第71話 ゲリュオン始動
ウオオオオオン……!
九体目の赤い牛が消滅すると呻くような声が轟いて、生産村上空のゲリュオンの球体に六八という数字が表示されました。
すぐに六七という表記に変わり、そこから一分の間をおいて六六となりました。
メェ (分刻みのカウントダウン)
メエェ(猶予は一時間)
メメェ(微妙な数字は端数調整か)
「三日くらい待ってくれてもええけど」
本業は農家ですが戦闘に巻き込まれ気味の群馬ダークが呟きました。
戦域の移動や拡大に備え、薬師院連合もゴーシュ駒人などの主力メンバーを待機させていますが、当面のゲリュオン戦の中心はNJMとなります。
なお、転移使いの紙燭円山は毒巻デスロールの火事場泥棒対策のため、ヘスペリデスの園に配備されているそうです。
農場の防衛・防災設備を最終チェック。代表の一本を残してマンドラゴラたちも従魔石へと収容します。
ダバイン貴富は緊急時の避難車両となるヤミーワゴンで待機、私と群馬ダークは放水銃をセットした監視塔で待機する予定ですが、微妙に時間が空いたので、神代牛のアイテムボックスからモモ肉を十キロ出してバーネットで調理します。
メニューはローストビーフ。
昨日の夜に手巻き寿司用として作ったものがアイテムボックスに残っていますが、ここからどういう展開になるかわかりませんので、ストックを増やしておくことにしました。
「これで脈絡ないことしとるとはいえんのが恐ろしい」
「絵的には本当にめちゃくちゃなんだけど」
という群馬ダークとダバイン貴富の手を借り、十キロの肉塊を二キロずつに切り分けて調理に入ります。
まずは華菱瞳子にもらった赤ワインにニンニク、塩、胡椒、ハーブ、オリーブオイルをあわせ、マリネ液を作ります。
このマリネ液にブロック肉を一晩漬け込んで下味をつけるのですが、時間の余裕がありませんので発酵・熟成用アイテムボックスの加速機能でショートカットします。
「時短が理不尽すぎやしないかね」
調理用の赤ワインの残りを喉に片付けながら華菱瞳子が言いました。
五つのブロック肉を大きな鉄板にのせ、まとめて焼き色をつけたら、予熱をしたオーブンでローストします。ここも三〇分くらいの工程ですが、オーブン・石窯召喚スキルを使って数秒で焼き上げてしまいます。
再び発酵・熟成用アイテムボックスで休ませたらできあがりです。
昨日の時点でも同じように光っていましたが、今回も金色の光を放つエピック級のローストビーフができあがりました。
残った肉汁にバターと小麦粉、以前に骨から作ったフォンドブフを混ぜてグレイビーソースを作り、最後にカンパーニュとドンレミ農場のレタスとトマトを使ってローストビーフサンドを作り、アイテムボックスにストックしておきます。
ローストビーフ単体での鑑定データは、
剛烈なる神代のローストビーフ(一人前)
レアリティ:エピック
品質:最高
食事効果:バイタル全回復
ストレンクス (大・24時間)
レフレックス (大・24時間)
ベロシティ (大・24時間)
プロテクション (大・24時間)
レジスト (大・24時間)
エンデュランス (大・24時間)
サンドイッチにした場合は、
燦々たる神代のローストビーフサンドイッチ(一人前)
レアリティ:エピック
品質:最高
食事効果:バイタル二段階回復
メンタル二段階回復
ステータス異常回復(大)
ストレンクス (大・24時間)
レフレックス (大・24時間)
プロテクション (大・24時間)
フォース (大・24時間)
ステータス異常耐性(大・24時間)
効果が増えるのではなく、効果の組み合わせが変わってくるようです。
サンドイッチを一二個つくって群馬ダークとダバイン貴富、花菱瞳子、バロメッツたちとマンドラゴラに渡し、残りはアイテムボックスにしまっておきました。
「酒のアテにはちょっと主張が強すぎるかね」
サンドイッチをアイテムボックスにしまった華菱瞳子は「ちょっと田んぼの様子でも見てくるよ」と言い残して農場を出てゆきました。
想定戦闘範囲内に田んぼはありませんので、なにかの冗談のようです。
「そろそろかにゃ」
「ソルちゃんおると緊迫感が壊れてしまってあかんにゃ」
ゴゲニャー。
“にゃー”が抜けないダバイン貴富、群馬ダークらと配置につきました。
メェ (迅速にして繊細、精密に焼き上げられた神代牛の破壊力は)
メエェ(まさに食のギガントマキアといえよう)
メメェ(この一品のためならば、神の炎を盗んだプロメテウスの罪も許されよう)
いつものようにわけのわからない食レポをしているバロメッツは放っておくことにしました。
そして午前十一時十五分。
カウントダウンを終えた黒い球体から、二枚の翼を広げた異形の巨人、ゲリュオンが再び姿を現しました。
身長は四〇メートル程度。強靭で巨大な下半身に、三人分の上半身が三方向に睨みを利かせる形で乗っています。
装備はギリシャの重装歩兵風で、いわゆるモヒカンのような飾りがついた兜に甲冑、丸い盾、長い槍を三組装備していました。
普通に真下に落ちてくるだけで村役場が整地されてしまいそうな大きさですが、蟹蛇コンビも多少は自重したのか、重力を無視して空中に静止をしています。
上半身が三組ある関係か、二枚の羽根はお尻のほうについていますが、羽ばたいてはいないようです。
オオオオォーーーン!
ゲリュオンの最初の動きは、すさまじい雄叫びです。
暴風と衝撃波を伴う大音声。
村役場とその近辺の窓ガラスが一息で打ち砕かれ、屋根や看板などが吹き飛ばされて行きます。
村役場からドンレミ農場までの距離は約二キロ。ガラスが割れるところまでは行きませんでしたが、農作物が激しく煽られ、建物が軋みをあげます。監視塔にいた私も、水に飛び込んだような衝撃を感じました。
メェ (おっと)
メエェ(いかん)
メメェ(ふっとぶ)
重さのないバロメッツたちが肩にしがみついてきました。
開いたままにしてある配信画面の中で、今西大道が号令を放ちます。
「撃ーっ!」
今西大道が陣取っているのは高尾山の山裾に配置された二門の列車砲の一門、シュテルン・グスタフに連結された指揮車両。
さすがに今回は車両の上に上がったりはせず、車両内から指揮をとっているようです。
シュテルン・グスタフ、シュラハト・グスタフの砲身が火を噴き、口径五〇センチの砲弾が巨人へと襲いかかります。
シュテルン・グスタフには赤い牛に使ったものと同じ榴散弾、シュラハト・グスタフには装甲目標用の徹甲弾が装填されていたそうですが、どちらもゲリュオンのかざした円盾に軌道を曲げ逸らされ、村役場周辺の建物をごっそりと吹き飛ばしてゆきました。
「……なんか、雑にゃんと違う?」
群馬ダークがそんな声をあげました。
「再装填急げ! 前衛部隊、ゲリュオンの動きを止めろ! あの盾が問題だ! すぐにあれを引き剥がせ!」
今西大道はわめくような声で次の指示を出しました。
メェ (大丈夫か?)
メエェ(落ち着きが感じられん)
メエェ(鷲獅子戦のときはまだ面白みがあったが)
確かに鷲獅子戦の時のような高笑いをしそうな雰囲気は感じられません。
戦闘中に高笑いをするのがよいことなのかどうかはわかりませんが。
今西大道の指示を受け、先頭を切って動き出したのは、全長四メートルにも達する巨大な両手剣『グロスメッサー』をぶら下げて飛んだ飛行型冒険者佐々木ユキウサギ。
身体のあちこちにつないだブースターでミサイルのように加速。
極超音速で巨大両手剣を叩きつける必殺技『グロスメッサー燕返し』を三つの頭部のひとつに炸裂させました。
技の名前はあとで聞きましたが、もう燕とは関係ない気がします。
ゲリュオンの巨大な頭部を跡形もなく消し飛ばし、勢い余った佐々木ユキウサギは極超音速の勢いのままどこかに消えてゆきました。
威力は凄まじいのですが、オーバーランがひどすぎるので連射性と継戦能力にはだいぶ難があるようです。
異様な破壊力を見せつけたあと、衝撃波を撒き散らしながら異様な速度で消えていった佐々木ユキウサギを、残った四つの目で追いかけるゲリュオン。
その死角に回り込むように動いたブラックドラゴンが体当たりをしかけ、ゲリュオンの巨体を生産村上空から押しのけにかかります。
従魔としては規格外のサイズを誇るブラックドラゴンですが、ゲリュオンの体格はその倍以上。
村役場の上空からゲリュオンを動かしはしたものの、村落から出る前にゲリュオンは空中に静止、頭が減っても問題なく動く六本腕を振るって、三本の槍と三枚の盾から六属性――土、水、火、風、光、闇の攻撃を放ち、反撃に転じます。




