第75話 鋼のサソリとカルツォーネ
水中作業用のヘルメットの無線ごしに指示を受けてコクピットに入り、ハッチを閉じ直すと、内部の水がどこかから排水されて行きました。
眼の前にあるのは右手用、左手用と思われる操縦桿が二本と、アトラスロボの胴体型に変形してたスパインスコーピオンを映したホログラム。
<いったん分離させたほうがいいかな。ホログラムのスパインスコーピオンをサソリの形に戻してみて。一度やり方を理解したらあとは脳内のイメージだけで自由に変形させられるようになる>
「わかりました」
スパインスコーピオンのホログラムに触れようとしましたが、手がすり抜けてしまいました。
先に魔力を通して機体を同調させないといけないとのことだったので、操縦桿を握り、大星石を通して増幅した水属性の魔力を流し込みます。
ちなみに私の魔力はどの属性でも十段階評価でいうと1から2程度。魔法使いになる適性はほぼ皆無だそうです。
そんな凡百の魔力を大星石の力で増幅、底上げして流し込むことで、どうにかスパインスコーピオンの要求数値をクリアできたのか、計器類の上に様々なデータや図形を映したウィンドウが表示されました。
私に理解できるものはほとんどありませんでしたが、ダバイン貴富によると、スパインスコーピオン自体の機体状況、合体、接続していた頭と四肢パーツのデータなどが表示されているそうです。
「やっぱり合体を維持するのは難しそうだね。分離を続けよう」
引き続きダバイン貴富にリモコン操作されるような形でホログラムのパズルを解き、サソリの状態へと戻すと、ギ・ガ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴと音を立ててスパインスコーピオンはアトラスの体から抜け出して変形し、巨大なサソリ型ロボットへと姿を変えました。
コクピットにいるとあまりよくわからない変化ですが、水上のダバイン貴富が送ってくれた映像によると、確かに巨大サソリのシルエットになっているようです。
操作に使うのは左右二本の操縦桿と、その先端についた親指操作の感圧パネルとなっていますが、基本的には
「雰囲気で動かせばスパインスコーピオンのほうで空気を読んで動いてくれる」
という高度で大雑把な制御システムになっているそうです。
水中での移動手段はひっこめられた足の部分から伸びている水中ジェットノズル、二本のハサミと毒針状の尻尾もなんとなくの操作で動かすことができます。
武装は尻尾に水・毒属性の近接攻撃用の毒針、口の部分にも水圧砲が装備されています。
左右の爪は格闘戦用のクローのようで、内蔵火器の類は装備されていません。
とりあえず水面まで上昇させて、ダバイン貴富やバロメッツたちと合流します。
メェ (さすがにデカイな)
メエェ(百メートルクラスの鋼のサソリ)
メメェ(趣味の世界だ)
バーネットから乗り移ってきたダバイン貴富が機体を再点検。
「問題なさそうだね」
ということで今度は分離をした手足と頭のパーツをひとつずつ引き上げます。
そしてシュバリエとダバイン貴富が牛型ロボットライトカイナーを整備していた島へと移送しました。そこで待っていたのは、合体ロボットをあきらめられない有志の好事家系冒険者たち。
現在冒険者団の多くは今後激化が予測されるPvPへの備えに加え、
・未攻略の「クレタ風牡牛のラビリンス」
・レイドモンスター「ディオメデスの人喰い鮫」
・未発見のイベントダンジョン捜索
・蟹座イベント全体の最終ボスとダンジョンの捜索
などの課題に軸足を移しているのですが、有志の冒険者たちが空き時間を利用し、所属冒険者団の垣根を越えて集まり巨大合体ロボアトラスを修復、東京湾に消えたメガサメラドンの撃破を目指すのだそうです。
面白い点としてはアトラス強奪のメンバーである毒巻デスロールやプロフェッサー荒巻などが、修復メンバーに参加していることでしょうか。毒巻デスロールとしては「とにかくあの鮫蛇野郎をブチ殺してやりますわー」プロフェッサー新巻は「次は正攻法で動かしてみようかと」ということでしれっと参加してきたそうです。
受け容れ側も反応に困ったそうですが、限られた時間内でアトラスを修復して、メガサメラドンに一勝負挑むとすると、毒巻デスロールやプロフェッサー新巻の能力や手を借りた方が良いということで、一応手打ちということになったそうです。
一通りのパーツを引き上げたあとは、特にすることもありません。
作業に入ってしまったダバイン貴富や毒巻デスロール、プロフェッサー新巻などの仕事ぶりを眺めながら、島の端でキッチンカーの営業を始めます。
メニューはカルツォーネ。
ピザ生地を使った包み焼きのパンになります。
まずは生地作りから、ピザ生地用の小麦粉に塩を加えて混ぜたら、水とイースト、砂糖を合わせたものを加えて更に混ぜ、発酵・熟成用アイテムボックスで三日分ほど時間を飛ばして寝かせます。
適当な大きさに分けた生地に小麦粉をふってまるめ。
コロコロメェ(一五センチほどに丸めて伸ばし)
ノセノセメェ(シュレッドチーズ、ちぎったモッツァレラチーズ、トマトソース)
オリオリメェ(ハム、バジルをのせて二つ折りにする)
そして刷毛でオリーブオイルを塗り、二八〇度の石窯・オーブン召喚スキルで一〇分ほど焼成してできあがりです。
アチメェ (オーブンの炎に鍛えられし小麦の半月)
アチチメェ (一口かじればマグマのごときトマトが輝き)
ンマンマメェ(烈火のごとき旨味が魂を焼き尽くす!)
バロメッツたちの実況は今日もうるさめですが、今回はマンドラゴラの歌をつかったレアリティ控えめの料理となります。夕方五時くらいまで販売をして、ダバイン貴富と一緒にヘスペリデスの園を後にしました。
薬師院前のゲートから高尾山に戻り、バーネットでドンレミ農場へ戻っていくと、前方に見慣れないものが見えてきました。
緑色のフェンスのような光の壁に覆われた。野球場くらいの広さの四角い空間。その手前のほうにはNJMの冒険者たちが陣取っていて、光の壁の中にはゲリュオン戦で私が『ニャンギマリ』にしてしまったブラックドラゴンが浮かんでいます。
メェ (PvPフィールドだな)
メエェ(あのあたりで戦っているということは)
メメェ(オフライン弁慶たちか)
オフライン弁慶団が警備を行っていたあたりで冒険者同士の対人戦が行われているようです。
座標から考えると、戦っているのはオフライン弁慶団、ブラックドラゴンがいることを考えると対戦相手はNJMの町田支部でしょうか。
バーネットを近づけていくと、以前会ったゲイボルグ弁慶を中心する三人の弁慶が、NJM町田支部の佐々木ユキウサギと鞍居夜半、ブラックドラゴンのバサクロ、そして驚いたことに生産村村長の南郷フミヒコと向かい合っていました。
ゲイボルグ弁慶側のフィールド後方には二人のオフライン弁慶が立ち、試合の様子を見守っています。
戦闘開始直後だったようです。
三人のオフライン弁慶、そして佐々木ユキウサギと鞍居夜半の二人が動いたと思うと、佐々木ユキウサギのふるう巨大グロスメッサーで斬馬刀弁慶が切り捨てられ、鞍居夜半の回し蹴りで頸椎を強打されたファルシオン弁慶は昏倒し、ブラックアウトしていきました。
メェ (強い、しかし)
メエェ(なぜ南郷フミヒコが)
メメェ(ブラックドラゴンの主人は六堂真尋ではないのか)
バロメッツ達の指摘通り、ブラックドラゴンの主人のはずの六堂真尋の姿がどこにもみあたりません。