第67話 どういうことでしょう
「ダックワーズはにゃーってなるけどボロネーゼのパスタ食べてもにゃーってならんのはなんでかな」
ゴゲー
黄金樹の移植作業を終えた群馬ダークと昼食を取ったあと、群馬ダークが呟きました。
メェ (基本的にはオーブン調理の有無)
メエェ(ベーカーの本領はやはりベーキング)
メメェ(パスタでなくラザニアやミートパイならばもっと破壊力があがるはずだ)
「カレーライスではにゃーにはならんけど、カレードリアにするとにゃーが出る?」
メー (そうなるな)
そうして仕事に戻り、キッチンカーの営業準備を済ませた私達は、予定通り薬師院探索拠点のイベントスペースに入り、アルバイトの華菱瞳子、五日の営業の予行練習を兼ねてヘルプにやってきたダバイン貴富と合流しました。
花菱瞳子はさっきまで薬師院で寝ていて、ダバイン貴富は『合体説』が流れている巨人像の調査の為、シュバリエ・ワークスの探索部隊に同行、ヘスペリデスの園に潜っていたそうです。
調査の結果は「やっぱり合体しそう」とのことでした。
巨人像の発光している部位に巨大な機械ユニットが組み込まれていて、特定属性の魔力を投入することで巨人像から抜け落ち、旧時代の玩具を思わせるロボットになるギミックがあったそうです。
どんなロボットになるか、どの属性の魔力を投入するかは像ごとに違うそうで、ダバイン貴富が見せてくれた映像では、シュバリエ・ワークスが調べていた『右腕』の像に土属性の魔力を注ぐことで右腕が脱落、光と共に変え、体長六〇メートルほどの武装牛型ロボットへ変化する様子が記録されていました。
並行して『頭部』の像を調べていた三帝重工からの報告では、炎の魔力の供給によって頭部が脱落し、ライオン型ロボットに変化したそうです。
どちらもコクピットがついていて有人制御が可能。コクピットの中にはロボット名が記載されたホログラムが浮かんでいて、それによると牛型ロボットはライトカイナー。獅子型ロボットはライオメット、というそうです。
メェ (右の腕と)
メエェ(ライオンヘルメット)
メメェ(やはり合体させろと言っているな)
「コクピットに浮かんでるホログラムをいじれるんだけど、ライトカイナーのホログラムをいじってみたら右腕っぽく変形できそうだった。ライオメットも同じようなホログラムがあるから、六種類のホログラムを全部合体用に変形させることが合体条件だと思う」
キッチンカーの周囲にイートイン用の椅子を並べながらダバイン貴富は言いました。
「意外と簡単ってこと?」
あまりよくわかっていない表情で、群馬ダークが呟きました。
「地味に難しいかな。異様に複雑で変態的なパズルみたいな変形玩具を説明書無しできれいに変形させるみたいなものだから。やらせてもらったけど時間が足りなかった」
「貴富さんであかんってことはかなり難しそう」
玩具屋さんはパズルが得意、というのは偏見かも知れませんが、キッチンカーなどの図面が引けるエンジニアであるダバイン貴富が手こずるということは、かなり難しいパズルなのでしょう。
「もう少し時間があれば解けたとは思うけれどね。問題は六体のロボットが複数の陣営に散らばってることだと思う。薬師院連合が掌握してるのが二体、もう二体は横須賀海上冒険者団と、東京冒険者学苑が掌握してる。この二体については交渉で情報共有と協調の約束ができてるからそう心配はないけれど。五体目はNJMが持っていて今のところ交渉中。ヘスペリデスの園からは手を引く方針らしいけど、じゃあどこに引き継ぐかってあたりで変な駆け引きになってるみたい。六体目は『胴体』なんだけど、今は行方不明。旧時代文化研究会っていう組織が確保して調査をしてたんだけど、何かの襲撃を受けたみたいで、旧時代文化研究会と一緒に行方がわからなくなってる」
「胴体って言ったら、相当大きいはずですよね」
そう簡単に行方不明になるものなのでしょうか。
「たぶん百メートルクラス。ヘスペリデスの園の地底湖は、面積の大半が水深三〇〇メートルから五〇〇メートル。たとえば蟹とか魚みたいな、水中向きの平べったかったり長かったりするタイプなら隠密行動も難しくないと思う」
「蟹ですか」
カルキノスのことを思い出してしまいました。
最近あまり気配を感じませんが忙しいのでしょうか。
「犯人の正体は今のところ不明。モンスターなのか冒険者なのかもわからないけど、他の陣営も襲撃してパーツを強奪したり破壊したりしようとしてくる可能性もあるから警戒が必要。というより、こっちも胴体がないと合体もなにもないからなんとか見つけ出して手に入れないといけない」
だいぶややこしい状況になっているようです。
ただ、ロボットや合体がどうこうという話になると本当に何の役にも立てそうにありません。初日の二倍の人数を受け容れることになるキッチンカーの営業に意識を集中することにします。
今日の受け容れ人数は薬師院連合関係者枠五十人と一般抽選枠五十人で合計百人。かなりの気合いを入れて臨みましたが、結果的には思ったより余裕を持ってさばくことができました。
「もう少し人数を増やしてもいけるかね」
「次は群馬さんが抜けるから次回はやめたほうがいいかな」
営業時間終了直前となる十七時五十分頃。
九十九人目のお客様のオーダーを消化し、女中スタイルの花菱瞳子とエプロン姿のダバイン貴富の話を聞きながら次回営業用のお菓子を焼いていると、百枚目の整理券を持った、男性冒険者がイベントスペースに入って来ました。
どこかで見たような雰囲気の、長身に髭面、大きなサングラスにアロハシャツ姿の中年男性。
メエェ?(今西大道?)
ワトソンが呟きました。
目元は見たことがないので間違いないとは言い切れませんが、サングラスを金属の仮面に変え、アロハシャツを鉄道員風の制服に替えれば、昨日ニュースで見た今西大道そのものです。
警備にあたっている薬師院連合の冒険者達も同じ印象を受けたのか、警戒した様子で男の動きを見守っています。対立関係にあるNJMのトップであろうとも、正規の抽選を経て、静かに入って来る分にはいきなり入場拒否をしたり、つまみ出すというわけにも行かないのでしょう。
連絡を受けたらしい紙燭円山が転移で飛んでくるのが見えました。
群馬ダークに目を向けると「平気、とりあえず普通に対応しとこ」と囁くのが聞こえました。普通には聞き取れない声量ですが、バーネットの集音機能が声を拾ってくれています。
「普通に対応」
バロメッツたちにもそう囁いて接近を待ったのですが、一般抽選枠の利用者の中に、やや無遠慮な人が混じっていました。
「あれ? あれって今西大道じゃね」
「なんでこんなところに来てるんだ?」
「一体どの面さげて来てるんだか」
「スイーツって顔かよ」
内緒話とは確実に言えない声量で、そんな言葉が放たれます。
聞こえていないわけではないと思いますが、今西大道は反応を示さず、まっすぐキッチンカーに近づいて来ました。
「失礼、この時間でも、スフレパンケーキの持ち帰りはできるかな」
「はい、大丈夫です。スフレパンケーキについてはイートインのお召し上がりをお勧めしていますが、テイクアウトでよろしいでしょうか」
普通に対応しようと思ったのですが、思った以上に事務的な口調になってしまいました。
「いや、私が食べるわけではない。部下に食べさせたくてね」
「わかりました。すぐにご用意しますので、おかけになってお待ちください」
「ああ、それとこちらの焼き菓子は一点ずつ買えるのだろうか」
「はい」
「ではこちらもいただこう」
最後に残っていたマドレーヌやフィナンシェ、マカロンなどの包みをひとつずつ手に取って精算をした今西大道が椅子に腰掛けると、
「部下に頼まれた?」
「いい人アピール?」
「こんなところでパフォーマンスしてんじゃねぇよ」
「気分悪くなるわ」
またそんな声を聞いてしまいました。
「七番テーブルと九番テーブルのお客様に注意を」
メェ (心得た)
メエェ(妙な成り行きになってきたな)
ホームズとワトソンに飛んでいって注意をしてもらうと、聞こえる内緒話をしていた二つのグループはふっと静かになりました。
メェ (軽く釘を刺してきた)
「ありがとうございます」
スフレパンケーキを焼き上げて手渡すと、今西大道は「ありがとう。嫌な思いをさせて申し訳なかった」と告げ、規則正しい足取りで立ち去って行きました。
小さくため息をつくと、隠れて様子を見ていた紙燭円山が顔を出しました。
「大丈夫でしたか?」
「はい」
どちらかというと他のお客様とのトラブルのほうが心配になる空気でしたが。
「今西大道を抽選に通したんですか?」
周囲を刺激してしまったくらいで、敵対的な挙動や粗暴な挙動はありませんでしたが、さすがに無作為すぎはしないでしょうか。
「いえ、それが、今西大道ではないみたいで、あの人」
「どういうことでしょう?」
「申し込みデータによると天潮鉄路、NJMのメンバーではありますが、今西大道とは別人です」
「……どういうことでしょう?」
同じ言葉を二回言ってしまいました。
他人の空似にしてはいくらなんでも似すぎています。