第72話 酔客再来
土は土塊、水は水流、火は火球、風は暴風、光は熱線。
基本的にはスタンダードな投射攻撃ですが、闇属性攻撃だけは相手のステータスを低下させるデバフ攻撃となっているようです。
猛攻を受けたブラックドラゴンは吹き飛ばされるように後退します。
続いて動いたのは町田支部の最後の一枚、鞍居夜半。
村役場の屋上にひとりで駆け上がるとアイテムボックスからサッカーボール大の、もしくは水まんじゅうのようなボールを出して右足を一閃。
ゲリュオン目がけて一直線に蹴り込みました。
鞍居夜半が蹴り込んだボールの正体は、一定以上の光量を受けると投入された光量に応じた爆発を引き起こす『光感応式光学爆薬』という、光学の巫女黒縁セルロイド制作の怪物質だったそうです。
普通に日光に当てた程度で爆発するような設定にはなっていないので、起爆には外部からの光線投射が必要です。
「メガネビームお願いします!」
鞍居夜半が支援要請を出した相手は、陣馬山から高尾山麓まで移動し、待機していた黒縁セルロイド。
「オーケーメガネ」
カウントダウンの間に曇り始めた空の隙間からの光を天火明で収束し、直撃と同時に光学爆薬に当てて起爆。小規模な核兵器を思わせる光球を作り出し、ゲリュオンの巨体を生産村上空から吹き飛ばしました。
赤い牛を倒したときよりも破壊力が控えめなのは、天候の変化による光量の低下、それと生産村そのものを破壊しないための配慮のようです。
生産村からの移動に成功、三つの頭の一つを破壊しましたが、まだまだ優勢とはいかないようです。使い切りのブースターを切り離して飛んできた佐々木ユキウサギのグロスメッサーの斬撃、ブラックドラゴンのブレス攻撃、二門の列車砲からの砲火、黒縁セルロイドの光学攻撃、地上の冒険者たちの飛び道具の集中攻撃を受けてもゲリュオンは大きな手傷を負うことなく、逆に三本の槍と盾から放つ土と水流、暴風をあわせて土石流を起こして地上の冒険者たちを飲み込ませ、さらには熱線の一撃で地上の列車砲のひとつ、シュラハト・グスタフを消し飛ばしてしまいます。
「普通に山裾まで攻撃届いとる」
「さすがに流れ弾が心配だね」
倒せるならば早いうちに決着をつけてもらいたいところですが、出し惜しみをしていた余剰戦力などはないようでした。町田支部の三人とブラックドラゴン、黒縁セルロイドの奮戦でどうにかもちこたえてはいますが、他の戦力はほぼ役に立っていないようです。
そんな中、今西大道が乗っていた列車砲、シュテルン・グスタフが動き出しました。接続していた指揮車両を切り離し、先の鷲獅子戦のときと同様空中に線路をかけ、SFの宇宙鉄道のように地上を離れて動き出します。
「近接砲撃を仕掛ける! 牽制を!」
例によって車上に出てきて仁王立ちをした今西大道の号令を受けたシュテルン・グスタフは、急に車重が軽くなったように急加速。高尾山中腹のゲリュオンへと迫ってゆきます。
列車砲の接近に気づいたゲリュオンは暴風や火球を叩きつけて迎撃にかかりますが、シュテルン・グスタフはこれをものともせずに、猛然と距離を詰めてゆきます。
メェ (列車や線路にバフがかかっているな)
メエェ(さすが鉄道王といったところか)
メエェ(だが手数が足りるかどうか)
「撃ーっ!」
ゲリュオンの槍にかかるギリギリの距離を選んで走り抜けつつ、シュテルン・グスタフは徹甲弾を発射、ゲリュオンの盾をうち貫き、三つの胴体のひとつに風穴をあけました。
さすがにこれはそれなりのダメージがあったようです。ゲリュオンは盾のひとつを取り落としましたが、反撃としてシュテルン・グスタフの砲門基部に槍を投げつけ撃ち抜きました。
「砲撃車両を切断する! 砲撃チームは地上に到着次第車両を放棄し後退!」
そう指示をした今西大道は列車砲の機関車部分と砲門部分を分離。レールを分岐させて砲門車両とその乗員を地上に逃がしました。
機関車部分の上に仁王立ちしたまま、ハハハハハ、と高笑いした今西大道は機関車のレールを急旋回させ、鷲獅子戦のときのように機関車をゲリュオンに直撃させにゆきましたが、ゲリュオンは残った盾をたたきつけてこれを阻止、爆発四散させました。
ぎりぎりで離脱していた今西大道は今回も足元にレールを浮かべて着地。ゲリュオンは暴風を放つ槍を繰り出して追撃にいきます。
これを受け止めたのは、電信柱のような長さの鉄棒を携えた、小学生のような背格好に浴衣、眼帯の少女、花菱瞳子でした。
片手にはウィスキーのミニボトル。ゲリュオンの巨槍をやはり片手の鉄棒で静止させています。暴風のほうは止まりませんでしたが、髪をあおられ、浴衣が少しはだけた程度で、酔いの色が浮かんだ表情は平然としたものでした。
「……あっ」
ゴゲ!
群馬ダークが目を丸くして、ダバイン貴富が小さく「あはは」と笑いました。
「せやった、こういう騒ぎのときにじっとしとるひとやあらへんかった」
「田んぼってゲリュオンのことだったのかな」
群馬ダークとダバイン貴富は納得している様子ですが、現場の今西大道はさすがに驚いたようです。
「なぜ貴女が?」
と問いかけました。
「地元の祭り好きの年寄りが酔っ払って羽目外しに来たのさ。どっかの冒険者団の差し金ってわけでもないから難しく考える必要もない。手柄が欲しいなら、ここからは気合を入れるんだね。ぼうっとしてたら主役は貰っちまうよ」
花菱瞳子というのは、生産村きってのお祭り人間で、村長をやっていたのも「祭りをやるため」逆に祭り以外のことには熱意が薄いので、結果的に「祭り以外については公平中立」ということで評価が高かったのだそうです。
「……おもしろい。では手柄争いといこう」
芝居がかった調子で言って笑った今西大道は、アイテムボックスから鉄道工事用のハンマーを出し、前に出ます。
第一世代冒険者の一角と、悪名高めながら大手冒険者団の総帥の組み合わせ。
三つの頭のひとつを破壊、三つの胴体のひとつを破壊され、三対の槍と盾のうち炎の槍と光の盾を失ったゲリュオンはさすがに警戒した様子で武器を構え直します。
ですがそこでゲリュオンに襲いかかったのは、主人である六堂真尋を地面におろした大型従魔ブラックドラゴンでした。
翼を広げて高度を取り、渾身のブレスを撃ちおろします。
奇襲というよりやや先走ったタイミングからの一閃は、ゲリュオンの風の盾にあっさりと受け止められてしまいます。さらに翼を羽ばたかせたゲリュオンは瞬間移動めいた速度でブラックドラゴンの後方に移動、その首を槍で刺し貫きました。
「バサクロ!」
後方で見守る六堂真尋が悲鳴のように、ブラックドラゴンの名前を呼びました。
黒い翼の竜ということで、バサクロと言う名前だそうです。
グロスメッサーを構えた佐々木ユキウサギの靴底を鞍居夜半が蹴り出し加速、飛翔させると旧時代のサッカー漫画風連携で町田組の二人がゲリュオンに強襲をかけ、さらに残存する地上戦力の攻撃、黒縁セルロイドによる光学攻撃。そして今西大道が磁力操作で線路敷設用のボルト類を自身のハンマーに結合させて作った磁力ハンマーの一撃で後退させました。
ブラックドラゴンがやや暴走気味になってしまった点を除いては、連携が取れ始めているようです。
首に槍が刺さったままの状態で落ちていくブラックドラゴン。
今西大道はゲリュオンに注意を向けたままレールの網をつくってブラックドラゴンを受け止め、柔らかくとまではいかないものの衝撃を殺して降下させました。
そこからしばらくは、やや膠着状態。
ブラックドラゴンを欠いたNJM主力部隊はゲリュオンを仕留めきるとは行かないものの大きく崩れずに渡り合い、戦線を維持。
一方、戦場に押しかけた花菱瞳子はというと、墜落したブラックドラゴンの側にいって救命処置に参加していました。
名前の通り『酒系クラス』である酒呑童子が操る酒類はいわゆるアルコール消毒の他、気付け薬や麻酔薬など様々な応用が効くそうです。
ですが今回はそれだけでは対応しきれなかったのか、花菱瞳子からの通話の呼び出しが入り「私のエピックの酒と、さっきのローストビーフを交換してほしい」と相談を受けました。