第70話 NJM対赤い牛
ゲリュオンと赤い牛戦におけるNJMの中核戦力は総監今西大道率いる鉄道兵部隊と眼鏡の用心棒黒縁セルロイド。そしてブラックドラゴンを擁し、蟹座イベント以前から東京で活躍していたNJM町田支部の三人。
これまでの配信では町田支部のメンバーの顔や背格好などは非公開とされていましたが、牧島国母あたりが『人気が取れる』と判断したのか、今回は広場で待機している町田支部メンバーの様子が少し紹介されました。
三人のうちの一人は白い髪に紅い瞳、身体のあちこちが機械化された、いわゆるサイボーグ風の女性。年齢は二〇歳前後くらいでしょうか。
テロップによると名前は佐々木ユキウサギだそうです。
二人目は一八歳くらい。長身に短髪、眼鏡をかけた中性的な雰囲気の女性です。
名前は鞍居夜半と表示されました。
三人目は一〇歳くらいの小柄な少女で、名前は六堂真尋。
体長二〇メートルほどあるブラックドラゴンの尻尾の付け根によりかかる格好で立ち、見覚え、または身に覚えのあるマドレーヌをくわえています。
薄手ではありますが、やや時期はずれのマフラーを首に巻いているのが少し気になりました。
佐々木ユキウサギが飛行系冒険者で、サッカー攻撃をしていたのが鞍居夜半、ブラックドラゴンに乗っていたのが六堂真尋のようです。
それと見覚えのある、バロメッツとマンドラゴラマークの入った紙袋が映っていました。
キッチンカーでしか使っていない袋なので、バザールを利用したわけではなさそうです。
キッチンカーで買い物をしていった天潮鉄路の顔を思い出しました。
音声は拾っていませんが、フィナンシェをかじって発光しながらニャギャーとでも吼えたらしいブラックドラゴンを見上げる様子は平和そうです。
敵対陣営ではありますが、雰囲気の良いチームのようです。
画面が切り替わり、今度は南郷村長の姿が映し出されました。防災服を身にまとい、高尾山口駅付近に設置された避難所で指揮を執っているようです。
「高尾山生産村村長、南郷フミヒコです。高尾山生産村ではNJMとの連携のもと、万全の防災、警戒態勢を整えてゲリュオンとの決戦に備えております。高尾山生産村の住民の皆様はもちろん、周辺住民の皆様、あるいは高尾山近隣エリアで活動をする探索者の皆様も、お困りのことがありましたらなんなりと、お問い合わせ窓口やパトロール担当の生産村職員、NJMの冒険者までご連絡ください。皆で力をあわせて、この大決戦を乗り切ってゆきましょう!」
挨拶をする南郷村長の姿を紹介したカメラは再び陣馬山で赤い牛への攻撃準備を進める黒縁セルロイドと列車砲兵隊の様子を映します。
鏡やレンズを武器とする関係上、黒縁セルロイドは雨天時の屋外戦はあまり得意でないそうですが、今日は朝から晴天でベストコンディション。
旧時代の駅の施設を利用した列車砲基地から鏡とレンズの光学観測網を展開、約五キロ先の陣馬山中腹に陣取った赤い牛の姿を監視しつづけている黒縁セルロイドは、それと並行して眼鏡をかけさせた列車砲兵たちを整列させて、
「メガネの歪みは認知の歪み!」
「「メガネの歪みは認知の歪み!」」
「メガネの曇りは心の曇り!」
「「メガネの曇りは心の曇り!」」
そんな訓示、もしくは布教活動を行っていました。
「イエスメガネ!」
「「イエスメガネ!」」
「ナイスメガネ!」
「「ナイスメガネ!」」
「グッドメガネ!」
「「グッドメガネ!」」
「メガネジャスティス!」
「「メガネジャスティス!」」
「巫女装束でなにを口走ってんだいあいつは」
華菱瞳子が呆れ顔で言いましたが、黒縁セルロイド本人はご満悦のようです。
「皆様にメガネの加護があらんことを。メガネの光は我らとともにあり。メ・ガーネ」
「「メ・ガーネ」」
メェ (洗脳が進みすぎではないか)
メエェ(こんなものを配信に乗せていいのか)
メメェ(判断基準がわからんな)
バロメッツたちも困惑の声をあげました。
メガネ訓示を受けた列車砲兵たちが配置について午前一〇時、赤い牛討伐作戦が幕を開けます。
初撃は黒縁セルロイド。
「天火明」
千の鏡で晴天の光を空中の一点に収束した黒縁セルロイドは、赤い牛の上空に直径数十メートルにもおよぶ熱の塊を生成します。
「投下」
音もなく落下した大熱塊が赤い牛を呑み込み炸裂。
周囲の木々もろとも赤い牛を吹き飛ばし、クレーターを作りだします。
黒縁セルロイドの戦闘力評価は『大気状況が良ければ屋外最強』今回はほぼベストの条件だったようですが、周辺の被害も考えると問答無用で最大火力を出すわけにもいかなかったそうです。
陣馬山の山肌に叩きつけられた赤い牛は体表部のほとんどを焼き尽くされながらも立ち上がり、黒縁セルロイドのいる山裾の方角に突撃を開始します。
これに合わせ、先行していたNJMの地上部隊が動き出し、銃火器や魔法、トラップなどで足止めを仕掛けます。
「あとは任せるわ。メガネラック」
「イエスメガネ! 対獣榴散弾発射準備!」
「照準調整ヨシ!」
「地上兵員退避ヨシ!」
「安全装置解除ヨシ!」
「総員イヤーマフ確認!」
「ヨシ!」「ヨシ!」「ヨシ!」「ヨシ!」
「撃ーっ!」
独特なリズム感の発射シーケンスを経て、列車砲ヴァイゼ・グスタフが火を吹きます。
装填された弾薬は、砲弾の中に散弾を詰め込み、着弾の直前に砲弾内部の火薬を爆発させて撒き散らす榴散弾という弾薬になります。
第一次世界大戦頃、まだ軍馬が現役だった時代の弾薬ですが、大型モンスターにも効果が期待できる弾薬として見直されているそうです。
直径三〇センチの砲口から解き放たれた散弾の群が赤い牛に襲いかかり、右の前足を吹き飛ばします。
普通のモンスターが相手なら、それで決定打になっていたところですが、レイドモンスターとの決着をつけるには、やや狙いが甘かったようです。
ブモオオオォォォォーーーッ!
咆哮とともに赤い牛は前足を再生。全身から火柱をあげ、初日の戦いで見たものと同じ炎の蛾の群を放ちます。炎の蛾のターゲットになったのは、足止め役の冒険者たち。一定以上の練度はあるようですが、紙燭円山ほど隔絶した能力の持ち主はおらず、あっという間に十人ほどが吹き飛ばされてゆきます。
「砲身冷却ヨシ!」
「再装填急げ!」
ヴァイゼ・グスタフが第二射の準備に入ります。完全に威力不足という訳ではなく、きちんと標的の芯を捉えれば仕留められそうに見えますが、問題は再発射までの間隔でしょうか。
黒縁セルロイドもカバーに動こうとはしていたようですが、その前に動いたのは、初日の戦いでも見かけたシスター服の糸使いでした。生い茂る木々などを利用して蜘蛛の巣、あるいは繭のような糸の壁を作って赤い牛の進撃を押し留めようとします。
赤い牛と炎の蛾はそれを焼き払って前進を続けようとしますが。
「土壁さんをやらせるなーっ!」
「押し止めろー!」
生き残った地上部隊が気迫のこもった声をあげてカバーに入ります。
あまり注目されていませんが、NJMでは人気のある冒険者なのでしょうか。
砲弾や銃弾、魔法、それと鉄道のレールなどが飛んできて赤い牛の足を遅らせ、
「装填ヨシ!」
「照準調整ヨシ!」
「地上兵員退避ーっ!」
「退避ヨーシ!」
「安全装置解除ヨシ!」
「総員イヤーマフ確認!」
「ヨシ!」「ヨシ!」「ヨシ!」「ヨシ!」
「撃ーっ!」
二射目の対獣榴散弾が今度こそ赤い牛の頭を直撃し、粉々に吹き飛ばします。
「やった!」
「赤い牛撃破ヨーシ!」
「ナイスメガネ!」
「グッドメガネ!」
やや様子のおかしい声も聞こますが、なかなか良いチームワークといえそうです。
一つ気になったのは、赤い牛の進撃を押し留めた攻撃の中に『レール』が混じっていたことでしょうか。
今西大道はゲリュオンへの対応のため高尾山生産村に残っているはずですが、鉄道系クラスの持ち主がこちらにもいたのでしょうか。
<ご連絡>
所要のため次回更新は2025年5月30日とさせていただきます。




