると、NJMはそれをいつでも作動させて六堂真尋さんを処分することができます」
「……なに、それ」
群馬ダークは鳥肌が立ったような表情を見せました。
ゴゲー!
マンドラゴラたちが義憤の声をあげます。
私も胸が悪くなりましたが、この場ではなにもできませんでした。
救世光のパンをバサクロに渡して六堂真尋に届けてもらう、という手も考えましたが、この様子だと、パンの効果が現れる前に薬液リングを作動させ、“救世光なんてインチキだ”という主張の材料にされかねない気がします。
立ちふさがっていたオフライン弁慶たちも、引き上げていく南郷村長たちを捕まえて袋叩きにするつもりはないようです。
手は出さず、南郷村長たちに道を空けました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/物理フルボッコはなしか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/やってもしょうもないリンチにしかならんからな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あとはNJMとかMIYACOとか生産村の問題か
引き上げていった南郷村長は、その日の内に生産村の村長を辞任すると発表。
NJMは生産村との提携の終了と生産村からの撤退。幹部級冒険者の解任、減給処分を発表。
私が所属していた奨学兵団からは、南郷フミヒコに私の個人情報を提供した職員の解雇が発表されました。
犯人は『論破神TVを熱心に視聴する南郷フミヒコの熱狂的ファン』であり、その目的は『南郷フミヒコに恥をかかせたソル・ハドソンに制裁を加えること』だったそうです。
どこまで本当なのかはわかりませんが。
NJMやMIYACOの信頼、社会的地位を回復するには物足りない内容ですが、ここまで来てしまってはソル・ハドソンやその支持者たちとの関係改善や、信頼回復などは不可能と開き直り、最低限の尻尾切りで済ませようという判断になったようです。
今西大道や牧島国母といった指導者クラスについては、東京への着任は最近で、生産村との提携などについては直接関与していなかったため、処分は減俸のみだったそうです。
インターネットでかけられていた私と群馬ダークへの賞金も取り消され、一応平和が戻ったのですが、やはり気になるのは、NJM町田支部の六堂真尋のことです。
ブラックドラゴンのバサクロの言葉が真実なら、おそらく潜伏型のアンデッド因子感染症患者。
治療の術が手元にあるのに放っては置けません。
背脂所長とも相談し、シュバリエ経由で接触をはかってもらったのですが、六堂真尋本人は連絡先も消息も不明。佐々木ユキウサギや鞍居夜半からは『ご相談することはなにもありません』という回答でした。
仕方がないので、裏技を使うことにしました。
救世光の公表から一夜明けた七月七日。
以前に押しつけられた連絡先に招待メッセージを飛ばしてからバーネットのカメラを回し、神代牛のヒレ肉、以前作った神代牛骨のフォンドブフを使ったビーフストロガノフを調理します。
配信範囲は招待者限定。
接続者数は0から、数秒で2になりました。
玉ねぎはドンレミ農場産、バザールで買った東京産マッシュルームも使います。
白ワインに神代牛セットのサワークリーム、生クリームも加え、全力で仕上げて行きます。
メェ (神代の牛が)
メエェ(聖なる手で生まれ変わり!)
メメェ(新たな食のマイソロジーが刻まれる!)
バロメッツたちのテンションもいつにもまして高まっています。
レジェンダリーを作るくらいの気合いだったのですが、フライパン料理ではレジェンダリーベーカーの力が乗り切らなかったようで、レアリティとしてはエピッククラスに収まりました。
それでも目的は達成できたようです。
「ジュルルッキン……ゲフン、用件を聞こうかチョッキン」
蟹座イベントの主催モンスターにして巨蟹宮主カルキノスがバーネットの窓を叩いて姿を現しました。
「とりあえず食べてください」
救世光のバゲットにパセリとオリーブオイル入りガーリックバターを塗り、オーブン・石窯召喚スキルでリベイクして仕上げたガーリックトーストを添えて、カルキノスに差し出しました。
「フオオオオオッ! すばらしい! すばらしいチョッキン!」
ンメエェェェッ!(もはや神代の味ではない!)
ンメエェェェッ!(これぞ旨味の精髄!)
ンメメェェェッ!(コズミック・ガストロノミー!)
「ハサミが止まらないニャッキィィィィィィン!」
カルキノスとバロメッツたちが黄金のオーラを纏って大騒ぎするのを横目に、今度はスイーツづくりに取り掛かります。
一品目はイチゴ、ブルーベリー、キウイとカスタードを使ったタルト。
二品目はビターチョコ、ミルクチョコのテリーヌを一段ずつ焼き固め、最後にホワイトチョコのムースを乗せて冷やしたトリプルショコラのテリーヌ。
三品目はハニーレモンのシフォンケーキ。蜂蜜シロップとミントを添えます。
そこまで仕上げたあたりで、いつの間にかバーネットの車内に入ってきたもうひとりの巨蟹宮主、ヒュドーラがテーブルに張りつくようにして私の手元を見つめていました。
一応これで捕獲成功でしょうか。
最後にキャラメルフレーバーのミルクティーを添えて、車外に置いたテーブルで提供します。
「よう相棒、食い物ひとつでつられちまったのか、ちょろいカニだぜ」
「こきゃあがれニャッキン。てめぇこそ結局スイーツが出てきた途端に落ちやがったじゃねえかニャッキン!」
よくわからないテンションで軽口を叩きあったカルキノスとヒュドーラはビーフストロガノフとスイーツの盛り合わせを口に運びました。
「カニミソがとろけるチョッキン!」
「あー、ほんとにだめだって、これ、毒抜けちゃう。またわからされちゃうにゃああああん♡」
サクメェ(サクサクのタルト生地に、爽やかなフルーツが妖精王のダンスを踊る)
ンマメェ(濃密にして玲瓏にほどけるチョコレートの艶やかなる混沌)
フワメェ(春の空気のごとき軽さに甘やかさ、そして若木の爽やかさ)
バロメッツたち共々発光しつつ、大騒ぎをしながら平らげて行きます。
結局どちらも、ビーフストロガノフとスイーツの盛り合わせを平らげたカルキノスとヒュドーラは、紅茶のカップを傾けながら、
「では、用件を聞こうチョッキン」
「こんなにいっぱい食べさせられちゃったら、無視はできませんからね♡」
上機嫌にそう言いました。
早速六堂真尋のアンデッド因子感染症疑惑のことを相談してみると。
「ちょっと待つチョッキン、ステータスデータ、チョイチョイチョッキン」
「うわ、なにこれ、ひどい」
カルキノスが小さなウィンドウを開き、そこをのぞいたヒュドーラがぎょっとしたような声をあげました。
「どうかしましたか?」
「六堂真尋のステータスデータを確認したチョッキン。確かにアンデッド因子感染症チョッキン」
「因子自体はかなり弱いタイプで、余命は一年くらいはありそうなんですが」
「投薬履歴がやべぇチョッキン。万能薬を年に一回のサイクルで投与されてるチョッキン」
メェ? (年に一回?)
メエェ?(どういうことだ?)
メメェ?(万能薬が効かなかった?)
バロメッツたちも戸惑った声を出します。
「万能薬の初回投与は三年前チョッキン。投与直後はちゃんと回復してるのに、毎年数日でまた因子が検出されるチョッキン。それを三年連続で繰り返してるチョッキン」
「再発を繰り返している、ということでしょうか」
万能薬は万能ではないということなのでしょうか。
「万能薬で再発は起こりません」
ヒュドーラは真顔でそう言いました。
「因子の再投与による再感染のようです」




