第77話 暴露
ゲイボルグ弁慶は強力な冒険者ではありましたが、三対一の状況にされてしまった時点で勝ち目はありませんでした。
佐々木ユキウサギの大剣グロスメッサーの一閃を大盾と装甲騎士カタフラクトの防御スキルで受けきりましたが、鞍居夜半の痛烈な蹴りでケージと呼ばれるPVPフィールドの天井近くまで蹴り上げられ、最後は首を振ったブラックドラゴン、バサクロのブレスでブラックアウトに追い込まれてしまいました。
「ゲイボルグ弁慶!」
「そんな、ゲイボルグ弁慶がやられちまうなんて……」
「どうすりゃいいんだよ」
残されたオフライン弁慶たちが絶望の声を上げる中。
「しっかりするでござる」
弁慶覆面に更にサングラスをかけて入念にプライバシー保護をした女性の弁慶が、戦闘用らしい金属のヨーヨーを手に前に出ました。
声も変えているようですが、どこかで会ったような気がするのは気のせいでしょうか。
「我らこそが聖地を守る最後の城壁。群テスを見守る壁でござる」
「殺人ヨーヨー弁慶!」
その名前でいいのでしょうか。
「次はあなたの番でしょうか? もうお一人しかいないようですが」
南郷村長は煽るように言いました。
前に出た殺人ヨーヨー弁慶ですが、他の弁慶たちは佐々木ユキウサギや鞍居夜半、ブラックドラゴンたちの存在感に圧倒され、身動きが取れないようでした。
「何人でも同じことでござる。我らは壁、ただ壁の本懐を果たすのみでござる。虎は死して皮を残す。豚は死して肉を残すと申すでござる」
ちょっと意味がわかりません。
南郷村長も意味がわからなかったようで、妙な沈黙が生まれました。
「音声を入れて記録と配信を」
バーネットにそう指示をして、キッチンカーを降りました。
私の存在にはもう気づいていたようです。南郷村長は笑顔でこちらに視線を向けてきました。
「ソル・ハドソンさん! 先日は大変失礼をいたしました! 今日私達は生産村の治安を脅かす覆面冒険者集団の追放運動を行っております! ここは生産村役場の人間とNJMの皆さんに任せてお通りください!」
メェ (そうくるか)
メエェ(レディ本人は迂回して周囲だけを攻めて圧力をかける)
メメェ(オフライン弁慶を相手に絞れば名分や言い訳も立つ)
「オフライン弁慶団の皆さんが、一般の冒険者の方々にご迷惑をかけたんでしょうか?」
「はい! 村役場に苦情が殺到しております!」
南郷村長は大きく声を張り上げました。
オフライン弁慶団が相手にしているのは農場に近づくモンスターや不審な冒険者の類だけのはずですが、苦情だけならNJMあたりを動員すれば出し放題でしょう。
「村役場の公式サイトにオフライン弁慶団の被害情報と注意喚起のページを設置しておりますのでご確認ください!」
なにか適当な被害者と被害情報をでっち上げてきたようにしか思えませんが。
「ここは危険ですので農場のほうまでお送りいたします! さぁ、お送りして!」
南郷村長はNJMでなく、動員された村役場の職員らしき冒険者たちに顎をしゃくります。職員達はこわばった表情でこちらに駆け寄ってきましたが、すり抜けて前に出ました。
町田支部の二人、ブラックドラゴンと一人で向き合う格好になった殺人ヨーヨー弁慶の横に出て「二対二でお願いします」と言いました。
「なにをおっしゃるんです! ソル・ハドソンさん、貴方のような高ランク冒険者がオフライン弁慶団のような悪質迷惑系冒険者に与するというのですか!」
「……あの、壁の前に推しに出てこられてしまうと壁の立場がないのですが……」
南郷村長が叫び声をあげ、殺人ヨーヨー弁慶が小声で言いました。
大げさなリアクションを見せる南郷村長ですが、この流れは想定済み、むしろ望むところだったようです。
目と口元は笑っていました。
「ソル・ハドソンさんがそのおつもりならば、お受けするのはやぶさかではない、と申し上げたいところですが、PvPは拒否させていただきます!」
私を挑発し、PvPに引きずり込むつもりかと思ったのですが、南郷村長の意図はまた別にあったようです。
もったいぶるような間を少し置いた後、南郷村長は続けます。
「アンデッド因子保有者を相手に不用意に戦闘行為を行えば、重大な感染リスクが発生してしまいますので! ご理解いただけますよね! 奈良俊英奨学兵団をアンデッド因子への感染で除隊となった高宮ロキさん!」
いつかそうなる可能性は考えていましたが、MIYACO傘下の奨学兵団にいたこと、アンデッド因子感染症で除隊処分になったことを、いよいよ探り当てられてしまったようです。
バーネットで配信をされることも計算済み。むしろバーネットでの配信上で、私の素性とアンデッド因子感染症を暴露するのが狙いだったのかも知れません。
事前に打ち合わせていたような勢いで、
Ꮚ・ω・Ꮚメー/マジかよ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/アンデッド因子まみれの食い物ばらまいてたってことだよな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/飯テロ(わらえないほう)
Ꮚ・ω・Ꮚメー/こんなんが大天使とかいってたやつ馬鹿すぎる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/薬師院連合のみなさんご愁傷様
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ガチクズ女がファイナルアンサーでした
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ファッキン、ぶちチョキるぞ
そんなコメントがBS221Bのチャンネルコメント欄を埋め尽くしてゆきます。
最後の「ファッキン」については方向性が別だったようですが。
「アンデッド因子感染症ならば初日に完治しています」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/嘘乙
Ꮚ・ω・Ꮚメー/初日完治はお笑いwwwすぎる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/アンデッド因子感染症がそんな簡単に治ってたまるか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/全国のアンデッド感染者に土下座しろ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/これもう冒険者全員アンデッド検査が必要だわ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/東京終了のおしらせ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/吐き気してきた
Ꮚ・ω・Ꮚメー/胸糞わるいわ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/さっさと東京から出てってほしい
Ꮚ・ω・Ꮚメー/バザールで売れてるんだから衛生問題はないぞ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/東京終了のおしらせ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/東京終了のおしらせ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/東京終了のおしらせ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/テロリストテロリストテロリスト
冷静に受け止めてくれている視聴者もいるようですが、いわゆるアンチコメントの勢いが強すぎるようです。
「なるほど、確かに」
南郷村長はにちゃりと笑って応じます。
「ソル・ハドソンさんほどのスキルの持ち主であれば、初日での完治もありえるかもしれません。ですがそうだとしても、完治の直後から飲食業に携わるのは不用意に過ぎるとは思わなかったのですか? 東京大迷宮全域をアンデッド因子感染症の感染リスクにさらすことを考えれば、最低でも数カ月程度の経過観察が必要だとは考えなかったのですか? この東京大迷宮でも、アンデッド因子感染症は死の病なんです! そのことをどうお考えなんですか!」
そのあたりについては「そもそもアンデッド因子の感染リスクがあるような危険物はバザールに出せない」のですが、実際の感染リスクの有無はさておいて私にネガティブイメージをなすりつけ客離れを引き起こす、あるいはシュバリエや三帝といった冒険者団との連携に亀裂を入れる作戦なのでしょう。
「アンデッド因子の危険があるような食品はバザール出品不可能です!」
そう叫んだのは私ではなく、殺人ヨーヨー弁慶でした。
語尾のござるは素の口調ではなかったようです。
「本当にそうでしょうか」
南郷村長は両手を広げて言いました。
「アンデッド因子感染症は東京大迷宮出現以前から存在した、東京大迷宮とは由来を別にする感染症です。東京大迷宮の目をかいくぐってしまうリスクを考えるべきではないでしょうか! アンデッド因子感染症患者は、少なくとも飲食業に関わるべきではありません!」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/正論だな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/人の生命に関わる問題だからな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/慎重になるに越したことはない
Ꮚ・ω・Ꮚメー/悲しいけど区別は必要
Ꮚ・ω・Ꮚメー/私怨で言ってるようにしかみえんわ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/南郷さんは言いにくいけど言わなきゃいけないことを言ってるだけ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/大天使とか言われて調子に乗りすぎたんや
だいぶまずい状況に追い込まれているようです。
この状況で私自身が抗弁しても、南郷村長に押し付けられたネガティブなイメージを跳ね除けるのは難しいかもしれません。
武器や料理も、今回は役に立ちそうにありません。
打つ手が見つけられない中、どこかで聞いたようなモンスターの声が、遠くから響いてきました。
シャアァァァーーーーク!
グリイィィィィーーーッ!
背脂研究所を警護する二匹の大型モンスターの声。
アークシャークとグレーターグリフォンが、こちらに近づいてきているようです。




