第79話 タヌキ・レザレクション
手元のウィンドウで公開実験の画面を開くと、強化ガラスの檻に横たわるタヌキの姿が映し出されます。体毛はほとんど抜け落ち、肉も腐って欠けていました。
画面の隅には、
TNK003
ホンドタヌキ
オス
感染レベルⅣ
と表示されています。
「ソル・ハドソン製、救世光酵母のパンを投入する」
スラコンに入れていたプラスチック瓶の蓋をとった背脂所長は、コンテナの給餌用チューブを通じてサイコロ状にカットされたパンを流し入れます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/そこ?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/遠くないか?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/アンデッドがパンを自分で喰うのか?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/直接腹に押しこむのかと思った
コメントの指摘通り、パンは檻の手前側の餌皿に積み上げられました。檻の奧のタヌキとはやや距離があります。
「爆神・クワイエット、世紀の大実験が始まった模様です。今回はエクスプロージョンを抑えて爆神・エレガントスタイルでお送りしたいと思います」
妙に神妙な様子の爆神暴鬼の実況も聞こえてきました。
オフライン弁慶やネット配信の視聴者たち、南郷村長らが息を飲む中。タヌキはすっと起き上がりました。
(>Д<)ゴゲー/はじまったか
(>Д<)ゴゲー/アンデッドといえど、否、アンデッドであればこそ、救世の光には逆らえぬ
(>Д<)ゴゲー/後方ゴゲり面
農場のチャットではそんな会話がされていたそうです。
やや怪しい足取りですが、ほぼまっすぐに動いたタヌキはパンに鼻を近づけ、ためらいなく食いつきました。
タヌキの口元から淡い光が生じて、腐り落ちていた頬の肉が再生を始めます。
「ば、爆神・アンバリーバボー……完全にアンデッド化していたタヌキが回復、いえ、復活を始めました……」
どろどろに腐っていた眼球が澄み渡り、光を取り戻します。
折れていた左前足の骨が整復され、肉が再生し、体の毛並みが艶やかに回復してゆきます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/よみがえっていく、タヌキのモフみが……
Ꮚ・ω・Ꮚメー/オーマイガー……
Ꮚ・ω・Ꮚメー/イッツキュート
Ꮚ・ω・Ꮚメー/わかってた、予測はできた。だがやはりこう言わざるを得ない、なんじゃこりゃ!
そうして完全に、アンデッド因子に冒される前の姿と生命を取り戻したタヌキは、カメラのほうに向き直ると。
ポコニャーッ!
と鳴き、前足でガラスを叩き始めます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/今回はポコニャーか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/とんだ副作用があったもんだぜ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/タヌキのアイデンティティが失われてしまった
Ꮚ・ω・Ꮚメー/予測は可能、回避は不可能
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ポンポコポンポコガラスを叩いておるわ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あらぶっておられる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/脳みそ治ってないんじゃないのかこれ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/いや、おかわりの要求だ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/復活と引き換えに小麦粉に脳を焼かれてしまったのだ……
本当にパンの追加要求だったようです。背脂所長がパンの追加を流し込むと、タヌキはすごい勢いで食いついてゆきました。
タヌキの実験は無事成功。次のシカについては救世光を使ったシュバリエ製の食パンに試料を変更して投与します。
この場合完全回復までには10分程度の時間がかかりましたが、アンデッド因子感染症そのものは無事に回復しました。
(>Д<)ゴゲー/回復速度が遅いけどシカニャーとはならないのか
(>Д<)ゴゲー/副作用が抑えられているともいえる
(>Д<)ゴゲー/まぁ無視しても大して困らない副作用だが
(>Д<)ゴゲー/効果がマイルドで量産性が高いのはこっちか
最後の馬のアンデッドもシュバリエの救世光食パンで回復。三匹の実験動物はすべて、アンデッド因子感染症からの完全回復を果たしました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/三・種・全・頭・完・全・回・復
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あーこれ歴史かわっちまったわー(チラッ)
Ꮚ・ω・Ꮚメー/こっち見んな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/動物実験じゃなぁ。本丸は人間だろ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/公開実験してないだけでプライバシーに配慮した臨床試験の映像なら普通に公開されてるぞ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/コンテナに感染者突っ込んで連れてきて公開実験とかやったらさすがに炎上案件すぎるからな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/空輸されてきたタヌキさんシカさんウマさんの人権はどうなるんだポン
Ꮚ・ω・Ꮚメー/パン食ってればいいんじゃね
Ꮚ・ω・Ꮚメー/実験動物が馬と鹿だったのはなにかの暗示なのか
「以上にて公開実験を終了する」
背脂所長がそう告げると、配信は『当実験映像へのお問い合わせは シュバリエ社広報部まで』という表示に切り替わります。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/終わった
Ꮚ・ω・Ꮚメー/終わったな、いろんな意味で
Ꮚ・ω・Ꮚメー/チェックメイトで万事窮した
Ꮚ・ω・Ꮚメー/四面楚歌ロックフェス
Ꮚ・ω・Ꮚメー/某村長はごめんなさいしないといけないよね
Ꮚ・ω・Ꮚメー/いきなり他人の個人情報暴露するとか終わり散らかしとるがな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/一体何がしたかったんだ?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なんとか大天使を論破したかったんやろなぁ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ここからできる論破があるんですか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/工作員っぽいコメントも一気に黙ってしまった
Ꮚ・ω・Ꮚメー/こんなん恐ろしくてなんもできんやろ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/自分が工作員だったら一気に禿げあがる自信がある
私のチャンネルのコメントだけでなく、SNSなどの趨勢もこの時点で決まっていたそうですが。
撮影を終えた背脂所長はアイテムボックスから明太フランスを出して食いちぎると、顧問弁護士であるゴーシュ駒人と一緒に南郷村長とNJMのメンバーたちに歩み寄っていきます。
南郷村長と背脂所長とはあまり接点がないそうですが、ゴーシュ駒人は怖かったようです。南郷村長は頬と膝を痙攣させて後ずさりました。
対するゴーシュ駒人は落ち着いた態度で足を止め「大変申し訳ありません」と告げました。
「シュバリエ社や薬師院連合にはソル・ハドソン嬢の熱狂的な支持者が多いもので、過激な行動に出てしまったことをお詫びします。既に解散の指示を出しておりますので少々お待ちくださいますよう」
下手に出たゴーシュ駒人ですが、本当のターゲットは南郷村長ではなく、その前に出された佐々木ユキウサギと鞍居夜半、ブラックドラゴンだったようです。
「現在私共は救世光の臨床試験にご協力いただける冒険者の方を募集しております。NJMやMIYACOの関係者の中に、アンデッド因子関連疾病をお持ちの方がおられましたら、ご遠慮なくご相談ください。秘密厳守にて対応させていただきます」
「え、NJMの人間にアンデッド因子に感染した人間などおりません!」
南郷村長は甲高い声でそう叫びます。
「アンデッド因子に感染した人間にキッチンカーを営業させるような組織と一緒にしないでいただきたい!」
自分の主張の一貫性を保つための発言だったようですが、これが決定的な失言となりました。
「おい!」
凄まじい声量で叫んだのは、先のゲリュオン戦でニャンギマリ状態になっていたブラックドラゴンのバサクロでした。
普通に喋れるタイプの従魔だったようです。
「ふざけるな、それが真尋を散々前線に出して戦わせ続けていた人間がいうことか!」
メェ (六堂真尋か)
メエェ(あのマフラー)
メメェ(薬液リングの隠蔽用だったか)
バサクロの本来の主人である、十歳くらいの竜使い。
7月のイベントなのにマフラーをつけていましたが、アンデッド因子感染者向けの自動殺害装置、薬液リングを隠す目的だったようです。
バサクロの逆鱗に触れ、結果的に更なる窮地に陥った南郷村長は顔を真っ赤にし、わめきだしそうな表情を浮かべました。しかし、ぎりぎりのところで踏みとどまったようです。罵声を呑み込むように喉を鳴らし、目を泳がせたあと、取り繕うような笑みを浮かべて、黒い竜を見上げました。
「……真尋さんのことを伏せたのは、真尋さんのプライバシーを守るための措置です。もう少し冷静になってください。真尋さんの従魔である貴方が軽率な言動を取れば、その責任は貴方の主人である真尋さんにも及ぶことになるのですよ」
「めっちゃ圧力かけとる……」
ゴゲー……。
群馬ダークがそう呟き、マンドラゴラたちが腹立たしげに鳴きました。




