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第7話 酔狂なレディだ

 メェ! (囮をばらまきつつ離脱を!)

 メエェ!(今の装備で対応できる相手じゃない!)

 メメェ!?(チュートリアルに出てきていい奴じゃないぞ、どうなってる!?)


 バロメッツ達が真剣な調子で警告を投げてきます。

 トラブル発生的な演出なのか、本当に出てきてはいけないものが出てきてしまったのかは判断がつきませんでしたが、ともかく距離を取り、離脱を試みます。

 恐ろしいスピードで空を泳ぐアークシャークは、引き続き「シャークゥーッ!」と、コミカルなのか不気味なのかわからない声をあげ、距離を詰めてきます。


「シャーァークゥーッッッ!」


 二つめのワイルドチキンの肉をアイテムボックスから出してみましたが、無視されてしまいました。


 メェ  (もう鶏肉に飽きたか)

 メエェ!(プチフランスだ!)

 メメェ!(あれなら奴の興味も引ける!)


 体長二十メートルの巨大鮫の餌には小さすぎる気がしますが、バロメッツたちのアドバイスに従い秀逸なプチフランスをアイテムボックスから引っ張り出します。

 熱量制御スキルで加熱し、小麦の匂いを強めて後方へと放ります。

 高レアリティのプチフランスは鮫型モンスターの食欲をも喚起したようです。


「シャーク!」


 地面に当たってバウンドしたプチフランスにアークシャークは勢いよく食らいつこうとします。

 そこに。


 メェッ!(いただこう!)


 灰色のバロメッツがすばやく飛び込み、空中のプチフランスをかすめ取りました。


「シャーク!」


 噛み合わされたアークシャークの牙はプチフランスを捕らえ損ね、空しく噛み合わされました。

 予想外の行動ですが、考えあってのことだったようです。


 メーッ!(さぁ、こっちだ鮫君!)


 灰色のバロメッツはアークシャークの気を引くようにその周囲を飛び回ります。


 メエェ!(今のうちだ!)

 メメェ!(セーフティーエリアへ離脱を!)


 残った白黒のバロメッツが叫びます。


「本当のトラブルですか?」


 普通のチュートリアルなら、ナビゲート役であるバロメッツたちがここまで介入はしないでしょう。


 メエェ(ああ、去年の水着イベント用モンスターだ)

 メメェ(チュートリアルに出てきていいものじゃない)


 やっぱり出てきてはいけないモンスターが出てきてしまっていたようです。

 水着イベントというのも気になりましたが。

 そのまままっすぐ走り続け、セーフティーエリアとなる準備室の扉の前にたどり着きました。


 メエェ(ここまで来れば安全だ)

 メメェ(クエスト終了としよう。不手際を謝罪する。意味も無く恐ろしい目に遭わせてしまった)


「いえ」


 首を横に振り『チキンフォレスト』に目をやります。アークシャークの姿は見えませんが、灰色のバロメッツが戻ってくる様子もありません。


「大丈夫でしょうか」


 メエェ(喰われてはいないだろう)

 メメェ(我々に可食部はない)


 そんな返答があったところで、再びアークシャークが姿を現し、近づいてきました。

 クエスト準備室の付近はセーフティエリアとなっています。

 突進してくる様子はありませんが、見えてはいけないものが見えました。

 アークシャークの下顎、歯の間で、短い足と尻尾をぴこぴこと動かしてもがく、灰色のバロメッツのお尻と下半身。


「食べられていませんか……?」


 メエェ(パンと一緒に噛みつかれたな)

 メメェ(歯と歯の間に挟まっている)


 バロメッツたちは冷静な調子で言いました。


 メエェ(ともかくこれでクエスト終了だ)

 メメェ(ホームエリアに帰還しよう)


「さすがにそういうわけには……」


 何事もなかったようにチュートリアルを終わらせようとしていますが、いくらなんでも無視はできません。


 メエェ(我々はテンポラリモンスターだ)

 メメェ(チュートリアルが終われば消滅するようになっている。危険を冒して救助しても意味はない)


 テンポラリモンスターというのは、特定の目的の為に一時的に創り出されたモンスターをさす言葉です。

 助けても、放っておいても結果は同じということでしょう。


 ですが。


「それでも、あのままにはできません」


 首を横に振りました。


「彼があそこに挟まったのは、私をカバーしてくれたからです。あんな状態で消滅されてしまったら、二度と返せない借りを残してしまうことになります」


 アンデッド因子感染症が治ったのと同じ日に、そんな記憶を残したくはありません


 メエェ(奴を助けても、得られるものは我々の敬意と信頼だけ)

 メメェ(それでもやるかね)


「悪くない報酬だと思います」


 メエェ(やれやれ)

 メメェ(酔狂なレディだ)


 バロメッツたちは妙にキザな調子で鳴きました。


 メエェ(いいだろう)

 メメェ(具体的な作戦は?)


「まだ思いついてはいません」


 もう少し手札が欲しいところです。

 セーフティーエリアに入っていますので、バザールのアイテム類を購入可能です。

 ウィンドウを開き、なにか使えるものはないかと調べて見ると、対大型モンスター用の電磁トラップというアイテムがありました。

 モンスターの動きを十秒ほど封じられるそうです。

 価格は一式で三十万PP。

 再利用可能ですが、交換用のバッテリーキットは一回分で一万PP。


「これで動きを止められませんか?」


 メエェ(対地上生物用のトラップだ)

 メメェ(地上に引き寄せてやる必要があるが、やれなくはないな、君ならば)


「はい」


 アイテムボックスのプチフランスはなくなってしまいましたが、準強力粉とドライイーストはまだ残っています。


 メエェ(問題は価格だな、一式三十万PP)

 メメェ(申し訳ないが、こちらから費用は出せない)


「わかっています」


 助けても助けなくても結局消えてしまうものにコストはかけられない。

 理解できない理屈ではありません。

 私の自己満足に過ぎませんから、費用も私が持つほかないでしょう。

 電磁トラップ、手投げ式の閃光弾と音響弾と煙幕弾、小型無線機のセットをカートに入れて、決済ボタンをタップしました。

 

 電磁トラップが三十万PP

 手投げ弾があわせて五万PP

 無線機セットが十万PP


 メエェ(四十五万PP一気に溶かしたな)

 メメェ(豪快な金遣いだ)


「一旦引き上げて餌を用意します。どちらか残って監視をお願いできますか?」


 はやめに仕掛けたいところですが、相手が相手です。準備は入念にしておいたほうがいいでしょう。バロメッツは綿の塊ですので、牙の間で力尽きるリスクはあっても、完全に捕食されるリスクはほぼないそうです。


 メエェ(引き受けよう)


 前脚を上げた白いバロメッツに無線機を渡し『チキンフォレスト』を脱出した私は、黒いバロメッツとレンタルキッチンに入り、新しいフランスパンを六つ焼きました。

 相手のサイズが大きいので今度はプチフランスではなく、約四〇センチの本格的なサイズで焼き上げました。

 今回はエピックパンは発生せず、全てレアパンでした。

 このままでも大丈夫そうですが、サメを呼び寄せるには肉があったほうがいいでしょう。

 アイテムボックスに入れていたワイルドチキンの肉を解体して使うことにします。

 解体には総合調理スキルを使いますが、実際に羽をむしったりするのではなく、品目の長押しとコース選択だけで自動かつ瞬間的に解体されるようです。

 今回は全解体コースと丸鳥コースがありますが、鳥の丸焼きにするわけではないので全解体コースを選択すると、胸、もも、レバー、手羽先、ぼんじり、せせり、と言った細かい部位のリストに表記が変わりました。

 むしられた羽毛や骨、血液なども、アイテムリストに加わっています。

 今回はもも肉に塩胡椒をし、マスタードソースをつけたシンプルなチキンステーキを三枚焼き上げました。三枚といっても素材のサイズが巨大なので一枚でフランスパンにぴったり収まる巨大ステーキです。

 鶏肉を焼くのも初めてですが、総合調理と肉料理のスキルのおかげか、綺麗に仕上がりました。


 ジュルリ(ワインでいただきたい)


「今回は釣りの餌ですから」


 別にバザールから買ったレタスと一緒にフランスパンに挟んで大きなサンドイッチにし、キッチンペーパーでくるんで調理終了です。

 所要時間はざっと三十分ほど。

 食品鑑定によると、


 豪快なるチキンステーキサンド

 レアリティ :レア

 品質    :最高

 食事効果  :バイタル3段階回復

        ストレンクス(A・6時間)


「ストレンクスが問題ですね」


 アークシャークに食べさせるとパワーアップさせてしまいます。


 ジュル(電撃や麻痺への耐性がつかなければ問題ない。討伐が目的ではないからな)


「はい」


 三つのチキンステーキサンドをアイテムボックスに収容し『チキンフォレスト』に再進入。

 空に巨大鮫の姿はなく、見張りに残った白いバロメッツの姿も、どこにも見当たりません。離れている内に移動をしてしまったようです。


「戻りました。状況はどうでしょう?」


 無線機を使って呼びかけると、短いノイズの後に返信がありました。


 メエェ(南に三キロの位置に移動している。今のところ大きな変化はない。西の方に生産村が見える)


「人里があるんですか?」


 メエェ(生産職や商業職の冒険者が集まって作った商工エリアだ。状況によっては警告したほうがいいかもしれない)


「了解しました。トラップの設置に取りかかります。引き続き追跡をお願いします」


 メエェ(了解)


 アイテムボックスからシャベルを取り出し、セーフティーエリアを出てすぐの位置に九つの穴を掘り、九つの電磁トラップユニットを埋めて行きます。

 電磁トラップユニットは九つで一セット、地上に九メートル×九メートルの放電フィールドを創り出して範囲内の生物を一時的な麻痺状態に陥れるそうです。

 アークシャークを誘い出して放電に巻き込むとなると、当然歯に挟まったバロメッツも巻き込まれてしまいますが、

 

 メメェ(死ぬことはないだろう)


 とのことなのでよしとすることにしました。

 トラップスキルと神餐のプチフランスのストレンクス効果が効いているようで、トラップユニットの設置は一分もかからずに終わってしまいました。


「設置完了です」


 釣りの餌に相当するチキンステーキサンドはまだ置いていませんが、あまり急いで置くと匂いが弱まってしまいますし、関係のないモンスターを引き寄せてしまったりしても困りますので、まだアイテムボックスに入れたままにしています。


 メメェ(行くとしよう。餌を出してくれ)


「お願いします」


 チキンステーキサンドを入れたバスケットと通信機を黒いバロメッツに渡します。


 ジュ……メメーェ!(……作戦を開始する!)


 また少し「ジュル」が出そうになっていたようですが、気合いを入れ直すようにキリリと一鳴きした黒いバロメッツは、首にバスケットを引っかけて空高く駆け上がり、飛び去って行きました。

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