第8話 敬意と信頼
そう待つこともなく、通信が飛んできます。
メメェ(こちらブラック、アークシャークを目視した。風上から回り込んで誘導をかける)
「了解しました。食べられないように気を付けて」
メメェ(心得ている)
落ち着いた調子で応じた黒いバロメッツですが。
間もなく。
メメッ!?(なにぃっ!?)
不穏な声を上げ、通信が途絶えました。
「トラブルですか!?」
再度の呼びかけに応じたのは、先にアークシャークを追跡していた白いバロメッツでした。
メエェ(こちらホワイト。余計なものが匂いに釣られてきた。アークシャークとは別にレイド級のグレーターグリフォンがブラックを追跡している。グレーターグリフォンだけを引き離すのは困難だ。作戦の中止を提案する)
グレーターグリフォンという単語は初めて聞きますが、鷲とライオンが合体したモンスター、グリフォンの強力なものでしょう。
「追いつかれそうですか?」
メメェ(こちらブラック、距離はキープできている)
今度は黒いバロメッツから応答がありました。
メメェ(差し迫った危険は無いが、このままではそちらに二匹連れて行ってしまうことになる)
「構いません。距離が確保できるようならそのまま誘導を続け、予定通りバスケットの投下をお願いします。モンスターに距離を詰められるようならそこで放棄を」
メメェ(二匹同時となると動きを読みきれない。君のリスクが大きい)
「ここで戦闘不能になっても復活できるんですよね?」
バイタルを削りきり、ブラックアウトするようなダメージを受けたとしても、PPが半分なくなって装備品がロストするだけのはずです。
メエェ(仕様的にはそうなっているが)
メメェ(無謀な行動を推奨するものではない)
「正面から突撃をかけるわけじゃありませんから」
メエェ(やれやれ、どこまでも酔狂なレディだ)
メメェ(くれぐれも慎重に動いてくれ)
メエェ(先行して戻る。追加の餌を用意してもらいたい。奴らを分散させられないか試してみよう)
白いバロメッツが言いました。
「わかりました」
メメェ(では、こちらは少し時間を稼ぐとしよう)
「お願いします。気を付けて」
電磁トラップに二つ目のチキンステーキサンドを設置し、スタンバイモードに。
間もなく白いバロメッツ、続いて黒いバロメッツ、最後に二匹の大型モンスターが姿を現しました。
警告:
レイド級モンスター『グレーターグリフォン×1』出現。
メメェ(よーしこっちだ! ついてこいついてこい!)
チキンステーキサンドを抱えた黒いバロメッツが二匹を挑発し、時間を稼いでいる間に、白いバロメッツが飛んできます。
メエェ!(餌を!)
「これを!」
三つめのチキンステーキサンドを私の手からかすめ取った白いバロメッツが再び上昇し、大型モンスター二匹の分断にかかります。
予定外のグレーターグリフォンのほうが先行してしまっていて、肝心のアークシャークのほうは遅れてしまっています。
メメェ(おまえさんはこっちだ!)
後方のアークシャークに狙いを定め、誘導にかかる白いバロメッツですが、反応は芳しくありません。
メエェ(ダメだ! こちらに気付かない!)
新しいチキンステーキサンドが目に入っていないようです。
「グレーターグリフォンに閃光弾を使います。ブラック、そのままグレーターグリフォンを電磁トラップ近くまで誘導してバスケットの投下を!」
アイテムボックスから閃光弾を引き出しながら指示を出します。
メメェ(了解した! 降下する!)
黒いバロメッツが軌道を変え、電磁トラップに向けて疾駆。
チキンステーキサンドのバスケットをトラップの中心部へと投下すると、グレーターグリフォンも急降下に転じます。
「閃光弾、投擲します!」
警告の声をあげ、ピンを抜いた閃光弾を投げます。
投擲スキルとストレンクス効果の乗った閃光弾は狙い通りグレーターグリフォンの頭部付近で炸裂、閃光を放ちます。
視界を奪われたグレーターグリフォンは、そのまま勢いよく地面に激突、何度も跳ね転がって地面に倒れました。
仕留めたのではなく、少し目を回した程度のようですが、少しの間おとなしくしてくれていれば、それで充分です。
「シャアァァァークッ!」
少し遅れて飛来したアークシャークが、独特の声と共にトラップ内のチキンステーキサンドに突進して行きます。
餌に食らいつくタイミングに合わせ、電磁トラップの無線スイッチを入れました。
ドン!
重々しい音とともに電磁トラップが作動、落雷のような光がトラップエリア内を駆け回ります。
「シャ! シャ、シャシャシャシャシャ!? シャァーックーッ!」
どこかコミカルな悲鳴を上げ、ビリビリと痙攣をしたアークシャークは、そのままどさりと地面に落ち、おとなしくなりました。
電磁トラップの放電時間は三秒、その後の麻痺時間は七秒程度。
安全が確保できる時間はほとんどありません。
放電終了のタイミングを見計らってアークシャークに駆け寄り、
メメメメメメメメメメメメメメメメ……。
と声を上げている灰色のバロメッツを歯と歯の隙間から引き抜き、回収します。
メッ (うっ)
メエェ(よし!)
メメェ(すぐセーフティーエリアに!)
あとはセーフティーエリアに戻れば作戦終了、なのですが、逆に言うとセーフティーエリアに戻るまでは作戦継続中です。
「シャァァァークゥー……」
電磁トラップのショックから回復したアークシャークが、低い唸り声を上げて再び動き出します。
「グリィィィィィィィィッ!」
目を回していたグレーターグリフォンも目を開けて動き出しました。
サメといいグリフォンといい、本当にその鳴き声でいいんですかと聞いてみたくなります。
もう一度閃光弾を使って逃げようと思ったのですが。
「シャァァァァァ――ーック!」
「グリィィィィィィィィーッ!」
アークシャークもグレーターグリフォンも私たちに興味を示すことなく、電磁トラップの真ん中で焼け焦げているチキンステーキサンドの残滓に飛びついていきました。
ちょうど一匹にひとつずつ、一口で呑み込んでしまいます。
「シャークシャーク」
「グリーグリー」
電撃で大分焦げてしまっていますが、食事効果は残っているようです。二匹のモンスターの体が光って、ダメージが回復して行くのが見て取れました。
アークシャークは空中に静止し、グレーターグリフォンは地面に鎮座する恰好で動きを止めます。
その間に私達は、セーフティーエリアへと離脱しました。
メエェ(ゲームセットだ)
メメェ(怪我がなくて良かった)
二匹のバロメッツが戻って来ます。
目を回していた灰色のバロメッツも息を吹き返しました。
メェ (ここは……)
メエェ(気がついたようだな)
メメェ(サメの口の中はどうだった?)
メェ (得がたい体験だったよ。君らも試してみるといい)
そんな言葉をかわした三匹は、くるりと私の方に向き直りました。
メェ (ありがとう、レディ)
メエェ(厚意に感謝を)
メメェ(勇気に敬意を)
私の前にふわふわと浮かんだ三匹の体が、きらきらした光の粒子を放ちます。
蛍の光のように動き、寄り集まった光の粒子は、二つの光の塊となり、一方は水晶のような、もう一方は黒曜石のような色と質感をした、ふたつの結晶に姿を変えました。
メェ (秘石『敬意』)
メエェ(秘石『信頼』)
メメェ(感謝の証しとして受け取って欲しい)
敬意と信頼というのは概念的なものではなく、本当にそういうアイテムがあったようです。
手を触れてみるとウィンドウが開き、アイテムの説明文らしきものが表示されました。
秘石『敬意』『信頼』
レアリティ:シークレット
トライスター・バロメッツとの友誼の証し
・ゾディアック装備の生産素材として使用可能。
・このアイテムを持つ者は《アリエス》属性のモンスターの先制攻撃を回避できる。
・二点同時に使用することでテンポラリモンスター、トライスター・バロメッツのパーマネント化、従魔化が可能(※この情報はテンポラリモンスター、トライスター・バロメッツには認識できない)
・バザール出品不可
・譲渡不可
メェ (実を言うと、我々の敬意と信頼は隠しアイテムなのさ)
メエェ(チュートリアル段階でこの報酬を獲得したのは君が初めてだ)
メメェ(達成可能期間が極めて短いのでね)
してやったり、というな調子のバロメッツたちですが、一番重要な部分については理解していないようです。