第73話 ニャンギマリ・オーバードライブ
「わかりました。一ブロックで二キロですが切って送りますか?」
「いや、ドラゴンにやるからそのままでいい」
「ギフトで送りました。対価はまたあとで」
「恩に着るよ」
NJMに所属する従魔のためにアイテムを出す。
全く抵抗がないといえば嘘になりますが、生産村を守るために、生産村から引き離す形で戦ってくれている以上は、そうかたくなになる必要はないでしょう。
最初の雑な砲撃を見たときはどうしたものかと思いましたが、おかしかったのは最初だけだったようです。
最初のほうの今西大道の頼りなさは何だったのか、という疑問はありますが。
華菱瞳子がブラックドラゴンの治癒にあたっている間、前線を維持するのは佐々木ユキウサギと鞍居夜半、黒縁セルロイド、列車砲ヴァイゼ・グスタフと合流し、再び車上に仁王立ちをした今西大道、そしてNJMの地上部隊になります。
巨大剣グロスメッサーをアイテムボックスに収容した佐々木ユキウサギは初日の赤い牛戦で私が使ったオーバーボルトに似た改造アルフォンスを取り出して、自身の身体のコネクターに接続。地上に降り立って発砲しました。
オーバーボルトと同じく電力アップをしてあるようですが、コンセプトは違うようです。一撃の威力ではなく発射サイクルと発射数を重視したカスタム。全長三メートルほどまで拡張された銃の輪郭の半分くらいは、給水タンクになっています。
ドドドドド、と機関砲のような音を立て、水弾の群れがゲリュオンに襲いかかります。
アルフォンスにはイベント補正、さらに対空特攻がありますので飛行モンスターであるゲリュオンには好相性なのですが、大星石のようなプラスアルファの要素はありません。
盾でブロックさせるところまでは持って行けましたが、盾を削ったり破壊したり、とまではいかないようです。
「どっかで見たようなんが出てきた」
配信画面と実際の戦場の方向に交互に目をやり、群馬ダークがつぶやきました。
「オーバーボルトのマークⅣだね、昨日バザールで売れたものだと思う」
ダバイン貴富はあっさりと応じます。
「そのマークなんとかっていくつまであるん?」
「今はⅤを作ってるところ」
いつの間にか東京玩具流通センター製の改造水鉄砲が複数製作され、バザールに出されていたようです。
マークⅣの攻撃で気を引いたところに、ヴァイゼ・グスタフと鞍居夜半、黒縁セルロイド、NJM地上部隊が一斉攻撃を仕掛け、押し切りにかかります。
ウオオオオォォォォォン……。
怨嗟のような咆哮と共に、ゲリュオンの盾がもぎ取られ、槍が吹き飛び、そしてその巨体が燃え上がって行きます。
「これで終わってくれてもええんやけど……」
「まだありそうだね。普通の火じゃないみたい」
ゲリュオンを燃え上がらせた真紅の炎は、NJMの攻撃によるものではなく、ゲリュオン自身の身体の内側から放たれたもののようでした。
その炎はゲリュオンの血肉を瞬く間に焼き尽くし、灰燼として消し去って、有翼の骸骨巨人という姿に変貌させていきます。
ここまでの戦闘で破壊された頭や胴体も崩れ落ちているので、頭は残り一つで胴体は二つ、腕は四本に減っています。失われた血肉にかわって、骨格を取り巻く炎が、分厚い筋肉のような輪郭を形作っていました。
メェ (最終形態か)
メエェ(NJMだけで対応できるか)
メメェ(正念場だな)
ゲリュオン戦最終局面。
引き続き飽和攻撃で押し切りにかかるNJMですが、骸骨ゲリュオンが身にまとった炎の筋肉は、列車砲の砲撃も、オーバーボルトマークⅣの攻撃も、黒縁セルロイドの光学攻撃も受け付けませんでした。
地上部隊に至っては撒き散らされる熱風だけで手出しができなくなっている状況のようです。
距離のあるドンレミ農場にも、熱風が押し寄せて来ます。
ゴゲー……。
マンドラゴラが警戒の声をあげます。
「……立っとるだけでめちゃくちゃこわいんやけど。仕掛けてきたらどうなるん?」
群馬ダークがぞっとしたように呟く中、骸骨ゲリュオンの四本の腕に、四本の炎の棍棒が現れました。
船のオールのような輪郭の巨大な棍棒が大きく振り上げられると、それに呼応するようなタイミングで、凄まじい咆哮が轟きました。
ニャギャアアアアアアアアアーーーッ!
虎やライオンのような猫科の猛獣の声と、ドラゴンの咆哮が混じり合った、凄絶ですが少し反応に困る声。
その声の主はやはり、華菱瞳子が手当をしていたブラックドラゴンです。
私が提供した神代牛のローストビーフを平らげたのか、ゲリュオンの槍に貫かれた首の傷は完全に癒えています。
それはいいのですが四肢が虎のそれを思わせる太くて巨大なものに変化してしまっているように見えるのはどういう効果でしょうか。
メェ (終わったな)
メエェ(主にシリアスが)
メメェ(レディのいる場所に配置されたのがまずかった)
ゴゲー……。
バロメッツとマンドラゴラがなんともいえない声をあげるなか、ブラックドラゴンのバサクロが動き出します。
飛行やブレス攻撃を主軸としていたこれまでと違い、獲物を追うネコ科の肉食獣のようなフォームで地上を疾駆、骸骨ゲリュオンとの距離を詰めます。
オオオオン……。
骸骨ゲリュオンは炎の棍棒を振るいバサクロに命中させましたが、当たっただけでした。ジェット噴射のような音を立て、巨大な熱と圧力を帯びて襲いかかった炎の棍棒は、ブラックドラゴンの黒い鱗の表面を滑っただけで、何のダメージも与えず通り抜けて行ってしまいました。
とばっちりというか、バサクロではなく周囲や後方の草木が炎の余波で燃え上がり、灰や炭に変わっていきました。
メェ (想定よりさらに一段上か)
メエェ(レディのバフだけでは説明がつかん)
メメェ(宇宙猫ショックによる一時的進化か)
なにか変なことが起こっているようです。
ギニャアアアアアアァァァァーーーッ!
バサクロは飼い主への謝罪が要りそうな雄叫びをあげると、猫というより熊のように肥大化した爪の一撃で骸骨ゲリュオンの頭部を一撃、粉々に打ち砕きます。
身体ごと吹き飛んだゲリュオンですが、頭が三つとも壊れてもまだ動けるようです。
巨大な亡霊のように、ゆらりと起き上がります。
ですがもう『まともな戦い』が成立する段階は終わってしまっていました。
オオン!
ニ゛ャッ!
再び四本の炎の棍棒を持ち上げ、攻勢に出ようとしたゲリュオンの足首をくわえたバサクロは、興奮した猛獣が獲物を弄ぶようにぶんぶんと首を振ります。そして凄まじいパワーとスピードでゲリュオンの巨体を繰り返し地面に叩きつけてゆきます。
ゲリュオンのほうも抵抗しようとはしていますが、もはや勝負にはなりませんでした。
この時のネットの反応をあとでチェックしたところ
<【訃報】シリアス氏急逝>
<レイドモンスターがビッタンビッタンされとる>
<ぐっしゃぐっしゃやないかい>
<(ゲリュオンが)かわいそうで(ネコドラゴンが)かわいい>
<やってることは地獄の宴以外の何物でもない>
<NJMが真顔で消火活動してるのまじで地獄>
<消防列車までもってるのはわりとすごい>
<あんな超高熱源体を猫の玩具みたいにぶんまわすのは普通にトンデモ危険行為>
<なんでドラゴンがあんなニャンギマリ状態になってんだよ>
<ニャーサーカードラゴンの恐怖>
<お気づきだろうか、あのドラゴンブレス吐いてない>
<戦闘スタイルが猫になっとるがな>
<変なもんでも食ったんか>
<食ったんだろうな。とびっきりのへんなものを>
といった雰囲気でした。
結局ゲリュオンはそれ以上はなんの抵抗もできずに完全粉砕され、黒い粒子に変わって消滅。
なんだかひどい結末になってしまった気がしますが、ともかくこれで、生産村の上空に陣取っていたレイドモンスター、ゲリュオンと赤い牛については完全撃破となりました。
ニャンギマリ、またはニャーサーカー状態になっていたブラックドラゴンのバサクロについては、戦闘が終わると正気に戻り、姿についても神代牛のローストビーフのバフが切れると元通りになったそうです。
討伐報酬などについては私は無関係ですが、バサクロにローストビーフを食べさせ、バフつきで戦線復帰させた華菱瞳子が貢献度ランキングでバサクロの主人六堂真尋と同率トップに入り、報酬アイテムを受け取って戻ってきました。
内訳は
・エリティア・ネクタル
・ゲリュオンの小手
・ゲリュオンの盾
だそうです。
エリティア・ネクタルはエピッククラスの超高級酒。神代牛のローストビーフの提供条件はエピッククラスのお酒という話でしたが「べ、別のじゃだめかい?」と震えながら言われてしまったので、今回はレスプリ・ダヴァロンというエピッククラスのアップルブランデーをもらいました。
いわゆるアーサー王伝説のアヴァロン島の林檎から作ったブランデーという触れ込みだそうです。
お酒はまだ飲めませんが、ブランデーケーキあたりに使えるでしょうか。
ゲリュオンの小手とゲリュオンの盾はそのままゲリュオンが装備していた巨大な小手と盾になります。普通の人間が使うには大きすぎるので解体、裁断して金属素材として使うそうです。